最低賃金上昇は労働時間を抑制するか?
要約
最低賃金引き上げにより「年収の壁」を意識し,労働時間を抑える動きが広がる可能性が指摘されている。本稿では,最低賃金の引き上げを契機とした賃金率の上昇が労働時間に与える影響,及び,税・社会保険による「年収の壁」をなくした場合の就業調整の帰結について考察する。労働供給関数を推計すると,男女とも既婚者,未婚者の賃金率の労働時間に対する弾力性は負であった。これは,賃金率の高いパートタイム労働者ほど労働時間が短いことを意味する。また,税・社会保険の影響が強いと考えられる103万円,130万円を含む年収階層とそれ以外の年収階層間の弾力性,税・社会保険制度の変更前後の弾力性に違いは見られなかった。このことは,労働者が労働時間を抑制する行動は,税・社会保険以外の理由もあることを示唆する。そこで,さらに,性別,婚姻状態別に,労働時間を抑制する理由の分布を比較した。税・社会保険の影響を最も受けやすい既婚女性パートタイム労働者でも,税・社会保険よりもむしろ,個人の好みや家庭の事情で労働時間を抑制する人が多い。この結果は,仮に,税・社会保険による「年収の壁」をなくしたとしても,労働時間調整を抑制する効果は限定的であることを示唆する。
2024年10月号(No.771) 特集●最低賃金「1000円」の先
2024年9月25日 掲載