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              II 職業情報をめぐる現状



B.アメリカの職業情報をめぐる現状



 離転職が多く、個人も文字通り職業を選んで就職し、企業も空きの出たポストの職

種で人材を募集する米国社会では、職業あるいは職種に関する情報は就職、転職、募

集、採用における基盤となる情報として以前より整備されてきた。

 米国では近年、特に1990年代後半、行政の効率化とインターネットの普及により、

情報収集、情報提供の方法が様変わりしている。

 このため、海外における職業情報提供の取組例として、米国における職業情報の整

備状況を調査した。 



   

1.必須の情報としての従来からの職業情報



(1)職業辞典(Dictionary of Occupational Titles: DOT)



  全米5カ所の職務分析センターにおいて、専門の職員が職務分析を行い、職業情

 報の収集を行い、それを職業辞典(DOT)として集大成し(図1)、また、その若年者

 向けの解説冊子として、職業ハンドブック(Occupational Outlook Handbook)が作成

 されてきた。



(2)必須の情報としての職業情報―基本情報としての冊子とコンピュータによるキ

   ャリアガイダンスシステム―



  職業辞典と職業ハンドブックは政府からも出版されているが、民間出版会社から

 も様々に工夫、加工された印刷物が出ており、書店では必ず陳列される定番商品と

 なっている。文字通り「就職」が行われる米国社会においては、このような冊子は

 個人の求職者にとっても、また、人材を採用する企業にとっても必須の基礎的情報

 として利用されてきた。

  また、この職業辞典等の情報をもとにコンピュータによる総合的なキャリアガイ

 ダンスシステム(DISCOVER、SIGI-Plus等)が開発され(図2)、高校、大学の就職

 センター等で活用されてきた。



 図1 米国労働省の職業辞典(Dictionary of Occupational Titles: DOT)

                (略)



 図2 米国ACTのDISCOVERのメインメニュー

   





2.最近の動き―情報基盤整備としてのO*NETプロジェクト―



(1)職業情報収集体制の見直し:O*NETプロジェクト



 必須の情報として職業情報の重要性は変わらないが、より効率的に、最新の情報を

収集できるよう、職業情報の収集・整理の体制が見直されており、従来のように職務

分析員が企業に赴き、職務分析を行うのではなく、従業員と雇用主に対する構造化さ

れた質問紙を用いて、職業情報を収集する体制に変わろうとしている。

 この新たな職業情報収集はO*NETプロジェクトのもとに行われており、DOTに代わる

より多面的且つ最新の情報を反映した職業情報データベースとして、機能するよう開

発が進められている。



(2) O*NETとは



 O*NETは職業辞典DOTに替わるものとして開発されている職業に関する総合的なデー

タベースである。より多くの情報があれば、より多くの就職や転職の機会があるとの

思想に沿って作られている。自分の経験や能力に合った他の仕事があるか、自分の興

味や能力を生かせる職業はどのようなものか等を検索することができる。

 約1000の職業それぞれについて、以下のような情報が含まれており、各職業の各カ

テゴリは0〜100の評定値が入っている。O*NET全体としては約1000の職業を行、各項

目とそのカテゴリ(総計、約500)を列とするマトリックス(行列)となっている。約

1000の職業の分類は後で述べるSOCに基づいており、列を構成する項目は情報のある

もの、必要性が高いものから順次開発されている。



 ○ スキル―― 46のBasic skillとCross-Functional skill。

 ○ 仕事内容―― どのようなことをする仕事か。42のカテゴリ。

 ○ 興味―― ホランドの興味領域尺度の6類型。

 ○ 価値観―― 職務に関連した17の価値観(Work Style)。達成、承認等。

 ○ Work Context―― 仕事に関連した46の身体的、社会的要因。

 ○ Organizational Context―― 仕事に関係する51の組織特性。

 ○ 経験訓練―― 仕事に必要な経験と教育訓練。





 図3 O*NET開始画面( http://online.onetcenter.org/ )

   





(3)O*NETの効用・効果



 O*NETについては、米国では下記のような効果が期待されている。



 ○ 人事担当者(HR professional)、企業経営者



  ・採用や教育訓練をより的確に行う

  ・採用時にどのようなスキル等が必要かを明らかにする

  ・社員の教育訓練を設計する際、仕事内容、スキル等を明確にする

  ・正確で詳細な職務記述を可能にする

  ・昇進、昇格の際の判断基準

  ・社員の再就職等を斡旋する際の情報



 ○ 求職者



  ・各職業のスキル、興味、教育訓練等の情報

  ・どの職業が自分に合っているか

  ・自分をどのように伸ばすか(教育訓練)





(参考1)O*NETのデータを利用した一般向けシステムの開発



 O*NETは巨大なデータベースであり、個人が直接利用する際には難しい面がある。そ

のためO*NETのデータを利用し、中学生、高校生でも職業の探索が行えるシステム(Web

サイト)がニューヨーク州労働局で作られている(Career Zone 図4)。

 また、コンピュータによるキャリアガイダンスシステムDISCOVERを開発してきたACT

社も、システムの基礎データとしてDOTに替わりO*NETを利用するようになっている。





 図4 O*Netのデータを活用した中高生用職業情報サイト(CareerZone)

      http://www.explore.cornell.edu/newcareerzone/

               (略)





(参考2)興味、能力、価値観の測定ツール:プロファイラー



 O*NETは興味、能力、価値観等から検索できるが、個人のこれらの側面を測定するツ

ールが開発されている。



    Interest Profiler(興味)   Ability Profiler(能力)

    Work Importance Locator and Work Importance Profiler(価値観)





(4) インターネットにおける求人・求職の情報基盤としてのO*NET



 現在、米国労働省ではCareer Kit(後述)として、求人・求職情報(America’s Job 

Bank : AJB)、就職・転職を支援する情報サイト(Career InfoNet)、就職・転職のた

めの教育訓練機関の情報バンク(America’s  Learning eXchange)等をインターネッ

ト上で公開している。これらのシステムを職業という共通言語により(特にスキル

を中心として)結びつけるものとして、O*NETが位置づけられている。

 例えば、自分の持っているスキル、知識を生かせる職業は何か、就職、転職に必要

な知識はどこの教育訓練機関に行けば習得できるか、従業員の再就職を斡旋する際、

従業員のスキルを生かせるのはどのような職業か、空きポストの人材を捜すときにそ

のポストに必要なスキルは何か、等々をこれらのシステムで調べる場合、このスキル、

知識等が共通の用語として、それぞれのシステムで用いられていなければ相互に情報

を利用することはできない。このためのシステム全体の共通用語、また、その基準

(0〜100)を示すものとしてO*NETが位置づけられている。





 図5 仕事と人、教育訓練を結びつける共通言語

  





(5) 米国労働省が提供する求人・求職に関する総合的情報サイト:America's 

    Career Kit



 現在、米国労働省では求人・求職に関する総合的な情報サイトとして、以下の情報

をネット上で公開しており、これらをまとめてAmerica's Career Kitと呼んでいる。





 図6 America’s CareerKitの構成(参考1を参照)





 America's Job Bank(AJB)―― 全米の安定所、民間企業等から集めた求人情報約

               150万件、個人が登録した全米からの求職情報約80

               万件。



 America's Career InfoNet(ACINET)― 職業展望(成長職業、雇用機会の多い職

                   業等々)、職業毎の給与情報、就職に必

                   要な要件、州毎の情報、職業探索ツール、

                   キャリアの情報源(約4千のサイトをリ

                   ンク)等を提供。



 America's Learning eXchange(ALX)―― 教育訓練情報。6千の教育訓練機関、

                    30万のプログラム、セミナー、コース

                    を紹介。



 Service Locator――        個人の求職者、求人会社の双方に必要な雇

                  用と教育訓練に関する職業安定所やチャイル

                  ドケア等の施設の場所をインターネット上で

                  検索できる。



 O*NET――             前出、インターネット上の総合的な職業デー

                  タベース。





 図7 America’s Job BankとCareer InfoNetのサイトページ

             (略)





(6)企業情報システムとしての共通コードの必要性



 離転職の多い米国企業では、これに関わる業務のコンピュータによる自動化がかな

り進んでおり、1997年のSHRM(Society for human resource management)の調査でも、

すでに86%の企業でHR情報システム(HR information system、図8参照)が導入されて

いる。このような情報システムは外部のインターネットとの連携が図られており、企

業内の空きポストの情報を自動的にインターネットの求人情報サイトに提示すること

も可能になっている。

 例えば米国労働省のインターネット上の求人情報サイトであるAJBは、もともとは

全国の職業安定所に集まる求人情報を一括提供するものであるが、企業のHR情報シ

ステムからの情報を直接入力することも行われている。2000年11月現在、AJBには150

万件の求人があるが、このうち約60万件がこうした企業のHR情報システムから直接入

力されたものである。

 様々な情報システムが導入され、それがインターネットを介して相互に連携して使

われるこれからの情報ネットワーク社会を考えると、そこで用いられる分類、コード、

基準の共通化が必要となる。IT化を支える社会基盤、情報基盤として共通用語の必要

性が位置づけられる。





 図8 HR情報システムの例

  (http://www.peoplesoft.com/) (http://www.sap.com/) 

              (略) 





(7)米国における職業コード―DOTからSOCへ―



 米国労働省では職業紹介等に用いることを目的として、職業辞典(DOT)のコードで

あるDOTコードを用いてきた。このコードは9桁のコードであり、中央の3桁は労働

者機能(DPT: Data, People, Thing)に対応し、このコードだけでどのような職業の概

要がDPTの水準からわかるように工夫されたものである。このDOTコードは現在も使わ

れているが、SOC(Standard Occupational Classification)への代替がすすめられ

ている。O*NETも当初、DOTに準拠したO*NETコードで開発されたが(O*NET 98)、現

在はSOCを用いたシステムになっている(O*NET 3.0)。

 コンピュータ処理を前提としない、冊子と手作業では分類体系は作業効率上非常に

重要な意味があったが、コンピュータでの多面的な分類、ソート(並び替え)が容易

に行える今日、コードの分類体系にはかつてのような役割はなくなっている。今回、

O*NETがSOCを採用したことも、O*NETがデーターベースとして様々な角度からの検索が可

能なことから、職業コードは統計等で広く用いられているSOCに準拠したものと考え

られる。

 SOCは1980年に労働統計局(BLS)によって作成され、最近では1998年に改訂版が公表

 されている。現在のO*NET 3.0はこの1998年に改訂された分類を用いている。SOCの

分類体系は23の大分類(major group)、96の小分類(minor group)、449の代表職業名

(broad occupation)があり、全体では820以上の職業名が収録されている。SOCよりも

O*NET 3.0の方が収録職種の数が多いため、O*NET3.0ではSOCに3桁の枝番号を付与し

対応している。SOCについては本章最後の「参考2:SOCの分類体系」と、

http://www.bls.gov/soc/soc_home.htm を参照のこと。





(8) O*NET、Career Kit等の開発要員、体制等



 ここでは開発体制、サポート要員等について整理する。O*NETはかなり大規模なプ

ロジェクトであり、またAJBを含むCareer Kitも全体としては、膨大な情報を提供す

るシステムであるが、以下にみるようにO*NETプロジェクトに関わる労働省の職員は

2.5名(3名うち1名は兼任)、Career Kit担当の労働省職員も全部で5名である。

大規模なプロジェクト、大規模なシステムの開発、運営を行っているが、その体制は

弾力性のあるものとなっている。

 予算に関しては、開発の当初からの額は明確ではないが、継続的なO*NETの開発、

職業情報の収集等に年間約700万ドルの予算が認められている。O*NET開発の責任者

の個人的な意見としては、年間1000万ドルから1200万ドル必要と考えているとのこと

であった。



○ O*NETプロジェクト・コンソーシアム(連邦労働省他)



 職業情報の収集(労働者、雇用者アンケート調査)、O*NET online(Webサイト)

の管理、研究開発等を行う。コンソーシアム全体で約30名。ノースキャロライナのO

*NETセンター(下出)に15名、連邦労働省には、連邦政府職員2.5名(3名だが内1

名は兼任)、コントラクターからの出向者7名等、計15名がいる。



○ O*NETセンター(ノースキャロライナ州)



 ノースキャロライナ州にあった職務分析センターが改組されたものであり、職員は

15名。職員の身分は州政府職員であるが、給与は連邦から来ている。O*NET3.0の開

発、今年から始まる予定の情報収集本調査のプリテスト等を担当。



○ Career Kit担当(連邦労働省)



 CareerKit全体の開発等を担当。連邦政府職員5名、コントラクターからの出向者約

10名。



○ AJBサービスセンター(ニューヨーク州)



 AJBの運用、利用に関する問い合わせ等を担当、職員は35名。職員の身分は州政府

職員であるが、給与は連邦から来ている。AJBのシステムはApplied Theory社に運用

を依託。



○ CareerKitサービスセンター(ミネソタ州)



 CareerKitの利用者からの問い合わせ等を担当。もともとミネソタ州でLearning

eXchangeを開発してきた。







3.米国における職業情報整備



 IT革命の震源地であり、インターネットの多様な活用が広範に進む米国は、人材の

流動化の面でも参考になる点が多いものと考え、その状況をみてきたが、ここでの報

告をまとめると以下のように言えよう。



(1) 離転職の多い米国社会では、以前から職種毎の情報、職業情報は社会に必要

   な情報として整備されてきた(職業辞典DOT等)。



(2) 近年、より効率的な情報収集、より最新の情報を収集することを目的として、

   職業情報の収集体制が見直されている。業務遂行の体制も弾力性のあるプロジ

   ェクトによって行われている。(O*NETプロジェクト)。



(3) 米国労働省ではインターネットを通じて求人求職情報、就職・転職のための

   情報、教育訓練情報を提供しているが、これらを共通の用語、共通の基準で利

   用できるようにするためにもO*NETが必要とされている。



(4) 米国では、各企業でHR情報システム(HRinformationsystem)の導入が進んで

   おり、このようなシステムは社外のインターネットと連携したものとなってい

   る。このようなHR情報システムがスムーズに機能するためにも、採用、就職、

   転職等に関わるスキル、知識、仕事内容等のコードの共通化が求められている。



(5) 各社のシステムがインターネットを介して相互に連携し機能する、これから

   のIT時代において、それぞれの分野でのコード、定義、水準等の共通化が必要

   とされている。インターネットの普及によって、従来企業内あるいは企業グル

   ープ内に限定されていたオンラインでの接続が、全てのシステムの相互接続の

   可能性を持つこととなり、この意味でも共通用語、共通基準が必要とされてい

   る。



(6) O*NETを構成する興味、スキル、能力、仕事内容等々の各項目、またその尺

   度化、測定方法等に関しては、米国では広範な研究活動が行われている。この

   ような研究成果の蓄積のエッセンスとして今回のO*NETも設計されている。社

   会、経済的事象に関する科学的な測定方法、その尺度化、また妥当性、有用性

   の検討等、層の厚い継続的な研究活動が必要と考えられる。





   

□ 参考1―米国労働省America’s Career Kitのパンフレット(略)





□ 参考2――職業分類SOC(Standard Occupational Classification)の構造



1.SOCの大分類(23 major groups)



  11-0000 Management Occupations

  13-0000 Business and Financial Operations Occupations

  15-0000 Computer and Mathematical Occupations

  17-0000 Architecture and Engineering Occupations

  19-0000 Life, Physical, and Social Science Occupations

  21-0000 Community and Social Services Occupations

  23-0000 Legal Occupations

  25-0000 Education, Training, and Library Occupations

  27-0000 Arts, Design, Entertainment, Sports, and Media Occupations

  29-0000 Healthcare Practitioners and Technical Occupations

  31-0000 Healthcare Support Occupations

  33-0000 Protective Service Occupations

  35-0000 Food Preparation and Serving Related Occupations

  37-0000 Building and Grounds Cleaning and Maintenance Occupations

  39-0000 Personal Care and Service Occupations

  41-0000 Sales and Related Occupations

  43-0000 Office and Administrative Support Occupations

  45-0000 Farming, Fishing, and Forestry Occupations

  47-0000 Construction and Extraction Occupations

  49-0000 Installation, Maintenance, and Repair Occupations

  51-0000 Production Occupations

  53-0000 Transportation and Material Moving Occupations

  55-0000 Military Specific Occupations



2.SOC の大分類以下の体系例



 15-0000 Computer and Mathematical Occupations

  15-1000 Computer Specialists

  15-1010 Computer and Information Scientists, Research

    15-1011 Computer and Information Scientists, Research

  15-1020 Computer Programmers

    15-1021 Computer Programmers

  15-1030 Computer Software Engineers

    15-1031 Computer Software Engineers, Applications

    15-1032 Computer Software Engineers, Systems Software

  15-1040 Computer Support Specialists

    15-1041 Computer Support Specialists

  15-1050 Computer Systems Analysts

    15-1051 Computer Systems Analysts

  15-1060 Database Administrators

    15-1061 Database Administrators

  15-1070 Network and Computer Systems Administrators

    15-1071 Network and Computer Systems Administrators

  15-1080 Network Systems and Data Communications Analysts

    15-1081 Network Systems and Data Communications Analysts

  15-1090 Miscellaneous Computer Specialists

    15-1099 Computer Specialists, All Other



 15-2000 Mathematical Science Occupations

  15-2010 Actuaries

    15-2011 Actuaries

  15-2020 Mathematicians

    15-2021 Mathematicians

  15-2030 Operations Research Analysts

    15-2031 Operations Research Analysts

  15-2040 Statisticians

    15-2041 Statisticians

  15-2090 Miscellaneous Mathematical Science Occupations

    15-2091 Mathematical Technicians

    15-2099 Mathematical Science Occupations, All Other

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