(84)定年(制)

10.雇用関係の終了及び終了後

1 ポイント

(1)平成10年4月以降、高年齢者雇用安定法により60歳定年制が義務化され(同法8条)、60歳未満の定年年齢を定める定年制は原則として違法・無効とされる。また、平成16年及び24年の同法改正により、事業主は、65歳までの安定した雇用を確保するために、高齢者雇用確保措置として、①定年年齢の引上げ、②継続雇用制度の導入、又は、③定年の定めの廃止、のいずれかを講じなければならなくなった(同法9条)。

(2)定年制は、労働者の労働継続の意思、その労働能力や適格性の有無等に関係なく、一定年齢到達という事実のみを理由に労働契約を終了させるため、労働者の労働権を侵害するか否か、あるいは、年齢差別であり憲法14条や労基法3条の趣旨に違反することにより公序良俗違反となるか否かが問題となってくる。

(3)定年制延長(定年年齢の引上げ)に伴い、人件費削減の必要性等から、一定年齢(55歳など)以上の労働者を対象に賃金その他の労働条件等を不利益に変更するような場合、このような労働条件の不利益変更は、不合理な年齢差別に当たり、法の下の平等を保障した憲法14条1項や労基法3条等に違反し、法律上は許されないのか否かが問題となってくる。

2 モデル裁判例

日本貨物鉄道(定年時差別)事件 名古屋地判平11.12.27 労判780-45

(1)事件のあらまし

原告Xらは、昭和62年4月、国鉄の分割・民営化に伴い貨物鉄道部門を承継し営業を行うことになった被告Y会社に、運転士として雇用されていた。Yの就業規則には60歳定年制が定められていたが、その附則において、厳しい経営状況等を勘案し、当面は55歳定年として逐次60歳に移行する旨が規定されていた。

その後、年金法の改正により、平成2年4月から退職共済年金の支給開始年齢が従来の58歳から60歳に引き上げられたこと等に対応するため、Yにおいても前記附則が削除され、同月以降定年を60歳に延長することとされた。それとともに、延長する5年間の労働条件に関して、Yは就業規則を変更して、①満55歳に到達した労働者は原則として出向する、②その者の基本給は55歳到達月の65%(退職手当受給者は55%)とする、③定期昇給および昇進を行わないこと等を新たに規定し、実施した。

平成5年から同9年の間に満55歳を迎えたXらは、この就業規則変更について、合理性がないこと、及び、年齢による不合理な差別であること等を理由に違法・無効であると主張して、賃金減額分の支払いを求めて提訴した。

(2)判決の内容

労働者側敗訴

まず、このような就業規則の不利益変更つき、この事案における様々な事情を考慮に入れたうえで、55歳以上の労働者への不利益を法的に受忍させることができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであったと認めている。そのうえで、年齢による差別的取扱いについて、「労働基準法3条は……均等待遇の原則を定めているところ、同法条に列挙された事由も例示的なものと解されることから、使用者は、たとえ年齢を理由としても、差別すべき合理的理由なくして労働条件について差別することは許されないというべきである」。

この事案においては、前述のとおり就業規則の変更自体合理性があるものと認定されており、このような年齢による差別的取扱いも、「やむを得ない合理的理由があるものとして、是認され得る」。また、「年齢差別に関する国際的公序及び高齢者雇用安定法の制定経緯並びに平成2年4月当時から現時点までのわが国の社会的状況等に照らしても、公序良俗に反するとまでは」認められない。

3 解説

(1)定年制の意義および適法性

定年制とは、労働者の一定年齢到達を理由に労働契約を終了させる制度のことをいうが、定年制には、定年到達を解雇事由と捉え労働契約終了のためには解雇の意思表示を必要とする「定年解雇制」と、通常、使用者の特別な意思表示がなくても当然に労働契約が終了する「定年退職制」とがある。特に労基法14条との関係で定年制の法的性質が問題となるのは後者である。

定年制、特に一律定年制は、労働者に労働関係継続の意思があったとしても、その労働能力や適格性の有無等を問うことなく、一定年齢到達という事実により労働契約を終了させてしまう。このような定年制の適法性、特に一律定年制自体の適法性については、わが国の雇用慣行(長期(終身)雇用制の下、判例上のルールにより解雇が制限されてきたことや、年功序列型賃金制度が採られてきたこと等)との兼ね合いの下、人事の刷新を図り、新たな若年労働力を雇入れる等のため必要かつ合理的な制度として、学説・判例上は一応認められてきた。最高裁も、秋北バス事件(最大判昭43.12.25 民集22-13-3459)において、定年制は「企業の組織および運営の適正化のために行われるもの」として、その合理性を肯定している。なお、ある企業の定年制が社会的相当性を欠くような場合には、公序良俗違反または権利濫用との評価を受けて無効とされることもある。

(2)定年年齢の合理性

次に、定年年齢の合理性が問題となってくるが、合理的な年齢はその時々の社会的背景・状況によって変わってくるであろう。一律55歳定年制が憲法27条1項、同14条1項あるいは公序良俗に違反する違法・無効なものであるか否か等が争点の一つとなった裁判例に、アール・エフ・ラジオ日本(定年制)事件(東京地判平12.7.13 労判790-15)がある(高年齢者雇用安定法(以下、「高年法」という。)の制定および60歳定年制の義務化に至る経緯、企業規模別および放送業界における定年制の実態、使用者の経営状況、並びに、定年退職後の再雇用制度の運用状況などが詳細に検討された結果、憲法違反及び公序良俗違反等の原告労働者側の主張は認められなかった)。

(3)定年延長に伴う(一定年齢以上の労働者に対する)労働条件の不利益変更

平成12年10月に就業規則の58歳定年制を60歳定年制へと変更し、ほぼ同時に58歳以降60歳までの間の基本給の30%減額条項が盛り込まれたケースにおいて、平成10年4月1日以降は高年法に反する58歳定年制は無効となり、その場合には定年制の定めがない状態になっていたと判断され、また、その賃金減額条項も労働条件の不利益変更に当たることを前提に、その合理性が認められなかった牛根漁業協同組合事件(鹿児島地判平16.10.21 労判884-30)がある(なお、高裁判決においてもこの判断は維持、最高裁は使用者の上告につき棄却等)。他方、55歳から60歳への定年延長に伴い、55歳以降は嘱託社員とし賃金減額がなされたケースにおいて、その賃金減額は、就業規則の不利益変更自体には当たるものの、会社の経営環境や経営実態に照らす等した場合には合理性があったものと判断された協和出版販売事件(東京地判平18.3.24 労判917-79)がある(なお、控訴審(東京高判平19.10.30 労判963-54)では、就業規則の不利益変更該当性が否定される等その判断理由は異なるものの、原判決の結論は相当と述べられている)。

従来この種の事案では、就業規則の不利益変更の問題((74)【労働条件の変更】参照)として論じられることが多かったが、高年法に基づく高齢者雇用確保措置を講じる場合においても(定年後の場面となるケースが多いであろうものの)、同様の課題が発生してきている(労働契約法10条の適用ではなく、同7条又は20条の適用が適切であると解される場合もある。(85)[再雇用]の解説(3)参照。)。

(4)定年年齢の引下げ等

就業規則改訂による定年年齢の引下げが問題とされた事案に大阪経済法律学園(定年年齢引下げ)事件(大阪地判平25.2.15 労判1072-38)がある。専任教員(教授)の定年が満70歳から満67歳へと変更された結果、満67歳の誕生日の属する年の年度末の到来により定年退職扱いとされた教授2名、及び、定年前の教授3名が原告となり、定年退職日を満70歳の誕生日の属する年の年度末とする雇用契約上の権利を有する地位の確認及び退職扱い後の賃金の支払い等を求めていたが、判決は就業規則の不利益変更の問題として論じ、定年の引下げにつき一定の必要性等は認めつつも、代償措置や経過措置の不十分さ等から変更の合理性を否定し、原告らの地位確認請求及び賃金請求の一部を認容している。他方、この判決で原審の判断が引用・参照もされていた芝浦工業大学(定年引下げ)事件(東京高判平17.3.30 労判897-72)では、就業規則上の72歳又は70歳から65歳への定年年齢の引下げにつき、変更の合理性が肯定されている。

その他、定年制に関しては、男女別定年制(日産自動車事件 最三小判昭56.3.24 民集35-2-300等)や職種別(若年)定年制等が争点とされた裁判例も存する。なお、就業規則の周知性の要件を欠いていたため、就業規則上の60歳定年制の(使用者による)主張が認められず、また、60歳定年慣行の存在も認められない等として、労働者の労働契約上の地位確認等が認容された事案にエスケーサービス事件(東京地判平27.8.18 労経速2261-26)がある。