戻る


IV 企業組織再編に伴う労働関係上の諸問題



 2 企業組織再編時における労働関係上の問題点及び対応



 (1)営業譲渡



  (1)労働契約の承継について



   3)労働契約承継に関する考え方



     企業組織再編の形態のうち、合併と会社分割については、それぞれ商法に

    規定が設けられており、株主及び債権者保護のための手続きを定めるととも

    に、権利義務関係は包括承継とされている。



     これに対して、商法の営業譲渡やそれに該当しない事業や施設の譲渡は、

    いずれも、個々の権利義務関係の承継は特定承継であり、譲渡会社と譲受会

    社との合意と権利義務の相手方の同意があれば承継されることになる。

     営業譲渡等における労働契約の承継について検討する場合には、このよう

    に合併、会社分割と営業譲渡等とで、権利義務関係の承継について異なる仕

    組みとなっていることを念頭に置かなければならない。



     営業譲渡の経済的意義を考えると、譲渡会社は当該営業譲渡により売却益

    を得ることにより、新規分野や中核部門に投資を行うなど、企業経営全体の

    戦略の下で譲渡を行うという面があり、企業は、こうした営業譲渡の経済的

    役割を踏まえつつ対応している。この場合、譲渡会社においては、営業譲渡

    によって譲渡部門の雇用は減少するが、新たな投資によって別の部門で雇用

    が増えることも想定される。



     また、会社分割の場合は分割後の分割会社及び設立会社等のいずれも債務

    超過にないことが求められ、また合併の場合には、債務超過企業を吸収する

    ことは不可能である一方で、営業譲渡の場合にはこうした規制がなく、債務

    超過部門を譲渡することが可能であり、その面から不採算部門の整理や倒産

    法制を活用した経営破綻事例において活用される面がある。この場合、営業

    譲渡が行われることによって、企業の再生が可能になったり、不採算部門の

    引き受けなどによって、雇用の確保につながることも想定される。



     企業戦略に基づく営業譲渡の場合であっても、経営破綻等の際の営業譲渡

    の場合であっても、譲渡会社と譲受会社との営業譲渡を巡る交渉は、経済的

    には、その譲渡部門の経済的価値と譲渡価格の交渉であり、営業譲渡に伴っ

    て転籍する労働者が増えることによって譲渡部門の経済的価値が下がれば、

    譲渡価格が低下し、更に経済的価値がなくなれば、営業譲渡が成立しないこ

    とも想定される。営業譲渡が成立しないために、不採算部門を閉鎖せざるを

    得なくなったり、企業が倒産に至ったりして、雇用が失われることもあるこ

    とを考えれば、労働契約の承継について、営業譲渡に向けた交渉を阻害する

    ような規定を設けることには、慎重にならざるを得ない。

     現行法制を維持した場合には、譲渡部門で働いていた労働者は、譲渡会社

    から譲受会社に移るように要請されても、同意しなければ移る必要はない、

    すなわち、移ることについて拒否権がある。



     しかし、従来の仕事とともに譲受会社に移りたいと希望しても、移る権利

    はない。一方、EU既得権指令によれば、譲渡部門で働いていた労働者は、

    その営業譲渡に伴って譲受会社に移ることになる。EU既得権指令には、当

    該労働者の移ることについての拒否権について規定はなく、各国の国内法に

    ゆだねられており、ドイツでは異議申立権が規定されているが、フランスで

    は拒否権はない。譲渡部門のそれまで従事していた仕事との関係だけを考え

    れば、EU既得権指令のような形での整理もあり得る。



     しかし、我が国は、会社に就職するという意識が強く、会社内での人事ロ

    ーテーション、配置転換の慣行があり、特定の営業施設と労働者との結びつ

    き方は、極めて多様であるため、我が国の企業の現実からは、営業施設と労

    働者との間に有機的一体性があるものとして固定的に捉えることは適切では

    なく、そのような整理をすることには疑問がある。裁判例にも、本人の意に

    反して譲受会社に移るように言われて、争いになっているケースが多い。



     営業譲渡の法的性格、その経済的意義、我が国の雇用慣行、営業譲渡やそ

    れに類する事業・施設の譲渡の多様性を考慮すれば、一律のルール設定は困

    難である。また、解雇規制に関して判例による権利濫用法理でしか対応がな

    されていない中で、営業譲渡に伴う労働契約の承継のルールのみを法律で定

    めることはバランスを失する面がある。これらのことを総合的に勘案すれば、

    営業譲渡の際の労働契約関係の承継について、法的措置を講ずることは適当

    ではなく、労働契約の承継に関して生じている問題については、(2)で述べ

    るような対応をとることによって、解決を図るべきであると考える。



     なお、譲渡会社は、当該部門の労働者について、譲受会社に承継される者

    についても、承継されない者についても、使用者としての責任を負っている。

    また、営業譲渡があった場合に、譲受会社において当該営業部門を円滑に運

    営するためには、物的資産だけではなく、事業活動を担う人的資源としての

    労働者が必要である。このようなことから、本研究会は、営業譲渡に際して

    は、譲渡会社の努力と譲受会社の理解によって、できる限り、譲渡部門の労

    者の雇用の確保が図られるべきであると考える。

                     TOP

                     戻る