パート労働の課題と対応の方向性 (パートタイム労働研究会の最終報告) 平成14年7月
III 政策の方向性 2 具体的な方向性 3)パートの均衡処遇に向けたルールの確立 これまでもみてきたように、今後、多様な働き方が「望ましい形」で広がっていく ためには、パート等の処遇を働きに見合ったものにしていくことが重要である。その ための政策の方向性についてどのように考えればよいのだろうか。 (1)基本的考え方 この問題については、近年、ヨーロッパにおいてルール化を進める動きがあり、 わが国においても、「パートタイム労働に係る雇用管理研究会」などで検討され てきた。加えて本報告の中では、IIでパートの処遇問題を正社員も含めた雇用シ ステム全体の見直しの中でとらえる必要性について述べてきた。ここではこれら の流れを踏まえた上で、パートの均衡処遇の進め方について基本的考え方を整理 したい。 (イ)ヨーロッパの経験 ヨーロッパ諸国においては、サービス経済化への対応、女性活用を図るために パート労働の発展が重要との観点から、1980年代の前半より同一労働同一賃金の 考えに立脚した時間による差別的取り扱いの禁止の立法化が行われ、1997年には EUパートタイム労働指令として共通のルールとなった。 このように、ヨーロッパにおいて立法化が可能であった事情としては、 ・職種ごとの賃金が産業別協約により存在し、これにより賃金と職務とのリ ンクが明確になっている分野が多いことから、同一労働同一賃金を受け入 れる社会的基盤を有していたこと ・国により事情は異なり一般化はできないものの、例えばオランダのように パートの活用が本格化する比較的初期の段階において、労使によりパート 活用のいわば前提条件として均等原則を受け入れることが可能であったこ と が考えられる。 もっとも、差別的取り扱いとならないための合理的理由として何を認めるかに ついては、国によって一様ではない。職務の格付けや勤続期間の違いが認められ るのは一般的であるが、ドイツにおいては、家族的責任の違いも処遇差の合理的 理由として認められる場合があると考えられている。 また、法規制に至るプロセスも一様ではなく、フランスやドイツのように法規 制を先行的に実施した国もあるが、オランダのように、均等処遇に関する労使合 意(ワッセナー合意。1982年)から法制化(1996年)まで10年以上かけた国もあ る。 (ロ)わが国企業の処遇システムの特性 (イ)でみたようにヨーロッパ諸国においては、職務概念が社会的に確立してお り、職務に賃金がリンクしている分野が多い。仕事が同じであれば、個人の属性 や働きぶりによって賃金格差の生まれる余地が少ないという点で、同一労働同一 賃金原則の前提条件が満たされているといえる。 一方、わが国においては、外形的に同じ仕事をしていても、年齢、勤続年数、 扶養家族、残業・配転などの拘束性、職務遂行能力、成果などの違いによって、 処遇が大きく異なりうる。それは、正社員とパートの間だけではなく、正社員同 士においてもしばしばみられるところであり、わが国においてヨーロッパ的な意 味での「同一労働同一賃金」が公序となっているとは言いがたい。労働基準法上、 均等待遇原則を定めた第3条も、差別禁止事由として挙げられている「社会的身 分」にはパートや非正社員といった雇用形態の違いは含まれないと解される。 もちろんIIでみたように、わが国の企業の処遇制度も変化しつつある。生計費 などの「必要に応じた処遇」から、職務や能力・成果などの「働きに応じた処遇」 を重視する方向へ企業の評価のウェイトは変化しており、年齢別賃金カーブもか なりなだらかになっている。ただ、それは職務による評価に収斂するということ ではない。それぞれの職務において、各人がどのような成果をあげているか、ま たその職務遂行能力をどう評価するか、といった要素はむしろより重視される方 向にある(図表33)。 このように、わが国における今後の賃金制度の変化を考慮に入れたとしても、 ヨーロッパのように「職務」による評価を中心とした「同一労働同一賃金」の考 え方をそのままわが国にあてはめることはできないと考えられる。 いま一つわが国の雇用・処遇システムの特性として留意しなければならないの はこれまでもみてきたフルタイム正社員における広範な配転や転勤などの高い拘 束性の存在である。今後、IIでみたように、働く側のニーズの多様化の下で、フ ルタイム正社員でもより拘束性の少ない働き方が広がっていくとしても、すべて がそうなるわけではない。これまでの正社員の幅広い配置転換を含めたキャリア 形成システムがわが国の企業の活力や環境変化適応の面で重要な役割を果たして きたことを考えると、このような基幹的な社員の層も今後、ある程度は存続して いくものと考えられる(図表40)。わが国において、パートとフルタイム正社員 の処遇の均衡を考える際には、このようなわが国の雇用・処遇システムの特性に ついても十分考慮する必要がある。 (ハ)日本型の均衡処遇ルールの確立 これまでみてきたように、柔軟で多様な働き方が望ましい形で広がっていくた めにはパートと正社員の均衡処遇を図っていくことが必要である。ただ、その方 法として、これまでのようにルール化を労使に委ねるのではIIIの冒頭で見たよ うに限界があるし、他方、ヨーロッパ的な考え方をそのままあてはめることにも 問題がある。いわば日本型の均衡処遇ルールの確立を考える必要がある。 そして、この課題については「パートタイム労働に係る雇用管理研究会報告」 (平成12年4月)においてすでに方向性が出されているところであり、その主な 内容は以下のとおりである。
1 正社員と同じ職務を行うパートタイム労働者(Aタイプ)に係る均衡を考慮した 雇用管理のあり方 (1)処遇や労働条件のあり方 ・ まず、処遇や労働条件の決定方式(例:賃金の構成要素、支払形態)を正社 員と合わせていく方法がある。 ただし、合理的な理由がある場合には、決定方式を異にすることはあり得る。 ・ 決定方式を合わせられない場合であっても、処遇や労働条件の水準について 正社員とのバランスを図っていく方法が考えられる。ただし、正社員と比較し て、例えば、残業、休日出勤、配置転換、転勤がない又は少ないといった事情 がある場合、合理的な差を設けることもあり得る。 ・ 同じ職務を行う正社員に賞与や退職金が支給されている場合にはパートタイ ム労働者に対しても、合理的な内容により、賞与や退職金に係る制度が設けら れることが適切であると考えられる。 ・ さらに、正社員との処遇や労働条件に差がある場合、パートタイム労働者の 納得度を高めるためには、(1)決定方式や水準に違いが設けられている事情の 明確化及び情報提供、(2)相談や苦情に応ずる体制の整備が必要となる。 (2) 働き方の選択性を高めるための条件整備 ・ 正社員への転換制度を設ける等、採用後改めて選択(乗換え)の機会を付与 することが、パートタイム労働者の意欲や納得度を高め、能力発揮にも資する ものと考えられる。 2 正社員と異なる職務を行うパートタイム労働者(Bタイプ)に係る均衡を考慮し た雇用管理のあり方 Bタイプのパートタイム労働者については、正社員との間で具体的な比較を行うこ とは困難であるが、以下のような正社員との均衡を考慮した雇用管理が図られること が必要である。 (1) 合理的な雇用管理の構築 就業の実態等に応じ、また、職務やそのレベル、職務遂行能力に見合った処 遇や労働条件を考えることが重要である。 (2) 働き方に係る納得性を高めるための条件整備 処遇・労働条件の違い等に関する必要な情報の提供及び相談体制の整備を行 うことや、選択(乗換え)の機会を付与することが、その意欲や納得度を高め ることにつながることとなる。 |
この考え方は、正社員との職務(責任・権限を含む。以下同じ)の同一性を第 一の判断基準としつつ、同じ職務であっても、能力や成果などの他の諸要素や、 配置転換の有無等働き方の違いによって処遇が違いうるわが国の実態に深く配慮 した均衡処遇ルールといえる。 すなわち、第一に「同じ職務の場合に処遇の決定方式を合わせる」というルー ルは、同じ職務であっても、他の諸要素によって処遇が違うわが国の処遇制度の 実態に配慮し、例えば、同じ職務についている正社員が職能給であればパートも 職能給というように処遇の決定方式は合わせ、その決定方式の下で各人をどのよ うに評価・処遇するかは企業のルールに委ねるという考え方である。 「ただし、合理的理由がある場合は決定方式を異にすることはあり得る」とい うのは、例えば、いまは同じ職務に従事していても、正社員には幅広い配転があ り、パートは職務限定というように雇用管理形態が異なる場合には、配転を前提 とした正社員には職務との結びつきの相対的に薄い職能給、職務限定が前提のパ ートには職務給といったように賃金決定方式が異なることもあり得るということ である。 第二に「残業、休日出勤、配置転換、転勤がない等の場合、合理的な差を設け ることもあり得る」というのは、例えば、現在、就いている職務が同じであって も、幅広い異動の多寡などキャリア管理の実態が明らかに違う場合には、パート と正社員との間に処遇差があるとしても合理的であると考えるということである。 ただ、IIでみたように、今後、働く側のニーズの多様化の下で、フルタイム正 社員でも、配転、転勤などを伴わない、より拘束性の少ない働き方が広がってい くことにより、そうしたフルタイムとパートとの間でキャリア管理の実態に差が なくなり、他の合理的理由もないということになれば、処遇の決定方式を合わせ ることが必要ということになる。要は、フルかパートかの違いだけで、職務も働 き方も含めて同じであれば、同じ評価の枠組みの中で処遇するというルールであ る。 ちなみに、現状において、職務も配転・転勤等の取扱いも含めて正社員と同じ ケース、すなわち上記ルールからみて処遇の決定方式を合わせるべきと考えられ るケースは、事業所、正社員、パートいずれからみてもパート全体の4〜5%とな っている(図表41)。 第三に「水準についてのバランスを図る」というルールは、第一でみたように、 職務は同じでも働き方、キャリア管理の実態が異なるために処遇の決定方式を異 にせざるをえない場合に、どんな処遇格差も許されるかというとそうではなく、 合理的な範囲内での差であるべき、とのルールである。ただ、どの程度の差なら 合理的かという点については一律に定めるのでなく、それぞれの企業や労使に委 ねられるべきであり、差が設けられている理由を説明することでパートの納得性 を得るという企業・労使の自主性を重視したゆるやかなルールである。 ちなみに、上記の4〜5%以外に、拘束性や責任の度合いは違っても、正社員と 同様の仕事をしているパートは数多くみられるが、これらのパートで正社員と同 じ勤続年数の者が納得できると考えている所定内賃金の水準は、パート、正社員、 事業所のいずれに聞いても、正社員の約8割というのが平均値であった(図表42)。 さらに、正社員と職務が異なるパートについて、具体的な比較を行うことは困 難としても、就業の実態に応じた合理的な雇用管理やパートの納得性の確保につ いては考慮が必要、とされている。 現在、「パートタイム労働に係る雇用管理研究会報告」の内容については、労 使に対する情報提供に留まっているが、Iでみたような課題の大きさを考えると、 今後の方向性として、この考え方を法律上明らかにすることにより、ルールの実 効性をさらに高めていくことが考えられる。 ただ、上記のように、日本型の均衡処遇ルールについては、それぞれのケース に応じて判断すべき要素が多く、画一的な規制はなじまない。 法律で基本的な原則を示し、これを具体的な例示を含むガイドラインで補う手 法が望ましいと考えられる。 なお、法制の検討にあたっては、フルタイム有期など短時間以外の非正社員へ の対応が抜け落ちることのないよう、手当てをあわせて考える必要がある。 (ニ)法制のタイプについて 研究会では、法制の内容について「均等処遇原則タイプ」と「均衡配慮義務タ イプ」の2つの方向で議論がなされた。 「均等処遇原則タイプ」とは、事業主に対し労働時間の長短による合理的理由 のない処遇格差を禁止するものであり、これに対し「均衡配慮義務タイプ」とは、 事業主に対して労働時間の長短による処遇の格差について均衡に向けた配慮を義 務づけるものである。この2つはいずれも事業主に対し正社員とパートの処遇格 差に合理的理由を求める点で基本的な趣旨は共通にしているが、法的な効果とし ては次のような相違が生じうる。 「均等処遇原則タイプ」はこれに反する賃金等の取り決めについて私法的に無 効とするものである。したがって、合理的理由がないとされれば私法的に重大な 効果が及ぶことになることから、企業はこれを回避するため雇用管理の改善を積 極的に行うと考えられる。 ただし、(ハ)でみたようなわが国の処遇システムの実態を考えると、処遇格差 の合理的理由は雇用システムの実態に即してある程度柔軟に認めることが必要に なると考えられる。具体的には、現在の職務が同じであり、かつ、幅広い異動の 多寡などキャリア管理の実態にも差がないなど処遇差の合理的理由が見出せない 場合(以下「同一職務・合理的理由なしケース」と呼ぶ)にのみ、パートを正社 員と同じ処遇決定方式にすることが法的に求められることになる。 逆に言えば、このタイプの場合、合理的理由があれば法律上は問題とされない ことから、正社員とパートの職務の分離や処遇差の合理的理由を整えるなどの対 応で終わってしまうことも考えられる。 これに対して、「均衡配慮義務タイプ」は、格差について一定の合理性がある とされた場合も含め、パート労働者の処遇の改善という政策目的にてらして必要 な配慮を企業に法的義務として求めるものである。 具体的には、「同一職務・合理的理由なしケース」に限らず、より広く処遇面 での正社員との均衡に配慮した措置が企業に対して求められることになる。均等 処遇原則タイプのように合理的理由を整えるだけでは不十分であり、実質的な処 遇水準の均衡に向けた措置を企業は法的に求められることになる。 他方、このタイプの場合、「均衡配慮」の考え方からすると、「同一職務・合 理的理由なしケース」であっても、均衡に配慮した措置が適切に講じられていれ ば、処遇決定方式の違いが直ちに義務違反となるわけではないとも考えられる。 「均衡に配慮した措置」は処遇水準の均衡を図るための措置である。ただ、直 ちにそれを実現するのでなくても、例えば、(1)パートと正社員の処遇の違いや その理由について十分な説明を行うこと、(2)パートが自らの処遇決定等に実質 的に参加することを可能にすること(パートを含めた労使協議の推進など)、(3) パートの経験・能力の向上に伴って処遇を向上させること(処遇決定方式を正社 員に合わせること、正社員に準じた昇進昇格制度の設置など)、(4)パートと正社 員との行き来を可能にすること(パートの正社員転換制度の設置など)、などを通 じて、処遇水準の均衡に向けたプロセスを確実にすることが考えられる。無論、 これらはあくまでも例示であって、その具体的内容についてはさらに体系的に吟 味する必要がある。また、こうした配慮を求める対象範囲(例えば、パートが明 らかに短期・臨時的就労の場合などの取扱いをどうするか)についても十分な吟 味が必要である。 このタイプは、格差について一定の合理性がある場合も含めて配慮措置を求め るものであるため、「均等処遇原則タイプ」ほど私法的効力を明確に持つもので はない。しかし、例えば、(1)「同一職務・合理的理由なしケース」にも関わら ず、処遇格差があり、均衡に配慮した措置が講じられていない場合や、(2)「同 一職務・合理的理由なしケース」でなくても、処遇上明らかに合理性を欠く格差 があり、均衡に配慮した措置が講じられていない場合には、私法的効力が発生す る可能性がある。こうした場合には、公序違反として不法行為責任を発生させる ことも考えられる。ただ、いずれにしても、このタイプは、いかなる場合に私法 上の効果が発生するかが「均等処遇原則タイプ」ほどには明確でなく、法規制と しての実効性を欠くことになりかねないという問題点がある。 このような検討からすると、「均等処遇原則タイプ」と「均衡配慮義務タイプ」 を必ずしも二者択一でとらえる必要はないと考えられる。 すなわち、目指すべきルールとしては、 (1)「同一職務・合理的理由なしケース」においては、「均等処遇原則タイプ」 に基づいてパートと正社員の処遇決定方式を合わせることを求めるとともに、 (2)「処遇を異にする合理的理由があっても、現在の職務が正社員と同じケース」 等においては、幅広く「均衡配慮義務タイプ」に基づく均衡配慮措置を求める という相互補完的な組み合わせのルール(以下これを「均衡処遇ルール」と呼 ぶ)が一つの方向性として考えられる。 (2) 具体的対応 (イ)均衡処遇ルールの実現に向けた道筋のあり方 ただ、こうした「均衡処遇ルール」を法的措置として、直ちに導入した場合に は、企業行動や労働市場に一定の影響が及ぶことは否定できない。 IIIの1でもみたように、パートの「働きに見合った処遇」を実現していくた めには、部分的にパートの処遇改善をすればいいということではなく、フルタイ ム正社員の働き方や処遇のあり方も含めた雇用システム全体の見直しの中でこの 課題をとらえる必要がある。 それには時間を要する。にも関わらず、直ちに上記ルールを導入した場合に、 第一に考えられるのは、一時にパートの雇用コストが増えることによるパート雇 用機会の減少や、フルタイム有期や直傭形態以外の派遣労働者、構内下請などへ の代替等の影響である。 第二に考えられるのは、パートと正社員との職務の分離である。上記ルールは 正社員とパートの職務が同じ場合に特に厳しい措置を求めるものであるため、こ のルールが導入されると、企業はこの適用によるコスト増を避けるために、低技 能・低賃金の職務を分離して、パートの職務として固定化するのではないかとの 指摘もなされている。正社員の働き方や処遇見直しは時間を要するものであり、 企業の当面の対応としては、パートの処遇はそのままにして職務分離が進む可能 性がある。 しかし、何もしないということでは状況は改善しない。「均衡処遇ルール」を 直ちに法制化することが難しいとしても、そこに向かっていくことを確実にする ための方策について考える必要がある。 第一に、上記、「均衡処遇ルール」の具体的な内容の明確化が考えられる。 「均衡処遇ルール」への道筋を確実にするためには、まず、企業に対し、そのル ールにおいて具体的に何をすることを求めるのかを明確に示し、それについて社 会的醸成を図っていくことが必要である。例えば、(1)(ニ)で検討されたルー ルでは、「『同一職務・合理的理由なしケース』においては、パートの処遇決定 方式を正社員に合わせることを求める」とされたが、その場合の「合理的理由」 の内容は何か、それぞれのケースにおいて求められる「均衡配慮措置」の内容は 何かについて具体的に示すということである。このため、これらのことを具体的 に示すガイドラインを策定することがまず必要と考えられる。 さらに、このルールの遵守を図るための法制の道筋としては、(1)現状でも相 対的に遵守可能性の高い均衡配慮措置を「同一職務・合理的理由なしケース」を 含め、幅広く求める法整備を先行させ、環境が整った後に同ケースにおける均等 待遇を求める法整備を加えるやり方と、(2)均衡配慮措置の場合、法的実効性が 弱いことから、時間はかかっても、最初から均等待遇も含めた法整備を行うやり 方とが考えられる。ただ、(1)の考え方に立つとしても、法的に求める均衡配慮 措置の内容、配慮を求める対象範囲等について十分な吟味が必要であることは言 うまでもない。いずれにしても、法整備については、企業の雇用意欲を削ぐこと のないように時機を計りつつ、また、労使を含めた国民的合意形成を推進しなが ら、検討していく必要がある。 また、これらは公正なルールの確立のための制度改革であるが、IIIの1の基 本的考え方からすると、企業にとって雇用の柔軟性を増す他の制度改革と併せて 進めていくことが有効と考えられる。 第二に考えられるのは、処遇決定等へのパートの実質的参加の促進である。I でみたように、通常労働者に比べてパートの組合組織率は著しく低い。労使交渉 は処遇決定の重要なプロセスであるが、そこにパートの声が十分反映されていな いことが、正社員とパートの処遇格差を大きくしている側面もあると考えられる。 このため、パートと正社員の均衡処遇の実現には、例えば、パートの処遇条件 の決定にあたってパートの意見を聞くこととしたり、パートも含めた労使協議の 推進により、処遇等の話し合いにパートの参加を促すことも有効と考えられる。 このようなことにより、パートのみならず正社員も含めた公平な配分のあり方に ついて、労使で話し合う環境が形成されることが均衡処遇の実現に向かわせる一 つの方策になりうると考えられる。 企業においても、社内人材が多様化していく中で、正社員のみならず、社内の 人材すべての能力・意欲を最大限に引き出すことが重要になっている。これら多 様な人材の間の利害調整や苦情処理を図り、それぞれの納得性やインセンティブ を高めるという意味でも、多様な人材の参加できる労使協議の推進は、企業にと っても有効と考えられる。 いずれにしても、I、IIでみたようなパートに関わる問題・課題について、社 会全体の共通認識を深めながら、パート労働者の均衡処遇ルールを定めた法律の 制定に向けて、その時機の検討と労使を含めた国民的な合意形成を進めていく必 要がある。それを促進するためにも、また法律上定められる基本原則の内容を例 示的に示していくためにも、何が均衡かについて具体的な内容を示したガイドラ イン(仮称)を早急に策定し、ルールの社会的な浸透・定着を図っていくことが 重要である。 6月に発表された「年齢にかかわりなく働ける社会に関する有識者会議」中 間とりまとめでも、多様な働き方を可能にするために「公正な処遇を社会的に 確立していくことが重要であり、政府はパートタイム労働に関するガイドライ ンを策定するなど環境整備に努めるべきである」と提言されている。 (ロ)ガイドラインによる「均衡処遇」の具体的内容の明確化 本報告では、今後の検討に資するため、ガイドライン案を別添のとおり、作成 した。ガイドライン案の中で、経営者に求めるルールの内容として整理されてい るのは以下のとおりである(本報告の別添参照)。
働きに応じた公正な処遇のための6つのルール [雇用管理における透明性・納得性の向上] ルール1 パート社員の処遇について常用フルタイム社員との違いやその理由につい て十分な説明を行うこと。 (なお、処遇の差について合理的理由と考えられるものを例示) ルール2 処遇の決定プロセスに、パート社員の意思が反映されるよう、工夫するこ と。 ルール3 パート社員についても、仕事の内容・役割の変化や能力の向上に伴って、 処遇を向上させる仕組みを作ること。 (なお、パートの昇進昇格制度のある事業所が3割弱に上ること、キャリアアップ、 昇進昇格制度などでパートの納得性や生産性を高めている事例を紹介) [雇用管理区分間の行き来を可能にすること] ルール4 パート社員の意欲、能力、適性等に応じて、常用フルタイム社員(あるい は短時間正社員)への転換の道を開くこと。 (なお、パートの正社員登用制度のある事業所(約3割)で、最近3年間に登用された 人数は一事業所あたり平均3.6人に上ることを示す。) [雇用管理における公正なルールの確保] ルール5 フルかパートかの違いだけで、現在の仕事、責任が同じであり、また異動 の幅、頻度などで判断されるキャリア管理実態の違いも明らかでない場合は、 処遇決定方式を合わせること。 (なお、こうしたパートは全体の4〜5%という調査結果を示す。) ルール6 ルール5に照らして、処遇決定方式を異にする合理性がある場合でも、現 在の仕事、責任が同じであれば、処遇水準の均衡に配慮すること。 (なお、このような場合に処遇均衡のための配慮として具体的に考えられる取組を示 す。また、参考値として、同様な仕事をしているパートが納得できると考える水準は パート、正社員、事業所ともに正社員の約8割が平均値となっていることを示す。) ※ なお、均衡処遇に関わるケースで法的に争われた実例として丸子警報器事件(注) についてその内容を紹介する。 |
※ なお、ここでは、「正社員」のことを「常用フルタイム社員」、「パート」のこ とを「パート社員」と呼んでいる。 (注)丸子警報器事件 原告ら臨時社員は、女性正社員と職種、作業内容が同じのみならず、労働時 間もほとんど同じであり、2カ月毎の雇用期間の更新を形式的に繰り返して長 期に勤続(4年〜25年)していたが、何ら措置を講ずることなく、女性正社員 との賃金格差が拡大していった事案。原告らの賃金が、同じ勤続年数の女性正 社員の8割以下となるとき、公序良俗に反し、違法になると判断された (長野地裁上田支部 平成8年3月15日判決)。 原告・被告双方が控訴したが、控訴審において、給与を日給から月給にする、 5年間月給の額を毎年3千円ずつ増額することにより5年後には正社員の9割前 後にまで是正する等を内容とする和解が成立した (東京高裁 平成11年11月29日和解)。 (ハ)事後的救済のための円滑なルートの整備 現在、21世紀職業財団の短時間雇用管理アドバイザー等により、パート労働者 を対象とした社会保険適用も含めた幅広い相談が行われている(図表39)。現状 をみると個人からの主たる相談内容は、社会保険適用関係が多く、賃金等に関す る相談は5.8%程度となっている。 また昨年10月から施行された個別紛争処理システムにおいては、都道府県労働 局について窓口を設け、広く労使間の個別紛争についてあっせんによる解決の道 を開いている。今後、これらの機関がそれぞれの役割を明確にしつつ、有機的連 携を図ることにより、トラブルが起きた時の事後的救済の円滑なルートが整備さ れ、また、その過程で上記ガイドラインが活用されれば、均衡処遇の実効性を高 めていくことにもつながるものと考えられる。 (ニ)「働きに応じた処遇」が広がっていくための評価・処遇手法の開発や実証 の取組の推進 IIでみたように「働きに応じた処遇」への流れは基幹的な役割を担いつつある パートにとって望ましい方向であり、こうした企業の処遇の枠組みの中でパート も正当に評価されるようになれば、自ずから均衡処遇の実現につながることにな る。その意味では、「働きに応じた処遇」を可能にする仕組みとして、個人の職 業能力や成果を公正かつ客観的に評価できる手法の開発が重要である。 現在、厚生労働省では、さまざまな職種での必要なスキルや能力開発のあり方 を体系化した職業能力開発体系を活用して、各業界の労使との連携により、職業 能力を適正に評価するための手法の開発を進めているが、こうしたノウハウがい わば公共財として企業において活用されるようになれば、「働きに応じた処遇」 のための評価軸の確立に役立つことになると考えられる。 ただ、こうした「働きに応じた処遇」やそれによって進むと考えられる「均衡 処遇」の実践によって、実際に労働者のモラールや生産性にどのような影響が及 ぶのかがわからないために、企業として、踏み出せないという事情もあると考え られる。その意味では、これらの取組を実践する際にどのような点に留意すれば 経営にとってもプラスとなるのかが実証的に示されれば、企業にとって大きな道 しるべとなる。 先行企業の成果分析を進めるとともに、企業の取組を促進してその成果・ノウ ハウを社会的に蓄積するモデル事業を実施し、企業に対して情報提供を行うこと も有効と考えられる。