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III 具体的事例から見た申告事件



1 概要

     平成8年において全国の労働基準監督署で取り扱った申告事件の中から、主だったもの20例を以下に紹介する。
     申告の内容としては、前近代的労働関係の典型的な権利侵害である強制労働や中間搾取などの事件はほとんどみられなくなっているが、遵法意識の低い使用者による賃金の不払や時間外労働等に対する割増賃金の不払、最低賃金に関する違反、年少者に係る深夜労働、事業場の安全意識が希薄なことによる無資格者による危険作業の実施など、旧態依然とした事案が絶えない。
     そのほか、最近の特徴的傾向としては、いわゆるサービス残業に係る事案、外国人労働者に関する事案、労働者派遣のような近年の成長産業に係る事案やパートタイム労働者に関する事案などが見受けられ、社会経済の進展に伴い変化してきた就労を取り巻く状況のなかで、労働基準法等の関係法令による保護の必要な労働者が、新たな分野でも多くみられるようになってきている。
     これらの申告事案が起きる原因をみると、使用者が時間外労働に対する割増率や解雇する場合の手続など法律に定められた最低基準についての正しい知識を持っていなかったもの、使用者は法律を知っているのに、労働者の不知や労働者が解雇・賃下げなどをされることを恐れて権利を主張できないという弱い立場にあることにつけ込んで、法定の基準を守らないものなどがある。
     これら申告事案について、労働基準監督署では、労働基準監督官が労働基準法等に基づき、事業場等に臨検するなどして、帳簿や関係書類の提出を求め、使用者若しくは労働者に対して質問し、必要な事項の報告を求め、又は関係者に出頭を求め事情を聞くことなどにより、実態を調査した上で、法令違反が認められたものについては行政指導を行い、問題の解決を図っている。
     このような申告事案については、労働基準監督官による法令の説明や説得によって比較的容易に解決される事案もあるが、中には、指導を受けて法定の基準を知ることになっても、法律が悪い、金がないなどと開き直って改めようとしない使用者がおり、これらについては、粘り強い指導が必要となり、解決までにかなりの時間を要するものがある。また、仕事上のトラブルやケンカなどを原因として解雇や賃金不払が起こることも多く、これらは労使が互いに感情的になっていて、時間をかけた説得や指導を行うものの解決するのには困難を極め、中には行政指導に対しても頑なに改善しようとしない使用者もいる。いずれについても、労働基準監督官が繰り返し説得と指導を行い、解決に努めている現状にある。
     なお、行政指導では解決することが困難であり、かつ、そのまま放置することは社会的に許されないような事案もあり、それらについては、司法的制裁を科するため送検処分を行っている。
     また、会社が倒産するなどして労働者に対する賃金の未払が生じていて、一定の要件に合致している場合には、国による未払賃金の立替払制度により一定額の救済を図っている。

2 具体的事例

(1)賃金不払の事案

【企業倒産に伴う大型の賃金不払】

     平成8年4月、機械器具販売会社(労働者数50人)に勤務している労働者から、今月会社が倒産したが平成8年1月から平成8年4月までの4か月分の賃金50人分合計約2,600万円が未払になっているとの申告がなされた。既に4ヵ月も給料がもらえていないため、申告人らのなかには、サラ金に借金して生活していたが返済できなくなっているとか、妻子を妻の実家に返している、あるいは家賃が払えずアパートを追い出されそうになっているなど、その生活が破綻しそうだと訴える者が多数いた。
     監督署は直ちに会社を臨検し、社長から事情聴取するとともに関係書類等を確認したところ、会社は経営の失敗により既に多額の負債を抱えて倒産状態にあり、破産手続を準備していて、未払賃金については今後全く支払える見込みがないとのことであった。
     そこで、取引先、申告人らから会社の経営状態について詳しく事情を調べたところ、本業の売上は順調であったのに、社長が個人的に行った不動産や株の取引で莫大な損失を出し、これを穴埋めするために、会社の資産を使ってしまったということが分かった。
     その間、監督署は社長に会うため何度も会社を臨検したが、社長はほとんど出社せず、自宅についても常に不在だった。そのため行方を探したところ、社長は知人名義のマンションに住んでいることが判明したので、監督署は度重なる指導を行ったが、社長は「会社の問題と自分個人とは関係ないから賃金を支払う必要はないはずだ。」などと主張し続けた。しかも会社には破産手続を申し立てるための保証金すら残っていないため、破産手続を申し立てることもできないことが明らかとなった。

     そのため監督署は、未払賃金の立替払制度を適用し、労働者に対する未払賃金の立替払を行った。そして、4ヵ月分に及ぶ長期かつ多額の賃金未払を引き起こしながら、監督署の度重なる指導を無視し、経営者としての責任をとろうとしない社長については取り調べを行って、労働基準法違反容疑で検察庁へ書類送検した。

【障害者に対する賃金不払】

     平成8年4月、リース会社(労働者数約30人)に勤務する労働者1名から2ヵ月分の賃金が未払である旨の申告がなされた。
     監督署は、直ちに会社を臨検し、さらに代表取締役に出頭を求めて事情を聞くなど調査を実施したところ、7名の障害を持つ労働者に対する2ヵ月分の賃金合計約100万円を支払っていない事実が確認された。
     しかも、この会社は、労働者のうち障害者である労働者に対してのみ賃金を支払っていないことが判明した。その理由をこの会社の代表取締役に質問すると、始めはごまかしていたものの、執拗に質問すると、「障害を持つ労働者は他に行くところはないのだから給料を払わなくてもいい。どうせ解雇されるのを恐れて何の苦情も言わないのだから。」というような考えで代表取締役が障害者の弱みにつけ込んで彼らをただで働かせていたことが結局明らかとなった。
     障害を持つ労働者らは解雇されることを恐れ7名の内1名だけが申告に及んだものの、他の者は賃金が払われなくても、申告には及ばなかった事情も明らかとなった。  監督署は、代表取締役に対し支払を指導したが、代表取締役は始めのうちは払うような態度をとっていたものの、結局は支払を行わなかった。その後も1日も早く障害者らに現実に賃金が払われるように繰り返し指導したが、会社は突然営業場所を引っ越すなどした。監督署は営業場所の貸主や近隣への聞き込み調査及び所在の判明した労働者らへの調査等を行い、引っ越し先を把握して、代表取締役に対し再度支払を指導したが、代表取締役は開き直り、「障害者に払う金はない。」などとして監督署の指導を無視するようになった。
     そのため監督署は、このまま行政指導を繰り返しても解決することは困難な状況であり、一刻も早く労働者を救済する必要があるため、未払賃金の立替払制度の適用により労働者の救済手続を進めるとともに、関係者からの事情聴取を行い、関係証拠書類を収集し、代表取締役について、労働基準法違反容疑で検察庁に書類送検した。

【賃金不払を繰り返し、出頭要求にも応じない】

     平成8年4月、人材派遣会社に勤める3名の労働者から、合計約50万円の賃金が支払われていないとの申告がなされた。
     申告に基づき監督署が臨検して調査を実施したところ、設立間もない同社が賃金不払を起こしたのは初めてであったが、同社の代表取締役は、平成7年に二度、異なる会社の名称で賃金不払を繰り返し起こしており、いずれも未だ未解決のままであるにもかかわらず、今回また別の会社を設立して、さらに賃金不払事件を引き起こし、すべてを合計すると労働者9名分の賃金合計約150万円を支払っていない事実が判明した。
     監督署は、代表取締役に対して未払賃金を支払うように強い指導を実施したが、この代表取締役は、営業を続けていながら売上金をこれまでの個人的借入金の返済に充てて自分は以前と変わりない生活を続けていながら、労働者に対する賃金はまったく支払わなかった。
     しかも監督署に対しては、「賃金は払ったはずだ。」「調べてみる。」などと、時間稼ぎをしたり、「すぐに払う。」「明日口座に振り込む。」などと守らない報告を繰り返し、さらには「払う金はない。」「お前らの好きにしろ。」などと開き直り、ついには「警察だろうが監督署だろうが怖くはない。やるならやってみろ。」などという対応をするようになった。
     監督署としては、使用者が自主的に法違反を改善することにより、申告人へ現実の救済が図られるように行政指導を行ってきたが、この使用者は監督署の指導に従わないばかりか、監督署の出頭の求めにもまったく応じないなどの状況に至った。このままでは帳簿書類や出勤簿などを破棄したうえ、申告人等を雇用した事実まで否認するかあるいは逃亡するおそれもあるため、監督署はこの会社について労働基準法違反容疑で令状に基づき関係箇所の捜索差押えを実施して証拠書類を確保するとともに、この代表取締役を逮捕した。 この代表取締役は、逮捕された当初は監督署を誹謗するような言葉を述べていたが、取り調べを進めて検察庁へ身柄送検した後には、自らの非を認めて労働者に対する未払賃金をすべて支払った。

(2)時間外割増賃金の不払事案

【時間外労働に対し割増賃金を全く支払わない】

     平成8年8月、医薬・化粧品販売会社(労働者数約100人)に勤める労働者から、毎日残業があり、しかも女性労働者に午前0時までに及ぶ深夜勤務を時々させているのに、時間外労働に対して割増賃金が全く支払われていないという匿名を希望する申告がなされた。
     監督署は定期的に臨検した形を装い、直ちに会社を臨検して関係者から事情を聞くとともに、関係帳簿、書類等を詳細に調べて実態を調査したところ、ほとんどの労働者に毎日時間外労働をさせているにもかかわらず割増賃金を全く支払っていないことや、棚卸時には女性労働者に深夜まで労働させていること及びほとんどの労働者に定期健康診断を受診させていないことなど多数の法令違反が判明した。  これについて、会社の社長らは「忙しいときに残業するのは当然だ。月給で払っているのだから、何時間残業させようとそれ以上払う必要はないはず。」などと抗弁した。
     これらの法令違反は、社長の遵法意識の低さと会社の担当部長の法律に対する知識不足が原因とみられたので、監督署は労働基準法等の趣旨から個々の条文の内容を説明し、その上で何が違反となるのか、違反を改善するためにはどのようにしたらよいのかなど、各種の資料を提供して具体的な改善方法まで含めて、時間をかけて改善指導を行った。
     初め社長らは、「改善する必要はない、法律は間違っている。」などと主張していたものの、指導を続けるにしたがい徐々に姿勢を改め、その後過去の割増賃金の支払を行うとともに、労働者に健康診断を順次受診させるなど、監督署が指導した法令違反についてすべてを改善した。

(3)解雇の手続関係の事案

【不景気を理由に解雇予告手当を支払わず解雇】

     平成8年9月、繊維製品製造会社(労働者数6人)に勤務していた労働者から、過去1年3ヵ月間にわたり当該都道府県の最低賃金額を下回る時間給しか払われておらず、かつ、昨日不景気を理由に工場が閉鎖され解雇になったが2日前に予告されただけで法定の解雇予告手当が支払われていないうえ、最後の月の給料も払われそうにないとの申告がなされた。
     申告に基づき監督署は会社を臨検し、賃金台帳を調査したところ、申告どおり最低賃金法の違反が確認され、さらに社長から事情を聴取したところ、同人は「1年ほど前から工場の閉鎖を考えていたが、取引先に知れると信用をなくすので、労働者には予告をしなかったが、薄々はわかっていたはずだ。」「資金的に苦しかったので、最低賃金以下でも納得してくれていたはずだ。最後の給料など当然払えない。」などと弁明した。
     しかし、労働者から確認すると、「社長は、今やめられたら倒産する、景気がよくなるまで我慢してくれれば必ず払うと言っていたので、その言葉を信じて借金しながら最低賃金以下の賃金で働いてきた。最後まで会社は大丈夫だと言っていたのに、突然社長の都合だけでボロ雑巾でも捨てるかのように解雇されて、予告も手当も何もなかった。家賃を払わないとアパートを追い出されるので、せめて今月分の家賃だけでも下さいとお願いしたのに無視された。借金もあってとにかく生活が苦しい。」とのことだった。
     そこで監督署は、社長に対し、最後の月の賃金と予告手当の支払及び最低賃金との差額の支払を行うように数回にわたり指導した。しかし社長は、「倒産したから払えない。」などといって支払を行わなかった。申告人は「社長を恨んではいるが、送検処罰してもらっても自分の生活は楽にならない。今の生活を何とかしてほしい。」ということであった。
    監督署としては、申告人に現実の支払がなされるようにすることが第1義であるとして、その後も繰り返し支払を指導し続けた。
     これに対し、その後も「労働者の働きが悪いから倒産したんだ。」などと述べていた代表取締役も、指導に応じて、申告人に対して最後の月の賃金と予告手当の支払及び最低賃金との差額を支払い、解決した。
    (注) 労働基準法第20条では、労働者を解雇する場合の手続として、原則として少なくとも30日前に解雇を予告するか、解雇の予告をしない場合には30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払わなければならない旨規定している。

    【労働者を予告なしに解雇】

    平成8年10月、パチンコ店(労働者数約20人)に4年間勤める労働者2名から「何の予告もなく解雇通知書を渡されて即日解雇された。突然のことで明日の暮らしにも困っているが、解雇予告手当の支払がされない。」との申告がなされた。 監督署は、直ちに店長に会い事情を聞いた。その結果、不景気を理由にリストラのため本社会議で労働者2名の解雇が決まり、即日解雇とする解雇通知書を店長自ら労働者に手渡して解雇したにもかかわらず、解雇予告手当は支払っていないことが判明した。
    これについて店長は、「解雇するのに予告などしたら、その間はまじめに働かなくなる。そんな社員がいたら他の者にしめしがつかない。皆が働かなくなったら、監督署はその分を補償するのか。」などと抗弁した。
     監督署は、労働基準法を説明し、同法に定められた解雇予告手当を直ちに支払うように指導したが、今度は「不景気だから解雇するのに、その上予告手当など払えない。」「本社の決定だから自分は関係ない。」などと弁明した。
    その間にも申告人は連日監督署に来て「生活に困っている。今すぐに払うようにしてほしい。」と訴えた。
    その後監督署では、一刻も早く申告人らに現実の手当が払われて申告人らが救済されるように、本来使用者としてなすべき権限と責任を有しているべき店長だけでなく、本社に対しても、会社として法律を守るように繰り返し重ねて強く指導を行った。その結果、会社は監督署の指導に従って解雇予告手当の支払を行い、解決した。

(4)最低賃金関係の事案

【零細企業であるとの理由で賃金を最低賃金額未満で支払】

    平成8年1月、自動車部品製造会社(労働者約10名)に勤める労働者1名から、当該都道府県で決められている産業別最低賃金を大幅に下回る賃金しか支払ってくれないとの申告がなされた。
    監督署が会社へ臨検して調査を実施したところ、申告のとおり最低賃金を下回っている労働者が3名もいることが判明した。そこでこれを改善するように指導したところ、社長は「最低賃金は知っているが、大手ならともかく零細企業では支払えない。」「会社をつぶす気か。」などと抗弁し、改善しようとしなかった。
    そのため監督署は、最低賃金法の立法趣旨や最低賃金額の決定方法、適用される地域内ではたとえ小さい会社でも遵守していること等を説明するなどして、社長自らが法を遵守するようになるように繰り返し指導を行った。
     初めは強く抗弁していた社長も、徐々に監督署の指導に耳を傾けるようになり、最低賃金法を守ることに理解を示し、労働者に対する賃金の金額を最低賃金以上に改訂するとともに、これまでの差額を支払って改善した。

(5)休日関係の事案

【研修名目で休日労働】

     平成8年8月、自動車部品製造会社(労働者数約1,000人)に勤務している労働者から、休日出勤について1時間あたり300円しか支払われなく、最低賃金及び法定の割増率を下回っているとの申告がなされた。
     申告に基づき監督署が事業場を臨検し、総務の責任者から事情聴取するとともに関係書類等を確認したところ、確かに休日の出勤が認められたが、会社は当該休日の出勤について自由参加の研修会であると位置づけており、そのため1時間当たり300円の研修費しか支給していないことが判明した。
     そこで、監督署はこの休日の出勤が労働になるのか、自由参加の研修会であるのかを明らかにするため、研修に関係する多量の資料を詳細に調査するとともに、労働組合としての考えや複数の労働者からの事情聴取等を行った。その結果、当該休日出勤について、会社は自由参加の研修会と主張していたが、実際は労働者に様々な形で参加が強制されるような仕組みになっていることが明らかとなった。
     また、その目的は労働者の個人的な研修ということではなく、会社のシステムの効率化と業績向上のために行われているということがはっきりした。そこで監督署は、当該休日出勤については労働時間と認められることを会社に対して説明し、さらに過去の休日出勤について法定の割増賃金との差額を支払うように指導した。その結果、会社も労働させていることを認めて、指導以後は制度を改めて休日労働として扱うことにするとともに、過去の分の割増賃金との差額を支払って、解決した。

【恒常的な休日労働を行わせている】

     平成8年10月、タクシー会社(労働者20名)の労働者から、休日を全く与えられずに働かされているとの申告がなされた。
    申告に基づき監督署が会社を臨検して関係書類を調査したところ、数名の労働者に休日が与えられていない事実が判明した。
    これについて社長は、「労働者が働きたいと望んでいるから働かせているだけだ。」と主張した。しかし、複数の労働者らに事情を聞いてみると「全員が割り振られた休日に全部休むと、タクシーに休車が出ることになり、それでは会社の利益が上がらないから、休車を出すなという指示が会社から出ている。それで、人がよく真面目で断れない性格の労働者に休日労働がしわ寄せされている。」とのことであった。  そこで監督署は、休日の必要性と労働基準法上の規定及び自動車運転者の労働時間等の改善のための基準等を説明し、現状を改善するように強く指導した。
     その結果、以後労使において合意の上、多くとも一人当たり2週間に1回の休日労働しか行わないように改善された。
    (注) タクシー等の自動者の運転手については、その労働条件の改善のための指導基準として「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」が告示されており、これにより労働時間、休日労働の限度(2週間に1回)等が定められている。

(6)サービス残業の事案

【いわゆるサ−ビス残業】

     平成8年3月、機械器具製造会社(労働者数約60人)に勤務している労働者から、時間外手当が1か月20時間までしか支払われず、サービス残業をさせられているとの申告がなされた。
     申告に基づき監督署は会社を臨検し、関係書類を調査したが、作成と保存が義務付けられている賃金台帳などの関係書類を調べただけでは何ら不自然なところはなかった。
    しかし、丹念に様々な書類や帳簿類を比較しながら調べると各労働者ごとに残業時間が記入されている超過勤務管理簿について、終業時刻が一度消されて書き直されている箇所が多く認められた。しかもそれは全員締切日の10日前頃から締切日にかけてだけ書き直されており、さらに1か月の超過勤務合計時間が全員最大で20時間までとなっていることなど、不自然な点が認められた。
     そこで、監督署は関係書類の間の不整合や矛盾点をもとに総務の責任者に説明を求めた。
    これについて、初めは「単なる計算間違えを直したもの。」と言っていたが、それについての矛盾を指摘すると、今度は「事務員が間違えて記入した。」などと抗弁した。これらに対しては、関係労働者を別室に呼んで事情を聞くなどして真実を追及して行ったところ、責任者は「会社の方針で時間外手当を各労働者毎に上限20時間分までと決めていて、それを超えないように超過勤務管理簿を給料の締切日に書き換えて調整しており、その結果たとえ20時間を超えて残業しても、時間外手当は20時間分しか支払っていない。」ということを認めた。
     そのため監督署は、関係書類から不足分を算定し、会社に対してその不足分を全額支払うように指導を行った。その結果、会社は以後このような違法な取扱いをやめるとともに、全員に不足分の割増賃金を支払って、解決した。

(7)外国人に係る事案

【不法残留外国人への賃金不払】

     平成8年9月、入国者収容所入国管理センターに不法残留で収容中の外国人7名から、土木工事業を営む個人経営の会社に雇用されていた約4ヵ月間の賃金の合計約700万円が未払であるとの申告が相次いで外国語及び日本語の文書郵便でなされた。
     監督署では、ほとんど日本語を理解できない申告人もいることから、監督署において通訳人を依頼するとともに直ちに当該入国者収容所入国管理センターに赴き、申告人らと面会して詳細な事情を聞いた。すると、申告人らによれば、事業主は申告人らが不法残留者であることを始めから承知の上で働かせていながら、このまま申告人らが強制送還されるということに乗じて約700万円の賃金を支払わず、すべてを踏み倒そうとしているらしいとのことであった。
     監督署は直ちに、会社所在地及び事業主の自宅等を連日臨検したが、事業主は行方をくらまし常に不在であった。しかし、申告人らの帰国日が迫っていたため、徹底して関係者からの調査や電話聞き取り、出頭要求や臨検等を繰り返して行った。  その結果ついに事業主の所在を確認したので、申告人らが働いた工事現場の元請会社の担当者の同行を得て、関係書類等を調査確認するとともに、事業主から事実関係を聴取したところ、概ね申告どおり、申告人らに対する賃金未払の事実が確認された。
     そこで、未払の賃金をすべて支払うように指導を行ったところ、事業主は「払わないとはいわないが、払う金はない。」などと言い訳して開き直っていたが、繰り返し強く指導を行った結果、元請会社の資金援助を得るなどして、申告人らに未払賃金のすべてを支払い、解決した。

【外国人労働者に対する時間外手当の不払】

     平成8年7月、金属部品製造会社(労働者数約30人)に勤務していた日系ブラジル人の労働者から、ボランティアの通訳を同行の上、これまで支払われた過去2年分の時間外手当が法定の割増率である2割5分未満であり、請求しても差額を支払ってもらえないとの申告がなされた。
     申告に基づき監督署は、当該会社の賃金台帳等を調査したところ、時間外手当は法定の割増率を大きく下回る金額で支払われていることが判明した。このため、会社の代表者から事情を聴取したところ、「時間外手当は法定の割増率を下回る金額で支払うことを、契約書で合意しているので、これ以上は支払わない。」と抗弁した。
     そこで監督署が、当該契約文書を確認したところ、確かに申告人のサインがしてある契約書が作成されていたが、内容は全て漢字まじりの日本語であった。これについて、申告人に確認したところ、「確かに自分でサインしたものであるが、2年前に日本に来て、すぐ、この会社に勤務した時に、内容については全くわからないままサインをさせられたもので、その後も何の説明もされなかった。」とのことであった。
     そのため、監督署は会社の代表者に対して、労働基準法は国の定める最低基準であって、たとえ当事者間で法の定める基準を下回った条件で合意しても、法定の基準が優先すること及び内容のわからない文書にサインをさせても無効であることを説明して、不足分を支払うように強く指導した。
     その結果、未払賃金はすべて支払われて解決した。

(8)労働者派遣会社に係る事案

【休日、深夜、時間外労働の割増賃金を未払】

     平成8年11月、派遣会社(労働者数約180人)に勤めている外国人労働者から、休日労働と深夜労働に対する割増賃金が支払われておらず、かつ一部の時間外労働が無給となっているとの申告がなされた。
     これを受けて監督署は、直ちに会社を臨検するとともに、労務担当者を出頭させて調査を実施した。その結果、派遣先の会社ではタイムカードを使用して、派遣された労働者の労働時間を正確に把握して派遣元の会社に報告していたが、これについて派遣元の会社では、自社で決めた休日に労働した時間や、自社で決めた標準時間を超えて残業した時間は労働時間として認めず、これらに対しては「労働者が勝手にしたことだ。」として割増賃金を支払っていないことが判明し、申告人への過去の未払賃金の合計額は約230万円に達していた。
     そこで監督署は、労働時間を適正に計算するように指導するとともに、申告人に対する未払の割増賃金を直ちに支払うように指導を行った。これにより、未払の賃金は全額申告人に支払われて解決した。

(9)パートタイム労働者に係る事案

【パ−トタイム労働者の賃金を最低賃金額未満で支払】

     平成8年11月、生花販売会社(労働者数10人)に勤める労働者から、当該都道府県の最低賃金額(時間給640円)に満たない時給580円で働いていること、同僚も最低賃金額未満の賃金で働いているとの申告がなされた。
     監督署が、直ちに会社を臨検するとともに、代表者の出頭を求め調査したところ、会社内の労働者のほとんどがパ−トタイム労働者であって、パ−トタイム労働者については申告どおり最低賃金を下回る時給で支払がなされている事実が判明した。これについて代表者は、「最低賃金法というものがあることを知らない。」とか「パ−トに最低賃金は適用されないのではないか。」等の抗弁をした。
     そのため監督署は、パートタイム労働者にも労働基準法や最低賃金法等の労働基準関係法令の適用があること及び最低賃金法の趣旨を説明したうえで、最低賃金額以上に改定するとともに、最低賃金との差額を支払うように指導を行った。
    代表者は、初めは同様の抗弁を行っていたが、この指導に従って、過去の差額を支払うとともに、以後最低賃金額以上の額を支払うように改善した。

【パートタイム労働者に対し解雇予告手当を支払わない】

     平成8年3月、薬販売会社の元パートタイム労働者から、即時解雇されたが、パートタイム労働者には解雇予告手当は支払えないといって支払ってくれないとの申告がなされた。
     申告に基づき監督署は会社を臨検し店長から事情を聞いたところ、解雇予告手当を支払わずに即時解雇したことを認めた。
     このため監督署は、解雇予告手当を支払うように指導したところ、店長は、「パートにそんなものは払う必要はない。」「不景気だから払えない。」「労働基準法は悪法である。」などと言って、頑として監督署の指導に従わず、支払を拒否し続けた。
     そこで監督署は、店長では解決の見込みがないので、責任者である会社の代表者に対し、パートタイム労働者にも労働基準法の適用があることを粘り強く指導したところ、当初、遵法意識の低かった代表者も労働基準法の趣旨に理解を示し、解雇予告手当を支払って解決した。

(10)労災補償に係る事案

【業務上の災害により休業している期間中に解雇された】

     平成8年7月、中華料理店(労働者数5人)に勤める労働者から、5日前に仕事中に手の筋を切り全治1か月という大怪我で通院加療が必要との診断で休んでいるが、突然今日で解雇すると言われ、その上、怪我に対する補償は一切できないと言われたとの申告がなされた。
     申告に基づき監督署は、店主から事情を聞き、事実関係を調査したところ、申告どおりの事実が認められた。これに対して店主は、「わざと怪我をしたに決っている。そんな者に補償などできない。」「労働保険などには加入していない。」「怪我した者の替わりを雇うことにしたから解雇して当然だ。」等の主張をした。
     そのため監督署は、重ねて店に赴いて店主に対し、業務上の災害における労働者に対する補償の必要性や労働保険制度及び労働基準法上の解雇制限等について説明し、改善するよう粘り強く指導した。これに対し、店主も次第に理解を示して指導に従い、申告人の解雇を撤回するとともに、補償のための手続きをとって解決した。
     (注) 労働基準法第19条では、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のため休業する期間及びその後30日間は、当該労働者を解雇してはならないと規定している。

(11)女性の差別的取扱に関する事案

【女性であることを理由に賃金の差別的取扱】

     平成8年9月、建設資材販売会社(労働者数約20人)に勤める労働者から、女性であることを理由に賃金で差別的取扱を受けているとの申告がなされた。
     監督署が、直ちに会社を臨検して調査したところ、当該会社では、従前は男女を問わず世帯主に対して住宅手当と家族手当を支給していたが、最近その規則を変更して、世帯主ではなく既婚の男女という支給基準を設けた上で、男性と女性に対して支給金額に差をつけていることが判明した。その結果、同じ条件であっても男性に比べて女性のほうが支給される手当の金額が少なくなり、世帯主である女性については、男性よりも少なく、かつ従前より少ない6分の1の額の手当しか支給されなくなったことが判明した。
     監督署としては、これについては性別を理由とした賃金の差別的取扱に該当するので、会社に対して改善するよう指導を行った。その結果、会社は規則を改定し、また、申告人に対しては、手当の差額を支払って解決した。
    (注) 労働基準法第4条では、労働者が女子であることを理由として、賃金について、男子と差別的取扱をしてはならないと規定している。

(12)年少者に関する事案

【年少者に深夜労働をさせている】

     平成8年1月、ハンバーガーショップ経営会社の営業店舗(労働者数約30人)に勤める労働者から、同店では18歳に満たない高校1、2年生を、深夜3時頃まで働かせているとの申告がなされた。
     監督署は、申告に基づき営業店舗を臨検するともに、当該店舗の店長に出頭を求めて事実関係を調査した。その結果、深夜の人手不足を理由に、18歳未満の男子高校生アルバイトの労働者3人について、頻繁に、深夜2時頃、あるいは3時頃まで労働させていることが判明した。
     監督署は、同社の社長に対してその違反を直ちに改善し、かつ二度と同じ違反を繰り返さないように、強く指導するとともに、その後についても一定期間にわたり労働者の勤務実績の報告を求めた。
     その結果、会社は、監督署の指導後は年少者に深夜労働を行わせないよう改善していることを確認した。
     (注) 労働基準法第61条では、原則として18歳未満の年少者に深夜(午後10時から午前5時までの間)労働させてはならないと規定している。

【年少者を危険作業に従事させ、賃金の一部を違法に控除】

     平成8年7月、解体工事業を営む個人に雇用されていた15歳の労働者から、高さ5m以上の場所での危険な解体作業に従事させられていて、かつ平成8年6月分の賃金の一部が違法に控除されたとの申告がなされた。
     申告に基づき監督署が個人事業主から事情を聴取したところ、3名の18歳未満の年少者を高さ5メ−トル以上の場所での危険な解体作業に従事させていたこと及び欠勤した場合には欠勤した日の日給(8,000円)を支払わないほかに、罰金として欠勤1日につき5,000円を給料から控除していたことが判明した。
     これについて申告人に確かめると、「仕事する前は片付けなどの簡単な手伝いだと言われていたが、実際仕事に行くと危険な作業をさせられた。始めは我慢して働いていたが、だんだん怖くなって、とうとう仕事を休んだ。休んだら罰金を取られることは聞いていない。」ということであった。
     そのため、監督署は18歳未満の年少者を、高さが5m以上の危険場所での作業などに従事させてはならないという法律上の制限を説明して、以後そのような作業を行わせないこと及び仕事を休んだことを理由に罰金として支払っていない賃金分を支払うように指導した。
     当初この個人事業主は、「怠けて休んだ者に罰を与えて教育している。」などと抗弁していたが、監督署の指導により、以後年少者に危険作業をさせないことを約束するとともに、控除して支払っていない分の賃金を支払って解決した。
    (注) 労働基準法では、18歳未満の年少者には高さが5m以上の墜落の危険のある場所での作業など、一定の危険な作業に従事させてはならない旨規定されている。

(13)安全衛生に関する事案

【クレ−ンの無資格運転】

     平成8年5月、建設会社(労働者数5人)に勤める労働者から、同社の鉄骨加工工場に設置されている床上操作式のクレーンについて、吊り上げ荷重が5トンあるものを2.8トンとしてその能力を偽り、運転操作の資格を持たない労働者に操作させているとの申告がなされた。
     申告に基づき監督署は、直ちに当該工場を臨検し調査したところ、使用している4台のクレーンのなかに、吊り上げ荷重5トンのクレーンの表示を改ざんして2.8トンと表示してある床上操作式のクレーンが1台あること及びそのクレーンについては、無資格者が運転操作していること等が判明した。
     そこで工場の責任者である専務から事情を聴取したところ、3トン以上のクレーンは2年に1回の検査が義務付けられており、手数料がかかることや手続するのが面倒なため虚偽の表示を自分で行ったことを認めた。さらに、5トン以上のクレーンだと操作するのに技能講習修了等の資格が必要だと聞き、それを労働者に取得させるには、費用と日数がかかるため、虚偽の表示を行ったことも分かった。
     そのため監督署として、クレーンを定期検査を受けずに使用したり、資格のない者に運転操作をさせたりすることは、死亡災害発生の原因となるような極めて危険なことであることを説明し、直ちにこれらを改善するように指導を行った。
     その結果、会社は事態の重大性に気付き、改ざんした表示を改め、以後クレーンの定期検査を受けるとともに、順次労働者に資格を取得させて解決した。
    (注) 労働安全衛生法では、吊り上げ荷重が5トン以上の床上操作式のクレ−ンの運転操作については、免許又は技能講習修了の資格が必要とされている。


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