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III 企業組織再編に伴う労働関係上の実態



 2 裁判例の動向



 (2)全部譲渡の場合



  (1)労働者が譲受会社への転籍を拒否しているもの



     譲渡会社の営業の全部譲渡の場合で、労働者が譲受会社への転籍を拒否し

    て裁判で争うケースはほとんどないが、厳密には、転籍を拒否するという点

    に関して当該ケースに該当するものではないが、譲渡会社への雇用上の地位

    の確認を求めた事案がある。具体的には、営業譲渡前に譲渡会社を解雇され

    た労働者が、当該解雇の無効を争っている最中に、譲渡会社が全営業を別会

    社に譲渡し解散した事例で、当該労働者との雇用関係が当然に消滅したとす

    る会社側の主張に対して、当該労働者が譲渡会社との間の雇用契約上の地位

    の確認を求めて争ったもの(「茨木消費者クラブ地位保全金員支払仮処分命

    令申立事件」(平成5年3月22日:大阪地裁))である。

     この裁判例では、両会社間の営業譲渡の成立及びそれに伴う解散そのもの

    を否定しつつ、営業譲渡時の労働関係の承継については、当然に承継される

    ものではなく、少なくとも両会社間で承継についての合意が必要であるとし

    ており、その合意がない以上、譲渡会社が引き続き雇用契約上の地位にある

    ことを認めている。



  

  (2)労働者が譲受会社に対して、雇用関係の継続を求めているもの



     譲渡会社の営業の全部譲渡の場合で争われたケースのほとんどがこの場合

    であり、その多くは、経営悪化に伴って行われた営業譲渡である。

     具体的な事例及びそれに対する裁判所の判断については、以下のとおりで

    ある。



     譲渡会社解散に先立って行われた営業譲渡の際に、譲渡会社を退職した労

    働者の一部の者のみが、譲渡会社と同一の取締役が経営する譲受会社に採用

    されなかったことについて、当該労働者が自らの労働契約上の権利関係が譲

    渡会社から譲受会社に承継されるとして地位保全等の仮処分を申し立てた事

    案(「宝塚映画・映像地位保全等仮処分申請事件」(昭和59年10月3日:神

    戸地裁伊丹支部))については、本件解雇を整理解雇の性質を有するものと

    して、その有効要件を満たしておらず無効とするとともに、資本系列、役員

    関係、本店所在地、営業目的、企業施設、従業員等との関係から、譲渡会社

    及び譲受会社間に実質的同一性が認められる場合には、当該営業譲渡が偽装

    解散等使用者側に悪意があるものとして、法人格否認の法理を用いて、承継

    されない労働者と譲受会社との間の雇用関係の存在を認める判断がなされて

    いる。



     また、同様のケースで、新会社を設立して旧会社を解散した際に、旧会社

    の労働者をいったん退職させた上で、新会社が改めて採用する事案で、旧会

    社において労働組合活動を行ってきた労働者が不採用とされたことに対して、

    当該労働者が自らの労働契約上の権利関係が旧会社から新会社に承継される

    として地位保全等の仮処分を申し立てた事案(「新関西通信システムズ地位

    保全等仮処分申立事件」(平成6年8月5日:大阪地裁))でも、譲渡会社

    及び譲受会社間に強度の類似性、実質的同一性を認め、譲受会社による雇用

    関係の否定は、解雇法理回避のための法人格の濫用であって無効であり、当

    該労働者と譲受会社との間の雇用関係を認めている。



     一方で、譲渡会社の法人格が形骸化しているとは認められなかった各事例

    については、それぞれ以下のような判断がなされている。



     第1に、譲渡対象である営業に、労働者全員との雇用契約を含むものとし

    て営業譲渡がなされたことを推認する、黙示の合意の推認の法理を用いて、

    承継されない労働者と譲受会社との間の労働契約上の地位を認めているケー

    ス(「タジマヤ地位確認等請求事件」(平成11年12月8日:大阪地裁))が

    ある。(なお当該ケースは、商法上の営業譲渡には該当しないが、その営業

    譲渡性が認定されている。)



     第2に、上記同様、営業譲渡に伴う転籍を希望する労働者のうち、譲渡会

    社において労働組合活動を行ってきた労働者が譲受会社に採用されなかった

    ケースについて、譲受会社での採用は新規採用というより雇用関係の承継に

    等しいものとし、当該営業譲渡契約において「譲受会社は譲渡会社の職員の

    雇用契約上の地位を承継せず、当該職員を雇用するか否かは譲受会社の専権

    事項とする」旨定められている場合であっても、当該合意は、労働組合や労

    働組合員を嫌悪し、これらを排除することを目的としてなされた脱法手段で

    あり、この不採用を労働組合活動を嫌悪しての解雇に等しいものとして、不

    当労働行為に該当するとしたケース(「青山会不採用事件」(平成14年2月

    27日:東京高裁))がある。



     上記のとおり、各裁判例においては、原則的に営業譲渡時の労働契約の承

    継について、特定承継の立場に立ちつつも、個別具体的な事案に即して、使

    用者側に恣意的対応がみられるような場合には、労働者保護に配慮した判決

    が出されているところである。

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