(77)【企業の再編・組織変更時の雇用保障】
合併・事業譲渡・会社分割
9.企業の再編・組織変更時の雇用保障
1 ポイント
(1)使用者である会社が合併した場合、合併前の労働者の労働契約は、合併後の会社に当然に承継される。
(2)事業譲渡の場合、近年の裁判例では、労働者の労働契約を譲渡先に承継させるためには、譲渡元と譲渡先の会社の間でそのことが合意され、かつ、当該労働者が承継に同意することが必要であるとの考え方がとられている。
(3)会社分割の場合、分割後の会社への労働契約承継のあり方は、原則的には分割計画書(又は分割契約書)によって決められるが、労働契約承継法により、一定の労働者は異議を申し出ることで自己の労働契約の承継先を変更できるものとされている。
2 モデル裁判例
日本アイ・ビー・エム事件 最二小判平22.7.12 労判1010-5
(1)事件のあらまし
YとA社は、両社のHDD(ハードディスク)事業を統合するために、まず、YのHDD部門を新設分割の方法によって分割し、これにより新たに設立されるB社に、A社から分割したHDD部門を吸収する計画をたてた。Yは、分割対象となるHDD部門の従業員の労働契約を、B社に承継させることにし、会社分割に伴う労働契約等に関する法律(平成17年改正法による改正前のもの。以下、「承継法」)7条に定められる労働者の理解・協力を得るように努める措置(「7条措置」)と商法等の一部を改正する法律附則5条1項に定める協議(平成17年改正法による改正前のもの。「5条協議」)を行って、分割計画書を本店に据え置き、同年12月に会社分割登記を行い、B社を設立した。
Xらは、YのHDD事業部門の元従業員であり、当該分割によって、Yとの間の労働契約がB社に承継された。Xらは、本件承継を不服として、Yを提訴した。
(2)判決の内容
労働者側敗訴
5条協議は、分割会社に対象となる労働者の希望等をも踏まえて承継の判断をさせることによって、労働者保護を図ろうとする趣旨で設けられていると解される。承継法3条所定の場合には、労働者は、分割会社の決定に異議を申す事ができないが、これは、5条協議が適正に行われることにより労働者の保護が図られていることを当然の前提としている。それゆえ、5条協議が全く行われなかったときには、当該労働者は承継法3条における承継の効力を争うことができると解される。また、5条協議がなされた場合であっても、分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であって5条協議の趣旨に反することが明らかな場合には、5条協議義務違反があったと評価してよく、当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができる。
承継法7条は、7条措置として、分割会社に、雇用する労働者の理解と協力を得る努力を求めるが、これは努力義務であり、本条違反自体は労働契約承継の効力を左右しない。7条措置は、7条の努力において十分な情報提供等がされず5条協議がその実質を欠くことになったといった特段の事情がある場合に、5条協議義務違反の判断材料として問題になるに留まるものである。
本件では、Yによる5条協議が不十分であるとはいえず、XらのB社への労働契約承継の効力が生じないとはいえない。また、5条協議等の不十分を理由とする不法行為が成立するともいえない。
3 解説
企業組織の再編には、合併、事業譲渡、会社分割という態様がある。以下、組織再編における労働者の雇用保障について、順に解説する。
(1)会社合併の場合
会社合併の場合には、合併前の会社の権利義務関係は、その全てが合併後の会社に承継される(「包括承継」。会社法750条1項、同法754条1項など)。したがって、合併前の会社の労働者の地位(雇用および労働条件)も、合併後の会社にそのまま承継される。
(2)事業譲渡の場合
つぎに、事業譲渡(平成17年商法改正前は「営業譲渡」)の場合は、譲渡人と譲受人との間の合意(譲渡契約)によって、承継対象となる債権債務が決定される(「特定承継」)。そのため、労働契約に関する債権債務も、当然には承継されない。譲渡人と譲受人は、合意により、労働契約の承継範囲を決定し、承継の対象となった労働契約が譲受人に承継される(裁判例に、茨木消費者クラブ事件 大阪地決平5.3.22 労判628-12、日本大学(医学部)事件 東京地判平9.2.19 労判712-6など。)。なお、特定承継によって、譲渡先に労働契約を承継させるためには、対象となる労働者の承継に関する同意が必要である(民法625条1項。逆に労働者の意に反して事業譲渡の当事者が労働契約の承継を合意した場合は、労働者は民法625条1項所定の承諾をしないことで、その効力を否定することができる。裁判例に、マルコ事件 奈良地葛城支判平6.10.18 判タ881-151、本位田建築事務所事件 東京地判平9.1.31 労判712-17。)。
事業譲渡では、承継対象から排除された労働者が、譲受会社との労働契約上の地位の確認を求めて提訴する例が多いが、裁判所は、譲渡人と譲受人との合意の内容を吟味し、譲渡対象に、問題となる労働契約も含まれていたと解釈できる場合には、承継対象から排除された労働者と譲受人との間に労働契約の成立を認める判断を下している(タジマヤ事件 大阪地判平11.12.8 労判777-25)。
(3)会社分割の場合
会社分割には、分割会社が、対象となる事業を分割後に他の会社に承継させる「吸収分割」(会社法2条29号)と、新たに設立した会社に分割対象事業を承継させる「新設分割」(同法同条30号)がある。対象事業に関する権利義務の移転は、吸収分割の場合は分割契約、新設分割の場合は分割計画(以下、「分割契約等」)によって定まる(株主総会の特別決議における承認が必要。「部分的包括承継」と呼ばれる)。
ただし、上記の方法をそのまま労働契約の承継に適用させると、分割会社(使用者)の意思のみによって、承継対象となる労働契約の範囲が決せられることになり、労働者の意思を問わずして、承継排除または承継強制がなされる結果となる。そのため、労働者保護の観点から、承継法が制定され、会社法のルールに一部修正が加えられた。
承継法により、①分割の対象となる営業に主として従事しているにもかかわらず、分割後の会社への労働契約関係の承継から除外される労働者、②分割の対象以外の営業(分割後も元の会社に残される営業)に主として従事しているにもかかわらず、分割後の会社に労働契約関係が承継される労働者は、所定の期間内に異議を申し出れば自己の労働契約関係の承継のあり方を変更させることができる(①の場合は、4条により承継対象に含めさせ、②の場合には、5条により承継対象から除外させることになる。なおこれ以外は、労働者に異議申出する機会はない)。また、2000年商法等一部改正法附則5条1項は、分割会社に対し、承継事業に従事する労働者各人との協議(「5条協議」)を行うように求めている。モデル裁判例は、上記の承継法における7条措置と商法改正法附則の5条協議の適正な実施が問題となった事案であり、ここにおいて最高裁は、5条協議違反の効果と7条措置の法的位置づけについて、2(2)「判決の内容」に示したように判示している。
会社分割に伴う労働契約の承継に関しては、分割会社が、分割対象となる事業に従事していた労働者との労働契約を一旦すべて解約し、当該労働者に対して承継会社との新たな労働契約の締結を勧めて、労働契約の引継ぎを完了させるという手法が用いられることもある(「解約型転籍」)。しかし、会社分割では、承継対象に主として従事する労働者は、本人が希望しさえすれば、承継会社に労働契約がそのまま引き継がれることが保障されているのであり(承継法4条)、この承継法による利益を十分に労働者に説明しないままに、解約型転籍の方法を使って労働者の労働契約上の地位を移転させることは許されない。この点については、阪神バス事件(神戸地尼崎支部判平26.4.22 労判1096-44)において、解約型転籍による労働契約の移転が、承継法によって保障される労働者の利益を無視したものであり法の趣旨に反すると判断され、承継会社と労働者との新たな労働契約締結の効力が公序良俗違反により否定され、当該労働者の地位は、承継法4条4項の手続を経たと同様に承継会社にそのまま移転するとの結論が示された。