高度かつ専門的な博士人材にはジョブ型雇用で高い処遇を
 ――経団連「博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に向けた提言」

提言

経団連(十倉雅和会長)は2月、「博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に向けた提言」を公表した。博士人材の育成・活躍のためには、アカデミック以外の多様なキャリアパスを整備することが重要と指摘。高度かつ専門的な職務に対して、ジョブ型雇用によって高い給与で処遇することに期待を寄せた。女性の理工系人材の育成・活躍のためには、進路選択に影響を与える教師や保護者を含めた、社会全体に対するジェンダー平等の推進が必要とし、企業に対しては、家庭との両立も含めた多様なライフステージでのロールモデルの提示を求めた。

高度専門人材の国外流出に懸念

提言は、今回の策定に至った背景について「企業がイノベーションを起こすうえで、高度な専門知識や技術を有する高度専門人材が不可欠であり、高度専門人材をめぐっては、国際的な人材獲得競争が激化している」と指摘。「この人材獲得競争において日本は遅れを取っており、このままでは、優秀な高度専門人材の国外流出に拍車がかかることが懸念される」とし、高度専門人材の育成・獲得・活用に注力していくことが極めて重要だとしている。

博士人材の動向をみると、博士号取得者数は、主要国では増加傾向にあるが、日本では低水準かつ横ばいで推移。欧米諸国では博士人材が研究開発以外のビジネス等の分野でも活躍しているが、日本では、理系を中心に博士人材の一定数が民間企業への就職を希望しているものの、一部の業界を除けば、多くの企業は博士人材を積極的に採用していない。

提言は「将来の国際競争力強化を見据えた場合、こうした状況が続けば、わが国の大学・政府研究機関・企業等における研究開発レベルが、諸外国に劣後していく」と懸念を示した。

約8割の企業の従業員・役員に博士人材が在籍

企業における博士人材の育成・活躍の現況について提言は、経団連が教育やイノベーション、雇用に関心の高い会員企業に実施したアンケート調査の結果をもとに紹介している。それによると、約8割の企業で従業員や役員に博士人材が在籍しており、理系のほうが文系に比べて圧倒的に多い。

業種別にみると、非製造業よりも製造業のほうが多く博士人材を雇用しており、特に医薬品や化学、機械・電気機器等で多い。理系博士の配属先は「研究・開発系」「数理・データサイエンス・AI系」「IT・システムエンジニアリング・プログラミング系」が多く、文系博士では「法律・知的財産系」「研究・開発系」「経営企画・経営戦略系」が多い。

2022年度の採用状況(新卒および経験者)をみると、博士人材が大卒者以上全体に占める割合は3%となっている。採用状況は業種で異なり、医薬品や化学、その他製造業、情報・通信業、機械・電機機器で採用人数が多い傾向にある。

採用方法は「学士や修士と分けずに採用している」が64%で最も高く、「分けて採用を行っている」が15%、「両方の場合がある」が21%となっている。

企業は入社後のキャリアパスの積極的な発信を

提言は、博士人材の育成・活躍に向けた課題・取り組みのうち、企業や産学連携による取り組みが求められるものとして、①求める人材の明確化②多様なキャリアパスの提示、企業とアカデミアを行き来する環境整備の推進③採用におけるインターンシップの充実と通年採用の推進④適切な処遇⑤従業員の大学院進学の促進・支援⑥文系博士・修士の活用――をあげた。

このうち「多様なキャリアパスの提示、企業とアカデミアを行き来する環境整備の推進」では、博士課程の学生がキャリアパスとしてアカデミアを重視する傾向にあることを指摘したうえで、「学生には、大学発スタートアップの起業や企業・政府への就職なども含め、アカデミア以外の多様なキャリアの可能性やイメージを持ってもらう必要がある」とした。そのため、博士人材の活躍推進を目指す企業においては、入社後のキャリアパスの方向性について、対外的にも積極的に発信していくことが望まれるとしている。

さらに、博士人材のキャリアを多様化・複線化し、博士人材がアカデミアと企業を行き来する環境を整備することも課題としている。具体的には、企業・大学との共同研究の推進やジョブ型採用・雇用の拡大のほか、研究者が2つ以上の機関で研究・開発・教育に従事することを可能にするクロスアポイントメント制度や、兼業・副業の促進に取り組むことを求めている。

初任給は能力を見極めたうえで柔軟に設定

「適切な処遇」については、アンケートの結果をもとに、学士・修士・博士の賃金体系が共通である企業が85%で、博士固有の賃金体系を有している企業は11%と少数派であることを指摘。また、共通の賃金体系を導入している企業のうち、博士に対して修士卒入社4年目と同水準の初任給を設定しているのは51%で、総じて、学位ではなくジョブや専門性・能力等に応じて処遇する傾向にあるという。

こうしたことから、「企業としては、学位取得までに得られた高い能力の発揮や職務に基づく成果・業績に応じて、適切に処遇することが基本」としたうで、初任給について「インターンシップ等の実施を通じて、当該博士人材の能力等を見極めたうえで、必ずしも修士卒の入社4年目と同水準にこだわらず、柔軟に設定すべき」とした。

そのうえで、博士人材の育成・活躍を促す機運を高めていく観点から、各自の能力や素質に基づき、博士人材への処遇・初任給を魅力的なものに高めていく工夫に各企業が取り組むことに期待を寄せた。また、その際は給与面に限らず、「働き手の希望に応じたポジションの提供や各種権限の付与など、総合的な処遇の改善も重要」としている。

ジョブ型雇用は博士人材への高い処遇を容易にする

さらに提言は、ジョブ型雇用について「博士人材をより高度かつ専門的なジョブに、より高い給与で処遇することを容易化する」と指摘したうえで、「ジョブ型雇用は博士人材等の高度専門人材の採用・雇用に有効な選択肢となり得る」ことから、全社的にジョブ型雇用を採用しない企業であっても、一部の職種や職務等にジョブ型雇用を導入するという処遇のあり方も示した。

博士人材の育成・活躍のために、大学・政府に求められる取り組みとしては、①大学院教育改革の推進とその実績に関わる周知②博士課程学生に対する経済的支援③ジョブ型研究インターンシップの推進・普及④クロスアポイントメント制度の活用拡大⑤博士人材に対する起業等の促進――をあげた。

このうち「博士課程学生に対する経済的支援」では、博士課程への進学率低下の要因として、進学後の経済面やキャリアパスに対する不安をあげたうえで、「博士課程への進学を増やしていくためには、国や大学が、優秀な博士課程学生に対して経済的支援を拡大することは極めて重要な課題であり、とりわけ一人当たりの経済的支援の拡大が必要」とした。従来の経済的な支援施策については、「優秀な人材が博士課程で学ぶ生活水準として十分であるとは考えにくい」とし、さらなる充実を求めた。

「博士人材に対する起業等の促進」については、高度な専門性・スキルを有する博士人材が、アカデミア以外の進路として研究成果に基づく起業を選択肢に入れる環境を整備することが「イノベーション創出、スタートアップ振興にとって重要」と指摘。そのうえで、「特に日本が強みを持つライフサイエンス・バイオ、宇宙、ロボティクスはじめディープテック領域の研究を、スタートアップを通じて社会実装するうえで、博士人材の育成・活躍がその鍵を握る」と述べた。

女性の理工系人材の育成は賃金の男女格差是正にも寄与

提言は博士人材とあわせて、女性の理工系人材の育成・活躍に向けた方策も示している。

日本の女子学生の現状について、高校段階での理系離れが深刻であり、理工系の学部に進学する女性の割合はOECD加盟国のなかで最下位にあることを指摘。そのうえで、理系出身者は文系出身者よりも平均所得が高く、かつデジタル分野等は所得が相対的に高いことから、「女性理工系人材の育成は、男女賃金格差の是正にも寄与する」とした。

提言は女性理工系人材の育成・活躍に向けた課題として、「ジェンダーイメージの問題」をあげた。理工系を学ぶ女性が少ない原因として、能力や学問分野に対するジェンダーイメージが関係していると指摘。特に日本では、男女ともに「女性は理系の進路(学校・職業)に向かない」という性別役割意識が根強いとの指摘があるとしたほか、進路選択では両親や教師の影響が大きいことにも言及した。

そのため、理系人材を増やすには「女子生徒が理系に興味を持ち、理工系分野に進学する環境整備とあわせて、保護者や教師を含む社会全体に対して、ジェンダー平等をより一層推進する」必要があるとした。

学校教育の課題としては、小中学校の段階で理科に苦手意識を持つ女子が多く、理科が苦手になると理工系を専攻しづらくなるという指摘があることから、大学や科学館など外部組織と連携し、興味を惹く実験を実施するなど、物理をはじめとした理科の科目の教え方を工夫することが重要とした。

また中学校教員の声として、「生徒指導に際して、理工系の中で、どの分野の人材が社会で求められているのかわからない」「理工系学部・学科等で学んだ女性が、卒業後、どのように働いているのかわからない」といった悩みを紹介したうえで、企業や社会のニーズを学校現場に伝えるとともに、理工系分野で活躍するビジネスパーソンを招聘した授業や理工系分野の職場体験を実施することも重要とした。

女性理工系人材への企業の採用意欲は「極めて高い」

アンケート調査の結果で、今後5年程度先を見通した理工系女性の採用の動向について、64%の企業が「拡大する方向」と回答していることから、「企業における理工系女性の採用意欲は極めて高い」と指摘した。

しかし企業からは、「女性理工系採用数について目標を掲げて取り組んでも、現状、女性理工系人材の母数が極めて限られており、企業間の人材獲得競争が激しいなかで、結果的に採用数を増やせない」との声も多いという。加えて、企業では経験者採用を拡大する傾向にあるなかで、理工系人材を採用すると、結果的に女性割合が低下するといった指摘もある。

こうしたことから提言は、「イノベーションを起こす人材が必要とされる昨今、理工系を専攻する女性が未だに少ない現実は、わが国の持続的な発展にとって深刻な課題」とし、「女性理工系人材の裾野拡大を急ぐべき」とした。

多様なライフステージにおけるロールモデルの提示を

女性理工系人材の育成・活躍促進のために今後求められることとして、提言は、①理工系を含む幅広い女性のロールモデルの一層の周知、キャリア教育の充実②理工系分野の職場体験の拡大③学校等におけるSTEAM教育や理工系教育の改善・充実④教員・保護者向けの取り組み⑤ジェンダー平等意識の醸成――の5点をあげた。

このうち「理工系を含む幅広い女性のロールモデルの一層の周知、キャリア教育の充実」では、アンケートによるとすでに6割の企業が理工系女性のロールモデルを発信しているものの、引き続き発信の強化・充実を積極的に進めていくべきとした。その際は、仕事と育児・家事・介護との両立に取り組むロールモデルも含め、多様なライフステージでのロールモデルを提示することが重要としている。

また学校現場においては、理系への進学・就職にポジティブなイメージを持てるよう、キャリア教育の一環として、初等中等教育段階から、女性理工系人材が自らの職業の魅力を語る機会を提供し、ロールモデルを提示すべきとしている。

その際は、理系人材の活躍フィールドが従来よりも広がっていることを生徒が知らない可能性があるため、企業・教育機関・国・地方公共団体等が連携して、理系人材の活躍の現状や可能性についてより正しく伝え、キャリア観を育んでいく必要があるとした。

教員・保護者は理工系キャリアの「最新の状況」の周知を

「教員・保護者向けの取り組み」では、女子生徒の進路選択に大きな影響を与える保護者・教員に対して、理工系分野への進路選択に関する理解促進に向けた活動を「これまで以上に展開すべき」とした。その際は、民間企業における理工系キャリアや職業の需要予測に関する情報を一層周知し、理工系分野の職業の最新の状況について正しく周知する取り組みが重要としている。

(調査部)