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II まとめ


1 経営とコーポレート・ガバナンス――変化と持続

(5つの改革)

 第1に、自己責任経営の明確化と企業グループとしての連結経営の強化が同時に進め

られていることである。企業グループの連結経営の強化に関わる改革としては、経営

トップの意思決定のスピードアップ、財務部門の強化、関連企業の整理・統合、持ち株

会社の創設、企業グループ人事管理の進展などがあげられる。また、自己責任経営の明

確化には「小さな本社」の構築、執行役員制度の導入、社内分社化・子会社化、取締役

経験者が常任監査役になることの抑制といった内容が含まれよう。

 第2に、役員制度・運用および経営執行組織のありようが問い直されている。ひとつ

は、役員の業績主義的少数精鋭化であり、いまひとつが経営執行組織の集権的効率化で

ある。

 第3に、重視する経営指標にも注目すべき変化が生じている。売上高から経常利益へ

といったシフトが起きている。

 第4に、間接金融から直接金融への変化が生じている。銀行借り入れから社債発行あ

るいは株式発行へといった流れを観察することができる。

 第5に、株主とのインターフェイスという点でも多くの努力が払われている。例えば、

非効率的な株の持ち合い解消、資産の流動化、経常利益の重視、自己株の償却がその例

である。



(持続的側面)

 第1に、優先的ステークホールダーという点では、従業員と株主、その後に経営者が

くる。従業員重視・株主軽視ということではない。この構図はこれまでもみられたもの

である。

 第2に、非効率的な株の持ち合い解消は進めるが、それは安定株主が要らないという

ことではない。これからも安定株主を大切にしていこうという姿勢ははっきりしている。

 第3に、機関投資家など安定株主の関心は、企業の経営戦略、主要商品の詳細情報、

経常利益などに注がれており、経営組織や雇用慣行などの制度的改革にはほとんど関心

がない。

 第4に、これからも内部昇進型役員が支配的な比重を占め、その選考にあたっては依

然として社長が大きな影響力を発揮していくと考えられる。



2 雇用慣行と労使関係――変化と持続

(変わっていくもの)

 第1に、雇用関係の個別化が進んでいる。そのため、人事考課における評価結果の本

人への開示が行われ、さらにそれに伴って個々人の処遇や評価をめぐる苦情処理への対

応が必要になっている。今後、この傾向に一層拍車がかかるものとみられる。

 第2に、この個別化が示唆していることとして、集団的労働関係の新たな再構築と

いった課題、総額人件費の抑制と人材格差に基づく年功秩序の「後退」を含むだろう報

酬格差の拡大、社内分社・子会社における労働条件の親会社からの自立化などがある。

 第3に、60歳代の雇用機会に関して、定年後の再雇用・勤務延長によってか、ある

いは企業グループとしての雇用機会の確保・拡充という形でか、その機会を広げようと

いう動きが認められる。

 第4に、企業グループ人事管理の成熟ぶりが注目される。企業グループあるいは連結

子会社を含む総人員計画、採用・配属など一元的人事管理、企業年金制度、さらには役

員育成計画といったものが既に一部で動き出しており、いま検討中という企業も少なく

ない。

 第5に、企業年金制度の運用方法が改革されている。この企業年金制度に関わりがあ

るが、法定外福利厚生費の大幅削減の動きもみられる。

 第6に、企業内労使関係については、上記の雇用関係の個別化とパラレルに労働組合

の存在感が薄らいでいる。

 第7に、企業グループ労使関係も構築されつつあるが、企業グループ人事管理の成長

ぶりに比べてその立ち遅れが目立つ。



(変わらないもの)

 第1に、終身雇用慣行が、近い将来大きく崩れるとは考えにくい。企業の基本的な考

え方からして、また個別労働力銘柄別の定着率見通しからみて、終身雇用が急激に崩壊

するとはみられない。

 第2に、企業年金制度の運用方法をめぐって多くの工夫が凝らされている。しかし、

この制度を廃止するという企業はごく少ない。

 第3に、労使関係については、一方で未組織セクターが拡大しながら、他方では企業

グループ労使関係の形成と成熟の必要が生まれているが、なおこれからも企業別労使関

係が中心的な重みをもつだろう。



3 変化と持続が示唆するもの

(株主価値最大化か)

 日本の経営と労働は大きな曲がり角に差しかかっている。しかし、そのすべてが変わ

るわけではない。

 第1に、企業がその自主的判断に基づいて選び取っている持続的なものに注目すれば、

経営理念としての優先的ステークホールダー(従業員、株主、経営者)、安定株主との

良好な関係、「発言しない」安定株主、内部昇進型の役員輩出パターンなどのほか、終

身雇用、企業別労使関係、企業年金制度などが含まれる。

 これら持続的なものが物語っているのは、一言でいって、企業経営の修正日本モデル

ではあっても、決して株主価値の最大化でもなければ株主資本利益率の最優先でもない。

ほとんどの企業の目指しているのはそれとは基本的に違っている。

 第2に、変化していく側面に注目したら別のものがみえてくるか。経営やコーポレー

ト・ガバナンスをめぐる変革、また雇用・労使関係に関わる変化はいったい何のためか。

第一義的には企業(グループ)としての市場競争力強化のためであり、それに基づく企

業の繁栄のためであり、ひいてはステークホールダーへの利益還元のためである。

 このように、持続と変化いずれの側面からみても、新たに構築されつつある企業モデ

ルが目指しているのは企業経営の修正日本モデルではあっても、株主価値の最大化では

ない。



(企業のあり方の基本的視点)

 従って、企業行動の評価や格付けにあたって経営が第一義的に目指してはいない株主

価値基準によってそれを行うことは説得力に欠ける、といわなければならない。

 それでは今後の企業のあり方とは何か、今までふれてきた企業自身が目指している内

容を踏まえ、今後の企業のあり方について考える際の基本的視点をあげれば次のような

ものとなろう。

 第1は、企業(グループ)としての市場競争力強化とステークホールダーへの利益還

元に向けた経営改革への包括的取組(自己責任経営の明確化、連結経営の強化など)が

積極的に行われているかという視点である。

 第2は、個々の企業レベルはもとより、企業グループまで含めた雇用機会の確保が企

業経営の柱として重視されているか、また、そのための最大限の努力がなされているか

という視点である。

 第3は、雇用関係の個別化と企業グループとしての連結経営の強化、それに伴う集団

的労働関係の後退と企業グループ人事管理の台頭という大きな潮流の中で、人事評価な

ど人事管理の基準の明確化、透明化の確保等に関し、集団的発言の機会の再構築に向け

た新たなルール作りに労使間で十分な協議や取組が行われているかという視点である。

 これらは、いずれも今後の政策上の課題とも密接に関連するものであるといえよう。



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(参考)

               人事・労務管理研究会

        企業経営・雇用慣行専門委員会 委員名簿(50音順)



        委員長 稲上 毅   東京大学文学部教授

            呉  学殊  日本労働研究機構研究員

            小滝 一彦  大阪大学社会経済研究所講師

            佐藤 博樹  東京大学社会科学研究所教授

            鈴木 玲   法政大学大原社会問題研究所助教授

            鈴木 不二一 (財)連合生活開発研究所主任研究員

            藤本 真   日本労働研究機構臨時研究助手

            山川 隆一  筑波大学社会科学系助教授







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