労働者の自律・主体的な学び・学び直しに向け、企業と労働者の協働による「学びのプロセス」を具体的に提示
 ――厚生労働省が「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」を策定

行政の動向

職場における学び・学び直し、いわゆる「リスキリング・リカレント学習」を促進するため、厚生労働省はこのほど、「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」をとりまとめた。ガイドラインは、職場における人材開発として、労使が取り組むべき事項を体系的に提示。労使の協働を実効性あるものにしていくために、現場での「学びのプロセス」を具体的に示しており、労働者への支援だけでなく、学び・学び直しの方向性・目標の共有や現場リーダーの役割の重要性なども強調している。

<基本的な考え方>

自律的・主体的な学び・学び直しが重要に

ガイドラインははじめに、職場における学び・学び直しについての「基本的な考え方」をまとめたうえで、「労使が取り組むべき事項」を多くのページを割いて整理した。また別冊のなかで、公的な支援策を紹介している。

「基本的な考え方」から、内容をみていくと、DXの加速化など企業・労働者を取り巻く環境が急速かつ広範に変化し、労働者の職業人生の長期化も進行するなかで、「労働者の学び・学び直し(リスキリング、リカレント学習)の必要性が益々高まっている」と指摘。企業・労働者双方の持続的成長に向け、「企業主導型の職業訓練の強化を図るとともに、労働者の自律的・主体的かつ継続的な学び・学び直しを促進することが重要となる」と強調した。

OJTを取り巻く環境の変化に触れ、急速かつ広範な経済・社会環境の変化は「企業内における上司や先輩の経験や、能力・スキルの範囲を超えるもの」だと指摘。これまで日本企業で重視されてきたOJTによる教育訓練に加え、OFF-JTや自己啓発など、社内外で行う教育訓練を大幅に充実・強化する必要があるとした。

また、労働者が学び・学び直しを行うにあたり、個々で能力・スキルを身に付けるために必要な学習内容が異なることから、自律的・主体的な取り組みが重要になることを強調。OJTやOFF-JTに自律性・主体性を促す要素を取り込むとともに、学び・学び直しに対する意欲喚起や、継続させるための伴走的な支援に努めることを提示した。

労使の「協働」が学びの好循環を生み出す

「基本的な考え方」では加えて、学び・学び直しにおける「労使の協働」にも言及。企業と労働者の双方にとって持続的な成長につなげていくための取り組みとして、「企業が目指すビジョン・経営戦略といった基本認識」の労使間共有や、「必要となる能力・スキルの方向性と個々の労働者の学び・学び直しの方向性・目標に関する労使の『擦り合わせ』」などが必要になると強調した。

現場で自律的・主体的な学び・学び直しが円滑に行われるための「学びのプロセス」を提示。①職務に必要な能力・スキル等を可能な限り明確化し、学びの目標を関係者で共有すること②職務に必要な能力・スキルを習得するための効果的な教育訓練プログラムや教育訓練機会の確保③労働者の自律的・主体的な学び・学び直しを後押しするための伴走的な支援策の展開――の3点をふまえて進められることが望ましいと述べた。

こうした取り組みを通じて、「労使の協働」により学び・学び直しが実践されることで、「労働者の能力・スキル、キャリアの向上を実現し、新たな価値の創造につながるより高いレベルの新たな学び・学び直しを呼び込む」と指摘。「学びが学びを呼ぶ」状態である「『学びの好循環』が実現されることが期待される」としている。

<労使が取り組むべき事項>

ガイドラインでは続けて、労使が具体的に取り組むべきと考えられる事項として、①学び・学び直しに関する基本認識の共有②能力・スキル等の明確化、学び・学び直しの方向性・目標の共有③労働者の自律的・主体的な学び・学び直しの機会の確保④労働者の自律的・主体的な学び・学び直しを促進するための支援⑤持続的なキャリア形成につながる学びの実践、評価⑥現場のリーダーの役割、企業によるリーダーへの支援――の6点を提示し、それぞれについて、考え方や推奨される取り組み例などを具体的にまとめた。

企業が事業目的や経営戦略を明らかにして基本認識を共有

〔1 学び・学び直しに関する基本認識の共有〕

学び・学び直しに関する基本認識の共有では、企業が事業目的やビジョン、重視する価値観を明らかにし、それをふまえて今後の経営戦略・ビジョンとそれに対応した人材開発の方向性を提示することは、「企業と労働者の学び・学び直しに関する基本認識の共有を図る観点から重要」と指摘。こうした取り組みが学びの風土の形成や企業内への浸透につながる可能性を示唆し、推奨する取り組み例として、経営者や現場のリーダーが直接労働者に学び・学び直しの重要性を発信することなどを提示した。

節目ごとのキャリアの棚卸しや方向性・目標の擦り合わせを

〔2 能力・スキル等の明確化、学び・学び直しの方向性・目標の共有〕

能力・スキル等の明確化、学び・学び直しの方向性・目標の共有では、まず、学び・学び直しの内容や習得レベル、目標等を設定しやすくするためには、役割を明確化したり、職務に必要な能力・スキル等を明らかにすることが必要であると言及。「企業の実情や職務の性格に応じつつ、できる限り積極的に行うこと」として、職業人生の各段階で必要な能力・スキル等を整理したロードマップの提示や、国が策定した職業能力評価基準等を参考に自社のレベル別・職種別の役割といった項目を整理することなどを推奨している。

また、労働者が今後のキャリアの方向性や学ぶべき内容を考えるにあたっては、「節目ごとのキャリアの棚卸しを行う仕組みを社内に整備することが望ましい」と指摘。「キャリアコンサルティングやジョブ・カードも活用しつつ、キャリアの棚卸しのプロセスを踏むこと」で、労働者の学び・学び直しの内発的動機付けや自律的・主体的なキャリア形成につながる効果が期待できるとしている。

そのほか、学び・学び直しを企業・労働者双方にとって効果的なものとする観点から、双方が求める学び・学び直しの方向性・目標の擦り合わせを行うことを提示。「擦り合わせを行う主体は、職場の課題やニーズに精通した管理職等の現場のリーダーであることが望ましい」として、個々の労働者と現場のリーダーが学ぶ分野やレベル、目標等を擦り合わせて設定することを推奨している。

外部機関や自主的な勉強会を活用して学び・学び直しの機会を確保

〔3 労働者の自律的・主体的な学び・学び直しの機会の確保〕

労働者の自律的・主体的な学び・学び直しの機会の確保では、はじめに「急速かつ広範な経済・社会環境の変化に対応した学び・学び直しができるよう、多様な形態で行うことが必要」と指摘。「外部機関の活用も検討すること」が望ましいとして、民間企業や商工会議所等が運営・提供する教育訓練プログラムの受講などを推奨している。なお、自社で得ることのできない能力・スキルや経験の獲得・実践の場としては、「副業・兼業や在籍型出向を活用し、本業に活かすことが期待される」としている。

また、労働者がお互いに学び、高めあう環境を確保・整備することも重要視。取り組み事例として、労働者が自主的な勉強会を開催することや、企業が学び合いの場を整備する・周知することなどを提示している。

時間の確保や費用の支援も必要に

〔4 労働者の自律的・主体的な学び・学び直しを促進するための支援〕

労働者の自律的・主体的な学び・学び直しを促進するための支援では、まず、労働者が学び・学び直しを効果的に行うための時間の確保が必要であると強調。「自己啓発」のうち、仕事や業務に資するものについては、「時間的配慮を行うこと」が望ましいとして、社内や部門ごとの方針により所定労働時間の一定割合を学び・学び直しに充てるなどの取り組みを推奨している。

また、「OFF-JTとして学び・学び直しを行う場合に要する費用は、基本的に企業の負担となる」として、仕事や業務に資する自己啓発で行う民間教育訓練機関等の仕事や業務に資する講座の受講について、受講費用の補助など、経済的支援を推奨した。

そのほか、労働者が学びを継続できるよう、「定期的・継続的な助言や精神的なサポートを行う『伴走支援』の仕組みを企業内に設けること」を指摘。取り組み事例として、現場のリーダーが1on1ミーティングといった機会を捉えることや、キャリアコンサルタントを活用して学びの進捗確認を行う仕組みを導入することなどをあげた。

企業が学んだ能力・スキルを実践する場や評価する場を提供

〔5 持続的なキャリア形成につながる学びの実践、評価〕

持続的なキャリア形成につながる学びの実践、評価では、学び・学び直しを単に行うだけでなく、「学んだことを業務で実践することで、身に付けた能力・スキルが定着するという効果が期待される」と強調。企業は、社内公募制度等の導入や、新規プロジェクトチームの人選への考慮など、労働者が身に付けた能力・スキルを業務として活かすことができる実践の場を提供することが重要としている。

また、学び・学び直しやそれにより得られた能力・スキルについて適切に評価を行うことで、「新たな目標の設定と、更なる学び・学び直しにつながる」として、人事評価の評価項目に加えることや、対象者を評価する社内表彰制度を導入することなどを推奨した。

現場のリーダーが役割を果たすための支援を

〔6 現場のリーダーの役割、企業によるリーダーへの支援〕

現場のリーダーの役割、企業によるリーダーへの支援では、まず、現場の課題を把握し、経営者と労働者との結節点となっている管理職等の現場のリーダーの役割が鍵となることに着目。「個々の労働者との学び・学び直しの方向性・目標の擦り合わせと、労働者の学び・学び直しを含めたキャリア形成のサポートが求められる」として、労働者と双方向のコミュニケーションを取るなど、労働者への支援や配慮を行うことを提示している。

また、企業は、「現場のリーダーのマネジメント能力向上を図りその求められる役割を果たすことができるよう、また、現場のリーダーが経営者と現場の労働者との間で板挟みになり孤立することが無いよう、十分な配慮や支援を行うことが必要である」と指摘。現場のリーダーが労働者の学び・学び直しのサポートに注力できているか、その状況を確認し、過度な業務負担となっている場合には、その負担を軽減する等の措置を講ずることとしている。

現在実施中の公的な支援策を別冊にて紹介

別冊では、前述した「労使が取り組むべき事項」に対応した「公的な支援策」を紹介。キャリア形成サポートセンター事業やポリテクセンターなどにおける在職者訓練など、現在実施されている学び・学び直しのプログラムやツールについて、内容とその利用方法をまとめている。

(調査部)