(89)【解雇】労働者側の事情を理由とする解雇
10.雇用関係の終了及び終了後
1 ポイント
(1)労働者側の事情を理由とする解雇には、傷病等による労働能力の低下を理由とする解雇、能力不足・適格性欠如を理由とする解雇、非違行為を理由とする解雇などがある。
(2)上記いずれの場合にも、解雇の効力は、解雇権濫用法理の下で就業規則上の解雇事由該当性、解雇理由の合理性、解雇の社会的相当性等を審査することで判断される。
(3)使用者は、教育訓練、配置転換等の手段で解雇を回避する努力をしなければならないとする裁判例が多い。
2 モデル裁判例
セガ・エンタープライゼス事件 東京地決平11.10.15 労判770-34
(1)事件のあらまし
原告労働者Xは、大学院卒業後Y会社に就職し、人事部での採用事務、人材開発部での社員教育業務、企画制作部での外注管理業務、開発業務部でのアルバイト従業員の雇用事務・品質検査業務等に従事した。この間、Xは業務遂行上問題を起こして上司に注意されることや、業務に関して顧客からYに対して苦情がなされることがしばしばあり、全従業員を対象として年3回実施される人事考課において、Xの考課は、相対評価により11段階で評価され、Xは下位10パーセントに位置付けられていた。その後、YはXを特定の業務がない「パソナルーム」に配置し、退職勧告を行ったがXが応じなかったため、就業規則19条1項2号の「労働能率が劣り、向上の見込みがない」との普通解雇事由を適用してXを解雇した。Xは、解雇の効力を争い仮処分を申し立てた。
(2)判決の内容
労働者側勝訴(解雇の無効を認め、Yに賃金の仮払いを命じた)
XがYの従業員として平均的な水準に達していなかったからといって、直ちに本件解雇が有効となるわけではない。Yは、就業規則19条1項2号の「労働能率が劣り、向上の見込みがない」に該当するとして本件解雇を行っているが、同号に該当するといえるためには、平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり、著しく労働能力が劣り、しかも向上の見込みがないときでなければならず、相対評価を前提とするものと解するのは相当でなく、右解雇事由を常に相対的に考課順位の低い者の解雇を許容するものと解することはできない。YはXに対し、更に体系的な教育、指導を実施することでその労働能力を向上する余地もあったといえる。また、Yは、雇用関係を維持すべく努力したが、Xを受け入れる部署がなかった旨の主張もするが、Xが面接を受けた部署への異動が実現しなかった主たる理由はXに意欲が感じられないなどといった抽象的なものであることからすれば、Yが雇用関係を維持するための努力をしたものと評価することはできない。
3 解説
(1)労働者側の事情を理由とする解雇
解雇権濫用法理の下での解雇の客観的合理的理由((88)【解雇】参照)の中で、①傷病等による労働能力の喪失・低下、②能力不足・適格性の欠如、③非違行為は、解雇の原因が主として労働者側に存在するタイプの解雇理由である。これらはいずれも普通解雇の理由となりうるものであるが、③については、就業規則等で定められた懲戒事由に該当する場合、懲戒解雇の対象にもなりうる。
これらの理由に基づく解雇の効力を解雇権濫用法理の下で判断する際の枠組みは、事案に多様なヴァリエーションが存在することもあって判例上必ずしも確立しておらず、個々の事案ごとに解雇理由の重大性や改善の余地、使用者の対応のあり方などが総合考慮されることになる。裁判例の中には労働者が使用者に対する誹謗中傷を行った事案において、「信頼関係の破壊」を合理的な解雇理由と認めた例もある(学校法人敬愛学園事件 最一小判平6.9.8 労判657-12)。
(2)能力不足を理由とする解雇
モデル裁判例は、労働者の能力不足を理由とする解雇について、解雇の根拠となった就業規則上の解雇事由の妥当範囲を限定する解釈を行い、本件のXは同規定に該当しないとして解雇を無効としている。労働者の能力不足を理由とする解雇においては、使用者による当該労働者の能力が不足しているとの評価の妥当性が第一に問題となるが、一般に、裁判所はこの点に関する使用者の評価に違法・不当な点がないとしても、そのことから直ちに解雇の合理的理由・社会的相当性を肯定して解雇を有効とすることには消極的である。モデル裁判例も、Xの能力評価が低位のものであったことは認めつつも、労働者の能力が全体の中で相対的に低位であるというだけでは就業規則上の解雇事由に該当するといえないこと、使用者は解雇回避(雇用維持)のために労働者の能力向上を図るための努力が求められること等に言及して、前述の判断を導いている。
類似の裁判例として、労働者に技能発達の見込みがないことを理由とした解雇につき、当該労働者の低査定は不当といえないとしつつ、同人の業績不振の原因としては会社自体の業績不振や同人の配置のあり方等の事情も指摘できること、同人が過去に担当した業務の中には問題なく遂行できるものもあったこと、低査定者に対する処遇としては降格もあり得たこと等を理由として解雇事由該当性を否定した森下仁丹事件(大阪地判平14.3.22 労判832-76)、使用者による売上目標の設定に十分な具体性がないこと等を理由に、労働者に解雇事由に相当する著しい成績不良があったとはいえないとして解雇を無効にした日本オリーブ(解雇仮処分)事件(名古屋地決平15.2.5 労判848-43)、相対評価での低評価が続いたからといって解雇の理由に足りる業績不良があると認められるわけではなく、業績改善の機会の付与などの手段を講じることなくなされた解雇を無効とした日本アイ・ビー・エム(解雇・第1)事件(東京地判平28.3.28 労判1142-40)等がある。
一方、労働者の能力や適格性に重大な問題があり、使用者が教育訓練や配置転換等による解雇回避の努力をしてもなお雇用の維持が困難である場合には、解雇は有効と認められており(三井リース事件 東京地決平6.11.10 労経速1550-23など)、自ら営業職を強く希望しておきながら営業成績が新入社員の実績を下回るうえ成績向上の努力が見られないという事実関係の下で、他職種への配置可能性を検討するまでもなく能力不足による解雇が認められるとした例もある(テサテープ事件 東京地判平16.9.29 労経速1884-20)。また、高度の職業能力を有することを前提として中途採用された労働者が期待された能力を発揮しなかった事案においては、使用者に求められる配転等の解雇回避努力の程度が軽減されるなど、能力不足・適格性欠如を理由とする解雇の有効性は、通常の労働者の場合よりも肯定されやすい傾向が見られる(フォード自動車事件 東京高判昭59.3.30 判時1119-148、ヒロセ電機事件 東京地判平14.10.22 労判838-15など)ほか、事業の性格(公共性の有無など)や規模の小ささも、能力不足を理由とする解雇に当たって考慮される(海空運健康保険組合事件 東京高判平27.4.16 労判1122-40)。
(3)傷病を理由とする解雇
傷病による労働能力の欠如・低下を理由とする解雇については、当該労働者の労働能力が、職務遂行が不可能な程度にまで低下していたかが第一に問題になるが、近年の裁判例では更に、業務内容の変更による雇用維持の客観的可能性や、使用者がこうした雇用維持の可能性を検討していたか等の事情を問題にする例が多い(結論として解雇を無効にした例として全日本空輸(退職強要)事件 大阪高判平13.3.14 労判809-61、K社事件 東京地判平17.1.28 労判892-80など。解雇を有効にした例として福田工業事件 大阪地決平13.6.28 労経速1777-30、岡田運送事件 東京地判平14.4.24 労判828-23など)。
ただし、疾病が業務上による場合には、労基法19条1項により、その療養の期間及びその後30日間になされた解雇は無効となる((86)【解雇】参照)。