戻る


            パート労働の課題と対応の方向性

          (パートタイム労働研究会の最終報告)



               平成14年7月

III 政策の方向性



 わが国では、昭和60年代以降、サービス経済化の進展等によるパート労働者の拡大

の下で、これを良好な雇用形態として社会的に確立することを目的として施策が進め

られてきた。平成5年にはパート労働法が制定され、事業主による雇用管理改善が法

律上の努力義務として規定され、賃金等については基本指針において「就業の実態、

通常の労働者との均衡等を考慮して定めるように努めるもの」とされた。以降、都道

府県労働局、21世紀職業財団等の活動を通じて、パート労働法や指針についての周知、

短時間雇用管理者の選任、助成金の支給や相談援助の実施等の施策が行われている

(図表39)。

 これらの施策は、事業主による雇用管理の自主的な改善を基本的な枠組みとしてい

るが、Iの3で述べたように、これらの施策の下でも、パート労働者の通常労働者と比

べた処遇格差は依然として大きく、パート労働法に掲げられた処遇の均衡が実現して

いるとはいえないのが現状である。

 こうした経過も踏まえ、今後、IIでみたようなあるべき姿に近づけていくための政

策の方向性はどのようなものであろうか。



  

1 基本的考え方



 これまでみてきたように、今後、パート等の多様な働き方が拡大していく中で、そ

の雇用保障・処遇を「働きに見合ったもの」にしていくことが、処遇の公平性を高め、

能力の発揮を促すために、また、労働市場のバランスを確保していくためにも必要で

ある。

 ただ、パート労働者がすでに1,200万人という大きなグループとなり、また、フル

タイムの就業意識も変化している。部分的にパートの処遇改善をすればいいというこ

とではなく、フルタイム正社員の働き方や処遇のあり方も含めた雇用システム全体の

見直しの中でこの課題をとらえる必要がある。

 そのためには、IIでみたような雇用システムの多元化が求められるが、こうした変

化はすでに進みつつある複線型人事管理や仕事・能力・成果で評価する処遇制度の流

れの延長線上にあるものであり、政策的には、すでに形成されているこうした流れを

さらに推進していくことが重要と考えられる。



 そのための第一の条件は、パートのみならず、正社員の働き方や処遇の見直しも含

めた全体の雇用・処遇システムのあり方について、労使が主体的に合意形成を進める

ことである。

 その際、以下のような論点が合意形成のかぎになると考えられる。



  (1)使用者団体が「短時間正社員」の考え方を提案したり、実際に企業でパート

  のキャリアアップの仕組み作りなどが広がっているが、すでに大きなウェイトを

  占めているパート等に対して、働きに見合った処遇を確立することが、今後、企

  業活力を確保し続けていくためにも重要な条件であることを企業がどれだけ強く

  認識しうるか。



  (2)これまで正社員中心に組織されてきた労働組合も、パートの賃上げ要求を具

  体的に掲げるなど、パートの処遇改善への取組を強めているが、さらに一歩進め

  て、正社員の処遇を見直してでもパート等の処遇向上を図ることが、パートの利

  益のみならず、将来的に正社員の存立基盤の確保にも結びつくとの立場に立ちう

  るか。



 今、まさに政労使の間でワークシェアリングの議論が活発化しているが、こうした

機会をとらえて、今後、「企業活力」と「雇用安定」の二つの課題を同時に満たすよ

うな雇用・処遇システムのあり方について、正社員もパートも含めた全体の雇用シス

テムを視野に入れつつ、真剣な議論が行われることが期待される。



 第二の条件は、政府がこうした労使の取組を推進するべく、多様な働き方がより

「望ましい形」で広がっていくための制度改革を実行することである。

 そのための制度改革には二つの視点があると考えられる。

 一つ目の視点は、多様な働き方が可能となるような制度改革の視点である。

 就労形態の多様化を可能とする制度改革として、派遣労働者の拡大、有期労働契約

の拡大、裁量労働制の拡大などが掲げられている。これらの制度改革は、基本的に雇

用の選択肢を拡大する方向での条件整備と考えられる。

 二つ目の視点は、多様な働き方が広がる中で、働き方相互の間での処遇に不公平が

生じないように、新たなルールを社会的に確立していくという視点である。多様な働

き方が「望ましい形」で広がっていくためには、就労形態の多様化に対応した社会保

険制度等の改革を進めるとともに、こうした公正なルールの確立という視点からの改

革の方向性がさらに検討されることが重要と考えられる。



 仮に、上述した一つ目の視点のみで制度改革が行われた場合、必ずしも働きに見合

っていない処遇面の格差が縮まらないまま、非正社員化の進行が加速するおそれがあ

る。他方、二つ目の視点から公正なルールの確立のための制度改革のみを進めようと

した場合は、企業の自由度を損ない、結果的に雇用機会を狭めるおそれがある。これ

ら二つの視点を組み合わせた総合的なパッケージの中で制度改革を進めていくことが

重要である。



  

2 具体的な方向性

  

1)政労使による包括的合意形成の推進



 厳しい雇用失業情勢の下で、ワークシェアリングの議論が活発化している。

 日経連・連合の「雇用に関する社会合意」推進宣言(平成13年10月18日)では「雇

用の維持・創出を実現するため、日経連・連合は多様な働き方やワークシェアリング

に向けた合意形成に取組み、労使は雇用・賃金・労働時間の適切な配分に向けた取組

を進める」としている。



 ワークシェアリングは、雇用情勢が厳しい時に、労働時間を短縮し、仕事を分かち

合うことにより、雇用環境を好転させる解決策として主に欧州諸国で採られてきた政

策であるが、わが国においても、ワークシェアリングに対する関心の高まりを踏まえ、

昨年12月以降「政労使ワークシェアリング検討会議」において議論がなされ、ワーク

シェアリングの基本的な考え方について本年3月29日に政労使間の合意が得られたと

ころであり、検討会議における議論は大別して短期と中長期の二つの視点に整理され

る。



 このうち短期的な対応としては、いわゆる緊急対応型ワークシェアリングについて

検討された。すなわち経済活動の落ち込みに対し、一人当たりの労働時間を減らすこ

とによって雇用を維持しようとする考え方であるが、その際、時間短縮の方法として、

従来のように月給を下げずに時短をすることは企業にとって雇用コストの削減につな

がらない。上記政労使合意においては、「当面の緊急的な措置として、労使の合意に

より、生産性の向上を図りつつ、雇用を維持するため、所定労働時間の短縮とそれに

伴う収入の減少を行う緊急対応型ワークシェアリングを実施することが選択肢の一つ

と考えられる」とされた。

 このことは直接、パートの均衡処遇に結びつくものではない。ただ、一般的に正社

員は月給制、パートは時給制という給与支給形態の違いが、これまで両者の比較を難

しくしていたが、こうした議論の中で、正社員の時間賃金率意識が高まることになれ

ば、正社員とパートの処遇実態の違いが目に見えるようになり、公平な処遇への一つ

のきっかけになると考えられる。



 もうひとつ、短期的な対応だけではなく、より中長期的な視点から多様就業型ワー

クシェアリングについて議論された。Iでもみたように、「柔軟で多様な働き方の実

現」は企業と働く側双方が求めている方向性であるが、これは短時間で働く層の増大

を通じて社会全体の雇用機会の増大にもつながるものである。

 ただ、現状のようなフルタイム正社員とパート等非正社員の処遇格差をそのままに

してこれを進めるならば、労働市場全体の不安定化や処遇条件の低下をもたらすこと

となり、それはワークシェアリングのあり方として、望ましい方向ではない。

 やはりパート等の非正社員でも能力を発揮でき、働きに応じた処遇が確保されるこ

とを前提とした「多様就業型ワークシェアリング」が実現されるべきである。

 その際、パートの処遇改善だけを切り離して考えるのではなく、正社員も含めた総

合的な働き方や処遇のあり方について、労使で率直な議論が行われることが望まれる。

例えば、



  ・フルタイム正社員の働き方として残業・配転等の拘束性の高い働き方だけを前

   提に考えるのではなく、もう少し拘束性の低い働き方も導入していくことが必

   要ではないか。



  ・働き方を見直す中で、生計費や家族手当など、いわば必要に応じた処遇につい

   ても見直すべきではないか、



  ・働き方を見直す中で、「働きに見合った処遇」の仕組みに向けて、正社員、パ

   ート等様々な働き方全体を視野に入れた処遇システムの見直しを行うべきでは

   ないか、



などについて率直に議論し、新たな公平な配分のあり方について労使が包括的な合意

をすることが期待される。



 このようなワークシェアリングの推進方策について、上記政労使合意において、

「多様就業型ワークシェアリングの推進に際しては、労使は、働き方に見合った公正

な処遇、賃金・人事制度の検討・見直し等多様な働き方の環境整備に努める」とされ

ており、さらに政府の取組として「多様就業型ワークシェアリングの環境整備を社会

全体で進めるため、短時間労働者等の働き方に見合った公正・均衡処遇のあり方及び

その推進方策について引き続き検討を行う」とされた。こうした合意を受けて、公正

なルールの確立に向けた検討がさらに進められることが期待される。

  

2)多元化した雇用システムの下での雇用の安定性の確保



 今後、多様な働き方が広がっていく中で、それとバランスのとれた雇用の安定性を

どう確保していくかは重要な論点である。それは雇用システムの多元化の下での雇用

保障のあり方をどう構想するかということでもある。



 わが国においては、企業側にとって、「期間の定めの無い雇用」については一般的

に解雇権濫用法理の適用により解雇が制約される一方、「期間の定めの有る雇用」に

ついては原則として更新するか否かが柔軟に決定できる構造になっている。このよう

な構造の下で、また最近の経営環境についての先行き不透明感の強まりもあって、基

幹的な役割がある程度求められ、キャリア形成が必要となるような業務に従事してい

るパートでも、有期契約の反復更新で対応し、実態としては常用雇用に近い働き方を

している場合が多くみられる。

 働く側からみると、勤続を重ねても短期契約の繰り返しというのは、雇用の安定性

の面で不安が大きい。計画的なキャリア形成ができないという意味では、働く側のみ

ならず、企業にとっても人材の有効活用の面でマイナスが大きいと考えられる。

 このように無期雇用と有期雇用の取扱いについては、企業の認識も含めて落差が大

きいために、基幹的、常用的な層においても有期雇用の活用が進み、その能力発揮や

処遇の制約要因になっている面がある。こうした構図の中で、正規雇用機会の入口が

狭まり、新規学卒でもパート入職が大幅に増えているのはIでみたとおりである。



 今後、雇用システムの多元化の下で、働きに見合った雇用保障、それによる雇用の

安定を図っていくためには、



  (1)無期雇用であっても、ケースごとの具体的な事情によって雇用保障にかかる

  判断は必ずしも一律ではない裁判例の実態などについて理解を深めること、



  (2)有期雇用であっても反復更新しているケースに対しては、適正なルールの確

  保を徹底していくこと、



等が必要である。

 こうした取組を通じて、現状、大きな落差のある無期雇用と有期雇用の取扱いに一

定の均衡をもたらすことにより、就業実態に応じた雇用契約がゆがみなく選択され、

全体として、雇用システムの多元化の下での雇用の安定や計画的キャリア形成に資す

るものと考えられる。

                        TOP

                        戻る