III 企業組織再編に伴う労働関係上の実態 3 諸外国の現状について 本研究会において、諸外国における企業組織再編に係る法制度の運用、判例の動 向及びこれらに対する労使団体等の見解等を調査するために、欧州(ドイツ、フラ ンス及び欧州委員会)及びアメリカにおいて海外調査を行った。その概要は以下の とおりである。 (1)欧州 ・基本的にEU諸国では、「企業、事業又は企業、事業の一部の移転の際の労 働者の権利保護に関する加盟国法の接近に関する指令」(以下「EU既得権 指令」という。)に従って各国で法的整備がなされている。営業の移転時の 権利義務の承継については、ドイツでは民法典613a条、フランスでは労働 法典L122-12条がそれぞれ適用され、原則的に企業移転時における労働契約 は全て承継されることになる。 ・営業の移転に伴う解雇については、EU既得権指令において、事業等の移転 自体は解雇理由とされてはならない旨規定されており(第4条第1項)、ド イツでは民法典613a条第4項の規定、フランスでは労働法典L122-12条2 項の規定により、営業の移転のみを理由とする解雇は認められていない。 ただし、EU既得権指令において、経済的、技術的又は組織的理由による 解雇は認められる旨規定されており(第4条第1項ただし書)、ドイツでは 民法典及び解雇制限法の規定により、「緊急の経営の必要性」が認められる 場合には、営業の移転が行われる場合であっても解雇は許容されている。ま た、フランスでは、経済的解雇法理の適用等により、「現実かつ重大な事 由」に基づく解雇が判例上許容されている。 ・移転の対象となる「営業」の範囲については、これまで判例上様々な見解が 出されてきたが、基本的にEU既得権指令における「同一性を保持する経済 的実体の移転」(第1条第1項)に該当するか否かで判断されている。 ・ドイツにおいては、EU既得権指令を上回るものとして、企業分割が行われ ても、その組織に何ら変更のない場合には、組織変更法上分割会社と新設会 社等が共同で経営を行うものと推定する制度等が設けられている。 ・また、ドイツ、フランス両国において、譲渡対象事業に従事する労働者のう ち、当該事業の譲渡に伴う労働契約の承継を望まない労働者に関する取扱い 等に関して新たな動きがみられる。 ドイツでは、譲渡会社が対象事業に従事する労働者に対して通知義務を課 すとともに、該当労働者に、譲渡に伴う転籍に対する異議申立権を付与する (ただし、異議申立を行った結果、当該譲渡会社内に配置転換先が見つから ないこと等による解雇の危険性は、申立労働者が負うことになる。)ことを 内容とする法律改正が、2002年3月に行われた。 他方、フランスでは、法制上、譲渡に伴う転籍に対して該当労働者の拒否 権は認められていない。このため、労働者側が営業譲渡に伴う自らの労働契 約の移転を望まない場合に、当該対象部門は単なる企業の中の一分枝で自立 性を有していないことから、労働法典上の移転に当たらないため、自らの労 働契約も移転しないと主張し、それが認められた破毀院判例(Perrier事 件:2000年)が出された。 (2)アメリカ ・アメリカの労働法制は、解雇自由原則が基本的な特徴であり、違法な差別 (組合所属・活動、人種、性別、年齢、障害等)に該当しない限り、使用者 はいつでも自由に労働者を解雇することができる。 営業譲渡時の労働者の 取扱いについても、欧州のような労働契約承継のルールは存在せず、譲受会 社は雇用を引き継ぐ義務を負わない。違法な差別にあたらない限り、承継の 有無・人数・対象者を自由に決定することができる。また、譲渡会社が事前 に解雇して調整を図ることや、営業譲渡後に譲受会社が余剰人員を解雇する ことも容易に行い得る。 ・譲渡会社に交渉代表組合が存在していた場合、判例によれば、営業譲渡の前 後で事業の継続性があり、かつ譲渡会社から承継された労働者がその過半数 を占めるならば、譲受会社は当該組合を交渉代表として承認し、誠実に団体 交渉を行う義務を負う。(Burns事件:1972年)ただし、この場合も譲受会 社は従前の労働協約を承継する必要はなく、承継労働者についても新規の労 働条件を設定した上で雇い入れることができる。 また、会社が営業譲渡を行うに当たり、労働者の雇用に及ぼす影響につい ては団体交渉の対象となるが、営業譲渡を行うこと自体は経営上の判断であ り、原則として組合と交渉する必要はないとされる傾向にある。 ・各産別労組では、労働協約中に、使用者が営業譲渡等を行う場合には譲受会 社が当該協約を承継すべしという「承継条項」を盛り込むよう努力している が、その獲得は必ずしも容易ではない。