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I 労働基準監督署の業務と申告制度の概要


 我が国では、約430万の事業場で約5,000万人の労働者が働いており、これら労働者が安心して働ける職場環境を実現するため、労働省では、全国に47の都道府県労働基準局とその下に第一線機関として343の労働基準監督署を設置している。

 労働基準監督署では、労働基準法等関係法令等の周知徹底を図り、労働者の労働条件や安全衛生の確保改善に努めるとともに、労働災害を被った者に対してはその補償を行うなど様々な業務を行っている。これら業務の中でも、労働基準法等関係法令等の内容を周知するとともに、その履行を確保していくことが労働基準監督署の基本的な業務であり、これを実現するための行政手法として、具体的には、@事業場に対する臨検監督指導(立入調査)、A労働災害が発生した場合の原因の調査究明と再発防止対策の指導、B重大な法違反事案等についての送検処分、C使用者等を集めての説明会の開催等のほか、D申告・相談等に対する対応等を行っている。

 事業場に対する臨検監督指導は、法律で与えられた事業場に対する立入権限や帳簿書類等の調査権限を基に法律の遵守徹底を図ることを目的に行われ、平成8年においては労働条件に改善を要すると考えられる業種や、危険有害な作業が存在する業種等を対象に計画的に行う臨検監督指導を約15万1千件行い、さらに重大な労働災害が発生した場合に、その発生の原因の調査究明と再発防止対策の指導のために行う臨検監督指導を約1万4千件実施している。これらのうち約8万9千件について法令違反を認め、これを改善するように指導している。このうち約1万件については、高所作業を行う場合に墜落防止のための措置が講じられていないなど特に危険な状況が認められるもの等であったため、作業の停止や立入禁止、危険な機械の使用を停止する等を命ずる行政処分を行い、労働災害の未然の防止を図っている。また、これら行政処分を行った事業場等について、改善の状況を確認するための臨検監督指導を約1万件実施している。

 さらに労働基準法、労働安全衛生法等は刑罰法規であり、違反したものについては罰則の適用があるため、違反を改善するように指導してもこれを改善しない場合あるいは重大・悪質な法違反を行ったものについては、これを司法事件として捜査し、平成8年には約1千4百件を検察庁へ送検している。

 このほか、改正法の内容の周知や労働条件、安全衛生の改善を広く指導するため、個別の事業場への対応とは別に、多数の事業場を集めて行う説明会など集団的な指導を約5万2千回実施しているところである。

 これらの業務に加え、労働者自らが権利の救済を求めてくることが多くあり、全国の労働基準監督署の相談窓口には、労働者から日々多数の相談が寄せられている。(大都市部の9局のなかの14署に寄せられた1か月間の相談受付件数を調査したところ、その合計は約1万件であり、1署平均約7百件であった。)それらは、例えば、職場での人間関係に起因するトラブルや悩み事といったものから、解雇の無効を主張するといった民事上のトラブル、さらには給料が支払われないといった労働基準法等に違反するものまで、およそ労働関係から生じる多種多様な事柄に及んでいる。  これらの相談は、いずれも相談者にとっては極めて深刻かつ切実なものである。

 このため、担当者はすべての事案について内容を詳細に聴きとるとともに、問題解決のための適切な助言に努めているところであるが、これらの相談の中には労働基準法等の法令に違反していると推測される事案が多く存在する(年間約2万1千件)ため、労働基準監督署では、労働者の労働条件を確保し、権利の救済を図り、社会の公正を実現するために、これらの事案を申告事件として受理してその事実関係を調査しており、その結果、法令違反が認められる場合には、使用者を指導し、その違反の改善を図らせるように努めている。なお、労働基準法等の法令には違反していないが、民事上の問題や他の法律上に問題があると推測される事案については、民事法律相談などを実施している他の行政機関の窓口を紹介するなどしている。

 労働基準監督署において取り扱っている申告事案の内容は、労働者が例えば給料をもらえないとか、突然予告なく解雇されたが法定の手当が支払われないとか、最低賃金未満の賃金しかもらえないというような、金銭の支払を求めているものが大多数である。これらの金銭は、通常の場合労働者が生活する上での唯一の収入であり、生活の糧であって、これが支払われないことは、直ちに労働者自身及びその扶養を受けている家族・子供達の生活を破壊することに直結している。したがって、生活に困っている申告人に賃金が速やかに支払われるという救済が最も望まれている解決方法であることから、これらに対して、労働基準監督署では、警察機関のように刑事事件として問題を取扱い法律違反を処罰するということではなく、また裁判所における民事事件のように費用と時間をかけて両当事者の主張を吟味しながら問題を解決していくということでもなく、労働基準法に定められたことを遵守するよう行政指導を行うことによって、申告人が望んでいる現実の救済が速やかに行われるように努めているものである。

 このことは、労働基準法第104条等の法令においても、労働者は、事業場において労働基準法等に違反がある場合には、その事実を労働基準監督署へ申告し違反の改善を求めることができると規定されており、制度的にも明確に保障されている。この制度は一般的に費用と時間がかかる裁判所の民事取り立て手続や、刑事事件のみを取り扱う警察機関とは違い、賃金のみによって生活している労働者という立場にとって特別の救済機能を持つ制度であり、労働基準監督署はこの制度の趣旨を踏まえ、労働者の期待に応えるべく努めているところである。

 申告事件は、賃金不払関係や解雇関係の事案を中心に最近は増加傾向で推移しており、平成8年は過去10年間で最も多くなっている。
 労働基準法が施行されてから、50年が過ぎようとしている現在においてもなお、最低労働条件を定めた法律さえ守られていない環境の中で働く労働者が少なからず存在する実情や、最近の申告事件の増加傾向に鑑み、全国の労働基準監督署が平成8年において取り扱った申告事件の状況を次のとおり取りまとめ、今後の参考にしようとするものである。


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