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III 職業情報をめぐる今後の方向性
1 今後の職業情報をめぐる視点
前記IIで明らかにされた職業情報をめぐる動向、現状を踏まえ、今後の職業情報の
あり方について整理すると、以下の視点をあげることができる。
(1) 多様な職業情報の整備
求職者・求人者の求める職業情報は幅広いものがある。また、求職者の場合、年齢
や職業経験の違いによって、求人者の場合、事業の種類、事業所規模の違い、募集職
種によって求める情報が異なっている。ニーズ調査によれば、求職者にとって職務内
容、労働条件は重要であるが、これらのみならず、将来のキャリア形成に関連する環
境、さらには、職場環境、人間関係等の会社の内情についての情報も求められている。
一方、求人者においては、求職者の情報に関して、態度・性格・適性など人柄、人間
関係・コミュニケーション能力、経験・スキルが重視される。経験・スキルの中には、
過去に従事した職務内容、仕事上の実績、職務の遂行に必要な資格などが含まれる。
さらに、こうした具体的な求職・求人活動場面だけではなく、若年者を中心とした
教育現場における職業教育・職業指導の場面、高齢化や事業内容の変化に伴う企業内
における人事雇用管理・能力開発等の場面、また、労働者個人が労働市場の中で自ら
の適性を把握しつつ職業選択や能力開発を行う場面等、今後積極的な取組の重要性が
増加すると考えられる職業生活をめぐるさまざまな場面で、それぞれのニーズに応じ
たきめ細かな職業情報が求められている。
これらのことから、職業情報については、情報の内容を豊かにすることが重要であ
り、仕事の内容、必要なスキル・技能、経験、適性、さらには、職務の位置づけ、将
来性、能力開発の方法・機関、能力評価、賃金、労働力需給状況等といった、情報の
受け手の幅広い情報ニーズに対応することのできる体系が求められる。
(2) 職業情報における職業名の意義と方向性
職業選択が様々な観点からアプローチされるとしても、職業名は、職業相談、職業
紹介において、職業選択等の拠り所として、また、多様な職業情報の見出し語の役割
を果たすものとして、その重要性は大きい。
各般において行われる職業相談、職業紹介等の連携を確保するという観点や、求職
者、求人者等の混乱を回避するという観点、また、統計的に活用して労働市場のマク
ロの状況を判断する観点からも、職業名には一定の概念の共通性を持たせていく必要
がある。
こうしたことから、職業名については、今後、官民共通のものの整理に取り組む必
要があるが、その基本は、単に細分類職種について細かく職務や課業を記述していく
ことを重視するのではなく、他の多様な情報と有機的にリンクさせて活用し、求人・
求職者の意志決定を支援し、官民における職業相談、職業紹介をより円滑化する観点
を重視する必要がある。すなわち、職業名の意義は、利用者のニーズに合わせた職業
情報の柔軟な探索、編集の可能性と関連させて考える必要がある。
(3) 横断的な職業情報の整備による関連職業の把握
今後、拡大すると見込まれる労働移動、とりわけ職種を越えた労働移動に対応する
ために、転職可能性を正しく把握できる職業情報の充実を図っていくことが必要であ
る。
そうした職業情報を整備するためには、職業を構成する仕事の内容を分析すること
により、必要な能力や適性、経験を明確にし、それを踏まえて複数の職業に共通する
項目を見いだし、この項目を種々の視点から大項目に括り、これによって相互に共通
性を持つ職業を横断的に把握できるようにすることが必要である。
こうした共通する項目をベースにして職業の情報を広く提供していくことは、転職
を余儀なくされる求職者にとっての職業選択の基盤となるだけでなく、従業員の職場
配置や能力開発といった点から、求人者にとっても意義のあるものということができ
る。
(4) 情報の鮮度の保持
提供される職業情報が、その時々のニーズに的確に対応していくためには、情報
の範囲の充実とともに、情報の鮮度の保持が配慮されなければならない。職業をめぐ
る様々な側面で変化のスピードが加速化することが予想される今後において、一度蓄
積された情報が何年もそのままにされているとすれば、その情報は陳腐化した使いも
のにならないものとなってしまうおそれがある。したがって、産業、労働市場、意識
等状況の変化に的確に対応したものとするため、産業界、労働力需給調整機関等の協
力を得て、現場からフィードバックされる情報を反映できるような情報提供の体系の
構築が求められる。
(5) 明示できていない情報の明確化
職業情報の充実に関連して、明示されにくい特性の明確化の問題がある。多くの求
人者が採用の際に重視する「人柄」、「交渉力」、「対人能力」等の言葉で表現され
る特性がある。これら明示化できていない能力について、より具体的な指標にブレー
クダウンすることと等により明確化を図ることが検討される必要がある。近年、コン
ピテンシー(高業績者が成果達成の際に取る行動様式)の分析・研究、これを人事戦
略に活用しようとする企業等の動きも現れてきており、今後は、キャリアカウンセリ
ングによる支援や自己申告制などの普及とともに、客観性のある指標となることが期
待される。
企業には、特定の職業における職務遂行に必要な能力を分かりやすい形で企業の内
外に示すとともに、求職者の求めているものを理解し、職業を表現する知識・能力を
高める努力が求められる。現在、企業側では、機密性、効率性、採用コスト、採用部
署と人事部門の距離感(現場ニーズと人事ニーズの差異)など職業情報の公開には阻
害要因が多く、結果として職業情報は概して企業イメージ、職種、年齢、労働条件に
限られるケースが多い。通常の求人情報には欠けている、仕事内容、仕事の遂行に必
要な能力などの指標や、仕事に従事している人の特性等の情報は、採用、配置等にお
いてむしろ重要な要素となる等、これらは、企業内の人材の有効活用においても必要
な視点である。今後、希少価値のスキルを持った人材や有能な人材を中心に、求人者
が提供する職業情報から求職者イニシアティブを持って企業選択を行っていく傾向が
強まると予想される中で、求人側から、人の特性を含めた内容豊富な職業情報の公開
が必要である。
明示されない職業情報の明確化が必要なことは、求職者側における、自己の経験、
職業能力、適性などの情報についても同様である。求職者は職務経歴書の記述能力の
向上等によって、特性、興味、適性等の情報を具体的に表現する能力が求められる。
(6) 職業情報を使いこなす能力
今後、情報化の進展の中で、多面的な職業情報を自らの判断で検索し、活用するこ
とが広く普及する一方で、検索する側の職業に対する理解度が、必要とする情報を効
率的に得ることや、それを職業生活に有効に活用することに大きく影響する。
このため、今後の職業情報のあり方を検討する際に、職業と職業情報について国民
各層の関心を高めるとともに、求職者、求人者とも、職業についての基本的な知識を
十分に持ちそれを使いこなす能力、すなわち、いわゆる「職業リテラシィ」を身につ
けることが重要な課題として位置づけられる。
(7) 職業能力開発を支援する職業情報
経済・産業構造の転換、雇用に関する労働者の意識の変化、労働移動の増加、企業
による人材の即戦力志向の高まり等に伴い、企業主導の能力開発に加え、労働者の自
発性を重視した職業能力開発の重要性が増してきている。
このため、キャリア形成支援、職業能力評価システムの整備、多様な教育訓練シス
テム等の必要性が指摘されているが、職業情報の整備にあたっては、こうした企業あ
るいは個人の自発的な能力開発の取組を支援する情報内容、仕組みとすることが意識
される必要がある。
2 今後の方向性
上記1の視点に基づき、労働市場における情報インフラの整備の観点から、今後の
職業情報充実に向けての具体的な方向性について以下の通り提言する。
(1) 職業情報の基礎的データベースの構築
職業情報を整備する目的は、円滑な労働力需給調整や職業生活の各段階において必
要となる情報を的確に提供するとともに、労働市場において使われる共通言語を整備
することにより、需給ギャップを明らかにし、マッチング効率を高め、能力開発が促
進されること等にある。
産業・職業構造の変化、労働移動を重ねつつキャリアアップしていく傾向の高まり
等に対応する職業情報を考えた場合には、いわゆる職業分類を細分化・精緻化する方
式ではなく、仕事の内容、求められる能力ばかりでなく、上記1に示した関連する豊
富な情報を有機的に活用できる体制を考えていくことが重要になる。
そのためには、まず、職業に関する幅広い情報が収集構築される必要がある。具体
的には、一定のまとまりとしての職業を単位に、その仕事内容、特徴、必要とされる
スキル、能力、経験、就業実態、労働条件、労働力需給、従事者の特性等の関連諸情
報をデータベース化し、様々な情報ニーズに応えることのできるシステムを構築する
ものである。職業情報に対する多面的な要請に応えるために、最近の情報通信技術を
駆使したシステムを構築するもので、社会が等しく共有できる職業情報の基盤として、
職務内容など仕事の特性に関する情報だけでなく人の特性(スキル、能力、適性な
ど)や労働市場に関する情報も含んだ職業に関するデータベースを構築することは、
画期的なものとして期待される。
具体的には、アメリカのO*NETのような、職業情報の基礎データをデータベース化
し、インターネット上に広く公開するシステムが参考になるものと考えられる。
なお、こうした取組の成否を左右する要素は、採用・雇用慣行、人事慣行、職業情
報の浸透度、民間の新規事業展開の土壌の有無等と多く、我が国独自の雇用慣行、企
業の人事制度を踏まえた我が国で必要とされる職業に関する情報や項目などについて
の学術的、実践的な基礎研究が一層必要となってくる。また、諸外国の先行的な職業
情報収集・提供事例もさらに検討することが望ましい。
(2) 基礎的データベースを活用した支援システムの構築
職業情報の総合的情報データベースはあくまでも基礎的なデータの集合であり、必
ずしもこれだけでそのまま、様々なニーズに有効に応えられるものとは限らない。こ
うした基礎的データベースを核として種々の支援システムがリンクする体制を構築す
ることが次に求められることになる。
アメリカの例で言えば、Career Kit(AJB、ACINET、ALX、Service Locator等)、Career
Zone、DISCOVER等のO*NETを活用した各種支援システムである。
こうした支援システムの構築には、官民が参加する体制が必要である。
アメリカのO*NETにおいては、職種、職務、求められる能力・現在の業務遂行能力
という一連の情報データ・ベースを政府が整備し、それを無償で自由に使える情報源
として、民間人材サービス会社、民間出版社等が活用している。
データベースの構築は、これを活用する応用システムの開発が伴う必要がある。デ
ータベースを基礎としたさまざまな応用システムの開発、例えば、職業適性診断シス
テム、さまざまな職種でのスキルの身につけ方やキャリアアップの道筋などと組み合
わせたシステムとすることにより、利用価値が高まるが、こうしたシステムの開発に
は官民の各機関が積極的に取り組むことが重要であり、また、データベース、関連シ
ステムが広く活用されることを促進する必要がある。
(3) 官民共通職業名の整備
今後の職業情報のあり方としては、上記のとおり、情報化を最大限活かしつつ各般
のニーズに応えるものとしてのデータベース化を核に整備されていくものと考えられ
るが、職業安定法第15条に規定された共通して使用されるべき職業名については、
これら職業情報の総合的情報データベース化を検討する中で、最も効率的な情報の単
位が検討されていくことより、その整備が図られていく必要があると考えられる。
従来の職業名にとらわれることなく、実際のニーズに最も応え得る職業の単位を共
通職業名として規定することにより、法規定の趣旨である官民にわたる円滑な需給調
整に真に資するものとなり、また、基礎的な共通言語としての職業名が就職活動時点
のみならず、職業生活全般においても有効なキーワードとしてこれまで以上に役立つ
ものとなると考えられる。
3 取組の手順
(1) 基礎的データベースの構築に向けた検討
情報ニーズを取り込んだ多様性に富む情報の収集と提供に関しては、今後の情報通
信技術の動向などを配慮しながらさらに検討を要する。
その際、職業ハンドブック、しごと事典等既存の職業情報データの蓄積を活かし、
その拡張可能性の検討を手掛かりとすること、その結果を踏まえた不足している情報
の試行的収集、これらを活用した数職種によるプロトタイプの試作による情報内容及
び検索・提供システムの検討等といったプロセスが考えられる。
また、求人情報において必要な人材を明確にするための求人内容の具体的記述方法
の検討(仕事の内容、必要な能力・経験等の職業仕様)、求職者の持つ仕事の遂行能
力・経験の具体的表記方法の検討、スキル・経験の分析を基礎にした関連する(異動
可能な)職業の情報、職業能力を客観的に評価するシステム、あるスキルを持った者
が一定のスキルに到達するために必要な追加の経験・教育の分析システム等の検討に
より、従来は明示されなかった情報を明示化し、職業情報を充実することが必要であ
る。
(2) 支援システムの検討
支援システムの構築については、求職者、求人者等に対する直接的な支援サービス
に関わるものであり、官民の種々の機関によって、積極的に検討・開発が進められる
ことが望まれる。
もちろん、その検討に当たっては、活用すべき基礎的データベースがどのように構
築されるかが大きく影響するものであるが、逆に、基礎的データベースのあり方を検
討するに当たっても、その活用・支援システムがどのようなものになるかを想定する
ことも効率的なシステムを構築する上で重要である。
このため、支援システムのあり方等についても、アメリカ等の状況の把握に勤める
とともに、比較的早い段階から、関係者を含めた検討の場を設け、基礎的データベー
スの構築にフィードバックがなされるよう配慮される必要がある。
この場合も、コンピュータによる適性診断システム、職業ガイダンスのあり方に関
する研究等、既存の取組成果を手掛かりとすることができる。
(3) 具体的展開
これらの検討には一定の時間を要することが想定されることから、その検討事項の
優先順位を判断し、順次活用していくという姿勢が必要である。例えば、高失業率が
続く現状において、より円滑な再就職支援を図るという観点から、充実すべき情報の
うち、各職業に必要なスキルや経験等についての明確化と実態把握から着手するとい
うことが想定される。
検討の進め方としては、
(1) 既存データの再構築等を通じた、基礎的データベースとして必要な情報内容
及び収集蓄積方策の検討
(2) 基礎的データベースの収集・蓄積の単位となるべき職業の設定方針の検討
(3) 基礎的データベース収集提供システムの検討
(4) 想定される各種支援システムの検討
等から取り組み、順次、数職種について基礎的データベースプロトタイプの試作、各
種支援システムの具体的ニーズ把握等を経て、基礎的データベースシステムの構築、
各種支援システムへの活用、他の既存システムとのリンク等に取り組むことが考えら
れる。
また、検討の早い段階に、情報収集や提供の仕組み、維持管理方法、経費等につい
て、我が国にふさわしいあり方を十分に精査する必要があり、同時に、各分野で取り
組まれている関連情報のシステム等と整合性をとりつつ、データの共有も図っていく
ことが重要である。
さらに、基礎的データベース、支援システムの検討に当たっては、官民の関係機関
が参加して行う必要があり、特に、利用者への情報提供サービスに直接的に関わる支
援システムの開発については、労働力需給調整機関、業界団体等種々の関係機関が積
極的に取り組むことが望まれる。
4 配慮が求められる関連事項
(1) 「しごと情報ネット」の取組
平成12年10月より、学識経験者及び労働力需給調整に関わる関係者から構成され
る運営協議会が設けられ、官民の労働力需給調整機関が保有する求人・求職情報から
取り出されたインデックス情報を、インターネットを利用して一覧、検索できるよう
にし、参加機関のホームページにリンクする等の方法により詳細情報にアクセスする
しくみである「しごと情報ネット」の検討が進められている。
この「しごと情報ネット」において、職種もインデックス情報の基本事項の一項目
として、当面、労働省編職業分類を基礎として区分を設定することを原則とし、民間
参加機関の職業分類方法等を参考としつつ、このシステム用に用いる分類の区分を設
けることが検討されている。
労働力の円滑な需給調整を図るためには、職業情報のあり方について、本報告書で
指摘されたように更に長期的に検討を深めていく必要があり、「しごと情報ネット」
の今後の運営においても、こうした検討結果を活かしていくことが重要であると言え
よう。
(2) 関連した分野での情報整備の取組との連携
現在、職業に関連する各分野で情報通信技術を活用した情報整備の動きが活発化し
ている。これらは、それぞれ個別の目的をもって行われているが、これらの間で互い
に情報のやりとりができることにより情報価値が飛躍的に高まる。
本検討委員会が提唱する情報データベースは、もとより様々な支援システムや情報
データベースに情報を活用される(取り込まれる)ことを前提として構築しようとす
るものであるが、本データベースを核とし、関連する情報にリンクあるいは読込みを
行うような有機的連携が意図される必要がある。
(3) 職業能力評価システムの整備
転職、職業紹介等の場面において、他の職種でも活かせる求職者のスキル、経験、
実績等を把握することが重要であり、職業能力を評価するシステムを整備することが
必要になる。
(4) 人的支援の必要性
労働移動が円滑に行われるためには、求職者の適性、能力、過去の経歴等を明確化
したうえで将来の転職可能性を判断することが必要になるが、これをデータのみで表
現し、判断することはできず、最終的には人間に頼るところが大きい。さらに、若年
者には、職業知識を得ることや自己理解のための職業情報を基盤とした支援が必要と
されている。特に最近の求職者(若手を中心とした)が転・就職に際して関心の強い
ポイントは、入社後どのようなスキルが身につき、将来どんなキャリアアップにつな
がるのかである。これらを検討するための支援が必要である。
このため、いわゆるキャリアカウンセラーとしての能力を有する者が転職支援の場
面で関与することが重要になる。インターネット検索や職業紹介技法の高度化に備え、
専門的人材の育成にも配慮が必要である。
(5) 求人票、求職票等への反映
整備された職業情報を十分に活用していくためには、職業相談、職業紹介等の場面
における求人票、求職票等、様々な支援活動において使用される各種帳票等が的確に
これらを反映したものとなるよう必要な見直しが行われる必要がある。
また、求職者が職業検索に使用したキーワードを整理分析し、これを求人者等に提示
することにより適切な求人情報の提供を求め、これらの情報が過不足なく記載される
よう求人票の見直しを行なうこと等の対応も今後の取組として想定される。
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