(82)【退職】肩たたき

10.雇用関係の終了及び終了後

1 ポイント

(1)執拗で、繰り返し行われる半強制的な退職の勧め(退職勧奨、いわゆる肩たたき)は違法となる。

(2)女性差別など法令に反する退職勧奨は違法となる。ただし、経営上の必要性や会社側の対応によっては、退職勧奨が必ずしも違法とされるわけではない。

(3)退職勧奨の域を超える退職強要(ことさらに侮蔑的な表現を用いる、懲戒処分をちらつかせる、など)は違法である。

(4)退職の勧めを拒否した者に対する不利益な措置(優遇措置の不提供、配置転換、懲戒処分、不昇給)は違法となる。ただし、対象となる労働者や使用者側の事情によっては、不利益な措置が違法とならない場合がある。

2 モデル裁判例

下関商業高校事件 最一小判昭55.7.10 労判345-20

(1)事件のあらまし

市教育委員会Aは、第一審原告の男性教諭Xらに対して、退職勧奨の基準年齢である57歳になったことを理由に、2~3年にわたり退職を勧めてきたが、Xらは応じなかった。この間、所属校の校長やAが、Xらに退職を勧め、優遇措置などについて話をする程度であった。しかし、その後、AはXらに対して退職を強く勧め始め、3~4ヵ月の間に、11~13回にわたりAへの出頭を命じ、20分から長いときは2時間にもおよぶ退職勧奨を行った。その際Aは、退職勧奨を受け入れない限り、Xらが所属する組合の要求に応じないと述べたり、提出物を要求したり、配転をほのめかしたりした。そこでXらは、これら一連の行為は違法であり、精神的苦痛を受けたなどとして、市Y1、同市教育長及び次長Y2らを被告として、Yらに対して、各自50万円の損害賠償の支払いを求めて訴えを起こした。一審、二審ともにXらの請求を認めたところ(ただし、Y2に対する請求は棄却されている)、Y1が上告したのがこの事件である。

(2)判決の内容

労働者側勝訴

二審の判決が受け入れられて、Xらの請求が認められた(損害賠償額は、X1について4万円、X2について5万円の計9万円)。以下は二審判決の要旨。Aの行った退職勧奨は、多数回かつ長期にわたる執拗なものであり、退職の勧めとして許される限界を超えている。この事件の退職勧奨は、従来の取扱いと異なり、年度を超えて行われ、また、Xらが退職するまで続けると述べられており、勧奨が際限なく続くのではないかという心理的圧迫をXらに加えたものであって許されない。Xらが勧奨に応じないならば、組合の要求に応じないと述べたり、提出物を要求したり、配転をほのめかしたりしたことを考えると、Xらは退職勧奨によりその精神的自由を侵害され、また、耐えうる限度を超えて名誉感情を傷つけられ、さらには家庭生活を乱されるなど、相当な精神的苦痛を受けたと容易に考えられる。したがって、この事件における退職の勧めは違法であり、Y1は、Xらが被った損害を賠償する責任を負う。

3 解説

モデル裁判例の事案のように、繰り返してなされ、執拗で、半強制的な退職の勧め(退職勧奨、いわゆる肩たたき)は、違法となる。そして、退職勧奨を行った者は、損害賠償責任を負う。以下では、退職勧奨にかかわるその他の問題をみていく。

(1)退職勧奨基準の合理性

原則として、退職勧奨の対象となる基準の年齢について、男女間で年齢格差を設けることは違法となる(鳥取県教員事件 鳥取地判昭61.12.4 労判486-53(詳しくは、(14)【女性労働】を参照)。また、女性に対して妊娠を理由に退職を勧奨したり、退職を強要したりすることは、女性が婚姻・妊娠・出産を理由に退職すると定めたり解雇したりすることを禁じた均等法8条(平成18年改正前のもの;現同法9条)の趣旨に反するので、違法な行為として会社の損害賠償責任が生じる(今川学園木の実幼稚園事件 大阪地堺支判平14.3.13 労判828-59:損害賠償額280万円)。

他方、原告の男女労働者の結婚が退職勧奨の隠れた理由であったとしても、他に経営合理化の必要性があったことから、退職勧奨が直ちに不法行為になるとはいえないと判断した事例(東光パッケージ(退職勧奨)事件 大阪地判平18.7.27 労判924-59)や、会社が行った退職勧奨などの行為に対する原告労働者からの慰謝料請求に関して、人件費削減の必要性に基づく退職勧奨自体を責めることはできず、また、組合を通じた退職条件の折衝においても不誠実・強引な交渉態度は伺われないことなどから、会社の対応が不法行為になるほど悪質とはいえないとした事例(明治ドレスナー・アセットマネジメント事件 東京地判平18.9.29 労判930-56)がある。その他、適法な退職勧奨と認められた事案に日本アイ・ビー・エム事件(東京地判平23.12.28 労経速2133-3)及びリコー(子会社出向)事件(東京地判平25.11.12 労判1085-19:ただし、退職勧奨を拒否したために出された出向命令は無効と判断)等がある。

したがって、差別的取扱いなど比較的明確な法令違反となる退職勧奨は違法とされるのに対して、経営上の必要性がある場合や会社側の対応いかんによっては、退職勧奨は必ずしも違法とされるわけではないということができそうである。

ところで、退職勧奨の域を越えて退職を強要することは違法な行為とされる。例えば、衆人環視の下でことさら侮蔑的な表現を用いて名誉を毀損する態様での退職強要(東京女子醫科大学(退職強要)事件 東京地判平15.7.15 労判865-57:損害賠償額450万円)、懲戒免職処分をちらつかせて、降格・減給・配置換えを甘受するか、自ら辞職するかの選択を迫る行為(社会的に許容される限度を超えた辞職要求)(群馬町(辞職強要)事件 前橋地判平16.11.26 労判887-84:慰謝料100万円)、原告労働者の所属職場を閉鎖して、他への配転も検討せずになされた退職勧奨(退職強要)(前掲東光パッケージ(退職勧奨)事件:原告の男女労働者2名に対して合計130万円の慰謝料)などがある。

前掲リコー(子会社出向)事件では、退職勧奨の不法行為該当性に関して、前掲日本アイ・ビー・エム事件で述べられた判断基準を踏まえ、「退職勧奨は、勧奨対象となった労働者の自発的な退職意思の形成を働きかけるための説得活動であるから、説得活動のための手段及び方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しない限り、使用者による正当な業務行為としてこれを行ないうると解するのが相当であるが、使用者の説得活動が、労働者の自発的な退職意思の形成を働きかけるという本来の目的実現のために社会通念上相当と認められる程度を超えて、当該労働者に対し不当な心理的圧力を加えたり、その名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりして、その自由な退職意思の形成を妨げたような場合は、当該退職勧奨行為は、もはやその限度を超えたものとして不法行為を構成するというべきである」と論じられている。

(2)退職勧奨の拒否を理由とする不利益な取扱い

退職勧奨を拒否し続けた後に退職した者に対して、退職勧奨に応じた場合に与えられる優遇措置が与えられない不利益な措置は違法となる(前掲鳥取県教員事件)。

また、退職勧奨を拒否した者に対して、業務上の必要性のない、嫌がらせ目的の配転を命じたり、懲戒処分手続を踏まずに、懲戒処分として労働者の降格を行ったりする場合には、それら命令や処分は違法となる(フジシール事件 大阪地判平12.8.28 労判793-13)。さらに、女性職員が違法な退職勧奨を拒否して以降、昇給させないのは、違法な不利益取扱いであり、使用者は損害賠償責任を負う(慰謝料を含む約80万円を差額賃金に相当する損害賠償額として原告の請求を一部認めた(鳥屋町職員事件 金沢地判平13.1.15 労判805-82)。「もう君は私の管理職の構想から外れている。」及び「自分で次の就職先を見つけてはどうか。ラーメン屋でもしたらどうや。」等、繰り返し行われた退職勧奨を拒否した後、嫌がらせと思われる転籍命令、さらには定年間際の59歳時に出向期間5年、通勤時間片道2時間半という出向命令(管理職手当の不支給も含む)が出された等のケースにおいて、退職勧奨及び両命令の違法性が認められ、慰謝料100万円等が認容されている(兵庫県商工会連合会事件 神戸地姫路支判平24.10.29 労判1066-28)。

他方、満65歳に達した従業員に対する退職勧奨について、これを承認しない者に対する賃上げ不実施と、定額の一時金支給を定めた労働協約の定めは、従業員の高齢化による労務費の高騰と経営状態の悪化から取り結ばれたものであって、動機や目的に不合理な点はないと判断されている事件もある(東京都十一市競輪事業組合事件 東京地判昭60.5.13 労判453-75)。もっとも、この事件については、裁判所が、加齢に伴う労働能率の低下と適切な処遇、協定を結んだ手続やその過程、他の競輪場及び他産業での高齢従業員の取扱い・賃金水準を細かく検討した上で判断していることに注意が必要である。