これからのものづくり人材育成の方向性 第1章 ものづくり人材育成の重要性と地域の視点の導入の意義 (1)人材育成投資の重要性 競争上の優位性を生み出すのは、その設備を動かすノウハウの部分、更にその 設備を使ってそれ以上の加工を行っていく(或いはその設備を元にして新しいも のを生み出していく)技能の部分である。この部分、即ち人材育成に対して積極 的な投資を行うかどうかが、その企業の生き残りの分かれ目となるのである。 (2)地域(集積)を活用した競争力強化 これまで、中国(に代表されるアジア諸国)の「最新設備+コスト(人件費) 安」に対して、日本は「技術+技能」で対抗を続けてきた。これまでこの「技術 +技能」力の向上に大きな役割を果たしてきたのは、いわゆる縦のケイレツであ ったが、現在ケイレツの崩壊は確実に進みつつある。 これからは中国の「最新設備+コスト(人件費)安」に対して、日本は「(技 術+技能)+地域集積」により対抗していく、というスキームに変わることが必 要である。 第2章 競争を生き抜いていくためのものづくり人材育成への取り組み方 (1)企業としての取り組み ものづくり企業が生き残っていくための一番の方法は、“オンリー・ワン”企 業となることである。“オンリー・ワン”の製品づくりを可能にしているのは、 その企業の持つ技術力・開発力であり、それを支えるものづくり人材の力であろ う。そこまでいかなくとも、事業内容を高付加価値構造へと転換を進めながら、 競争力を高めている企業が売上を伸ばしており、製造業の原点を見据えて競争力 を維持している企業が伸びている。 (2)地域としての取り組み 1) 都市部開発企業型 人材育成面からこれらの地域が抱える問題点を見てみると、開発型企業が 多く、新しいもの・付加価値の高いものを作り出していくためには常に新し い技術や材料の変化をキャッチアップしている必要があるが、それらを学ぶ 場がなく、またあったとしても日常の業務に忙殺されてなかなか学ぶ時間を 作れない。人材育成をよりシステマチックに行うことの効果について意識啓発するこ とがまず必要であろう。その上で、開発型企業の基幹となっている技能者・ 技術者層には新しい開発に必要となる先端技術や材料・加工法、熟練層には 技術革新への対応を積極的に図るように務めてもらい、若年層には新しい技 術技能の基礎となる基本技能の習得を求める。 2) 地方工場誘致型 人材育成面からこれらの地域が抱える問題点を見てみると、都市部の集積 に比べて企業の立地が物理的に広範囲にわたるため、企業間の人的交流も少 なくなりがちで、また地域の公的能力開発施設へ通うには時間がかかる場合 も多いことから、工場の外での能力開発の場が都市部と比較して相対的に少 ない。
地域として取り組まずそれぞれの会社が単独で取り組んでいるのではやが て限界が来ることをしっかりと認識した上で、地域内の企業の交流を深め、 互いに支え合う形で地域のものづくり人材育成に取り組んでいかなければな らない。 3) 企業城下町型 人材育成面からこれらの地域が抱える問題点を見てみると、これまでは親 企業が自分の会社のものづくり力向上の一環として下請中小企業の人材育成 面まで面倒を見てくれていたのが、親会社にも下請中小企業の面倒を見るま での体力がなくなりまた取引関係もケイレツに頼らなくなってきたことから 中小企業が自社単独で人材育成に取り組まなければならなくなった。
親企業のものづくりの中により入り込んでいくことを志向する企業にとっ ては、単に与えられた生産工程をこなす能力だけでなく、ものづくりの現場 の視点からよりよいものづくりの方法を提案できより上流工程(企画・開発 工程)にも提案することができる技能者、いわゆる「考える技能者」を育成 する必要がある。技術・技能的には各社とも似たような種類を持っているこ とも多いため、1社単独での取り組みが難しければ基礎となる部分の技能教 育は地域の企業が共同して行うなどの展開が求められよう。 4) 地場産業型 人材育成面からこれらの地域が抱える問題点を見てみると、企業規模が零 細であるため1社単独では人材育成を行うだけの余力がない。
これらの地域における人材育成のあり方としては、従来の製品分野でデザ イン力や即応性を強化していく戦略を採る企業においては、技能者のマルチ 技能者化の促進が求められよう。そのために若いうちからマルチ化を意識し て能力開発や職場ローテーションなどに取り組んでいく必要がある。 どの地域にも共通することとして、「地域の熟練技能者の経験を生かす/ 伝える」ことを再度強調しておきたい。地域内の中小企業が共同企画して熟 練技能者を講師とした講習会を開催したり、熟練技能者による派遣指導を行 ったり、地域内技能者の交流の機会を設けるなど、熟練技能者の持つ技能を 地域として継承していくことが求められる。 (3)国としての取り組み 1) ものづくり技能が適正に評価される社会づくりに向けた施策 職業能力評価制度は、人材の育成、技能の向上・継承、円滑な労働力需給 調整等を図るために不可欠な社会的基盤であり、今後も一層充実させていく ことが必要である。それらによって日本の技能者が優れている点を明らかに して、技術・技能レベルに応じた適正な対価が支払われるような社会環境づ くりを誘導していく必要がある。 それと共に、若い技能者やこれから技能者になろうとする若年者に対して 努力目標や優れた技能について知る機会を与えることや「ものづくり教育」 (若年者に対する意識啓発等)は、次の世代を担う子供達にものづくりの正 しい姿を理解してもらう点で重要である。 2) 人材育成に対する企業の意識改革のための施策 中小零細企業では、「人材育成は後回し」という風潮を改めるには、この 不況下でもものづくり人材の育成に積極的に取り組むことによってものづく り力を向上させ好業績をおさめている企業の事例を始めとして、「技能者を 適正に処遇している事例」などの情報提供を積極的に行っていく必要がある。 さらに、「人材育成投資減税」「人材育成控除」のような誘導策を用意し、 中小製造業が主体的に人材育成に取り組むように仕向けていくことも求めら れる。 3) 技能レベルに応じたマッチングのための施策 職業紹介の場面においては、高度な技能を持つ者についてはそれをきちん と評価し、その技能をアピールできるような形で人材マッチングが行われる ようにしていくべきである。ハローワークにおいて技能の客観的なレベルに 応じた適切な職業紹介を実施するなど、技能レベルに応じたものづくり人材 のマッチングを図るべきであろう。 4) ものづくり技能者の育成支援のための施策 「地域の企業が共同して実施する講習会」「熟練技能のデジタル化」「熟 練技能者への教え方の指導」「公的職業能力開発施設等を活用した基礎基盤 技能の習得」「技能者の団体等が行う人材育成や処遇改善への取り組み」な ど、ものづくり技能者の育成支援のための施策を積極的に展開していく必要 がある。 5) 地域におけるものづくり人材育成を支援し、促進するための施策 地域の視点からものづくり人材の育成を支援し、促進する施策の検討も必 要である。具体的には、ものづくり産業の集積地域等において、事業主団体 などを活用し、業界におけるものづくり人材の育成のための計画を策定し、 傘下企業に対してものづくり人材の育成を奨励することなどが考えられる。 ものづくり人材の育成に関するこれまでの国の施策は、助成金の支給など 全国的な規模での施策にとどまっているが、今後は地域レベルにおいて、そ れらを具体的に推進する事業にも力を入れていくことが必要である。 6) 今後の日本のものづくりの発展に資する技能の育成のための施策 特に技術の進歩に対応して新しく出現してきている技能に配慮しつつ、ど のような技能が現在存在しているかを明確にし、その技能が支えているもの づくりは何か、その技能の国際的優位性はどうか等を調査把握して、日本の これからの産業発展に必要と考えられた技能については重点的に育成支援を 行っていくことが求められよう。またその結果に応じて、ものづくり現場の ニーズ・進歩に応じた職種の改廃や高度のレベル設定などの技能検定制度の 適正な運営も図っていく必要がある。