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6 法的問題点





 (2)キャリア形成促進に係る法的問題点



  (変化の時代における新たな労働法理の必要性)



    しかしながら、労働を取り巻く経済社会環境が激変する中で、こうした内部

   労働市場中心の集団的な法理だけでは、労働者の生活を十分カバーできなくな

   っている。



    例えば、若年を中心とする失業率の高騰、転職志向や専門職志向の高まり、

   長期雇用に収斂させ得ない女性のライフサイクルと就労パターン、産業構造と

   職業構造の転換による労働移動の活発化、職業生涯が長期化し変化が継続する

   中で、生涯一社就労が現実的でない事実等である。

    また、企業内においても、新卒の職種別採用や専門職制、プロジェクト型採

   用の契約社員等従来の正規従業員中心の集団的法理では対応できなくなってい

   る。



    こうした労働上の諸問題、とりわけ、激しい環境変化に対応するためには、

   個人の財産である職業経験による能力の蓄積に着目し、その能力蓄積の展開、

   すなわち、職業キャリアを保障することが一つの法理(キャリア権)として考

   えられる。



    例えば、労働移動が活発化する中で、今後、長い職業人生の中で、ほぼ必ず

   職務転換や転職・転社を経験せざるを得なくなるが、そうした場合においても、

   人々の職業キャリアが中断したり、ロスを生ずることなく、円滑に発展させる

   必要がある。

    さもないと、個々の労働者は勿論、使用者、さらには、社会全体も、職業能

   力の低下と人的資本の枯渇に直面することになりかねない。



    こうした観点から、個々人の職業キャリアの準備・形成・発展を保障してい

   くための法理を追求していくことは、個々人にとって一社の雇用保障を超えて、

   広い意味での雇用可能性(エンプロイアビリティ)を高めるとともに、企業や

   社会が経済社会環境の変化に対応し、発展する上で重要な意味をもつものと考

   えられる。



    こうした、法理としてキャリア権なる概念が提唱されており、今後、職業能

   力開発政策や雇用政策の展開を支える概念として、あるいは、個々の労働者、

   個人のキャリア形成上の諸問題を解決する概念として、その内容の明確化や議

   論の深まりが期待される。







  ○「キャリア権」とは何か



    キャリア権の議論は、働く人の一生(ライフ・キャリア)に大きな位置を占

   める職業キャリア(職業経歴)を法的に位置づけ、概念化しようとする試みで

   あり、これを核に労働法全体の意義を見直そうとする流れである。

    キャリア権(職業に関する狭義のもの)は、人が職業キャリアを準備し、開

   始し、展開し、終了する一連の流れを総体的に把握し、これら全体が円滑に進

   行するように基礎づける権利である。



    法的根拠としては、個人の主体性と幸福追求の権利(憲法13条を基底とし、

   生存権(同25条)、労働権(同27条)、職業選択の自由(同22条)、教育権

   (同26条)などの憲法上の規定を職業キャリアの視点から統合した権利概念で

   ある。



    キャリア権は、性格的に、理念の側面と具体的な基準の側面とを合わせ持つ。

    理念の面では、例えば、雇用対策法や職業能力開発促進法等において、労働

   移動の活発化や求められる職業能力の急激な変化等の新たな事態に対応したキ

   ャリア支援策の根拠づけとして議論を深めていく必要がある。

    また、基準の面では、教育訓練、配置転換、出向等の場面での援用やパート

   タイマーのキャリアアップやキャリアについての男女機会均等を進めていく論

   拠となることが考えられる。

    もっとも、現状では理念の域を大きく出ていないところであり、就労請求権

   (具体的に仕事に就かせるよう請求できる権利)や配置・転換・出向などを律

   する基準としてただちに効力を持つものではない。



    今後、上記のように、キャリア形成を促進する雇用政策を促進していく根拠

   づけや、実務上や解釈論において、個人の職業上の諸問題について、キャリア

   の視点で捉え、法律的に磨かれていくことが望まれる。

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