III 企業組織再編に伴う労働関係上の実態 2 裁判例の動向 裁判例において、営業譲渡時における労働契約等の取扱いが問題となる場合、 当該営業譲渡が譲渡会社の営業の一部譲渡(以下この報告書において「営業の一 部譲渡」とあるのは、当該会社が行っている複数の営業のうちの一部が譲渡され るものであることを指す。)であるか、全部譲渡であるかによって、以下のよう な違いがみられる。 (1) 一部譲渡の場合 (1)労働者が譲受会社への転籍を拒否しているもの 譲渡会社の営業の一部譲渡の場合に争われたケースのほとんどがこの場合 である。 具体的には、譲渡会社が別会社に営業の一部門を譲渡したケースで、当該 部門の労働者が譲受会社への転籍等に応じなかったことを理由に譲渡会社を 解雇されたことに対して解雇無効等を求めた事例(「ミロク製作所地位保全 仮処分申立事件」(昭和53年4月20日:高知地裁)、「アメリカンエキスプ レス雇用関係存在確認等請求事件」(昭和60年3月20日:那覇地裁))や、 行われた営業譲渡が譲渡会社における労働組合壊滅を目的とした不当労働行 為であるとともに、譲受会社への転籍に同意していないことを理由として譲 渡対象部門の労働者が、譲渡会社に対して雇用契約に基づく賃金の仮払いを 申請した事例(「マルコ株式会社金員仮払仮処分申請事件」(平成6年10月 18日:奈良地裁葛城支部))等がみられる。 これらの裁判例では、営業譲渡については、労働者の同意がなくても雇用 関係が譲受会社に包括的に承継されるとする会社側の主張を否定し、民法第 625条第1項の規定に基づき、営業譲渡に伴う譲受会社への転籍に際しては、 該当労働者の合意を必要とする旨の立場をとり、労働者側の主張を認めて、 譲渡会社との間の雇用契約の地位が確認されている。 (2)労働者が譲受会社に対して、雇用関係の継続を求めているもの 譲渡会社の営業の一部譲渡の場合に、譲受会社に労働契約の承継を求めて 裁判で争われたケースはほとんどみられない。 具体的に当該ケースに該当する事例ではないが、関係する事例としては、 経営権を譲渡した会社が譲渡部門の労働者を全員解雇し、そのうちの特定の 労働者についてのみ、譲受会社への再雇用を斡旋しなかった事例について、 当該解雇が解雇権濫用に該当し無効であるか否か等が争われたもの(「シン コーエンジニアリング金員支払仮処分命令申立事件」(平成5年2月1日: 大阪地裁)、「シンコーエンジニアリング保全仮処分異議申立事件」(平成 6年3月30日:大阪地裁))がある。 この裁判例では、当該経営権の譲渡が、法形式的には賃貸借契約の合意解 約であるが、当該譲渡部門が物的人的な総合体である点からすると、営業譲 渡契約と解されるとした上で、譲渡会社による解雇自体が、整理解雇4要件 を満たしておらず、解雇権濫用に該当するとして、当該解雇を無効とする判 断をした。