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III 年齢にかかわりなく働ける社会の実現に向けた条件整備

 

1.職務の明確化と社会的能力評価システムの確立



  (1)職務の明確化と企業横断的な能力評価システムの確立



   能力を評価軸とする雇用システムに不可欠なのは、(1)個人にとっては自分の

  有する能力を明確に知り、それをアピールできる、(2)企業にとってはそれぞれ

  の職務に求められる能力を明示できる、能力について相互に理解可能となるよう

  な共通のものさしである。専門的職種については、職務の内容とそれに求められ

  る能力が比較的明らかで、企業横断的な労働市場がある程度形成され、能力評価

  システムも整備されつつあるが、今後は、こうした職種のみならず一般のホワイ

  トカラーなどの職務についても、個別企業における相違をも踏まえ、職務明確化

  と能力評価のための仕組みを確立して、企業横断的に利用できるような能力につ

  いての共通のものさしを整備していくことにより、円滑な転職を可能とするとと

  もに高齢期になっても有する能力を活かして活躍しうる環境を築いていくことが

  必要である。

   我が国企業では、幅広い職種にわたり能力を評価して処遇に結びつけるシステ

  ムとして職能資格制度が主に導入されている。最近では、潜在能力に加え、発揮

  された能力や成果を重視する方向での制度の見直しも進められているが、企業に

  よっては職務の内容や能力の評価基準が必ずしも明確化されていないというよう

  な問題があり、また、あくまでも評価の対象は企業内に限定されている。企業で

  求められる能力には、業務知識・能力のように企業によって評価基準が多様な分

  野と、社会的、管理的能力のように共通性の高い評価基準を持つ分野がある。こ

  うした多様性と共通性を踏まえ、企業内の能力評価と併せて企業横断的な能力評

  価が可能となるような仕組みを作っていくことが求められる。

   現在、国において、事業主団体と共同で、職務ごとに必要な知識や技能・技術

  を分析・抽出する職務明確化のための事業が実施されているが、このような取組

  を着実に進めるとともに、その成果の普及を図り、活用していくことが重要であ

  る。また、官民が協力して職務ごとに必要な能力について分析を行い、その結果

  を踏まえた能力評価手法を整備するとともに、それを基礎として各業種ごとに能

  力評価の具体的な基準を作成することにより、包括的な能力評価制度を整備して

  いく必要がある。その際には、ホワイトカラーなどの中で職務内容の定型化が難

  しい職務について思考・行動特性を含めて分析を行うことも検討するなど、職務

  の特性に応じた取組が求められる。また、こうした制度については、実際に活用

  する場でその有効性を検証し、労働市場の変化に併せて、常に改良を加えていく

  ことが必要である。



  (2)キャリア形成の支援、多様な能力開発機会の確保



   労働力需給構造の変化等に伴って労働移動が活発化する中で、労働者が自らの

  職業能力を認識しつつ、その職業生活設計に即して教育訓練を受け、キャリア形

  成を図ることがますます重要となっている。しかしながら、労働者が必ずしも初

  めから明確な職業意識を持ち、計画的にキャリアを形成できるわけではないこと

  から、労働者自らの取組を促すために、キャリアカウンセリングを通じた動機付

  けや能力の棚卸し等についての政策的支援が不可欠である。

   高齢者雇用に関するミレニアムプロジェクトの一環として、事務系ホワイトカ

  ラーの職務について、職務経験を表現する共通のものさしにより個人が職務経歴

  書を作成できるコンピュータを活用したキャリア棚卸し支援システムが開発され

  たところである。今後、官民が協力してこうしたシステムの普及や更新を行うと

  ともに、キャリアカウンセリングや求人・求職のマッチングを行う際のツールと

  して活用すれば、キャリア形成支援や再就職支援などの施策をより有効に実施し

  ていくことができよう。

   また、労働者に求められる職業能力が多様化かつ専門化していく中で、的確に

  キャリアを形成し、職業能力のミスマッチを防ぐためには、これに対応した多様

  な職業訓練・教育訓練の機会が十分に確保されることが重要である。

   このため、企業においては、職務に関する情報提供を進めるなど労働者のキャ

  リア形成を支援するとともに、労働者が高齢期を迎えても企業内の人材ニーズに

  見合った能力を維持・向上させることができるよう、引き続き企業内でのOJT

  又はOff-JTによる各年齢層の労働者の能力開発に取り組んでいく必要がある。

  また、公共職業能力開発施設、民間の教育訓練機関、大学・大学院などがそれぞ

  れの機能を活かして、ニーズに応じた職業訓練・教育訓練の機会の提供を図ると

  ともに、これに関する情報を体系的に整備し、提供していくことが必要である。

  さらに、働き方が変容し、労働移動が増加していく中で、企業主導の職業能力開

  発に加え、労働者の自発性を重視した職業能力開発を政策的に促進していく必要

  がある。

 

2.賃金・人事処遇制度の見直し



  (1)能力・職務重視の賃金・人事処遇制度の確立



   グローバル化や高齢化の進展といった経営環境の変化が進む中で、企業におい

  て賃金・人事処遇制度の見直しが進んでいる。職能資格制度と結びついた職能給

  が多くの企業で採用されているが、能力開発を重視するというメリットがある一

  方で、職能要件等の基準が抽象的で、必ずしも明確でなかったり、能力評価制度

  が未整備であるため、年功的な運用に流れやすいという課題を抱えている。

   年齢にかかわりなく働ける雇用システムを作っていくためには、職務の明確化、

  能力評価制度の整備と相まって、退職金を含めた賃金・人事処遇制度全般につい

  て、職務に必要な能力や成果を重視するという観点から見直しを行うことが必要

  である。こうした制度の見直しに当たっては、(1)各人の能力に応じた職務が、

  明確な目標や役割、権限とともに与えられ、(2)職務を通じた評価が、働き方に

  応じて、明確かつ公正な基準の下に自己申告や面接など本人の意向を加味した形

  で行われ、(3)その評価に基づいた処遇が行われる仕組みが構築できるかが前提

  となる。また、処遇については各人の納得を得られるよう、評価の基準や結果等

  に関する情報の開示が重要である。

   賃金・人事処遇制度の在り方については、例えば、仕事内容や職種特性に応じ

  て、(1)裁量度の大きい業務は成果・業績重視の処遇、(2)短期的に成果を測定す

  ることが困難あるいは適切でない業務は、より要件を明確化した職能給とするこ

  と、またキャリア形成の段階に応じて、(1)育成期間は職能給、(2)能力の発揮が

  問われる期間になれば成果に応じた処遇とすることなど、より複線的、多元的な

  処遇制度の確立を目指すことが大切である。

   また、能力や職務を重視した複線的、多元的な処遇の一環として、パートタイ

  ム労働などの多様な働き方に対する公正な処遇を可能とするためにも、職務の特

  性を踏まえて時間当たり賃金という考え方を今まで以上に取り入れ、賃金制度と

  して確立させることが必要である。

   高齢期の処遇については、定年時に大きく処遇を見直す企業が多く、60歳以

  降の賃金制度は担当職務に応じた職務給型の賃金制度とする企業が比較的多い状

  況となっている。定年時における処遇の見直しは、職務や責任の在り方の的確な

  見直しと併せて行われることが重要である。また、年齢にかかわりなく働ける雇

  用システム構築の視点からすると、より早い段階から、職務に必要な能力や成果

  を重視した一貫した人事処遇を行っていくことが望ましい。



  (2)評価・処遇における長期と短期のバランス



   我が国の雇用システムについて、企業にとっては経営が硬直化し急激な環境変

  化に対応しにくいこと、労働者にとっては一定の処遇を得ようとすると画一的な

  働き方を余儀なくされることなどの問題点が現れてきている一方で、企業及び労

  働者にとってのメリットが依然として存在していることも事実である。一つには、

  長期的にその企業に合った人材を育成していくという、企業にとって重要なメリ

  ットがある。また、人的資源が長期間維持されるために安定的な経営が可能とな

  ることや、実績の積み重ねにより個々の労働者の能力評価が容易になるとともに

  長期的に報いることで労働者の意欲を引き出せること、労働者間に競争関係では

  なく協調関係が生まれやすいため技術移転の円滑化などの相互支援によって効率

  性が向上すること等のメリットも存在する。

   労働者にとっては、雇用が安定することで長期的な生活設計の見通しが立ちや

  すく、何より安心感を得ることができる。また、年功的な賃金体系は、次に述べ

  るようにライフステージに応じて生計費をまかなう性格を有している。

   長期的な雇用・処遇のメリット・デメリットのどちらが大きいかは、業種や職

  種ごとに異なる面があり、メリットの大きい分野では長期的な人材育成機能、雇

  用安定機能をできる限り活かしていくことが望ましい。諸外国の場合においても、

  勤続年数が長くなるにつれて技能の蓄積が高まり、それに応じて賃金の上昇が見

  られる。英米では、職務給型であったブルーカラーについても技能を加味して評

  価する方向に向かいつつあるとともに、職務と能力を組み合わせた処遇を行って

  いるホワイトカラーについても、能力的要素を多く取り入れるなど、新しい賃金

  制度を取り入れる動きも出てきている。

   賃金・人事処遇制度の見直しに当たっても、こうした国際的動向にも留意しつ

  つ、業種や職種ごとの特性を踏まえ、短期的な業績のみに偏ることなく、長期と

  短期のバランスのとれた評価・処遇システムを確立していくための工夫が求めら

  れる。



  (3)賃金制度と生計費



   賃金制度の見直しに際しての課題として、我が国の年功賃金が生計費に対応し

  た賃金という性格を有していることがある。すでに年齢別賃金カーブはフラット

  化の動きを示しており、また、世帯主が家族を支えるという働き方についても変

  化しつつあるが、能力・職務を重視した賃金制度の確立のためには、さらに政策

  面において賃金制度の見直しを進めやすい環境整備を図っていくことが重要であ

  る。

   例えば、生計費の中でもとりわけ負担となっているものに教育費があり、奨学

  金制度や教育融資の充実など、家計負担を軽減するための措置を講じることなど

  が求められる。

 

3.能力を活かした多様な働き方を可能とする環境整備



  (1)年齢にかかわりなく活躍できるための従来の働き方の見直し



   年齢にかかわりなく生涯現役で活躍できる社会を実現するためには、我が国に

  おける従来の働き方そのものを根本から見直さなければならない。

   長期化する職業生活の中で、休暇の在り方、職業生活と家庭・地域での生活の

  バランスの在り方などに大きなかかわりを持つ労働時間の配分の在り方を見直し、

  個人のライフスタイルやライフステージに応じた多様な働き方を確立していく必

  要がある。このため、年次有給休暇の取得促進、所定外労働時間の削減などによ

  り労働時間の短縮を推進するとともに、職業だけでなく、生きがい活動、ボラン

  ティア活動など広がりのあるキャリアを作り上げるための生涯にわたる学習機会

  を確保し、就業と教育・ボランティアなどの両立ができるような環境整備を進め

  る必要がある。また、教育から就業、そして引退という直線的・画一的な生き方

  だけでなく、就業から再教育、引退から再就業など、いったんキャリアが中断し

  た場合にも何歳からでもやり直しのきくような、複線型の人生設計が可能となる

  条件整備が必要である。

   また、こうした働き方の見直しの中で、労働時間・賃金・雇用相互の組み合わ

  せの在り方について、ワークシェアリングという考え方を含め、マクロレベル、

  産業レベル、企業レベルといった各段階で関係者が十分に議論し、合意形成に努

  め、共通認識に立つことが重要である。この点に関しては、雇用の確保を優先的

  に考えるべきであり、このため労働時間を削減する場合は賃金の改定についても

  労働条件の不利益変更と捉える必要はなく、合理性があれば柔軟に認める方向で

  考えるべきではないかとの意見があった。また、長期雇用を大切にするためにも、

  仕事内容の変更や継続雇用制度の導入などに伴う労働条件の調整を柔軟に進めて

  いくことが必要との意見があった。



  (2)雇用就業形態の違いによる待遇格差の是正



   我が国の企業においては、常用フルタイムの社員に対して、定年までの雇用保

  障や年功的な賃金・人事処遇、職業能力開発機会の付与など、長期的な雇用関係

  を維持していくための様々な措置を講じている一方で、いわゆる非正規社員とみ

  なされるパートタイム労働者、期間労働者等に対しては、職務や能力、あるいは

  責任の差以上に、待遇に格差を設けている場合がある。

   今後、常用フルタイム以外の雇用就業形態についても、労働市場において、個

  人のライフスタイルに応じた正当な働き方として位置付ける必要がある。このた

  め、常用フルタイム以外の雇用就業形態を選択した労働者が、意欲を持って働く

  ことができるよう、企業において、それぞれの形態の労働者に求める職務と責任

  の内容を明らかにするとともに、職務に必要な能力や成果を重視した処遇の普及

  により不合理な格差を是正していく必要がある。そのためには、我が国の仕事の

  組み立て方や処遇の仕組みも踏まえた公正な処遇を社会的に確立していくことが

  重要であり、政府はパートタイム労働に関するガイドラインを策定するなど環境

  整備に努めるべきである。



  (3)多様な働き方に対応した税制や社会保障制度等の整備



   雇用就業形態の多様化に伴って、働き方についての個人の選択を制約するよう

  な税制や社会保障制度等について、働き方によって不合理な取扱いが生じない、

  より公正な制度に見直す必要がある。

   例えば、厚生年金は、原則として通常の労働者のおおむね4分の3以上の日数・

  時間以上働く労働者が加入することとされていることから、パートタイム労働者

  については適用を受けない者も少なくないが、雇用就業形態の多様化に対応し、

  就業により中立的な仕組みにするという観点も踏まえ、次期年金制度改正に向け、

  その適用拡大について検討を行う必要がある。また、退職金に係る所得税控除は、

  勤続年数が長くなるほど有利な仕組みとなっているが、勤続年数に中立的になる

  ような見直しについて検討する必要がある。働いている高齢者に対し、一定の条

  件の下で減額した年金を支給する在職老齢年金制度については、高齢者の就業に

  関してどのように機能しているか評価した上で、高齢者の就業を促進するような

  方向で、その在り方について検討することが必要である。



  (4)多様な形態の雇用・就業機会の確保と労働力需給調整機能の強化



   各人が、その能力を活かして年齢にかかわりなく働くことができるよう、多様

  な形態の雇用・就業機会を確保していくことは、これからの重要な課題であり、

  政府は多様な働き方が可能となるよう、制度の見直しを進めていく必要がある。

   労働者派遣については、労働者の働き方の選択肢を広げるとともに短期の労

  働需要に対応し、雇用機会の拡大が図られる等のメリットがあり、労働者保護の

  観点等を十分踏まえて、派遣期間の延長や対象となる業務の見直し等を含め制度

  全体の在り方について検討する必要がある。また、高齢者の派遣を専門に行う子

  会社の設立などを通じた雇用確保について、支援を検討していく必要がある。有

  期雇用契約については、企業の枠を超えて自らの専門性を活かした柔軟な働き方

  をすることによりその能力を存分に発揮したいという労働者やより安定した雇用

  を望む労働者のニーズ、企業活動の積極的な展開という企業のニーズに応えてい

  くため、雇い止めの不安のない安定した雇用を望む有期雇用契約労働者の視点も

  考慮しつつ、その在り方について検討する必要がある。裁量労働制についても、

  自律的・創造的な働き方を求める労働者がその能力を存分に発揮できるよう、そ

  の在り方について検討する必要がある。

   また、パートタイム労働者や派遣労働者などから常用フルタイム雇用への転換

  など、雇用形態の移行が柔軟に行われることにより、労働者の意欲と能力に応じ

  たキャリアアップを可能とすることが望ましい。

   こうした多様な雇用就業形態の拡大とともに、今後、労働移動が増加していく

  中で労働者が円滑に再就職できるよう、労働市場における需給調整機能の一層の

  強化に取り組む必要がある。このため、公的機関と民間機関が連携して、求人・

  求職に係る情報の提供体制を充実させることや職業訓練と職業紹介の連携を強化

  するほか、職業紹介事業制度全体の在り方等についての見直し検討を進めていく

  などの取組が必要である。



  (5)高齢者の職域開発



   高齢者の働く場を確保するには、夜間や週末など、若年や中年との時間的・時

  期的な分担を行うことで創出する方法や、事業所自体を高齢者主体にするなど場

  所を分ける方法がある。また、高齢者向きの職務としては、商品アドバイザーな

  ど、今後増加していくシニア需要の内容を理解しやすい高齢者がその特性を活か

  せる職務や、社内人材の育成のための教育訓練、消費者など外部からの苦情処理

  など、長年培った経験等を活かせる職務が考えられる。現場の工夫を活かして、

  これらの手法により、高齢者の働きやすい職場を積極的に創出していくとともに、

  従来、若い人が従事していた職務についても、今後はできるだけ高齢者を活用し

  ていくという視点に立った対応が望まれる。

   同時に、IT化の進展といった近年の技術革新の成果を活用することや、また

  高齢者向けに職務の再設計を行うことにより、体力等の低下した高齢者であって

  も引き続き働けるような職域の開発に努める必要がある。

   すでに様々な業種の企業において、施設や設備等のハード面の改善や、職場の

  分担の仕方、作業のやり方、健康・体力等に配慮した勤務形態の導入などソフト

  面の改善を行い、高齢者の職域開発や職場の創造を行っている事例が見られる。

  高齢者雇用について専門的なノウハウを有する機関において、これらの好事例を

  体系的に収集・分析し、積極的に普及を図るとともに、企業に対するコンサルテ

  ィングサービス機能を強化し、高齢者の職域開発を支援していくべきである。



  (6)幅広いニーズに応じた就業・社会参加の促進



   働き方について労働者のニーズが多様化していく中、雇用以外にも、自営開業、

  地域の生活に密着した臨時的・短期的な就業などの働き方を本人の希望に応じて

  選んだり、仕事以外にもボランティアを通じて社会との結びつきを得たりするこ

  とのできる機会を確保していくことや、そうした就業・社会参加が不利とならな

  い環境づくりに努めることが重要である。

   とりわけ高齢期には、フルタイム雇用と職業生活からの引退の間を段階的に接

  続するような就業が求められるなど、意欲や体力の多様化に応じて、就業を含め

  た社会参加の在り方について、特に様々なニーズが現れてくる。

   シルバー人材センターは、定年退職後の高齢者に臨時的・短期的な就業機会を

  提供することを通じて、高齢者の就業ニーズに応えるとともに、生きがいの創出、

  地域社会の活性化等に大きな役割を担ってきた。今後は、高齢化のさらなる進展、

  高齢者のニーズの多様化等を受けて、地域における高齢者の労働力需給調整機能

  から社会参加促進機能まで一層幅広い機能を果たし、地域社会に貢献していくた

  めの役割の強化が必要である。

   また、長年の知識や経験を活かすことを希望する高齢者など、自営開業を選択

  する個人に対しては、政府としても、民間の知恵と活力を活かしつつ起業ノウハ

  ウの提供や会社設立当初に必要となるコストの支援などを行うことにより、積極

  的に起業に挑戦できるような環境を整備していくことが必要である。

   さらには、企業社会から離れて収入よりも社会貢献に意義を見出し、生きがい

  を重視する高齢者が増加していくことも予想される。その一方、家庭や地域社会

  の姿が変化する中で、企業社会で一般に重要とされる能力とは異なった思考・行

  動特性が必要となる対個人サービスのニーズが、教育や福祉などの分野において

  高まっていくと考えられる。両者を結びつける役割を果たすNPOによる活動が

  より幅広く展開されていく中で、そこでの雇用・就業機会も今後増加していくこ

  とが期待される。また、雇用・就業に加え、ボランティア活動への参加など、必

  ずしも従来からの労働という枠にとどまらない社会参加についても、無償のもの

  だけでなく、謝礼として一定額を受け取るような有償ボランティアや、ボランテ

  ィアサービスを時間や点数に換算したり地域の紙幣に置き換えて循環させる地域

  通貨といった仕組による活動が展開されており、個人の社会参加の選択肢が広が

  ってきている。これらについて、働き方の一つの在り方として、位置付けを検討

  していく必要がある。あわせて、社会参加を希望する者に対して地域における諸

  活動について情報提供を行ったり、活動に要するコストについて支援するなど、

  NPO等との連携を図った上での行政による支援も重要である。

 

4.採用と退職にかかわる条件整備



  (1)募集・採用時における年齢制限の是正に向けた一層の取組



   平成12年4月の調査によれば、求人に当たって年齢制限を設定している企業

  は9割を超え、その上限年齢の平均は40歳程度である。このことが、中高年齢

  層の求人が少ない大きな要因となっている。今後、雇用機会の確保を進めていく

  ためには、企業は、年齢で一律に判断するのではなく個々の労働者の適性・能力

  等に基づいて、募集・採用を行うことが必要であり、募集・採用時における年齢

  制限の是正に向けた一層の取組が不可欠である。

   まず、政府は、今般策定された雇用対策法に基づく募集・採用時における年齢

  制限緩和のための指針を、年齢制限の見直しに向けた取組の第一歩と捉え、今後

  は実効性の確保に向けて、その確実な運用を図っていかなければならない。その

  上で、我が国の雇用慣行の今後の状況を踏まえながら、実態の分析や施策の効果

  の検証を行いつつ、年齢にかかわりなく働くことが可能となるよう、指針の内容

  を見直し、再就職の円滑化を進めていく必要がある。

   将来的には、年齢制限を課す必要性について事業主の説明責任をより強化する、

  さらには募集・採用時の年齢制限について原則禁止とすることを検討する必要が

  あるとの意見があった。一方、こうした措置を講じるのであれば、アメリカにお

  ける随意的雇用(Employment at will)の原則を参考としつつ、解雇を含めた退

  職の在り方についてもあわせて検討すべきとの意見があった。

   さらに、人口構成の変化による若年労働者の減少や働き方に関する労働者の意

  識の多様化、人材活用に対する企業ニーズの多様化等を踏まえ、基幹労働力の育

  成について留意しつつ、採用システムについて今後の在り方を検討する必要があ

  る。

   また、紹介予定派遣(派遣就業終了後に派遣先に職業紹介することを予定して

  行う労働者派遣)や常用目的紹介(当初求人者と求職者の間で有期雇用契約を締

  結させ、その契約の終了後引き続き、両当事者間で常用雇用契約を締結させるこ

  とを目的として行われる職業紹介)により派遣労働や有期雇用を経て常用雇用に

  移行する形態が普及すれば、企業にとって労働者の能力を的確に判断できるとと

  もに個人にとっても自分にあった会社で雇用されて働くことが可能となり、ミス

  マッチの解消につながると考えられる。このような形態の普及のためには、予定

  されていた紹介や雇入れが行われない場合にはその理由を明らかにすること、派

  遣労働や有期雇用の終了後に試用期間を設けないこと、常用雇用契約において予

  定される求人条件をあらかじめ希望者に対して書面で提示することなど、労働者

  に対する適切な配慮の下で実施されることが必要である。



  (2)定年の引上げや継続雇用制度の導入・改善の推進



   今後、団塊の世代が定年を迎え、60歳台前半層の雇用・就業機会をいかに確

  保していくかが大きな課題となる。また、老齢厚生年金の支給開始年齢について

  も、今後20数年間で60歳から65歳まで引き上げることとされている。これ

  らを踏まえれば、特に60歳台前半層の雇用確保について重点的に対応していく

  必要がある。

   高齢者がそれまで培ってきた能力を有効に発揮するためには、知識や経験を活

  かすことのできる従前からの職場で引き続き働くことが望ましい。しかしながら、

  60歳定年が定着し、定年制のある企業の約7割で継続雇用制度が実施されてい

  るものの、原則として希望者全員が65歳まで働くことのできる企業は約3割に

  とどまっている。

   このため、定年の引上げ、継続雇用制度の導入・改善により高齢者の安定的な

  雇用を確保していくことが必要である。政府としては、定年の引上げ、継続雇用

  制度の導入等の高齢者雇用確保措置について、目標・時期を明示したアクション

  プランを設定するとともに、各種助成措置・相談援助体制の充実などを含め、目

  標達成に向けた計画的な取組を促す対策の強化を図るべきである。



  (3)定年・解雇等の退職過程の在り方



   我が国の定年制は、年齢によって雇用が終了又は中断するという側面がある一

  方、定年年齢まで高齢者の雇用機会を確保するという役割を実質的に果たしてき

  ている。この定年制については、年金との接続の観点から、65歳未満の定年を

  禁止すべきとの意見があった。一方で、企業経営の現状を考えると65歳定年制

  の法制化については慎重であるべきとの意見があった。

   また、定年制そのものの在り方について、能力のある高齢者の活用の妨げとな

  っているので将来的には廃止すべきという意見と、定年年齢までの雇用の確保に

  ついて労使間で一定の共通理解を得られており、労働者の生活の安定や企業の雇

  用管理上の目安として、長期的な雇用関係のメリットを維持していく上で今後も

  果たすべき重要な役割があるとの意見があった。

   定年制を廃止した場合に、雇用調整の手法をどうするかが大きな課題となるが、

  客観的で公正な能力評価制度が確立されていない中で、解雇の対象者を選定する

  に足る基準を設定し、かつ、対象者の納得を得ることは困難であり、できたとし

  てもそのために要するコストは多大なものとなる。

   今後、年金の動向も踏まえながら、能力・成果に対応した賃金・人事処遇制度

  がどれだけ普及していくか、労働移動の状況も含めた実際の労働市場の状況を見

  つつ、定年、解雇などの雇用調整ルールの在り方について幅広い観点から検討を

  進めるとともに、処遇を見直して定年延長、継続雇用を行う方式によるコストと、

  定年をなくした場合に雇用調整に要するコストの比較を行いつつ、退職過程の在

  り方全体について検討する必要がある。



  (4)「年齢差別禁止」という考え方について



   年齢にかかわりなく働ける社会の実現のためには、年齢差別禁止というアプロ

  ーチをとる必要があるという意見がある一方、年齢にかかわりなく働ける社会と

  いうのは雇用における年齢差別を禁止することとイコールではなく、人権保障政

  策的観点と雇用政策的観点とを区別すべきとの意見や、年齢に代わる基準が確立

  されていない中で年齢差別禁止という手法を導入すれば、労働市場の混乱を招き

  かねないとの意見があった。

   アメリカでは年齢差別禁止法が制定されており、採用や賃金、昇進、労働条件、

  退職などについて、年齢を根拠として異なる取扱いをすることは禁止されている。

  ただし、アメリカの連邦法である年齢差別禁止法においても、先任権制度に基づ

  く行為は許容されており、上級管理職、公務員の一部などは定年制が認められて

  いる。また、そもそも法律の対象が40歳以上となっている点で、中高年齢層の

  雇用保護を目的とする性格を有しており、普遍的な均等待遇を目指す他の差別禁

  止法と異なる取扱いとなっている。

   いかなるアプローチをとるにせよ、年齢にかかわりなく働ける社会の実現のた

  めの条件として、職務の明確化と社会的な能力評価システムの整備、能力・職務

  を重視した賃金・人事処遇制度の普及、多様な働き方の定着などが大前提となる

  と考えられる。

   年齢差別禁止という考え方については、こうした前提を踏まえ、誰もが高齢期

  を迎えるという意味で「年齢差別」という概念が他の差別と異なるという点など

  を勘案しつつ、高齢者の雇用の促進のためにはいかなるアプローチがより効果的

  であるかといった観点から、総合的な検討を深めていく必要がある。

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