(87)【解雇】就業規則の解雇事由の拘束力
10.雇用関係の終了及び終了後
1 ポイント
(1)就業規則に定められた解雇事由の定めは、解雇事由を限定的に列挙したもの(限定列挙)か、例示的に列挙したもの(例示列挙)かが問題となる。裁判例では、普通解雇の場合、限定列挙と解するものが多いが、例示列挙と解するものも見られる。
(2)懲戒解雇の場合には、懲戒解雇事由の定めは限定列挙である。
2 モデル裁判例
寿建築研究所事件 東京高判昭53.6.20 労判309-50
(1)事件のあらまし
建築設計を業とするY会社に勤務する労働者Xは、反抗的・非協力的な態度によって企業秩序を乱し業務運営を妨げたとして解雇(第一次解雇)されたため、その効力を争って労働契約上の地位保全及び解雇後の賃金仮払いを求める仮処分の申請をした。
控訴審においてY会社は、上記第一次解雇について、①Xの行為は就業規則所定の解雇事由(後掲の就業規則30条第2号及び第3号)に該当する、②仮に就業規則上の解雇事由に該当しないとしても、Xの行為は、Xとの労働契約を解約するに足りる相当の理由に当たる、として解雇の有効を主張した。
なお、本件においては、第一次解雇の後に、Xらが解雇撤回を求めてYに団体交渉を要求する過程において行った業務妨害等の行為を理由とする第二次解雇が行われており、本判決は第二次解雇については有効と判断している(本項目とは直接関連しないので詳細は省略)。
(2)判決の内容
労働者側勝訴
(第一次解雇を無効とし、第二次解雇までの間の賃金仮払いをYに命じた)
裁判所は、上記のYの主張①については、第一審判決の判断を引用して解雇事由該当性を否定し、②についても、次のように述べてYの主張を退けた。
Y会社の就業規則30条が解雇理由として、「1 精神若しくは身体に障害があるとき、又は傷病のため勤務に堪えないとき。2 業務に誠意なく技能不良なるもの。3 会社の命令に判旨、業務遂行上支障を生ずる行為をしたるとき。」と規定していることに徴すれば、Y会社は、右の就業規則を制定することによって自ら解雇権の行使を就業規則所定の理由がある場合にのみ限定したのであり、したがって、そのいずれの場合にも該当しないことを理由としてなされた解雇は、たとえ民法627条所定の解雇事由が存する場合においても、無効であると解すべきである。
3 解説
(1)労働基準法における解雇事由の扱い
労基法は、各企業(事業場)における解雇に関する基準を明確化し、無用な紛争の防止を図るなどの観点から、解雇事由についていくつかの規定を置いている。
まず、労基法89条は、就業規則作成義務を負う使用者に対し、解雇事由を「退職に関する事項」の一環として就業規則に記載することを義務付けている(3号)。解雇事由は、労働契約締結時に書面をもって労働者に明示することも必要とされる(労基法15条1項、労基則5条)。また、労働者を解雇した使用者は、解雇された労働者から請求があった場合、当該解雇の理由を記載した証明書を発行しなければならない(労基法22条。この規定は、解雇予告期間中も適用がある)。
(2)就業規則上の解雇事由の意義
上記各規定のうち、就業規則上の解雇事由の定めをめぐっては、それが解雇事由を限定的に列挙したものであるか(限定列挙説)、あるいは例示的に列挙したものか(例示列挙説)が問題になる。限定列挙説に立つ場合には、使用者は就業規則上の解雇事由のいずれにも該当しない理由で労働者を解雇することができないという帰結になる。これに対し、例示列挙説に立てば、就業規則上の解雇事由のいずれにも該当しない解雇理由も、解雇権濫用法理の中で、解雇理由として考慮されうることになる(このほか、いずれの立場に立つかによって裁判時の立証責任の分配に違いが生じるとする見解もある)。なお、実際上は就業規則に列挙された解雇事由の中に「その他前各号に準ずる場合」などの形で包括的な解雇事由の定めが置かれることが多いが、この場合には限定列挙説と例示列挙説のいずれをとっても大きな差は生じない。
(3)普通解雇の場合
普通解雇(懲戒解雇以外の解雇)については、裁判例の多くは限定列挙説に立っている。モデル裁判例は、限定列挙説の考え方を明瞭に示すものであり、同説の立場に立つ代表的な裁判例である。この判決が示すように、限定列挙説によれば、使用者は就業規則で解雇事由を定めることにより、解雇権を行使しうる場面を就業規則所定の場合に自ら限定したものと解されることになる。
その他の裁判例をみると、限定列挙説に立つ最近の裁判例として、茨木消費者クラブ事件(大阪地決平5.3.22 労経速1490-21)、中央タクシー事件(徳島地決平9.6.6 労判727-77)などがある。他方、例示列挙説に立つ裁判例も見られ、ナショナル・ウエストミンスター銀行(第3次仮処分)事件(東京地決平12.1.21 労判782-23)、朝日新聞社事件(大阪地判平13.3.30 労経速1774-3)などがある。また、サン石油(視力障害者解雇)事件(札幌高判平18.5.11 労判938号68頁)では、「就業規則において普通解雇事由が列挙されている場合、当該解雇事由に該当する事実がないのに解雇がなされたとすれば、その解雇は、特段の事情のない限り、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」として、特段の事情がある場合には、列挙されていない事由による解雇も認める余地を残している。したがって、原則的には限定列挙とするが、それ以外の事由による場合にも、当該事案の事情を考慮して、厳格に解雇の有効性を判断するものと解しうる。
(4)懲戒解雇の場合
一方、懲戒処分として行われる懲戒解雇については、懲戒処分を行うための要件として、就業規則等に処分事由が明示されていることが求められることから、学説・判例とも、就業規則上の懲戒解雇事由の定めは限定列挙であると解することで一致している。
(5)労働協約上の解雇事由
労働協約で解雇事由が定められている場合についても、労働組合との間で解雇事由を限定する合意がなされ、それが労働条件の基準として労働契約に適用される(労組法16条)と解されるので、当該定めは限定列挙と考えられる。