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分煙効果判定基準策定検討会報告書  平成14年6月

  

はじめに



 平成7年3月に当時の公衆衛生審議会が取りまとめた「たばこ行動計画」では、防

煙、分煙、禁煙支援の3つの柱が提言され、分煙対策の推進については、平成8年3

月、「公共の場所における分煙のあり方検討会報告書」を公表している。

 さらに平成12年4月から開始した「21世紀における国民健康づくり運動(健康

日本21)」における、たばこ分野の目標として、(1)喫煙が及ぼす健康影響につい

ての十分な知識の普及、(2)未成年者の喫煙をなくす、(3)公共の場及び職場での分煙

の徹底及び効果の高い分煙に関する知識の普及、(4)禁煙支援プログラムの普及の4

つの目標を掲げたところである。

 このような中で、職場の分煙対策を始め、公共の場所においても、分煙を実施する

施設が増えているが、その分煙の形態については、施設によって様々なのが現状であ

る。

 本検討会では、分煙対策の重要な目的のひとつである、受動喫煙による非喫煙者へ

の健康影響の削減・排除をテーマとして、受動喫煙の健康への影響、公共の場所の分

煙の実施方法、分煙が効果的に実施されているかの評価方法、今後の分煙対策のあり

方等について検討を行った。本報告書は、分煙の実効性を増すためには何をすべきか

を中心に、専門家の意見をとりまとめたものである。



  

1.受動喫煙の健康への影響

  

1 たばこ煙の成分

  

(1)タバコ葉と喫煙



 たばこの喫煙によって発生する化学物質の種類は、分析技術の進歩に伴って同定さ

れる数が増加してきている。

 1988年にRobertsは3,040の化学物質が喫煙によるたばこ煙あるいはタバコ葉に含ま

れていることを確認している。タバコ葉の組成は生育土壌や生長の条件によって多少

の差が生ずるが、概ね同様である。しかしながら、栽培時に使用する化学物質や、香

気成分、保存剤などの添加剤によって違いが生ずることも知られている。表1は、メ

ーカーの違いによる種々の化学物質の発生量を比較したものである。これからも明ら

かなように、化学物質によっては10倍近く(例えばフェノール:44-371mg/本、ハイ

ドロキノン:26-256mg/本など)も発生量が違うことがあることに注意すべきである。

  

(2)喫煙条件



 たばこの喫煙条件は、人によって大きく異なり、一服の吸入量は17〜73ml、一服の

吸入時間は0.9〜3.2秒、喫煙間隔は22〜72秒とされ、たばこ業界が表示するニコチン

やタール量は、一服の吸入時間を2秒間、吸入量を35ml、喫煙間隔を60秒として示さ

れている。したがって、個々の喫煙者によって発生する粒子状やガス状の化学物質の

量は大きく異なることになる。

 たばこの煙は、無機ガス、有機酸、アルデヒド、ケトン、芳香族炭化水素、脂肪族

炭化水素、ピリジン、フラン、インドール等の複素環化合物、多環芳香族炭化水素を

含んでいる。喫煙によって発生する化学物質の代表例は表に示すようである。特に、

副流煙では主流煙(喫煙者が吸う煙)に比べ、その発生量はさらに高いものとなって

いる。喫煙によって吸入する粒子のうち呼吸器にはその約50%が蓄積されるとされて

おり、ここに示された化学物質の大部分は健康に影響を与える可能性を有している。

  

(3)喫煙における化学物質群



 a 主流煙で発生する化学物質群



   Norman(1977)およびGuerinn(1980)らは主流煙中の化学物質群について検討し

  ている。主流煙中の50%以上は窒素であり、次に酸素あるいは二酸化炭素や一酸

  化炭素が多く、これらだけで、全体の85%に達している。また、粒子状物質中に

  は水分のほか酸類などが存在している。その他の5%にはアルデヒド、ケトンあ

  るいはその他の有機化合物が含まれている。

   また、上記の空気無機ガスを除く主流煙における化学物質の生成量は、表2に

  示すようである。粒子状物質の発生量は最も多く、タバコ1本から15〜40mg生成

  することが認められており、次に一酸化炭素、ニコチンの順となっている。



 b 多環芳香族炭化水素類



   化合物ごとにみると多環芳香族炭化水素類は表3のようである。これら多環芳

  香族炭化水素類の中には発がん性が認められているものが多く、その生成量と空

  気中での存在量が注目されている。しかしながら、多環芳香族炭化水素の発生源

  はたばこばかりでなく、化石燃料の燃焼に伴って排出されることは明らかで、た

  ばこに由来した特徴的な化学物質とはなってはいない。

   また、その発生量はたばこの燃焼条件によっても異なり、主流煙中での発生量

  は、たばこ100本当たりAnthracene 2.3-23.5μg/100cigarettes、

  Benzo(a)florene 4.1-18.4μg/100cigarettes、

  Benzo(a)pyrene 0.5-7.8μg/100cigarettes、

  Chrysebe 0.6-9.6μg/100cigarettes、Fluoranthene 1-27.2μg/100cigarettes、

  Phenanthrene 8.5-62.4μg/100cigarettes、Pyrene 5-27μg/100cigarettes、

  Carvazole 100等の特徴がみられる。一方、副流煙中には、主流煙中で多く確認

  された化合物とほぼ同様の物質が確認され、その発生量は2〜5倍量多いことが認

  められた。また、空気中の存在量においても同様の傾向がみられ、特に、

  Benzo(a)pyrene、Fluoranthene、Pyreneなどが顕著であった。



 c フェノール類



   フェノール類では、表4に示すようにPhenol(9-16 μg/本)、

  o,m-,p--Cresol(7-82 μg/本)、2-Methoxy-4-propenylphenol(3-15 μg/本)、

  Catechol(21-502 μg/本)、4-Ethylcatechol(10-46 μg/本)、

  4-Vinylcatechol(84 μg/本)、Resorcinol(8-80 μg/本)、

  Hydroquinone(88-55 μg/本)などが生成される。また、高級脂肪酸では表5に示

  すようにParmitate、Stearate、Oleate、Linoleate、Linolenateなどが生成され

  る。



 d 含窒素化合物及び金属類



   含窒素化合物を生成する種類も多く、表6,7および8などアニリン類、ピリジン

  類の他ニトロソアミン類も生成される。その他、金属類も多く、表9に示すよう

  に24種類が確認されている。



 e アルデヒド類



   アルデヒド類は、主流煙よりも副流煙で4倍も多い発生量を示し、この影響は

  室内環境での存在量に反映されることが知られている。また、アセトアルデヒド

  の生成量はホルムアルデヒドに比較してはるかに多い。



 f 農薬類



   たばこ生産過程で混入するものとして表10に示すような農薬類がある。ただし、

  これらの分析データは、1970年代の海外の情報である。現在我が国では、発がん

  性あるいは長期蓄積性を有する塩素系農薬類は「化学物質の審査及び製造に関す

  る法律」によって使用禁止となっていることから、我が国で栽培されているタバ

  コ葉中にはほとんどないと考えられる。我が国で市販されているたばこ中の他の

  農薬類については、情報が少なく明確ではない。



 g 主流煙と副流煙の化学物質の生成割合



   主流煙に対する副流煙の生成割合についてみると、ニコチン等の室内空気中濃

  度は表11に示したように、主な40化合物のうち、副流煙の方が発生量が少ないも

  のは5〜6種程度、ほぼ同程度の発生量が5〜6種程度でその他の化合物のうち16種

  の化合物で副流煙の方が極端に多い発生量を示していた。

  

(4)室内空気中の喫煙由来の化学物質濃度



 種々の化学物質の室内空気環境における濃度については多くの報告がなされている。

その例として表12に示すように、最も濃度が高いものは浮遊粒子状物質であり、次い

で窒素酸化物、さらにニコチンである。また、たばこの喫煙状況を評価するための指

標として、表13のように浮遊粒子状物質やニコチン量の濃度が示されている。当然の

こととして、喫煙条件や程度によってこれらの化学物質の濃度は大きく異なることが

示されている。



  

2 受動喫煙の急性影響



 体の粘膜が、たばこ煙、特に副流煙に暴露することによって生ずる刺激症状として、

咳、喘鳴、鼻症状(くしゃみ、鼻閉、鼻汁、かゆみなど)、眼症状(痛み、流涙、か

ゆみ、瞬目など)、頭痛などが挙げられる。また、鼻咽頭反射を介する呼吸抑制も認

められる。これらの粘膜刺激による反応は、主流煙よりも副流煙の影響がより強く、

特に副流煙のニコチン濃度により影響の強さが左右される。また、これらの症状はた

ばこ煙への暴露時間が長くなるほど強くなり、常習喫煙者よりも非喫煙者の方がより

強い反応を示すことも明らかにされており、他人のたばこからの煙への迷惑感、不快

感の原因となりうる。

 受動喫煙の急性影響としては、上述した粘膜刺激作用の他に、肺に吸引され、体内

に吸収された成分による影響がある。血液中のCO-ヘモグロビン飽和度が上昇するこ

とにより、呼気中CO濃度が上昇するほか、心筋の酸素需要度増加などの反応が起きる。

また、吸収されたニコチン等による反応として、指先の血管収縮、心拍数増加なども

起こる。妊婦が喫煙した場合にはCO-ヘモグロビンの増加によって胎児に運ばれる酸

素量が減ることにより、胎児の発育が悪くなるなどの影響が出ることが知られており、

妊婦の受動喫煙によっても同様に胎児に影響する可能性がある。ただし、どの程度の

影響を胎児に及ぼすかは不明の部分が大きい。



  

3 受動喫煙の子どもへの影響



 受動喫煙の子どもへの影響としては、呼吸器疾患の罹患率、有病率の増加、呼吸機

能の低下、発がん、身体発育への影響などが報告されている。

 呼吸器疾患については、母親が喫煙者である場合、非喫煙者である場合と比較して、

子どもが肺炎・気管支炎で入院する率が高いこと、遷延性の感冒への罹患率、下部気

道疾患の罹患率が高いことなどが報告されている。このような影響は、生後1年目ま

では明瞭に認められても、児の成長とともにはっきりしなくなるという報告もある。

喫煙者のいる家庭では、3歳児の喘鳴、1週間以上持続する咳の有病率が高いことが

報告されている。

 父親、母親がともに喫煙する場合と、ともに喫煙しない場合で子どもの呼吸機能を

比較すると、ともに喫煙する場合の方が、肺活量、1秒量などで測定した呼吸機能が

一般に低いと報告されている。

 未成年の時期の受動喫煙によって、その後の発がんリスクが増加することがいくつ

かの研究で報告されている。15−29歳のがん患者438名を調査した研究では、

父親が喫煙者の場合、発がんの危険性が1.5倍と有意に増加することが観察されて

いる。さらに、非喫煙者が家庭内で経験する受動喫煙の量をsmoker-years(S-Y)、す

なわち、家庭内喫煙者数に本人の家庭内生活年数をかけあわせた数値で表すと、小児

期及び青年期のS-Yが25以上の場合には、それ以下の場合と比較して肺がんリスク

は2.1倍に倍増すると報告されている。

 発育への影響としては、家庭内の喫煙者の人数と6−7歳児の低身長との間に関連

性が認められたという報告がある。

 胎児期、新生児期の受動喫煙は、その後の受動喫煙よりも強く影響がでるのではな

いかと懸念されているが、胎児期、新生児期に受動喫煙する子どもは、ほとんどの場

合、その後も受動喫煙が続くため、早期の受動喫煙の影響のみを抽出することはほと

んど不可能である。



  

4 受動喫煙と生活習慣病



 受動喫煙の慢性影響として、最も多く報告されているのは肺がんリスクの上昇であ

る。その先鞭となったのは平山によるコホート研究の解析で、非喫煙者である妻の肺

がん死亡リスクは、夫も非喫煙者である場合を1とすると、夫が前喫煙者である場合

には1.36倍、夫が現在喫煙者である場合には、1日あたりの喫煙量が、1−14

本、15−19本、20本以上では、それぞれ、1.42倍、1.53倍、1.91

倍であったと報告されている。その後、多くの研究結果が報告されたが、有意な増加

を示すものと示さないものが混在しており、必ずしも明確な成績は得られていない。

しかしメタアナリシス(類似の調査を収集し、総合的に評価する方法)では、夫の喫

煙による肺がんリスクの増加は、1.3−1.5倍程度であると推定されている。

 循環器疾患、特に虚血性心疾患に対する受動喫煙の影響としては、長期暴露による

影響と、短期的な暴露による発作の誘発について報告がなされている。前述した平山

のコホート研究では、夫が喫煙していない場合と比較して、一日あたりの喫煙量が

1−19本、20本以上の場合には、妻の虚血性心疾患による死亡は、それぞれ、

1.10倍、1.31倍となっており、統計的に有意であると報告されている。発作

の誘発については、労作性狭心症患者を対象として、受動喫煙させた場合の実験結果

が報告されている。受動喫煙中の心拍数増加、血圧上昇、血中CO−ヘモグロビン値上

昇は統計的に有意であり、運動負荷による発作発現までの時間は、部屋を換気した場

合、換気しなかった場合では、受動喫煙がない場合と比較して、それぞれ、22%、

38%ほど短縮したと報告されている。



  

5 受動喫煙の精神・心理面への影響



 受動喫煙に関する意識調査は職場ではいくつかの実施例が報告されているが、全国

的な調査としては以下のものがある。

 総理府が1988年に行った「健康と喫煙問題に関する世論調査」は全国20歳以上、

3,000人を層化2段階無作為抽出法で選び、面接聴取によって行ったもので、有効回

答数は78%であった。喫煙状況では、「毎日吸っている」、「時々吸うことがある」

を合わせると33.3%であった。喫煙に関する意識では、「人が吸うたばこを迷惑と感

じることがあるか」の問いに対しては、「よくある」が26.5%、「たまにある」が

38.3%で両者を合わせて64.9%の人が迷惑に感じていた。性・年齢別では、女性(76.0

%)が男性(51.6%)より多く、特に20〜40歳代の女性は80〜82%と高率であった。この中

には喫煙している人も含まれており、特に1日の喫煙本数が10本未満の人は、その

54.9%の人が「迷惑と感じることがある」と回答していた。また吸ったことの無い人

に限ると79.8%の人が迷惑に感じていた。

 迷惑に感じている内容は、「煙草の煙やにおい」が85.9%と圧倒的に多く、以下

「健康や出産への影響」(25.2%)、「肺がんなど病気の心配」(24.5%)、「火災

の恐れ」(19.1%)がほぼ20〜25%の回答率であった。

 一方、喫煙する側から見ると、吸わない人に対する配慮として、「喫煙するときは

相手の了解を得るなどの配慮をすればよい」と答えた者が44.9%、「吸わない人の近

くでは原則として喫煙すべきではない」と答えた者が33.8%と両者を合わせると78.7

%と受動喫煙への理解はあるように思われるが、「吸わない人も寛容であるべき」と

する者も15.9%あった。

 厚生省の1996年の保健福祉動向調査(健康)では、平成8年国民生活基礎調査の調

査区から層化無作為抽出した300地区内における15才以上すべての世帯員38,710人を

対象に調査を実施し、回収率は89.6%であった。このうち「たばこ」に関する質問は

20才以上の者のみが回答している。現在の喫煙率は、男性55.1%、女性13.3%、全体で

は33.2%で、前述の報告とほぼ同じである。

 他人の喫煙に対する気持ちでは、「迷惑ではない」が30.0%に対して、「迷惑であ

る」が58.2%であり、女性では「迷惑である」が72.7%でこの率は年代によっても大き

な変化はなかった。また、現在喫煙していない人ではその割合は81.8%とさらに高く

なっていた。

 労働省の1997年の「労働者健康状況調査報告」では一部島嶼等を除く、全国の常用

労働者10人以上を雇用する民営事業所から抽出した約12,000事業所に雇用されてい

る労働者から16,000人を抽出して調査が行われた。喫煙者の割合は、男性59.7%、女

性19.4%、全体では45.2%であった。

 喫煙対策に取り組んでいる事業所の割合は全体の47.7%で、このうち「禁煙場所、

喫煙場所を設けている」としているところは78.8%であった。「職場での喫煙に関し

て、不快に感じる事、体調が悪くなること」が「よくある」「たまにある」とした労

働者は、喫煙者で33.6%、非喫煙者で63.3%であった。また男女別では喫煙者で男性

33.2%女性35.7%、非喫煙者では男性62.5%、女性63.9%で、男女差はほとんどなかった。

 以上3つの調査をまとめると、喫煙率は一般国民全体で33%とほぼ変わらず、職場

での調査では45.2%とやや高い。喫煙を不快に感じたり、迷惑に感じたりする割合は、

非喫煙者の女性で最も高い傾向が見られ、いずれもおおよそ80%の値であったが、職

場ではやや低く63%であった。また、非喫煙者だけでなく、喫煙者であっても、他人

の喫煙を不快に感じたり、迷惑に感じたりする者が30%近くいることにも注目する必

要がある。迷惑に感じる事は、煙やにおい等の感覚的なことが最も多く、次いで健康

面の心配、火事、焼け焦げの心配であり、受動喫煙に対する対策を多くの人が求めて

いることがうかがえる。



  

参考文献



  厚生省、喫煙と健康問題に関する報告書、1993



  総理府、健康と喫煙問題に関する世論調査、1988



  厚生省、平成8年保健福祉動向調査(健康)、1996



  労働省、労働者健康状況調査報告、1997

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