(79)同業他社への就業・転職の制限

10.雇用関係の終了及び終了後

1 ポイント

(1)同業他社への就業・転職は、在職中は労働契約それ自体により、退職後は、在職中の労働契約における又は退職時等の特約により制約される(競業避止義務)。

(2)競業避止義務は、退職後の業務の内容、元使用者が競業行為を禁止する必要性、労働者の従前の地位・職務内容、競業行為禁止の期間や地理的範囲、金銭の支払いなど代償措置の有無や内容、義務違反に対して元使用者が取る措置の程度などを判断材料に、合理的な範囲内でのみ認められる。

(3)悪質な競業行為が行われた場合、労働契約上の根拠がなくても義務違反が生じて、元の労働者に損害賠償責任が認められたり、競業行為の差止めが認められたりする場合がある。

2 モデル裁判例

フォセコ・ジャパン・リミティッド事件 奈良地判昭45.10.23 判時624-78

(1)事件のあらまし

原告である元使用者Xは、各種冶金用副資材を製造・販売する企業であり、その元労働者らであり被告であるYらは、Xの研究部に所属し、後に、Y1は工場で製品管理を担当し、Y2は鋳造本部で販売業務に従事して退職した。Yらは在職中に、Xと退職後2年間の秘密漏洩禁止と競業避止の特約を結んでいたところ、退社後まもなく、Xと業務内容や顧客が競合する同業他社に就職し、取締役に就任した。そこでXが、Yらは各特約に違反したとして、Yらの競業行為の差止めを求めた。

(2)判決の内容

労働者側敗訴(会社の差止申請認容)

競業避止の特約は、労働者から生計の途を奪い、その生存を脅かすおそれがあると同時に、職業選択の自由を制限するから、特約の締結に合理的な事情がないときは、公序良俗(民法90条)に反して無効である。一方、その会社だけが持つ特殊な知識は、一種の客観的財産であり、営業上の秘密として保護されるべき利益である。そのため、一定の範囲において労働者の競業を禁ずる特約を結ぶことは十分合理性がある。営業上の秘密としては、顧客等の人的関係、製品製造上の材料・製法等に関する技術的秘密等が考えられる。これらを保護するため、使用者の営業の秘密を知り得る立場にある者に秘密保持義務を負わせ、また、秘密保持義務を担保するために退職後における一定期間、競業避止義務を負わせることは適法・有効である。この事件では、Xは客観的に保護されるべき技術上の秘密を持っており、またYらは、Xの営業の秘密を漏洩するか、しうる立場にあるから、Xは特約に基づいて、Yらの競業行為を差止める権利を有する。競業制限の合理的範囲を確定するに当たっては、制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、使用者の利益(企業秘密の保護)、労働者の不利益(転職・再就職の不自由)を考えて慎重に検討する必要がある。この事件では、制限期間は2年間という比較的短期間であり、制限の対象職種はXの営業目的と競業関係にある企業であって、Xの営業が特殊な分野であることを考えると、制限の対象は比較的狭いこと、場所的には無制限であるが、これはXの営業の秘密が技術的秘密である以上はやむを得ない。退職後の競業制限に対する代償は支給されていないが、在職中に機密保持手当が支給されていたことを考えると、この事件の競業制限は合理的な範囲にある。

3 解説

(1)競業避止義務の有効性

1)競業避止特約の拘束力

在職中の同業他社での就業は、労働契約により制約される(アイメックス事件 東京地判平17.9.27 労判909-56)。在職中の競業会社設立も、労働契約上の競業避止義務に反する(協立物産事件 東京地判平11.5.28 判時1727-108)。

退職後は特約により競業行為が制限される(新大阪貿易事件 大阪地判平3.10.15 労判596-21など)。ただし、特約における禁止の内容や程度が必要最小限でなく、代償措置も十分でない場合は公序良俗に反し無効となる(東京リーガルマインド事件 東京地決平7.10.6 労判690-75など)。強要された特約も無効である(退職金関係書類の交付条件として退職後5年間の競業避止特約の作成提出が強要された、消防試験協会・消化設備試験センター事件 東京地判平15.10.17 労判864-93)。しかし、極めて悪質な競業行為(在職中に得た知識を利用し会社が取引中の者に働きかける)には、特約なしに競業避止義務違反が認められる(チェスコム秘書センター事件 東京地判平5.1.28 労判651-161)。他方、退職後の競業避止義務に関する特約等が定められていない場合に、「雇用契約終了後は、当然に競業避止義務を負うものではないが、元従業員等の競業行為が、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で雇用者の顧客を奪取したとみられるような場合等は、不法行為を構成することがある」と論じた原審(名古屋高判平21.3.5 民集64-2-598、労判1005-9)の判断枠組みを前提に、元雇用者の営業に係る情報を用いたり、元雇用者の信用を貶めたりする等の不当な方法で営業活動を行ったとは認められないことや、元雇用者の取引先であった3社との取引は退職から5ヵ月程経過した後に始まったこと等の事情を総合すると、元従業員等の競業行為は社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものとはいえないとして不法行為の成立を否定した最高裁判例がある(サクセスほか〔三佳テック〕事件 最一小判平22.3.25 民集64-2-562、労判1005-5)。

2)労働者の従前の地位・職務

使用者の営業秘密を取扱うことができる者は、在職中の特約により、退職後も競業避止義務を負う(モデル裁判例)。取締役で仕事上強いコネを有している場合、特約の拘束力が認められ(フレンチ・エフ・アンド・ビー・ジャパン事件 東京地決平5.10.4 金商929-11)、全国展開家電量販店の地区部長・店長でも競業避止義務を負う(ヤマダ電機(就業避止条項違反)事件 東京地判平19.4.24 労判942-39)。しかし、一般従業員については、業務内容やノウハウの観点から、競業避止義務を負わせることはできない(小売店販売員につき、原田商店事件 広島高判昭32.8.28 高民集10-6-366、工員につき、キヨウシステム事件 大阪地判平12.6.19 労判791-8)。

3)競業制限の期間・地域等の範囲

顧客との関係を重視し、3年の制限期間を有効とする事例(前掲新大阪貿易事件)、期間3年、対象地域は岡崎市内、職種は弁当宅配業等の営業に限定した規定[フランチャイズ契約終了後の競業避止義務規定]を有効とする事例(エックスヴィン(ありがとうサービス)事件 大阪地判平22.1.25 労判1012-74)、仕事上の強いコネの保持を理由に、日本での5年間の競業制限を有効とする事例(前掲フレンチ・エフ・アンド・ビー・ジャパン事件)、元使用者の研究・開発のノウハウの点から地域的に無制限でよいとする事例(モデル裁判例)がある。また、期間は1年だが、対象は同種業者に限られることから、地理的に無制限よいとする事例(前掲ヤマダ電機(就業避止条項違反)事件)もある。なお、社内での地位が低く影響力の少ない従業員に対する3年間、地域・職種制限なしの特約を無効とする事例(東京貸物社事件 浦和地決平9.1.27 判時1618-115)がある。

4)元の使用者による代償の提供

代償措置の有無は、競業避止特約の有効性を決する重要な要素である(モデル裁判例)。在職中の株式利益(2億5,000万円余)と高給(年間3,000万円程度)は十分な代償となるが(前掲フレンチ・エフ・アンド・ビー・ジャパン事件)、監査役への1,000万円の退職金では不十分である(前掲東京リーガルマインド事件)。また、本来より少額の退職金では競業行為禁止に見合う補償と認められず(前掲東京貸物社事件)、在職中に支払われた月額4千円の秘密保持手当ではきわめて不十分(新日本科学事件 大阪地判平15.1.22 労判846-39)とされる。なお、不十分な代償措置は損害賠償額算定に当たり考慮できるという理由で競業避止条項の有効性を否定しなかった事例(前掲ヤマダ電機(就業避止条項違反)事件)があるが、疑問である。

(2)競業避止義務違反の帰結

1)損害賠償責任

至近距離での競業会社設立及び多数の顧客の勧誘(東京学習協力会事件 東京地判平2.4.17 労判581-70:賠償額376万円余)、使用者が取引中の者に働きかける悪質な競業(前掲チェスコム秘書センター事件:賠償額500万円)、競業会社への協力行為(エープライ(損害賠償)事件 東京地判平15.4.25 労判853-22:賠償額316万円など)には損害賠償責任が認められる。取締役の競業行為は重大な法律違反(取締役の忠実義務違反[旧商法254条の3;現会社法355条])でもある(日本コンベンションサービス(退職金請求)事件 大阪高判平10.5.29 労判745-42:賠償額400万円)。なお、競業避止義務違反を理由とする違約金及び損害賠償の請求・支払いに係る約定は無効である(労基法16条)。

2)競業行為の差止め

競業行為の差止めは、特約が存在し、その内容が明確かつ合理的であって公序良俗に反しない場合に認められる。肯定例は、モデル裁判例、前掲新大阪貿易事件アフラック事件(東京地判平22.9.30 労判1024-86)、否定例は、前掲東京リーガルマインド事件

3)退職金の不支給

(33)【退職金】参照。なお、アメリカン・ライフ・インシュアランス・カンパニー事件(東京地判平24.1.13 労判1041-82)も参照。