別添 ───報告書の概要──── T 本研究の目的と背景 1.「失業なき労働移動」の必要性 産業構造や雇用構造の変化が進む中で、産業間・企業間の労働力需給のミスマ ッチが生じている。 このような構造変化に加え、近年においては景気の長期低迷が続き、多くの企 業で雇用の過剰感がさらに強まり、また雇用失業情勢も悪化している このため、産業間・企業間において失業を経ることなく労働移動が円滑に行わ れることが特に求められてきている。 2.系列外出向の必要性と今日的意義 この「失業なき労働移動」のための有効な方策としては、企業の系列外への出 向・移籍(以下「系列外出向」)が考えられる。 従来、出向は系列内で主に行われてきたが、最近の産業構造や雇用構造の変化 を背景として、系列内出向だけでは限界があるため、出向を資本関係や取引関係 のない企業(系列外の企業)にまで拡大して行うことは、現在、雇用調整を余儀 なくされている大企業において、中高年ホワイトカラー層に新たな就業の場を提 供するものとして今日的意義を有するものと考えられる。 一方、系列外出向は、慢性的な人材不足に悩む中小企業や新たな事業展開を行 うための人材を求めている企業においては、中核的人材を確保するための方策と して有効な手段となるものである。実際、系列外出向により出向者が新しい職場 で活躍し、企業業績向上の大きな力となった事例も多く見られるところである。 ※ 本研究においては出向・移籍を広く「出向」と呼んでいるが、本研究におけ るそれぞれの定義は以下のとおり。 ・「出向(在籍出向)」=元の企業の従業員の地位を保ち、籍を置いたまま他 の企業において業務に従事すること(狭義の出向) ・「移籍(転籍)」 =元の企業を退職し、籍を移して他の企業において業 務に従事すること 3.本研究の目的と検討内容 これまで、系列外出向については、その問題点等についての検討が十分に行わ れておらず、系列外出向の円滑な実施のためのノウハウの普及も一般的に進んで いないのが実情である。 このため、本研究においては、アンケートや企業ヒアリングによる出向の実態 調査を行うとともに、学識経験者、企業の実務経験者等により、系列外出向を円 滑に行うための課題や対応策を「送出企業」、「受入企業」、「本人」の各当事 者別に、また、「出向準備段階」、「情報収集、選定・調整段階」、「交渉段階 」、「成立後」の各手続段階別に検討した。 U 系列外出向円滑化のための改善点と対応策 従来、多く見られた、出向者本人の努力と負担に大きく依存した形での出向では、 成功の可能性は高まらない。 出向円滑化のための良好な環境づくりを進めるためには、送出企業、受入企業双 方において、出向者本人のキャリア開発の視点を第一に考えた、きめ細かな対応が 求められる。 1.送出企業における改善点と対応策 送出企業において系列外出向を円滑に行うために必要なこととしては、@出向 者の能力向上のための事前教育の充実、A出向者と受入企業との調整役として重 要な役割を果たす出向相談担当者の養成に努めることなどが求められる。 これらの具体的内容を各手続段階別に述べると以下のとおりである。 (1)出向準備段階 @ 社内体制の整備・充実 企業によっては、出向そのものが不利な人事異動としてマイナスイメージ がある場合がある。 このため、送出企業の経営者が、人材活用面での利点などの出向の積極的 意義を十分に認識し、ライフプランセミナー等を行い、社員に対する理解促 進のための活動を行うことが重要である。 出向・移籍に対してマイナスイメージを抱く社員の割合(送出企業調査) A 出向事前教育の充実 とりわけ中小企業に出向するような場合には、働き方や求められる能力な どが送り出し側の大企業と異なる場合がある。 このため、出向前の社員に対する事前教育や能力開発が不可欠である。 B 出向相談担当者の養成 出向候補者がより良い職場を確保するためには、キャリアカウンセリング (企業内職業相談)等を通じて出向候補者と出向窓口の担当者との間に良好 なコミュニケーションと確固たる信頼関係を構築することが求められる。 このため、セミナーの受講等により、出向担当者のカウンセリング能力の 向上などを図ることが重要である。 (2)情報収集、選定・調整段階 @ 情報ソースの拡充、多様化 近年の厳しい雇用失業情勢のため、求人情報が全体として不足している。 このため、出向候補者にとってより良い出向先を見つけるためには、より 多くの求人情報の確保が求められるため、産業雇用安定センターや民営あっ せん機関、取引先等様々なルートを通じ情報収集に努めることが重要である。 A 受入企業と出向候補者とのベストなマッチングの実施 送出企業が相応しいと思う出向候補者について、送出企業と受入企業とが 合意できない場合や、受入企業の実態が分からないため出向候補者が同意し ない場合がある。 このようなことを避けるためには、受入企業の状況をよく確認するととも に、出向候補者の能力を適切に評価することが重要であり、受入企業と出向 者本人の双方のニーズにあったマッチングに努める必要ある。 (3)交渉段階 ○ 受入れ企業への十分な説明と話し合い 受入れ経験が浅い企業へ出向させた場合に、出向に関する諸条件について、 出向後にトラブルが生じることがある。 このため、受入企業との出向契約は、出来るだけ具体的な内容にしておく ことが重要である。担当業務、職責、勤務部署等はもとより、在籍出向の期 間、移籍時の処遇条件、定年後の再雇用のための条件、役員登用の可能性等 についても十分な話し合いと確認が求められる。 (4)成立後 ○ 十分なフォローアップ 出向後には、当初予想されなかったトラブルが発生し、対応の遅れにより 問題が深刻化するケースがある。 こうしたことを未然に防ぐためには、出向後についても出向者本人や受入 企業側担当者との定期的な面談や自己申告書等により状況確認を行うことが 求められる。 2.受入企業における改善点と対応策 受入企業において系列外出向を円滑に行う(受け入れる)ためには、@企業と しての人材ニーズを明確にすること、A出向者の能力、適性を十分に把握し、出 向者本人が十分能力を発揮できるような環境づくりに努めることなどが求められ る。 これらの具体的内容を各手続段階別に述べると以下のとおりである。 (1)受入準備段階 @ 人材ニーズの明確化 人材ニーズが曖昧なまま出向者を受け入れてしまったため、優秀な人材を 受け入れても能力を十分に引き出せないなど、出向が不調に終わるケースが ある。 このため、受入企業においては、自社の経営内容、問題点等を分析した上 で人材の必要性や必要な人材の内容について明確にすることが重要である。 A 受入体制整備 出向者を管理職として受け入れる場合、プロパー社員の昇進問題とも絡む ため、社内のモラル低下のおそれが生じる。 このため、組織の現状と出向者の適性を十分に検討し、出向者がそのポス トに適任な理由をプロパー社員に説明しておくことが重要である。 (2)情報収集、選定・調整段階 ○ 評価の適正化 受入企業側の条件として、中高年齢層を対象外とするなど、求人の若年齢 化傾向が見られる。また、受入企業側が中高年齢者は新知識の習得や適応力 の面で若年齢層に劣る、また賃金に見合う成果が期待出来ないとする先入観 を持っている場合がある。ところが、中高年齢者を実際に受け入れている企 業の評価は高い。 このような中高年齢者に対する固定的な見方は改め、具体的な出向候補者 各人の能力を客観的に見極めるべきである。 年齢層別にみた受入企業から出向者への総合評価(受入企業調査) (3)交渉段階 ○ 交渉内容の明確化、適正化 交渉成立を急ぐあまり、受入企業が、出向後の労働環境や出向者の職務内 容・役割等に関して伝えにくいことを曖昧なままにしておき、出向後にトラ ブルが生じるケースがある。 このため、送出企業に対し、求人内容について伝えにくいことがあっても 曖昧にせず明確に伝えることが求められる。求人内容については、実労働時 間や賃金の水準、担当業務、年齢層や当面の役職等といった内容や、将来の 役職、求人理由や必要とされる能力や性格等、あるいはどのような位置付け でどのような役割を求めているのかといったように、出来る限り具体的な内 容である方が望ましい。また、在籍出向から移籍に移行する時期や移籍後の 定年についての取り扱いなどについても、明確にしておくことが望まれる。 (4)成立後 ○ 研修等受入教育の実施 出向者は潜在的な能力、意欲は高くとも、未知の職場で出向開始から暫く の期間は、慣れない業務において苦労し期待される成果が挙がらないことも 多い。 このため、一定期間の研修を行ったり、前任者との引き継ぎ期間を設ける 等、出向者受入のための教育の充実が何よりも重要である。また、管理職を 受け入れる場合には、早期に職場の実状を知るため、短期間の現場実習を実 施したり、一定期間は管理職ではなく担当者としての業務に就かせることな ども有効である。 3.出向者本人における改善点と対応策 系列外出向が円滑に行なわれるためには、出向者本人としても、@日常の能力 開発等自己啓発に努めること、A新しい業務や職場へ適応するための努力や出向 先の企業の人間になりきることが求められるところである。 (1)準備段階 ○ 能力開発の重要性 出向によりこれまでの業務知識や経験だけでは不十分となる場合がある。 このため、出向者本人が企業内研修等を活用し、自己啓発に努めておく必 要がある。特に、必要な専門能力や、OA機器の操作方法あるいは会計知識 など実務能力については、出向前若しくは出向後可能な限り早期に身につけ る努力をすべきである。 (2)成立後 ○ 新しい職場に溶け込む努力 送出企業における社内慣行や仕事の進め方をそのまま適用しようとして、 受入れ企業において通用せず、プロパー社員の反発を受けるなど、トラブル が発生することがある。 このため、社風、働き方等の違いについて、十分理解し、新しい職場に自 ら溶け込む努力が必要である。 出向者が能力を発揮できない、定着しない理由(受入企業調査) 出向が不調に終わったケース V 今後の課題 企業間における出向・移籍については、従来の緊急避難的なものから、失業を経 ない労働移動のための方策として、より積極的な役割を求められてきているが、今 後とも産業・雇用構造の変化に対応した、より実態に即した具体的な検討を進める ことが必要と考えられる。 1.今後の研究課題 ○ 出向者本人が能力発揮できるような企業の雇用管理 出向成立事例の中には、出向者本人が大企業においては経験できなかったよ うなやりがいを見出し活躍している者も多い。出向者本人が十分に能力発揮で きるような企業の雇用管理のあり方について、より具体的な検討が必要である と考えられる。 2.あっせん機関等による支援 ○ 情報提供機能の充実 出向を行う際には、企業間で直接交渉するだけでなく、あっせん機関を介し て行う場合がある。この場合、経営に余裕のない中小企業の場合には、産業雇 用安定センター等に頼るケースも多い。 このため、産業雇用安定センター等におけるより迅速、豊富な情報の提供や カウンセリング機能の充実等一層のサービス向上に取組むことなどが求められ る。 ○ 能力開発のための支援 系列外出向の成否は、企業間の求人、求職のベストのマッチングとあわせて 出向者本人の職業能力の向上によるところが大きい。 このため、出向者の職業能力開発のために、企業や本人に対する支援を推進 することが求められる。