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第2章 自殺予防対策
第3節 自殺予防対策
3.危機介入
(1)うつ病等対策
(1)必要性
自殺の危険性(リスク)が高い人を早期に発見し、危機介入するという取組
(ハイリスクアプローチ)により、目に見える効果が期待できると考えられる。
自殺死亡者にうつ病を患っている者が多いこと、うつ病の治療法が確立されてい
ること、一部の地域では、うつ病等の問題を持つ者への対策により自殺予防に一
定の効果をあげていることから、こうした事例も参考にしつつ、早急にうつ病等
への対策の充実に取り組むべきである。
うつ病のサイン
【自分で感じる症状】
憂うつ、気分が重い、気分が沈む、悲しい、イライラする、
元気がない、集中力がない、好きなこともやりたくない、
細かいことが気になる、大事なことを先送りする、
物事を悪いほうへ考える、決断が下せない、
悪いことをしたように感じて自分を責める、死にたくなる、眠れない
【周りからみてわかる症状】
表情が暗い、涙もろい、反応が遅い、落ち着きがない、
飲酒量が増える
【身体に出る症状】
食欲がない、便秘がち、身体がだるい、疲れやすい、性欲がない、
頭痛、動悸、胃の不快感、めまい、喉が乾く
(2)自殺の危険性が高い人の家族や周囲の者の役割
家族や周囲の者が、自殺を考えている人のサイン(既述の「自殺のリスク」や
「うつ病のサイン」を参照)に早く気づき、相談機関や医療機関につなげる等適
切に対応することは極めて重要である。このため、誰もがこれらのサインを知っ
ていることが必要である。誰にでも起こり得るサインであるからと軽視せず、こ
れらは救いを求める叫び声であると真剣に受け止めるべきである。
(3)危機介入し得る専門家等
自殺のリスクが高い人を早期に発見し、危機介入し得る立場にある専門家等は、
ア.保健医療関係従事者等
医療機関:精神科医、かかりつけ医、助産師、看護師、臨床心理技術者等
地域:保健所・精神保健福祉センター・市町村の医師、保健師、助産師、
看護師、精神保健福祉士等
事業場:産業医、産業保健スタッフ、管理監督者等、
事業場等からの相談に対応する労災病院・産業保健推進センタ
ー・地域産業保健センターの相談担当者等
学校:教諭、養護教諭、学校医、スクールカウンセラー等
イ.その他の職種
福祉事務所・消費生活センター等の相談担当者、社会福祉協議会職員、法
律相談担当者、民生委員等
が、あげられる。保健医療関係職種はもちろんのこと、その他の職種について
も、うつ病や自殺についての基本的な知識を持ち、相談機関の紹介等を行うこと
が期待される。
(4)精神科医等とかかりつけ医・産業医
心の健康問題を抱えると身体症状が出ることも多いため、精神科医等より、内
科医等のかかりつけ医・産業医を受診することが多い。現に、自殺死亡者の多く
が以前に何らかの身体症状を主訴として精神科以外の医療機関を受診している。
したがって、かかりつけ医・産業医が適切に初期対応を行い、症状に応じて、適
切に精神科医等へ紹介することが重要であり、かかりつけ医・産業医と精神科医
等との日頃からの連携強化が必要である。
(5)危機介入し得る専門家等の資質向上の方法
かかりつけ医・産業医は、うつ病等の適切な診断及び治療を行い、必要な場合
には、専門家への紹介を適切に実施できるよう、うつ病等の対策に関するマニュ
アルや研修等を活用し、自らの知識・技術の向上を図るべきである。また、医師
会等が中心となって生涯教育を推進することが望ましい。
地域、事業所、学校の保健医療関係従事者等は、早期に心の健康問題に気づき、
専門家を紹介する等、適切な対応ができるように、マニュアルや研修等を活用し
つつ、自殺予防やうつ病等に関する知識、対応技術の向上を図ることが重要であ
る。
また、心の健康問題だけでなく、経済・生活問題や家庭問題等も自殺の背景と
なるため、これらの問題を扱う地域の職種についても、心の健康問題に関するサ
インに気づき、相談機関や医療機関を紹介できるよう、自殺予防やうつ病等に関
する最低限の知識を持つととともに、相談機関や医療機関に関する情報を保有し
ていることが重要である。
心の健康問題を持つ者の相談やその発見に関わる者は、自身のストレスも多く
なりがちであるため、相互に支え合えるような機会を持つ努力をする等、ストレ
スが軽減され、適切な対応を継続できるように工夫を行うことも重要である。
(6)地域における体制づくり
自殺のリスクが高い者に早期に対応するための機会として、保健所、市町村等
による訪問指導や住民健診、健康教育・健康相談の機会の活用が考えられる。一
部の地域では、このような機会に健康教育・健康相談の一環として、簡単なチェ
ック表を用いて、リスクの高い者の発見を行い対策に結びつけている。先行事例
を参考にしつつ、うつ病に関する使いやすい簡易チェック法を開発し、うつ病等
対策のマニュアル等とともに普及することが重要である。
また、地域においては、うつ病等の精神医学的に自殺のリスクが高い者に加え
て、無職者、自営業者、死別者、離別者等、社会的観点から自殺のリスクが高い
者に対して、福祉的な支援を行うことも重要である。
早期発見を含むうつ病等の対策と、心の健康問題に関する正しい知識の国民へ
の普及・啓発を同時に行うことが、より充実した自殺予防対策となると考えられ
る。このためには、保健所、精神保健福祉センター、市町村、医療機関、学校、
事業場等関係機関の日頃からの連携推進が重要である。また、うつ病等対策など
の自殺予防対策が地域における重要な行政課題として位置づけられるためには、
地域における健康づくり計画の策定にあたり、休養・心の健康づくりに関する項
目を盛り込むことが望ましい。
(7)職域における体制づくり
ア.職場における心の健康づくり対策
自殺予防対策の課題の多くは、職場における心の健康づくり活動を推進し
ていく中で取り組むことが可能であり、効果的である。平成12年度に旧労働
省がとりまとめた「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」
には、事業場における心の健康づくり対策の具体的内容がまとめられており、
この指針の普及は、早急に実施できる自殺予防対策として重要である。この
指針は、事業場における「心の健康づくり計画」を策定するとともに、セル
フケア、ラインによるケア、事業場内産業保健スタッフ等によるケア及び事
業場外資源によるケアに取り組むよう求めている。また、事業場における心
の健康づくり対策の推進に当たっては、心の健康問題の特性、労働者のプラ
イバシーの保護、労働者の意思の尊重及び人事労務管理部門との連携に留意
することが重要であるとされている。
これまで、管理監督者教育や産業保健スタッフによる適切な対応等により、
労働者の自殺を防止し得た事業場の事例があること、また、労働者の自殺に
関し、事業場の管理者や上司の配慮不足を指摘する民事裁判事例の存在等か
らも、ラインやスタッフによるケアは自殺予防に有効であると考えられ、事
業場における心の健康づくり対策は自殺予防にも効果があると考えられてい
る。
なお、労働者の自殺予防対策については、心の健康づくり対策の中でも緊
急性が高いことから、平成13年12月に「職場における自殺の予防と対応」が、
厚生労働省によりとりまとめられており、その普及啓発を図ることも重要で
ある。
また、労働者個人の心の健康づくりにも配慮した事業場の管理のあり方を
検討することや、職場での同僚・上司との絆をつくりあげていくことに加え、
家族による支援も自殺予防を含めた心の健康づくりを推進するにあたって重
要である。
イ.心の健康づくり計画の策定と推進
心の健康づくり対策を推進するに当たっては、事業場における心の健康づ
くり体制の整備等を内容とする心の健康づくり計画の策定と推進が重要であ
る。計画には、心の健康づくりに関する職場の現状とその問題点を明確にす
るとともにその問題点を解決する具体的な方策等を盛り込み、心の健康づく
り対策を事業者自らが積極的に実施することを表明することが効果的である。
ウ.管理監督者や産業保健スタッフ等の知識・対応技術の向上
産業医の役割や資質の向上については、「(1)うつ病等対策」の項で記載
したことに加えて、事業場においても、管理監督者や産業保健スタッフの資
質向上が必要である。
日常的に労働者と接する管理監督者は、部下の心の健康問題にいち早く気
づき、対応することがきわめて重要である。このため、管理監督者は、心の
健康づくりについての正しい知識と本人に対する正しい対処方法を身につけ
ることが必要である。また、産業保健スタッフは、労働者のストレスや心の
健康問題を把握し、適切に相談・支援を行うことが重要である。加えて、管
理監督者に対する相談・支援や職場環境の把握、評価、改善等を図ることも
重要である。
管理監督者や産業保健スタッフ等の知識や対応技術の向上のためには、研
修やパンフレット等による情報提供等を実施することが必要である。また、
事業場によっては、産業保健スタッフの人数が十分でない場合もあり、質量
ともに充実が必要である。
エ.職場復帰の支援
心の健康問題により休業した労働者が職場復帰する際、再発の予防が行わ
れ、円滑な職場適応のための配慮がなされることが重要である。このため、
専門家による支援等あるべき支援体制の検討を行うことが必要である。
オ.事業場外の心の健康づくり相談体制の整備
事業場内の相談体制の充実に加え、プライバシーに配慮した事業場外の心
の健康づくり相談体制を整備することが重要である。労災病院、産業保健推
進センター、地域産業保健センター、EAP(従業員支援プログラム)等の
それぞれの役割・特性に応じて事業場を効果的に活用できるような在り方の
検討が必要である。特に、日本の労働者の約3分の2は、産業医の選任義務
のない小規模事業場で働いており、これらを含め中小規模事業者等において
は、心の健康づくり対策のための人材確保が困難な場合が多いことから、事
業場外の心の健康づくり対策を実施する関係機関を有効活用できるように、
パンフレット等を利用した周知徹底と日頃からの関係づくりが重要である。
こうした事業場における心の健康づくりを事業場内あるいは事業場外から支
援する専門家の養成も必要である。
(8)地域と職域の連携
地域と職域の間に切れ目がないよう、本人の了解に基づいた支援を行う体制が
重要である。地域だけ、あるいは、職域だけでは対応できない場合もあり、それ
ぞれの役割を明確にした上、特性を生かし、補い合い、連携することできめ細か
い効果的な対策ができると考える。
(2)児童・思春期における留意事項
(1)心の健康問題に関する専門的な相談・支援体制の充実
児童思春期精神医療の専門家は、児童・思春期の心の健康問題に関し、専門的
立場から具体的な対応を行い、また、学校、児童相談所・精神保健福祉センター
等の地域の機関からの紹介先として重要な役割を持つ。
しかし、児童思春期精神医療の専門家確保は、十分とは言えない。また、児童
精神科の科名標榜が認められておらず、大学での講座設置が少ない等、児童精神
科医療を推進する体制は十分でない。子どもの入院治療には、発達の保障、教育
の保障の視点が必要であるが、教育施設が付置されている児童の精神科入院施設
は、全国で19カ所と少ない現状である。児童思春期精神医療の専門家の増加、こ
れら専門家と一般小児科医や精神科医等との連携等により、児童思春期精神医療
の実施体制を充実することが必要である。
(2)学校における相談・支援体制の充実
児童生徒が自殺の危険を抱える等、心の健康問題が生じた場合、学校、児童生
徒を取り巻く環境においても、担任や養護教諭の相談・支援体制の充実やスクー
ルカウンセラーの配置を積極的に進める等、気軽に相談でき、これに適切に対応
できるようにすることが重要である。また、精神科医が学校医やスクールカウン
セラーとして活躍することも重要である。
(3)電話による危機介入の充実
「いのちの電話」等、自殺を考えている人が24時間相談できる、専用の電話相
談は非常に重要である。自殺を考えている人を思いとどまらせ、さらに、関係機
関を適切に紹介することにより、自殺予防に寄与している。適切な相談対応を行
うためには、相談員の確保、養成研修等による資質の向上とともに、関係機関と
の日頃からの連携が重要である。また、相談活動の広報自体が、国民に対する普
及・啓発効果も持つため、自殺予防について効果的であると考えられる。
(4)手段からみた自殺予防
自殺を予防するため、建築や空間の観点から自殺の手段に対して対策を講ずる
ことも重要である。例えば、駅での飛び込み自殺を防止するために、ホーム・ド
アの設置やこれに準ずるものの設置がある。しかし、縊死や飛び降りによる自殺
の予防に関しても建築や空間の観点だけでなく人との関わりや信頼関係の関与が
重要であると報告されており、総合的な自殺予防対策との一体的な取組が必要で
あることはいうまでもない。
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