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1 最近の海外及び我が国の動向



要旨



 1998年WHO-IPCSで行われたダイオキシン類のTDI再評価以後、我が国を始め各国政

府及び国際機関でダイオキシン類の健康影響評価と耐容摂取量が勧告されている。

1998年のWHO-IPCSでは耐容1日摂取量として1〜4pgTEQ/kg/day、1999年の日本では耐

容1日摂取量として4pgTEQ/kg/day、ECのScientific Committee on Foodでは耐容1週

間摂取量として14pgTEQ/kg/week、JECFAでは耐容1ヶ月摂取量として70pgTEQ/kg/month、

英国Food Standards Agencyでは耐容1日摂取量として2pgTEQ/kg/dayがそれぞれ設定

された。米国EPAではドラフト段階ではあるが、発がん性を指標として摂取量

1pgTEQ/kg/dayあたりの発がんリスクは1000分の1であると見積もっている。



本論



 ダイオキシン類に関する健康影響評価の国際的な現状把握を行うため、1998年WHO-

IPCSで行われたダイオキシン類のTDI再評価以後、我が国を始め各国政府及び国際機

関でのダイオキシン類の健康影響評価と耐容摂取量の勧告状況について以下にまとめ

た。





1.1 WHO-IPCS(1998)



 1990年の最初のTDI評価・設定においては、ラットの2年間投与試験からNOELを求

め、それに不確実係数100を適用して、10pgTCDD/kg/dayと計算されたが、1998年の専

門家会合では、TCDDの半減期がヒトとげっ歯類では著しく異なることから、体内負荷

量という概念を用いてヒトへの換算を行い、ヒトの体内負荷量から1日摂取量を逆算

した後、TDIとして1〜4pg TEQ/kg/dayを勧告した。このとき、算出の基となった最も

低い体内負荷量で現れる毒性としては、サルにおける子宮内膜症及び神経行動学的発

達への影響とげっ歯類の経胎盤/経母乳暴露による次世代の生殖器官発生異常・免疫

抑制であり、最低毒性発現体内負荷量としては28〜73ng/kgと見積もった。WHO-IPCS

ではこれらの毒性のうちどれかをTDI算定の根拠とするわけではなく、レンジとして

捉え幅のあるTDIを勧告することになった。





1.2 日本(1999)



 我が国では、厚生省と環境庁の合同専門家会合(中央環境審議会環境保健部会、生

活環境審議会、食品衛生調査会)において、WHO-IPCSの考え方を基本とし、TCDDによ

る各種毒性影響を体内負荷量の基準とし、結果として数編の経胎盤/経母乳暴露によ

る次世代の生殖器官発生異常・免疫抑制に関する報告をTDIの算定根拠として選択し

た。その際、最も低い体内負荷量を示したのはFaqiら(1998)の報告で27ng/kg、次

にOhsakoら(2001){当時は学会発表時のデータを引用した}の43ng/kgであったが、

それらの単報での値を採用するのではなく、実験の信頼と再現性を考慮し、その他の

同様の毒性を比較すると、概ね86ng/kg以上で影響が現れるとすることが妥当である

と判断した。また、このときサルの子宮内膜症と神経行動学的発達への影響の実験は、

その実験方法に信頼性が担保できないので定量的評価には用いないこととした。その

結果、体内負荷量86ng/kgをTDI算定の出発点とし、不確実係数10を用いて、TDIを

4pgTEQ/kgとした。その際、TDIの一般的補足事項として、TDIは生涯にわたって連日

摂取し続けた場合の健康影響を指標とした値であり、一時的にTDIを多少超過するこ

とはあっても健康を損なうものではない旨の留意点が付け加えられている。





1.3 US-Environmental Protection Agency (EPA)(2000)



 米国EPAの1994年以来の再評価ドラフトでは、ダイオキシン類の最適な毒性指標は

発がん性にあるとし、動物実験及びヒトの疫学情報から導き出された体内負荷量をも

とに発がん性のリスクを計算した。その結果、1pgTEQ/kg/dayあたりの発がんリスク

は1000分の1であるとし、現在のバックグランドレベルの暴露におけるリスクは100〜

1000分の1の間にあると算出した。また、本来なら計算されるであろうRfD(Reference 

dose)については、ヒトのバックグランドレベルを大きく下回ることから算出せず、

WHOでの1〜4pgTEQ/kg/dayというTDIはリスクマネージメントの目的としては妥当であ

るとしている。





1.4 EC-Scientific Committee on Food (SCF)(2000)



 ECのSCFが2000年11月に行ったダイオキシン類評価では、WHO-IPCSでの評価と同様

に、体内負荷量の概念を用い、最低体内負荷量のエンドポイントとして、サルにおけ

る子宮内膜症及び神経行動学的発達への影響とげっ歯類の経胎盤/経母乳暴露による

次世代の生殖器官発生異常・免疫抑制を取りあげた。このときの体内負荷量は25〜60

ng/kgと見積り(WHO-IPCSと同じデータセットを用いているが、主に体内吸収率を60%

と少し低めに設定していることや、単回投与の実験結果を亜慢性試験の実験で得られ

る結果と比較できるように補正(Power fit model:羃乗曲線回帰モデル)を行って

いることが、主な理由である。)、不確実係数9.6(=10)からTDIとしては

1〜3pgTEQ/kgと計算した。Scientific Committeeではこのレンジで与えられたTDIの

中から単一の値を採用する科学的根拠に乏しいことから、暫定的なTDIとしては、

1pgTEQ/kgにすべきであるとの結論になった。しかし、ダイオキシン類の長い体内残

留性を考慮して、1週間単位の耐容摂取量として7pgTEQ/kg/week(t-TWI:temporary 

tolerable weekly intake)を勧告することになった。

 さらに、2001年5月には、新たに公表された報告も加え、暫定値の見直しを行った。

新たに、Faqiら(1998)とOhsakoら(2001)のデータを追加し、最低毒性発現体内負

荷量(Power fit modelを使用)として40〜100ng/kg、無毒性体内負荷量として

20ng/kgをそれぞれ算出した。無毒生体内負荷量からTDIを算出すると、3pgTEQ/kg/day

となるが、FaqiらのWistarラットを用いた方が、感受性が高いと考えられ、40ng/kg

からTDIを算出すると2pgTEQ/kg/dayとなった。前回の評価ではサルの試験も感受性の

高いエンドポイントして取りあげられていたが、試験の信頼問題が解決できなかった

ため、今回は考慮しなかった。さらに、最終的には、前回と同様、長い体内消失半減

期を考慮し、1週間耐容摂取量として14pgTEQ/kg/weekを勧告した。





1.5 JECFA(2001)



 2001年6月に行われたFAOとWHOの合同食品添加物専門家会議では、EC-SCFでの再評

価と同様のデータセットを用いて、評価を行ったが、耐容摂取量としては体内中の長

い半減期を理由に、ECの評価より長い耐容1ヶ月許容量(TMI)を勧告した。算定根拠

となる体内負荷量としてもSCFの評価と同様に最低毒性発現体内負荷量(Faqiらのデ

ータ)と無毒性体内負荷量(Ohsakoらのデータ)を基に計算を行ったが、その際の体

内負荷量の計算方法は、Linear fit model(直線回帰モデル)とPower fit modelと

いう2つの方法を試みている。それらの結果をもとにSCFと同様のTMIを算出すると40

〜100pgTEQ/kg/monthの範囲になり、暫定TMIとしては中間値を取って、

70pgTEQ/kg/monthを勧告した。





1.6 UK-Food Standards Agency (FSA)(2001)



 EC-SCF及びJECFAの考え方を基本的に採用した、最も感受性の高いエンドポイント

として、ラット雄への生殖機能の発生異常(特に精子形成への影響)を用いているが、

体内負荷量の算定は、EC-SCFやJECFAとは異なり、最も感受性が高い時期を妊娠16日

とし、この時期の胎児の体内負荷量と母体の体内負荷量との比を用いて単回投与と反

復投与で得られる体内負荷量の値の補正を行った。その結果、Faqiらのデータに基づ

いて得られた妊娠16日の母体の体内負荷量は33ng/kg/dayと見積もられた。この値か

らEC-SCF及びJECFAと同様の不確実係数(9.6)を用いてTDIとして2pgTEQ/kg/dayを勧

告した。EC-SCFやJECFAでは1週間や1ヶ月あたりの耐容量として勧告しているが、TDI

として表現する方が適切で、わかりやすいとする理由で、TDIでの勧告値を採用して

いる。仮に短期間でTDIを越える暴露があっても体内負荷量が大きく変動することは

なく、長期間にわたった平均値がTDIを下回れば有害影響が現れることはないであろ

うということが付け加えられている。





1.7 French Institute for Health and Medical Research (INSERM) (2000)



 2000年にダイオキシン類の評価が行われているが、その現時では米国EPAの発がん

性における閾値のないモデルでの評価法とWHOなどの閾値を想定した評価法のどちら

かを選別する科学的証拠がないとし、TDI等のリスク計算は行っていない。しかし、

今後の課題として、主に食品経由のダイオキシン類暴露の低減と暴露量測定の今後の

フォーローアップや体内動態解析や毒性発現メカニズムの解明をあげている。特に、

ダイオキシン類暴露の低減に際しては、ヒト暴露の中間値を基準にするのではなく、

暴露値の分布の95パーセンタイル値が、WHO-IPCSの基準値4pgTEQ/kg/dayを越えない

ようにすることが、リスクマネージメントの上で必要であるとしている。





 以上の状況をまとめると、US-EPAがダイオキシン類の最適な毒性指標を発がん性に

おいている以外は、ダイオキシン類による次世代への影響を根拠に耐容摂取量を算出

している。WHO-IPCS及び我が国は、特定の実験報告を選択せず複数の報告結果より、

1〜4あるいは4pgTEQ/kg/dayというTDIを設定しているが、EC、JECFA、及びUKはFaqi

ら(1998)あるいはOhsakoら(2001)の報告結果を根拠にし、さらに単回投与と反復

投与で得られる体内負荷量の値の補正を行った後、下表のように耐容摂取量を算定し

ている。





海外及び我が国のダイオキシン評価の比較
  毒性指標 LOAEL相当の定常
状態時の体内負荷量
評価
WHO-IPCS
(1998)
サルにおける子宮内膜症
及び神経行動発達への
影響、
げっ歯類の経胎盤/
経母乳暴露による
次世代の生殖器官
発生異常・免疫抑制
28〜73 ng/kg TDI=1〜4 pgTEQ/kg/日
日本(1999) げっ歯類の経胎盤/
経母乳暴露による
次世代の生殖器官
発生異常・免疫抑制
86 ng/kg TDI=4 pgTEQ/kg/日
US-EPA
(2000)
動物実験及び
ヒト疫学情報からの
発がん性
  発がんリスク=1 pg/kg/日の
暴露あたり1/1000。
現在のバックグランド
レベルの暴露における
リスクは、1/100〜1/1000。
EC(2000) Wistarラットの経胎盤/
経母乳暴露による
雄児の1日精子産生減少
40(〜100)ng/kg TWI=14 pgTEQ/kg/週
JECFA
(2001)
げっ歯類の経胎盤/
経母乳暴露による雄児の
1日精子産生減少、
生殖器官発生異常
16〜42 ng/kg TMI=70 pgTEQ/kg/月
UK(2001) Wistarラットの経胎盤/
経母乳暴露による
雄児の1日精子産生減少
33 ng/kg TDI=2 pgTEQ/kg/日


参照文献



EC    Scientific Committee (SCF) (2000) Opinion of the SCF on the risk 

    assessment of dioxin and dioxin-like PCBs in food. 

    SCF/CS/CNTM/DIOXIN/8 Final, 23 November, 2000.



EC    Scientific Committee (SCF) (2001) Opinion of the SCF on the risk 

    assessment of dioxin and dioxin-like PCBs in food -update based on 

    new scientific information availbale since the adoption of the SCF 

    opinion of 22nd November 2000-. SCF/CS/CNTM/DIOXIN/20 Final, 30 May 

    2001.



French  Institute for Health and Medical Research (INSERM) 2000 Dioxins in

     the environment -What are the health-risks?-: Synthesis and 

     recommendations. Centre of Expertise  Collective, INSERM.



JECFA   (2001) Summary of the fifty-seventh meeting of the Joint FAO/WHO 

    Expert Committee on Food Additives. Rome, 5-14 June 2001.



UK    Food Standards Agency (2001) Statements on the tolerable daily 

    intake for dioxins and dioxin-like polychlorinated biphenyls. 

    Committee on toxicity of chemicals in food, consumer products and 

    the environment. October 2001, COT/2001/7.



US    Environmental Protect Agency (EPA) (2000) Dioxin reassessment 

    (draft documents on "Exposure and human health reassessment of 

    2,3,7,8-tetrachlorodibenzo-p-dioxin (TCDD) and related 

    compounds". September 2000.



日本   (1999) ダイオキシンの耐容1日摂取量(TDI)について、中央環境審議会

    環境保健部会、生活環境審議会、食品衛生調査会、平成11年6月

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