(91)パートタイム労働者に対する賃金格差

11.非正規雇用

1 ポイント

(1)臨時社員(パートタイム労働者)という雇用管理上の身分は、労基法3条にいう「社会的身分」には該当しないため、同条を根拠として差別是正を求めることはできない。

(2)同一(価値)労働同一賃金の原則は、労働関係を規律する一般的な法規範とは認められないが、その基礎にある均等待遇の理念は、賃金格差の違法性判断において重要な判断要素として考慮される。

(3)パートタイム労働者と正社員との待遇の相違は、職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない(パート労働法8条)。

(4)通常の労働者と同視すべき(①正社員と職務内容が同一、②雇用関係の全期間において職務内容・配置が正社員と同一の範囲で変更されると見込まれる)パートタイム労働者については、パートタイム労働者であることを理由として、賃金等の待遇について差別的取扱いをしてはならない(同法9条)。

2 モデル裁判例

丸子警報器事件 長野地裁上田支判平8.3.15 労判690-32

(1)事件のあらまし

労働者Xらは、Y社に臨時社員として雇用され、雇用期間を2ヶ月とする契約を更新する形で継続して勤務し、その期間は長い者で25年を超えていた。その間、Xらは、正社員と勤務時間も勤務日数も変わらず、同じ仕事に従事してきたにもかかわらず、正社員よりも低い賃金しか支給されていなかったため、これは不当な賃金差別であるとして、不法行為を理由とする損害賠償を求め提訴した。

(2)判決の内容

労働者側勝訴

同一(価値)労働同一賃金の原則は、これを明言する実定法の規定が未だ存在せず、また、これに反する賃金格差が直ちに違法となるという意味での公序として存在するということもできないため、労働関係を規律する一般的な法規範として存在していると認めることはできない。

しかしながら、同一(価値)労働同一賃金の原則の基礎にある均等待遇の理念は、賃金格差の違法性判断において、一つの重要な判断要素として考慮されるべきものであって、その理念に反する賃金格差は、使用者に許された裁量の範囲を逸脱したものとして、公序良俗の違法を招来する場合があるというべきである。

Xらと同じ組立ライン作業に従事する正社員との業務を比べると、作業内容、勤務時間及び日数などすべてが同様であること、勤務年数からも長年働くつもりでいる点でも正社員と何ら変わりがないこと、採用や契約更新の際にXらが自己の身分(正社員として雇用されることとの違い)について明確な認識を持ちにくい状況であったこと等に鑑みれば、Xら臨時社員の提供する労働内容は、その外形面においても、Y社への帰属意識という内面においても、正社員と全く同一であると言える。このような場合、使用者であるY社は、臨時社員から正社員となる途を用意するか、あるいは正社員に準じた賃金体系を設ける必要があったというべきであり、そのようなことをせず、臨時社員と正社員との顕著な賃金格差を維持拡大しつつ、臨時社員を長期間雇用継続したことは、同一(価値)労働同一賃金原則の根底にある均等待遇の理念に違反する格差であり、単に妥当性を欠くというにとどまらず公序良俗違反として違法となるものと言うべきである。

もっとも、均等待遇の理念も抽象的なものであって、均等に扱うための前提となる諸要素の判断に幅がある以上、その幅の範囲内における待遇の差に使用者側の裁量も認めざるを得ないことから、Xらの賃金が、同じ勤務年数の正社員の8割以下となるときは、許容される賃金格差の範囲を越え、公序良俗違反となる。そして、この違法行為によって生じた賃金格差相当分に限り、損害額として認める。

3 解説

(1)正社員との待遇格差

パートタイム労働者として働くのは、家計補助のために家事と両立する態様で短い時間働くという主婦を中心に、学生や引退過程にある高齢男性労働者等がその主要な担い手であった。これらのパートタイム労働者は、賃金が時間給で定められ、その額は正社員の時間当たりの額よりも低く、勤続による賃金上昇や一時金も少なく、退職金も全く又はほとんど支給されない等、正社員とは明確な格差のある待遇を与えられるのが一般的である。このような正社員との待遇格差については、日本の賃金体系が年功を基本として、純粋に労働の価値のみによって決定されているわけではないことや、正社員は長期雇用システムの中で、勤務地、残業、責任等の点で広範強度の負担(拘束)を課されることなどを理由に正当化されてきたが、近年、パートタイム労働者をはじめとする非正社員が増加し、格差問題への社会的関心の高まりを背景に、労契法やパート労働法の改正がなされるなど、格差是正へ向けての動きがある。

モデル裁判例は、パートタイム労働者という身分は労基法3条に定める「社会的身分」に該当しないとし、また、同一(価値)労働同一賃金原則についても労働関係を規律する一般的な法規範とはなっていないとして、これらを根拠にパートタイム労働者と正社員との待遇格差を是正することはできないと判断した。その一方で、労基法3条、4条の根底にあり、同一(価値)労働同一賃金原則の基礎にある均等待遇の理念から、そのような待遇格差が公序良俗に反し違法・無効と評価される場合がありうることを認めたため、社会に大きな影響を及ぼした。

しかし、その後の正社員と非正社員との賃金格差に関する裁判所の判断は、必ずしも両者の賃金格差を是正する方向にあるとは言い難い。たとえば、内務嘱託社員と一般職正社員との賃金格差を争った興亜火災海上保険事件(福岡地裁小倉支判平10.6.9 労判753-87)は、業務内容、予定された雇用期間、採用基準・手続き、教育研修の内容・程度、異動等に対する処遇方針等の社員としての地位・権限・責務に関する差異に照らし、両者の賃金格差に格別の不合理な点はないと判断した。また、期間臨時社員と正社員との賃金格差を争った日本郵便逓送事件(大阪地判平14.5.22 労判830-22)は、労基法等の法規に反しない限り、賃金は当事者間の合意によって定まるところ、長期雇用を前提に採用される正社員と短期的な需要に基づき採用される期間雇用社員とでは将来に対する期待などの点で異なるため、それを反映した賃金制度が異なることを不合理ということはできず、また、正社員と臨時社員との賃金格差は契約自由の範疇の問題であるとして、雇用形態の差に基づく賃金格差を違法とすることはできないと判断した。

他方で、正社員と非正社員との比較において、同一(価値)労働であるにもかかわらず、当該事業所の慣行や就業実態を考慮しても許容できないほど著しい賃金格差がある場合には、均衡の理念に基づく公序違反として不法行為が成立する余地があるとの一般論を提示した裁判例もある(京都市女性協会事件 大阪高判平21.7.16 労判1001-77)。

(2)パート労働法による規制

パートタイム労働者も労基法をはじめとする各種労働法規の適用を受けるのが原則であるが、パートタイム労働者については、「パート労働法」による規制も及ぶ(ここでいうパートタイム労働者とは、1週間の所定労働時間が当該事業所の通常の労働者(正社員)に比し短い者(2条)をいい、所定労働時間が正社員と同じ非正社員、いわゆる「擬似パート」は同法の対象外となる。ただし、2007年改正法指針ではこれらの者にも同法の趣旨が考慮されるべきことが定められている)。同法は2007年に大改正され、さらに、有期契約労働者の待遇改善が定められた2012年の労働契約法の改正を踏まえ、2014年にも改正されている。

パート労働法は、パートタイム労働者の待遇を正社員のそれと異なるものとする場合、その相違は、職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならないというパートタイム労働者の待遇の原則を定めている(8条)。さらに、通常の労働者と同視すべき(①正社員と職務内容が同一、②雇用関係の全期間において職務内容・配置が正社員と同一の範囲で変更されると見込まれる)パートタイム労働者に対する待遇差別を禁止している(9条)。2014年の同法改正前(現9条が8条であり、通常の労働者と同視すべき短時間労働者について労働契約期間における同一性も要件として存在していたとき)の事例であるが、正社員より1日の所定労働時間が1時間短い準社員について、同法が定める通常の労働者と同視すべきパートタイム労働者の要件を満たしているにもかかわらず、賞与額、週休日の日数(休日割増賃金部分)、退職金の有無の点で正社員と差が設けられていることは、パート労働法8条1項(現9条)違反に当たるとして、不法行為を理由とする損害賠償請求を認めたものがある(ニヤクコーポレーション事件 大分地判平25.12.10 労判1090-44)。

(3)労働契約法20条による規制

2012年に改正された労働契約法は、有期契約労働者の労働条件が、期間の定めがあることにより無期契約労働者の労働条件と相違する場合、その相違は、職務の内容や配置の変更の範囲等を考慮して、不合理と認められるものであってはならないと定めた(20条)。

本条違反が問われた長澤運輸事件(東京地判平28.5.13 労経速2278-3)で、裁判所は、定年退職後に同じ会社に嘱託社員として再雇用され、有期労働契約を締結した労働者の賃金額が正社員よりも低くされていたことについて、当該労働者が定年退職前と同様の業務に従事し、職務の内容及び配置の変更の範囲が正社員と同一と認められることから、嘱託社員と正社員とで賃金額に相違を設けることは、その相違を正当と解すべき特段の事情がない限り、不合理なものであると解すべきとした上で、本件事実関係のもとでは、高年齢者雇用安定法に基づく高年齢者雇用確保措置として締結された有期労働契約であったとしても、賃金額に相違を設けることを正当化する特段の事情があるとは認められないとして、本条違反であると結論づけた。なお、本条に違反する嘱託社員の契約内容である賃金の定めについて、それを無効とした上で、就業規則の適用関係から、結果的に正社員の労働契約内容である賃金の定めと同じになると判断している。