(80)転職の勧誘・引抜き

10.雇用関係の終了及び終了後

1 ポイント

(1)元の会社の利益を不当に害する方法で、転職の勧誘や従業員の引抜きを行った元従業員とその会社は、従業員を引抜かれるなどした会社に対して損害賠償責任を負う。

(2)社会的に認められない引抜き行為であるか否かは、転職する従業員の元の会社における地位、元の会社内部における待遇、引き抜く人数、従業員の転職が元の会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無、秘密性、計画性等)が判断材料となる。

2 モデル裁判例

ラクソン事件 東京地判平3.2.25 労判588-74

(1)事件のあらまし

原告X社は英会話教室を経営する会社であり、被告Y1社は英語教材を販売する会社である。X社の取締役兼営業本部長であった被告Y2は、X社の売上の80%をも占める業績を上げ、X社の社運をかけた企画を一切任されており、経営上きわめて重要な地位にあった。しかしY2は、X社の経営に対して不安や不満を持っていたことから取締役を辞任し、間もなくY1社の役員から移籍を持ちかけられた。Y1社とY2はY2の移籍を前提として、Y2の従前の部下らをX社から引き抜くことを計画し、事前に従前の部下(マネジャー)を説得して計画に引き入れ、移籍後に業務を行う事務所を確保して、Y2は事務所の鍵を預かっていた。そして計画的に、慰安旅行と称して従前の部下であったセールスマンらを事情を一切告げずに温泉地のホテルに連れ出し、2~3時間かけてY1社への移籍を説得した。その折り、Y1社と販売商品の説明も行われ、帰京翌日からY1社で営業を開始することを確認して解散した。慰安旅行にかかる費用の一切はY1社が負担している。なお、慰安旅行の当日早朝に、従前の部下で計画に事前に加わっていたマネジャーらは、引抜きの対象とされたセールスマンらの私物や業務書類などをX社から持ち出し、事前に確保していたY1社事務所に運び込んでいる。そこでX社は、従業員を大量に引き抜かれたことによって被った減少分の利益を損害として、Y1社とY2に損害賠償を請求した。

(2)判決の内容

労働者側敗訴

従業員引抜き行為と因果関係にある限度で損害賠償請求が認められた(請求額1億円、認められた額870万円)。

1)Y2の責任:会社の従業員は、会社に対して、雇用契約に付随する信義則上の義務(民法1条2項:筆者注)として、会社の正当な利益を不当に侵害してはならない義務(誠実義務)を負い、従業員がその義務に違反して使用者に損害を与えた場合、従業員は、債務不履行(民法415条:筆者注)又は不法行為(民法709条以下:筆者注)に基づき、その損害を賠償する責任を負う。従業員引抜き行為のうち、単なる転職の勧誘にとどまるものは違法とは言えない。そして、社会的に認められない引抜き行為であるか否かは、①転職する従業員が会社で占める地位、②会社内部における待遇、③引き抜く人数、④従業員の転職が会社に及ぼす影響、⑤転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無、秘密性、計画性等)など、幾つかの事情を考慮して判断すべきである。この事件における引抜き行為のさまは、計画的かつ極めて背信的であったもので、もはや適法な転職の勧誘に留まらず、社会的に認められない違法な引抜き行為である。したがって、Y2は、引抜き行為によってX社が被った損害を賠償する責任を負う。

2)Y1社の責任:ある企業が競争企業の従業員に自社への転職を勧誘する場合も、前に述べたと同じ判断材料によって、不法行為に基づく損害賠償責任の有無が判断される。Y1社の行為は、単なる転職の勧誘を越えて、社会的に認められない引抜き行為であり、Y1社は、引抜き行為によってX社が被った損害を賠償する責任がある。

3 解説

モデル裁判例が述べるように、転職勧誘・引抜き行為が、元の会社の利益や権利を不当に侵害する社会的に認められない方法で行われた場合、それを行った元従業員と会社は、債務不履行および/または不法行為に基づいて、従業員を引き抜かれた会社に対して損害賠償責任を負う(フレックスジャパン・アドバンテック事件 大阪地判平14.9.11 労判840-62、アイメックス事件 東京地判平17.9.27 労判909-56)。また、転職勧誘・引き抜きを行った(元)従業員は、退職金を不支給(あるいは返還請求)とされたり、就業規則上の懲戒解雇事由に該当すると判断される場合もある(ソフトウェア興業(鎌田ソフトウェア)事件 東京地判平23.5.12 労判1032-5)。

(1)転職の勧誘・引抜きの法的責任

これに対する責任は、労働契約の中に転職勧誘や引抜きを行ってはならない(競業行為をしてはならない)などと取り決められていなくても負わされるので(その根拠は労働契約に付随する信義則)、労働契約の中にこのような取り決めがある場合はもちろん、損害賠償責任が認められる(就業規則上の競業避止義務違反としての債務不履行責任:東京学習協力会事件 東京地判平2.4.17 労判581-70など)。

また、懲戒処分(会社が従業員に対して科す私的な罰:筆者注)の対象とされることもあり(日本教育事業団事件 名古屋地判 昭63.3.4 判時1282-156:地区の営業最高責任者数名による部下の大量引き抜きに対する懲戒解雇の事例)、就業規則上の懲戒事由該当性が認められた上で、退職金規定に基づいて、支給された退職金について会社からの返還請求が認められる場合もある(前掲ソフトウェア興業(鎌田ソフトウェア)事件)。

さらに、従業員を引き抜かれた会社の権利・利益の侵害が認められれば、不法行為に基づく損害賠償責任が認められる(リアルゲート(エクスプラネット)事件 東京地判平19.4.27 労判940-25)。

(2)法的責任が認められない場合

しかし、事実関係によっては、損害賠償責任が認められない場合もある。

引き抜いたのではなく、勧誘された者らが勧誘した元従業員の計画に賛同して自主的に退職した場合(港ゼミナール事件 大阪地判平元.12.5 判時1363-104)、競業会社設立の青写真が未確定の状況で引抜き工作が行われたとは考えにくく、かえって元従業員らは自発的に移籍したと考えられる場合(中央総合教育研究所事件 東京地判平5.8.25 判時1497-86)、元の会社の経営者の行為に起因する社内混乱に嫌気がさして自発的に辞職した場合(フリーラン事件 東京地判平6.11.25 判時1524-62)、会社の労働条件や業務内容に不満を持っていたところに転職の話を持ちかけた場合(ジャクパコーポレーションほか事件 大阪地判平12.9.22 労判794-37。U社ほか事件 東京地判平26.3.5 労経速2212-3(派遣会社の管理社員による所属の派遣労働者に対する引抜きの事例))が、損害賠償責任の認められない場合に当たる。

なお、外資系証券会社における業務環境の変化や労働者の不満等による転職の動機を肯定的に評価し、かつ、元の会社に実損が生じていないことにかんがみて、集団移籍を主導した営業部部長(エグゼクティブ・ディレクター)に対する懲戒解雇を無効と判断した事例がある(モルガンスタンレー証券(退職金等)事件 東京地判平20.10.28 労判971-27)。

(3)従業員の地位による法的責任の加重

転職勧誘や引抜きを行った従業員の地位からその法的責任の状況を見ると、会社内での職位も高く、経営上重要な役割を担う者は、一般従業員あるいは中間管理職の職位にある者に比べて、元の会社に対して、より高い誠実性が求められるので(なお、取締役の忠実義務、会社法355条を参照)、損害賠償責任を負う場合が多いとみられ、また、賠償すべき損害の額が比較的高い傾向にあるといえる。代表取締役・取締役につき、前掲リアルゲート(エクスプラネット)事件:賠償額800万円、取締役につき、モデル裁判例及び日本設備事件 東京地判昭63.3.30 判時1272-23:賠償額340万円、副社長兼支社長及び支社次長につき、日本コンベンションサービス事件 大阪高判平10.5.29 労判745-42:賠償額400万円、病院長兼理事につき、厚生会共立クリニック事件 大阪地判平10.3.25 労判739-126:賠償額7,200万円。

他方、前掲モルガンスタンレー証券(退職金等)事件のように、外資系証券会社であることなどの諸事情から、高職位の者であっても法的責任を負わないとする事例も見られる。