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4 キャリア形成に係る政策展開





 (1)視点



   我が国は、資源の乏しい中で人材こそが最も貴重な資源である。その貴重な資

  源である個々の人材の能力・個性を引き出し、活性化できるか否かが、今後、我

  が国が国際社会において生き抜いていくための重要な鍵である。

   これまでの我が国においては、大企業を中心とする一律かつ集団的な働き方の

  システムが、時代の要請に適合し、労働者の能力を引き出すことに成功した。教

  育の在り方も、こうした働き方に合致した仕組みとなっていた。

   しかしながら、2、3で述べたように、急激に経済社会環境が変化し続ける中

  で、もはや、こうした労働・教育にまたがる集団的システムはそのままでは、通

  用しなくなっており、新たな仕組みを模索していく必要がある。

   こうした中で、既述したように、個人の主体的なキャリア形成を進めていくこ

  とが、新たな仕組みを考える上で重要な鍵となろう。



  

  (個人主体のキャリア形成支援の論拠)



    これまでの職業能力開発政策は、全体として個人のキャリア形成に着目する

   政策的視点は比較的薄く、主として、企業の行う労働者に対する能力開発に対

   する支援策や、離転職者、中小企業労働者等を対象とする公的職業相談、公的

   教育訓練サービス等の提供が政策の中心であった。

    しかし、これまで述べてきたような労働者を取り巻く状況の変化に伴い、労

   働者・個人のキャリア形成を支援することが政策的にも益々、重要性を帯びて

   こよう。したがって、今後、本格的にキャリア形成支援策を進めるに当たって、

   何故、自助にまで支援を行うかの論拠を明確にしておく必要がある。

    この点については、



    第一に、経済環境が激変し、産業構造が変化し続ける中で企業倒産やリスト

   ラによる失業も含め、労働移動の動きが加速しており、キャリアや雇用のあり

   方について、企業まかせではすまなくなっている。このため、雇用のセーフテ

   ィーネットの観点から、個人主体のキャリア形成支援を通じて、労働市場にお

   ける個人の雇用可能性を高めていくことが求められるようになってきた。



    第二に、失業者が多数発生し、その最大の要因の一つとして職業能力のミス

   マッチが挙げられている。こうした職業能力のミスマッチは、技術革新に伴う

   産業構造や職業構造の転換によるものであり、継続的に変化が生ずる中でミス

   マッチの解消を図るためには、単に能力開発を行うだけでは足りず、そもそも、

   職業ニーズの動向と個人のキャリアの方向を定期的に摺り合わせていく仕組み、

   すなわち、個人のキャリア形成を支援する仕組みを社会的に組み込んでいかな

   ければならない。さもなければ、キャリアの陳腐化や中断により、社会的にも

   人材の浪費や枯渇を招くことになりかねない。



    第三に、近年、変化に富んだ知識社会を迎える中で、雇用主の指示に従って、

   従属的に働くだけでは、時代への対応や新たな付加価値を生み出すことは困難

   となっている。こうした社会の中で、経済の活性化を図り、雇用を生み出して

   いくためには、その担い手たる個々の労働者についても、自らのキャリアを構

   想し、能力を磨くとともに、仕事に積極的に関わり、新たな価値を生み出すよ

   うな自立した姿勢が求められることとなろう。その意味で、こうした経済社会

   環境のもとにおいては、個人の主体的な取組みは単に自助に止まらず、企業

   (共助)ひいては、社会(公助)の活性化に直接影響を与えるものとして、政

   策的に支援する意味が生じている。



    第四に、豊かな長寿社会を迎える中で、働く意識においても職業は、単に生

   活の糧を得るための手段というだけでなく、自己実現を図るための手段という

   性格が強くなっている。働く人々が実社会の中で、それぞれに応じた夢を持ち、

   職業キャリアの中でそれを実現することにより社会貢献を果たせるようにする

   ことが、そもそも、豊かな社会の目標でもあろう。



  

  (キャリア形成支援の手法)



    個人主体のキャリア形成と言っても、全く個人だけでできるわけではなく、

   置かれた環境との相互作用のもとで、個々人のキャリアが形成され、発展する

   ものである。

    例えば、企業の中で、個人主体のキャリア形成を行おうと思っても、使用従

   属関係の明確な集団的・一律的な労働システムが支配する中では、困難な面が

   ある。企業の中に、こうした個人の主体的な働き方やキャリア形成を受容する

   環境やシステムの存在があって初めて個人主体のキャリア形成が可能となる。

    また、企業を離れても、個人だけでは的確なキャリア形成を行っていくこと

   が困難であり、適切な職業情報の提供やキャリアに係るアドバイス、能力評価

   の仕組みや能力開発の適切な受皿が存在し、かつ、利用しやすくなっているこ

   とが条件となろう。

    こうした意味において、個人の主体的なキャリア形成を支援するための政策

   は、大別すると次のような手法に分かれる。



    第一に、直接、個人に対する支援である。

   例えば、個人が的確なキャリア形成を行えるよう情報提供やキャリア・コンサ

   ルティングを行うことや、個人が能力開発を行う上での隘路(金銭、時間等)

   を取り除くこと等である。教育段階や若年期のキャリア準備の支援もこれに含

   まれる。



    第二に、企業を通した支援である。

   これには、企業が行う自己啓発や主体的なキャリア形成の援助に対する直接的

   支援と、個々の主体的なキャリア形成を可能とする人事経営システムや環境の

   醸成、バックアップ等が考えられる。



    第三に、個人が自立してキャリア形成を図れるような労働市場づくりやイン

   フラの整備である。

    この中には、上述のようなインフラの整備のほか、能力評価のための統一的

   な共通言語の問題や職種や職群をくくりとする横断的市場の可能性をも検討す

   る必要がある。



    以下、順次、こうした問題について検討する。

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