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パート労働の課題と対応の方向性
(パートタイム労働研究会の最終報告)
平成14年7月
III 政策の方向性
2 具体的な方向性
4)多様な働き方を行き来できる連続的な仕組みの促進
IIの3で述べたように、行き来ができる仕組みには大きく2つが考えられる。
第一は、フルタイム正社員として雇用されている者が、育児・家事、自己啓発等の
ライフステージの一定の時期に発生する必要に応じて正社員のまま短時間勤務として
仕事を継続し、一定の時期の終了後に再びフルタイムに復帰ができる仕組みである。
第二は、外部市場からの参入形態として、補助的パートだけではなく、意欲と能力
に応じて、キャリアアップし、もっと基幹的な役割とそれに見合った処遇のパート、
さらにはフルタイム正社員というように多様な働き方が可能になるような仕組みであ
る。
この二つの仕組みは、いずれも「基幹的であるが短時間」という働き方を共通項と
して持っている。行き来ができる仕組みを社会的に醸成していくために、これをいわ
ばフルタイム正社員とパート非正社員のバイパスとして「短時間正社員」と位置づけ、
これを政策的に広げていく方向性が考えられる(図表43)。この考え方は、決してフ
ルタイム正社員やパート非正社員から分断された新たな雇用管理区分を作ろうとする
ものではない。両者をつなぐ中間的な働き方をなだらかに連続した形で創出し、両者
の行き来を可能にするところに「短時間正社員」の意義がある。このような連続的な
仕組みができていけば、実質的に処遇の均衡にもつながるものと考えられる。
(注)ここでは「短時間正社員」を「フルタイム正社員より一週間の所定労働時
間は短いが、フルタイム正社員と同様の役割・責任を担い、同様の能力評価
や賃金決定方式の適用を受ける労働者」と定義するものとする。
こうした「短時間正社員制度」には、どの程度ニーズがあるのだろうか。図表44は
「短時間正社員制度」を対象者別に4つに分類し、これに対する事業所の実態、意向
を聞いたものである。導入が最も進んでいるのは、育児・介護休業法においても、勤
務時間短縮等の措置の選択的措置義務の対象となっている「育児・介護を行う正社
員」を対象とするものであり、ついで多いのは正社員で育児介護以外の理由の者を対
象にしたものである。パート等の非正社員を対象としたものは現時点での導入は少な
いが、検討中か今後検討可能性ありとした事業所が約2割ある。
正社員に短時間正社員制度への希望を聞くと、「利用したい」が20%弱、「現在は
利用しないが将来利用する可能性がある」が36%と利用への期待が高い(図表45)。
また、パートに希望を聞くと、残業や転勤がほとんどない制度への利用希望が多い
が、フルタイム正社員と同じような拘束性のある制度についても2割弱が利用したい
と答えている(図表46)。
事業所、正社員、パートそれぞれがある程度期待をもって見ているこの制度が広が
っていくためには、どのようなことが課題となるのだろうか。正社員に現在の自分の
仕事を複数の短時間正社員に分担することは可能かを聞くと、「工夫をすれば可能」
が最も多く、工夫の内容としては、「仕事内容を明確化し、細分化する」が8割強、
「分担する者同士で連絡をきちんと行う」が7割強、また「分担は不可能」という者
にその理由を聞くと「内容的に不可分な仕事だから」が7割強、「連絡等の業務が多
くなりすぎるから」が4割強、「特定の時間帯に常に対応できることが必要だから」
が3割強となっている(図表47)。こうした回答から判断して、ある程度自己完結的
に行える仕事や、分担が必要だとしてもあまり引継が煩雑にならない仕事などが短時
間正社員の働き方に適していると考えられる。
いずれにしても、こうした制度の導入については、仕事の引継や情報共有の面で生
産性が低下しないようにするため、一定のノウハウが必要となるし、そもそも「短時
間で働くこと」に対する企業の意識が変わることも必要である。今後これらの取組に
対する行政支援をしていくことも必要と考えられる。また、こうした制度を広げてい
くためには5)にも関わるが、短時間勤務になると適用関係が変わる現在の社会保険制
度の仕組みについても見直しが必要である。
5)働き方に中立的な税・社会保険制度の構築
Iでもみたように、パートの中には、本人の収入が一定額を超えると所得税や社会
保険料がかかる、あるいは配偶者手当がもらえなくなる等の理由から、収入が一定額
を超えないように就業調整を行う層が4割程度存在する。
図表48は、就業調整をしている層と、していない層の勤続年数別の賃金カーブを比
べたものであるが、就業調整パートの賃金カーブはフラットに近く、また時系列で見
ても、非就業調整パートはそれなりに賃金カーブが上方にシフトしているのに対し、
就業調整パートの賃金カーブはほとんどシフトしておらず、いわば天井に張りついて
いる感が見られる。
このように就業調整行動はパートの低賃金を助長している面があり、それはパート
の能力向上意欲にもマイナスとなっていると考えられる。
企業にとっても人材の有効活用や計画的人員配置を妨げている面がある。
こうした就業調整の理由を聞くと、所得税の非課税限度額の関係で調整している層
が3割強、税制上の控除がなくなるから調整している層が2割強と、税制の仕組みを理
由として就業調整を行っている層が多い。
しかし、図表49で示されるように、昭和62年に配偶者特別控除制度が導入されてか
らは税制についてのいわゆる逆転現象すなわち、パートの勤労収入が一定額を超える
と世帯収入がかえって減少するという現象は解消されている。にもかかわらずこれを
理由にした就業調整が多いのはなぜであろうか。
非課税限度額である年収103万円を超えないように就業調整を行っているパートの
うち7割強はこの額を超えると家計の手取りが減ると考えている。しかし配偶者の勤
務先からの家族手当等が支給停止されることにより実際に手取りが減少する者はその
うち約5割であり、それ以外のパートは103万円で実際には手取りが減らないにも関わ
らず、減ると考えて就業調整をしていることになる(図表50)。また、これらのパー
トに103万のラインを超えても手取りが増えるとしたらどうするかという問いに、そ
れでも就業調整すると答えたのは2割だった。この2割は、課税されること自体に強
い抵抗感を持っている層とみられるが、それ以外の層は、現行の税制に対する誤解か
ら就業調整行動を行っていると考えられることから、これらについては、すでに手取
りの逆転現象が解消されている現在の税制についてまず正しい理解を促していくこと
が重要であると考えられる。
なお、今後の税制の見直しにあたっては、配偶者に係る控除制度等のあり方につい
ても、就業行動との関連も考慮しつつ、公平・中立・簡素の原則を踏まえて検討が行
われることが望まれるが、その際、昭和62年以前のように、世帯の手取りの逆転現象
が再び生じることのないようにすることが重要である。
一方、健康保険、年金保険への加入義務が生じることを理由に就業調整しているパ
ートも1割強存在する。これら社会保険については、年収130万円、通常労働者の4分
の3の労働時間を超えると、保険料のかからない3号被保険者から、それぞれ保険料の
かかる1号被保険者、2号被保険者に変わるため、このラインで実際に手取り収入の逆
転現象が生じる構造となっている。また、2号被保険者になると、事業主にも保険料
負担が生じるために、事業主がそこに至らない短時間の範囲でパートの就業時間を設
定しているケースも多い(図表51)。
上記のような就業調整行動による弊害を考えると、このような就業調整行動が起こ
りにくい、働き方に中立的な制度への見直しに向けた検討が望まれる。
ちなみに、パートの社会保険の適用拡大について、「例えば、その範囲が現在通常
労働者の4分の3から2分の1程度に拡大された場合、現在適用されていないパートが新
たに社会保険の適用対象になるのを避けるために何らかの措置を講じるか」を聞いた
ところ、特段の措置は講じないと答えた企業が半数弱を占めた(図表52)。適用拡大
によって、新たなラインで新たな就業調整が生じる可能性はあるものの、こうした企
業の意向や現在のパートの所定労働時間の分布等を鑑みれば、それは現状に比べ、か
なり少なくなるものとみられる。
今後、「女性のライフスタイルの変化等に対応した年金のあり方に関する検討会報
告」(平成13年12月)に示されたように、厚生年金の適用について、被用者にふさわ
しい年金保障の確立、とりわけパートが多い女性に対する年金保障の充実という観点
から企業行動や労働市場への影響・効果、年金財政への影響等を踏まえつつ、適用拡
大を行う方向で検討を進めるとともに、被用者保険として適用対象について共通の基
準により運営されている医療保険制度においても、その取扱いについて検討を進める
ことが重要と考えられる。
いずれにしても働き方に中立的となるように税・社会保険制度等の改革が進められ
ていくことが、今後、柔軟で多様な働き方が望ましい形で広がっていくために重要な
条件である。それはパートの能力発揮を進め、処遇の改善を図るためにも、また、企
業が少子化に向けて、家庭責任のある男女や高齢者など時間制約のある人材の有効活
用を図っていくためにも不可欠な条件と考えられる。
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