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 最優秀賞(労働大臣賞)

  作品名「面子はいらない 石ころを積もう」

  出町陽子(30歳、岐阜県)





 つい最近、保育所とは自分の子どもも満足に育てられない女が子を預ける場所だ、と

言う男性の話を聞いた。

(そうか、私は子どもを満足に育てられない女失格の人間か。まいったなぁ。)

思わず苦笑い。・・・そういえば、似たような言葉を聞いたことがある。私の頭に、無

理やり開いた見たくもないアルバムのように浮かんでくるいくつもの場面。

 「男に逆らう女は・・・」「結婚しない女は・・・」「仕事をもつ女は・・・」「家

事がきちんとできない女は・・・」「子どものない女は・・・」あった、あった。確か

にあった。思い起こせばまだまだ挙げられる。そのたびに奥歯をぎりぎりかんでこらえ

た悔しさも、同時によみがえってきた。思えば、幼い頃から、女に生まれたことを悔や

んだり、なぜ女だけが、と憤ったりしたことは何度もある。結婚が女の幸せだなんて誰

が決めた?私は一生仕事をする、誰かに頼って生きていくなんて真っ平。そう心で叫ん

でいた。

 さて、30代に突入した現在。私は結婚6年目。1才になる子どもがいる。共働きの

ため、子どもは保育所だ。

「仕事、やめた方がいいかな。」

妊娠が分かったときから、働き続けると決めてはいたが、復帰の時期が近づくに連れて、

果してやっていけるだろうかという不安も大きくなっていた。育児休業中に、そう相談

したとき、夫は即座に答えた。

「やめんでもいい。俺ががんばる。」

「口だけではだめやよ。」

こわい顔の私に、夫が軽くうなずく。

 その日から、共働き子育て生活に関する綿密な話し合いが幾度も持たれた。

 まずは子どもの送迎。原則として、朝、送っていくのは夫。迎えに行くのは私。1ヵ

月の送迎の予定を月初めに提出し、カレンダーに記入。どうやっても2人とも都合のつ

かない日は、実家の親たちに頼むことにした。

 次に、家事。食事の支度と後片付け、風呂の用意と洗濯、娘の入浴と布団敷き、など

など、2つのうち必ずどちらかを選択してやることに決めた。そのほか、子どもが病気

になった場合やどちらかに宿泊する出張があった場合はどうするか、保育所の行事への

参加、予防接種への同伴、そういった特別なケースをいくつか考え出し、マニュアル化

した。

 さあ、いよいよ、職場復帰だ。夫がどれほどやってくれるのか心配ではあったが、そ

んなことを考える余裕はなかった。

 朝の慌ただしさ、いつ何時、職場に「娘の具合が悪い」という電話が入るかもしれな

いという不安、仕事で疲れ切った体。どれを取っても、精神的に悪い材料ばかりである。

加えて、緊急に起きる親族や仕事のトラブル。そのたびに、頭を悩まし、かけずり回っ

た。

 だが、不思議なことに私は元気だった。私が熱を出してダウンしたこともあったが、

心は健康そのものだった。それは、やはり娘の愛らしさに癒されたからであろうか。

 いや、それだけではない。もし仮にそうだとすれば、娘のかわいさ、成長の喜びを夫

とともに分かち合うことが、癒しとなっていたからではないだろうか。夫が家事や育児

に「協力」するのではなく「参加」しようと努力していたことや、夫への不満や仕事の

辛さを話せたこともその要因だろう。

 私たち夫婦には、男だとか女だとかいう区別がさほどない。だから、男の面子、女の

面子なんてものもないに等しい。「旦那を尻に敷いている」「子も作らず遊び回ってい

る」などとよく言われた。しかし、世間体など世間が勝手に作ったもの、新しい像を私

たちが作り上げて行くんだ、そんな共通意識が、現在の私たちの生活を支えているのだ。

男は仕事、女は家庭、そんな生き方はもうできなくなるに違いない。不況、高齢化、少

子化etc・・・。仕事に賭けてきた男が突然、職を失い、子どもをいきがいにしてきた

女から、子が巣立っていく。何かを犠牲にして積み上げてきたものが崩れていく空しさ

や、後悔。それまでのプライドがぶち壊される瞬間でもある。それらを一体何が埋めて

くれるというのだろう。

 どうせなら、どちらかが、我慢し続けたり何かを犠牲にしたりするのではなく、その

マイナス面を少しずつでも取り払いながら積み上げていく方がいい。たとえ、積み上げ

が微々たるものでも、だ。

 これから先、どうにもならないことが起きたとき、やはり私たちは2人で解決方法を

話し合っていくだろう。その方法が周囲の取る方法とは掛け離れていても、取るに足ら

ない結果しか生まないとしても、私たちの手には小さな石ころが残るはずだ。それを積

んでいく喜びを味わうことこそが、ともに生きているという証しではないだろうか。






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