別紙
平成11年1月21日 |
中央労働基準審議会 会長 菅野 和夫 殿
中央労働基準審議会 |
労働災害防止部会長 加來 利一 |
労働安全衛生対策の見直しについて(報告) |
労働災害防止部会では、平成10年10月15日の中央労働基準審議会において 検討を求められた労働安全衛生対策の見直しについて、 @深夜業に従事する労働者の健康確保 A化学物質の管理 B労働安全衛生マネジメントシステム Cその他 に関し、第143回臨時国会における労働基準法の一部を改正する法律案の審議の 際の附帯決議、「科学顧問報告書(今後の労働安全衛生行政の在り方について)」、 「労働安全衛生管理システム検討会報告書」、「深夜業の就業環境、健康管理等 の在り方に関する研究会中間報告」等を踏まえ検討を行い、その結果を下記のとお り取りまとめたので報告する。
記 |
第1 労働安全衛生をめぐる状況 労働安全衛生をめぐる状況をみると、次のような課題が見られる。 1 産業構造の変化、技術革新の進展、経済活動の国際化等の中で、競争の激化、 雇用慣行の変化、高齢化の進展等労働者を取り巻く環境が著しく変化しており、 これに伴い、脳・心臓疾患につながる所見を始め何らかの所見を有する労働者が 4割を占めるようになるとともに、労働者の健康に対する不安の高まり、仕事上 のストレスや悩みの増大等が懸念されている。 近時見られるこのような状況を踏まえ、平成8年の労働安全衛生法の改正によ り、労働者の健康管理の充実を図るための措置が講じられているが、その後、第 143回臨時国会における労働基準法の一部を改正する法律案の審議の際の附帯 決議において深夜業に従事する労働者の健康確保を図るための措置の充実が指摘 されるなど、深夜業に従事する労働者の健康管理の在り方について検討を加える 必要が生じている。 2 化学物質による労働災害は、休業4日以上の被災者数で毎年300〜400人 を数えており、表示、作業環境管理、健康管理等に関する規制の対象となってい ない化学物質による労働災害も、全体の約4分の1を占めている。このうち、そ の化学物質の有害性の情報が伝達されていないことが主な原因となって発生した ものと化学物質管理の方法が確立していないことが主な原因となって発生したも のを合わせると半数以上を占めており、これら規制の対象となっていない化学物 質に関する対策が求められている。 3 労働災害は、関係者の努力により長期的には減少してきているが、今なお、年 間60万人もの労働者が被災し、死亡者も2,000人程度で推移しており、労 働災害の減少に鈍化の傾向が見られる。 また、最近、労働災害が多発した時代を経験し、労働災害防止のノウハウを蓄 積した者が異動する場合に、安全衛生管理のノウハウが事業場において十分に継 承されず、事業場の安全衛生水準が低下し、労働災害の発生につながるのではな いかということが危惧されている。 さらに、これまで無災害であった職場でも、「災害の危険性がない安全な職場」 であることを必ずしも意味するものではなく、労働災害の危険性が内在している ことから、この潜在的危険性を下げるための継続的努力が求められている。 4 以上の課題のほか、労働安全衛生法に基づく行政施策の在り方について、国の 事務の減量化等の観点からの見直しが求められている。 また、小規模事業場における産業保健サービスの提供の在り方についても、当 部会において引き続き検討することとされている。 第2 労働安全衛生対策の見直しの方向 第1で述べた労働者の安全衛生をめぐる状況に的確に対応するため、次の項目に ついて見直しを行っていく必要がある。 1 深夜業に従事する労働者の健康確保 深夜業は、公益上の必要性、国民生活の利便性の確保、生産技術上の必要性等 の観点から必要不可欠なものになっている。また、近年、国民の意識・ニーズの 多様化や国際化への対応等の観点から、従来あまり深夜業の見られなかった業種 にも広がりを見せている。さらに、近年の高齢化の進展や女性の労働力率の高ま り、さらには平成11年4月から労働基準法の女性保護規定が解消されることな どを背景として、今後は、深夜業に従事する高齢者の増加や、これまで女性の深 夜業がみられなかった分野への女性の進出が考えられる。 このような深夜業については、その特性(自然の日内リズムに反して働くこと) から健康へ影響を及ぼす可能性を持つため、深夜業に従事しない者に比べ充実し た労務管理・健康管理が必要であることが指摘されている。 深夜業に従事する労働者の労務管理・健康管理の実態をみると、労働者の選定 に当たって健康状況を考慮している事業者や健康診断に基づいて常昼勤務への配 置替え等の措置を講ずる事業者も多いなど、深夜業の健康影響の可能性を踏まえ た対応が講じられている状況がうかがえるものの、深夜業に従事する労働者の意 識としては、疲労の蓄積、睡眠不足、健康管理の困難さを訴える者が多いという 問題点がある。 このため、深夜業に従事する労働者については、就業環境の整備が図られるこ とを促進しつつ、現行労働安全衛生法で定められている集団健康管理に加え、労 働者個々人の自主的な健康管理を促進し、これを活用した健康確保対策の充実を 図る必要がある。 [対策の方向] 深夜業に従事する労働者の健康確保を図るため、事業場における健康教育の実 施、個別相談の充実等を進めるほか、第143回臨時国会における労働基準法の 一部を改正する法律案の審議の際の附帯決議を踏まえ、労働者の自主的な健康管 理を進め、深夜業による健康障害を防止するため、次の措置を講ずること。 (1)事業者は、深夜業に従事する労働者が自発的に受診した健康診断結果に基 づき、当該健康診断の項目に異常の所見があると診断された労働者に係るも のについては、当該労働者の健康保持に必要な措置について、医師等から意 見聴取をすること。 (2)事業者は、(1)の医師等の意見を勘案し、その必要があると認めるとき は当該労働者の実情を考慮して、深夜業の回数の減少や作業転換等の適切な 措置を講ずること。 (3)事業者は、深夜業に従事する労働者が自発的に受診した健康診断結果に基 づき、特に健康の保持に努める必要があると認められる労働者に対し、医師 等による保健指導を行うように努めること。 (4)国は、深夜業に従事する労働者が自発的に受診する健康診断の費用を助成 すること。 2 化学物質の管理 労働現場で使用される化学物質のばく露は、一般環境でのばく露に比べて通常 高濃度であるが、適切なばく露防止技術により管理が可能であること、労働現場 での適切な管理が一般環境での化学物質の汚染の防止に寄与すること等から労働 現場での化学物質管理の一層の充実を図ることが必要である。 現在、労働者に健康影響を生ずるおそれが科学的に明らかな化学物質について は、労働現場での使用実態等を勘案して、原則として法令により表示、作業環境 管理、健康管理等に関する規制が行われているところであるが、このような化学 物質については、今後、必要に応じ適宜対象物質や規制内容について法令上の見 直しを行いつつ、引き続き適切な管理を義務付けることが必要である。 一方、有害性等を有することが明らかになっているものの労働者への健康影響 が必ずしも明確でないこと等から上記規制の対象にはなっていない化学物質も、 数多く労働現場で製造・使用されている。これらの化学物質については、労働災 害を未然に防止する観点から、その有害性等の情報を入手しやすい立場にある製 造者、輸入者等がその情報を当該化学物質を使用する事業者に伝達するとともに、 事業者は、この情報を活用して自主的に労働者の健康障害を防止するための必要 な措置を講ずる必要がある。 [対策の方向] (1)有害性等を有する化学物質の譲渡・提供者がその化学物質の有害性等の情 報を譲渡・提供の相手先に確実に提供する仕組として、MSDS(化学物質 等安全データシート)及び表示による情報の提供を義務付けることが適当で あること。 (2)事業者が講ずる労働者の健康障害防止措置が適切に行われるようにするた めには、MSDSの内容の周知、これを活用した安全衛生教育等が重要であ ることから、国は、これらの内容を含んだ事業者が講ずる化学物質の自主的 管理のための指針を公表すること。 (3)国は、化学物質の有害性等の調査、有害性等の情報の提供等に努めるとと もに、事業者や化学物質の譲渡・提供者が行う人材の育成、有害性等の情報 の評価等についての支援を行うこと。 (注)MSDS;化学物質の名称、有害性等の情報、物理化学的性質、取扱い上 の注意等を記載した一定の形式を備えた書類であり、化学物質の譲渡・提供 の際に渡すことによって、化学物質の有害性等や適切な取扱い方法に関する 情報を受け取り側に提供するものである。 3 労働安全衛生マネジメントシステム 労働災害の減少の鈍化にみられるような閉塞状況を打破し、労働災害の一層の 減少を図るため、事業場の労働災害発生の潜在的危険性を減少させるとともに、 安全衛生担当者等の経験、技能等を適切に継承し、組織的・安定的な安全衛生管 理を推進するため、「計画−実施−評価−改善」という一連のプロセスを明確に した連続的、継続的な労働安全衛生マネジメントシステム (Occupational Health and Safety Management System,OHSMS)の導入 を推進する必要がある。 また、労働安全衛生マネジメントシステムについては、英国を始め先進国を中 心に導入が進んでいることから、我が国において導入を進めていくに際しては、 国際的な動向を踏まえる必要がある。 [対策の方向] (1)国は、労働安全衛生マネジメントシステムを安全衛生水準を向上させるた めの施策として位置付け、これについての指針を定めること。 (2)労働安全衛生マネジメントシステムにおいては、事業者自らの安全衛生方 針の表明、職場の危険又は有害な要因の特定、労働安全衛生計画の作成、労 働安全衛生計画の実施、点検及び監査、必要な改善、労働安全衛生マネジメ ントシステムの見直し等の内容を含んだものとする必要があること。 (3)国は、労働安全衛生マネジメントシステムの導入を促進するため、モデル 事業の実施、事業場の担当者等に対する研修等の支援を行うこと。 4 その他 平成8年1月の中央労働基準審議会の建議において小規模事業場に対する産業 保健サービスの提供を行うことを目的として整備することとされた地域産業保健 センターについては、平成9年度までに全国347カ所の整備が終了したばかり であり、利用者への周知が十分ではないことから、その活性化、サービスの充実 等をより積極的に図る必要がある。また、小規模事業場が産業医を共同で選任す るための国の支援事業についても周知等に努め、利用促進を図る必要がある。 このほか、労働安全衛生法に基づく行政施策の在り方についても、国家資格に 係る国の事務の減量化等について見直しが求められていることから、これらへの 適切な対応を図る必要がある。 また、労使による災害防止活動の一層の推進を図る必要がある。 [対策の方向] (1)国は、地域産業保健センター事業、産業医共同選任事業、産業保健推進セ ンター事業等の一層の推進を図ること。また、関係機関との連携を含め、地 域産業保健センター事業の活性化等小規模事業場における総合的な健康確保 方策について、検討の場を別途設けることが適当であること。 産業医の選任対象事業場の範囲等については、これらの事業の状況の推移 等を考慮しつつ、平成8年改正労働安全衛生法の施行5年後見直しに向けて 引き続き総合的な見地から検討することが適当であること。 (2)労働安全衛生法に関し、労働安全コンサルタント及び労働衛生コンサルタ ントの試験及び登録の民間委託等について、適切な対応を図ること。 (3)社会経済情勢の変化に対応しつつ、労災防止指導員の一層の活用を図るこ と。