高年齢者就業の進展と厚生年金被保険者の60歳代前半のフルタイム雇用と賃金格差の動向─文献レビューおよび「匿名年金情報」に基づく分析

要約

山田 篤裕(慶應義塾大学教授)

四方 理人(関西学院大学准教授)

60歳代前半の老齢厚生年金支給開始年齢引き上げ,そして高年齢者雇用安定法改正による支給開始年齢までの雇用確保措置義務化という制度変更により,60歳代前半の男性の就業率は大幅に上昇した。とくにフルタイム雇用率も上昇していることが注目される。本稿では,やや詳しく制度的背景と先行研究を紹介した上で,厚生労働省年金局「匿名年金情報」をパネル調査として用い,厚生年金(一般)被保険者について,60歳代前半のフルタイム雇用率(継続して厚生年金被保険者である比率)の上昇が,58歳時点の賃金階層ごとにどのように異なり,またどのような賃金変動を経験したか検討した。その結果,支給開始年齢引き上げに伴い,高年齢期における賃金階層間のフルタイム雇用格差は縮小し,さらに最も高い賃金階層の賃金が相対的に低下することで,高年齢期のフルタイム雇用における賃金格差は縮小していたことを明らかにした。ただし,厚生年金の定額部分そのものは高年齢期の所得格差を縮小させる役割を持つため,厚生年金の支給開始年齢引き上げが高年齢期の所得格差を小さくしたと結論付けるのは早計であろう。とはいえフルタイム雇用により厚生年金保険の加入期間が伸び,またより高い賃金が得られれば,受給できる厚生年金額も高くなることが期待され,そうした状況が低賃金層中心に生じたのであれば,所得全体の格差が縮小する可能性もある。


2024年7月号(No.768) 特集●人口減少社会における労働・社会保障問題

2024年6月25日 掲載