(75)【労働条件の変更】
労働協約による労働条件の変更

8.労働条件の変更

1 ポイント

組合員の労働条件を不利益に変更する労働協約も、そのことを理由として直ちに効力を否定されるわけではない。

労働協約による労働条件の不利益変更は、特定の労働者または一部の組合員を殊更に不利益に取り扱うことなどを目的とするなど、労働組合の目的を逸脱して締結されたものと認められない限り、有効である。

労働組合法17条の要件が満たされる場合、未組織労働者の労働条件も労働協約によって不利益に変更される可能性があるが、このような不利益変更にも限界がある。

2 モデル裁判例

朝日火災海上保険(石堂・本訴)事件 最一小判平9.3.27 労判713-27

(1)事件のあらまし

Xは、A会社鉄道保険部に雇用された後、昭和40年に鉄道保険部の業務がYに引き継がれたのに伴い、Yの労働者となった。XのようにA社からYに移った労働者の労働条件は、当初はA社時代のものを引き継ぐこととされたが、これによって当初からY社の労働者であった者との間に労働条件の格差が生じたため、Yは、同社の労働者で組織されるZ組合との間でA社出身者とそれ以外の者の労働条件の統一について交渉を続けた。この結果、就業時間、退職金、賃金制度等については昭和47年までに統一が実現したが、定年年齢については、YとZ組合の間で合意が成立せず、A社出身者は満63歳、それ以外の者は満55歳という格差のある状況が継続した。

その後、Yの経営難を背景として交渉が行われた結果、YとZ組合との間で、定年年齢を57歳とすると共に退職金額の計算方法を変更する内容の労働協約が昭和58年に締結された。Zの組合員であったX(当時53歳)は、この労働協約が適用されると定年年齢が引き下げられる上に退職金支給基準率も71.0から51.0に引き下げられることから、この労働条件引き下げに反対し、従前の労働条件の適用を受ける地位の確認等を求めて提訴した。

(2)判決の内容

労働者側敗訴

本件労働協約は、Xの定年及び退職金算定方法を不利益に変更するものであってXが受ける不利益は決して小さいものではないけれども、同協約が締結されるに至った経緯、当時のYの経営状態、同協約に定められた基準の全体としての合理性に照らせば、同協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえず、その規範的効力を否定すべき理由はない。

本件労働協約に定める基準がXの労働条件を不利益に変更するものであることの一事をもってその規範的効力を否定することはできないし、Xの個別の同意又はZ組合に対する授権がない限りその規範的効力が認められないとも解されない。

3 解説

(1)労働協約による労働条件不利益変更の原則的肯定

労働協約中の「労働条件その他の労働者の待遇に関する基準」は、その労働協約締結組合に所属する組合員の個々の労働契約を規律する効力がある。この効力は「規範的効力」と呼ばれる(労組法16条)。

この労働協約がもつ規範的効力については、労働条件を引き下げる労働協約の締結に関しては、労組法の組合員の労働条件の維持改善という目的の範囲を逸脱し(同法2条本文)、許されないのではないかという議論があった(これを肯定する古い裁判例として、大阪白急タクシー事件 大阪地決昭53.3.1 労判298-73など)。また、労働協約よりも労働者に有利な労働条件を定める労働契約の効力は労働協約の効力に優先するという考え方(「有利原則」という)を採る場合、労働条件を引き下げる内容の労働協約が締結されてもそれによって個別の労働契約の労働条件の不利益変更を行うことはできないと解することができるため、この点がしばしば裁判で争われてきた。

この点近年の裁判例は、労働協約は団体交渉の中で労使が互いに譲歩しつつ複雑に絡み合う利害関係を調整した末に締結されるものであること(こうした利害調整の中で労働条件不利益変更が合意される事態も当然想定されること)等を挙げて、これらの考え方をいずれも否定し、労働協約による労働条件不利益変更は原則的には許容されるという立場に立っている(朝日火災海上保険(高田)事件 最三小判平8.3.26 民集50-4-1008、労判691-16等を参照)。

モデル裁判例においても、最高裁は、当該組合員の被る不利益は小さくないが、協約締結の経緯、会社の経営状態、協約に定められた基準の全体としての合理性を考慮すると、当該協約は、特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取扱うことを目的として締結された等労働組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえない、として、労働協約による労働条件の不利益変更の効力を肯定する判断を示している。

(2)不利益変更の効力が認められない場合

モデル裁判例は、上記の判断を導く過程で、労働者が被る不利益の程度、協約締結に至る経緯、会社の経営状況(労働条件変更の必要性)、協約内容全体の合理性に言及し、結論として変更の効力を認めている。一般的にも、規範的効力による労働条件不利益変更の効力の判断においてはこうした諸事情が考慮され、そこに著しく不合理な点がなければ、不利益変更の効力は肯定されているといえる(日本鋼管(賃金減額)事件 横浜地判平12.7.17 労判792-74など)。

これに対し、不利益変更の効力を否定した裁判例においては、労働条件変更の内容又は手続(あるいはその両方)に、規範的効力を生じさせることが相当でない特段の不合理性があるとされている。

具体的にはまず、高年齢層など、特定の組合員に大きな不利益(たとえば大幅な賃金減額)を課す変更について、内容の不合理性を認めた例がある(中根製作所事件 東京高判平12.7.26 労判789-6、鞆鉄道事件 広島地福山支判平14.2.15 労判825-66。一方で、退職金の8割減額という大きな不利益の事案でも、会社更生手続に伴う措置であり、仮にこの措置がなければ会社が破産して退職金受給が困難になると見込まれるという事情の下では変更の効力が認められている。新潟鉄工管財人事件 新潟地判平16.3.18 労経速1894-10)。

協約締結手続については、協約締結に至る労働組合内部の意思決定過程において組合規約で定められた組合大会決議等の組合員の意思を反映する手続が遵守されていない事案で、協約の効力が否定されている(前掲中根製作所事件鞆鉄道事件。組合大会決議を欠く規約違反を認めつつ、他に組合員の意見聴取の機会を設けていること等を理由に挙げ、協約の効力を否定しなかった例として箱根登山鉄道事件 東京高判平17.9.29 労判903-17)。また、不利益を被る組合員の意見を組合の意思決定に反映させる特別な手続をとることが必要であるとして、このような手続を欠く場合に変更の効力を否定する例も見られる(中央建設国民健康保険組合事件 東京高判平20.4.23 労判960-25)。

(3)労働協約の一般的拘束力と不利益変更

労働協約の規範的効力は、労組法17条に規定された要件が満たされる場合、未組織労働者(どの労働組合にも加入していない労働者)にも及ぶ(労働協約の事業場単位の一般的拘束力)。最高裁判例は、このような場合についても、労働協約の一般的拘束力による労働条件不利益変更の効力を原則的に肯定しているが、例外的に、特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容、当該労働者が労働組合の組合員資格を認められているかどうか、労働協約締結の経緯等に照らして、労働協約を特定の未組織労働者に適用することが著しく不合理と認められる特段の事情がある場合には、その労働者には労働協約の一般的拘束力は適用されないと判断している(前掲朝日火災海上保険(高田)事件。結論としては、適用を否定した)。