(85)再雇用
~定年退職後の再雇用および雇用延長~

10.雇用関係の終了及び終了後

1 ポイント

(1)平成16年の高年齢者雇用安定法の改正により、事業主は、65歳までの安定した雇用を確保するために、高齢者雇用確保措置として、①定年年齢の引上げ、②継続雇用制度の導入、又は、③定年の定めの廃止、のいずれかを講じなければならなくなった(同法9条1項;但し②につき、労使協定の定める基準により継続雇用対象者の限定が可能[旧9条2項])。

(2)平成24年の同法改正により、継続雇用を希望する高年齢者全員を継続雇用することが事業主に原則として義務付けられ、労使協定の定める基準による例外の仕組みは廃止されることとなった(但し、この廃止は平成25年4月から同37年4月にかけて段階的に実施される)。

(3)嘱託雇用契約終了後の雇用継続への期待に合理的な理由がある場合には、継続雇用基準を満たしていないことを理由に再雇用を拒否し、当該嘱託雇用契約の終期の到来により高年齢者の雇用が終了したものとすることは、他にこれをやむを得ないものとみるべき特段の事情もうかがわれない以上、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない。

2 モデル裁判例

津田電気計器事件 最一小判平24.11.29 労判1064-13

(1)事件のあらまし

第一審原告Xは、昭和41年3月7日、電子制御機器の製造・販売等を主たる業務内容とする第一審被告Yとの間で、期間の定めのない雇用契約を締結し、以後Yの本社工場で勤務していた。Xは就業規則所定の60歳定年到達後、Yの従業員で組織されたA労働組合との労働協約に基づき期間1年の嘱託として雇用を継続していた。

平成18年3月23日、Yは本社工場の過半数を代表する者との書面による協定に基づき、同24年改正前の高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下、「高年法」という。)9条2項所定の継続雇用基準を含む高年齢者継続雇用規程(以下、「本件規程」という。)を定め、これを従業員に周知した。Xは継続雇用の希望を伝えていたものの、Yは同20年12月15日、Xに対して継続雇用基準を満たしていないことを理由に、同21年1月20日の嘱託雇用契約の期間満了日を以て当該契約を終了する旨の書面により、本件規程に基づく再雇用契約を締結しない旨を通知した。

Xは、Yに対し、労働契約上の権利を有する地位確認及び未払い賃金の支払いを求めた。第一審(大阪地判平22.9.30 労判1019-49)、原審(大阪高判平23.3.25 労判1026-49)ともに再雇用契約が成立した等として、Xの主張を認容した。Yが上告・上告受理申立。

(2)判決の内容

労働者側勝訴

Yは、高年法9条2項に基づき労使協定により本件規程を定めて従業員に周知し、同1項2号所定の継続雇用制度を導入したものとみなされる。「期限の定めのない雇用契約及び定年後の嘱託雇用契約によりYに雇用されていたXは、在職中の業務実態及び業務能力に係る査定等の内容を本件規程所定の方法で点数化すると総点数が1点となり、本件規程所定の継続雇用基準を満たすものであったから、Xにおいて嘱託雇用契約の終了後も雇用が継続されるものと期待することには合理的な理由があると認められる一方、YにおいてXにつき上記の継続雇用基準を満たしていないものとして本件規程に基づく再雇用をすることなく嘱託雇用契約の終期の到来によりXの雇用が終了したものとすることは、他にこれをやむを得ないものとみるべき特段の事情もうかがわれない以上、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものといわざるを得ない」。したがって、「YとXとの間に、嘱託雇用契約の終了後も本件規程に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているものとみるのが相当であり、その期限や賃金、労働時間等の労働条件については本件規程の定めに従うことになるものと解される」。

そして、本件規程によれば、「YとXとの間の上記雇用関係における労働時間は週30時間となるものと解するのが相当である。」

3 解説

(1)再雇用制度

高年齢者雇用安定法(以下、「高年法」という。)に基づき平成10年4月より事業主は労働者を65歳まで継続雇用する努力義務を負っていたが、同16年及び24年の同法改正により事業主は高齢者雇用確保措置を講じるべき義務が定められた(ポイント(1)参照)。65歳まで雇用を継続するための手法としては、一般に勤務延長(定年延長)制度と再雇用制度とがある。勤務延長制度は原則として役職・職務、仕事内容、賃金水準等が変わらない(労働条件が変更される場合はその旨の就業規則の規定が必要)。これに対し再雇用制度はいったん労働契約を終了させた後、再び新しく労働契約を締結する(労働者は従来の役職・職務等を解かれる)もので、人事の停滞を防ぎ、賃金も定年到達時より抑えることができ、使用者にとってはより弾力的な運用も可能となるため一般的に利用頻度が高くなっている。特に同16年の高年法改正以降、実態としては高齢者の継続雇用制度の導入(再雇用制度)を選択している使用者が多い。

(2)再雇用契約の成否

定年退職した労働者がいかなる場合に再雇用されるのかに関して、平成16年高年法改正以前は、まず、①再雇用制度が就業規則や労働協約等に定められており、特段の事情のない限り希望者全員が再雇用される旨規定されている場合には、労働者が再雇用の申入れをすれば再雇用契約が成立すると考えられていた。これに対し、②就業規則等に定めがあったとしても、使用者が業務上の必要に応じ、特に必要と判断した者を再雇用することがある旨規定されているような場合には、使用者の承諾がない限りは再雇用契約が締結されたとはいえない(三井海上火災保険事件 大阪地判平10.1.23 労判731-21等)。次に、③(a)就業規則等に再雇用制度が定められていない場合または(b)上記②の場合であっても、希望者がほとんど再雇用されている等、再雇用の労使慣行が存すると認められるときは、労働者の申入れにより再雇用が成立すると解されることもある。(b)のケースとして、特段の欠格事由がない限りこのような労働慣行が確立しているものと判断した原審判決を是認した最高裁の事案に大栄交通事件(最二小判昭51.3.8 労判245-24)がある。他方、再雇用の労使慣行の成立が否定された事案に教王護国寺(東寺)事件(京都地判平10.1.22 労判748-138)等がある。

(3)高年法に基づく継続雇用制度

平成16年高年法改正以降、特定の高年齢者の継続雇用につき使用者が拒否した場合にその適否が争われてきた。初期の頃は高年法に基づく継続雇用制度が導入されているか否かという問題との関連で、高年法9条の私法的効力が争点とされた事案がみられたが、「同条は、私人たる労働者に、事業主に対して、公法上の措置義務や行政機関に対する関与を要求する以上に、事業主に対する継続雇用制度の導入請求権ないし継続雇用請求権を付与した規定(直截的に私法的効力を認めた規定)とまで解することはできない」等と判断され、その私法的効力が否定された結果、継続雇用の成立も否定される裁判例が多かった(NTT西日本(高齢者雇用・第1)事件(大阪高判平21.11.27 労判1004-112)等)。なお、継続雇用制度が導入された下、高年法旧9条2項に基づく継続雇用対象者の限定に関連して、労使協定の効力が否定された事案に京濱交通事件(横浜地川崎支判平22.2.25 労判1002-5)がある。

高年法に基づく継続雇用制度が適法に導入されている場合において、高年齢者が労使協定に定められた継続雇用基準を満たしていないとして継続雇用を拒否されたとき、労働契約法16条に基づく解雇権濫用法理の類推適用という方法により、再雇用契約の成立を認めた事案に東京大学出版会事件(東京地判平22.8.26 労判1013-15)がある(なお、否定例にフジタ事件(大阪地判平23.8.12 労経速2121-3)等がある)。また、モデル裁判例において最高裁は、Xが継続雇用基準を満たしていたと事実認定して、有期労働契約における雇止めに関する判例法理を確立した東芝柳町工場事件(最一小判昭49.7.22 民集28-5-927)および日立メディコ事件(最一小判昭61.12.4 労判486-6)を引用・参照し、雇用継続への期待には合理的理由があると認めたうえで、Yの再雇用拒否は「他にこれをやむを得ないものとみるべき特段の事情もうかがわれない以上、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものといわざるを得ない」と判断した。この最高裁判断は、継続雇用の成否に関して、実質的には、雇止め法理を参照しながら、解雇権濫用法理を類推適用したに等しいものと把握でき(日本郵便事件(東京高判平27.11.5 労経2266-17)もこの判断枠組みを踏襲)、また、平成24年高年法改正以後も、同種の事案に対して大きな影響力を有するものと思われる(なお、行政指針(平成24.11.9厚労告560号)も参照)。

その他、継続雇用後の労働条件の設定に関する課題も存しているが、裁判例として日本ニューホランド事件(札幌高判平22.9.30 労判1013-160)、及び、労働契約法20条に基づき、定年後の再雇用(有期嘱託社員)による大幅な賃金の引下げ(業務内容等は正社員時と同一)が、特段の事情も認められず違法であると判断された長沢運輸事件(東京地判平28.5.13 労経速2278-3)等が参考となる。