(74)【労働条件の変更】
就業規則による労働条件の変更

8.労働条件の変更

1 ポイント

(1)労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、既存の労働条件を不利益に変更することは、原則的にできない。

(2)ただし、使用者が、不利益に変更した就業規則を、変更後に労働者に周知し、かつ、その就業規則の変更が「合理的」と認められる場合には、当該就業規則の内容が個々の労働条件となり、これに反対する労働者の労働条件も、変更後の内容となる。

(3)(2)における就業規則変更の「合理性」は、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の事情に照らして判断される。

(4)労働者が同意した場合には、就業規則を変更することにより労働条件を労働者に不利益に変更することもできる。ただし、同意を得るためには、不利益変更の必要性、不利益の具体的な内容・程度等について、労働者に十分な情報提供と説明を行わなければならない。

2 モデル裁判例

第四銀行事件 最二小判平9.2.28 民集51-2-705

(1)事件のあらまし

Y銀行は、定年年齢を55歳とし、健康な男子職員については賃金水準を落とさずに58歳までの再雇用を認める扱いを改め、定年年齢を60歳に引き上げる一方で55歳以降の月例給与・賞与を年間ベースで54歳時の63~67%に引き下げる内容の就業規則変更を行った。Y銀行はこの就業規則変更に先立って、行員の約90%を組織する労働組合と交渉し、上記変更について合意の上、労働協約を締結していた。Y銀行の行員X(労働組合員ではない)はこの労働条件変更の効力を争い、変更前の就業規則に従って計算した賃金額と55歳以降に実際に受け取った賃金額の差額の支払いを求めて提訴した。

(2)判決の内容

労働者側敗訴

新たな就業規則の作成又は変更による労働条件の一方的不利益変更は原則として許されないが、就業規則による労働条件変更が合理性を有する場合には、変更に反対の労働者に対しても労働条件の一方的不利益変更の効力が生じる。

当該規則条項が合理的であるとは、当該就業規則の作成又は変更が、必要性・内容の両面からみて、それによって労働者が被る不利益の程度を考慮してもなお当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有することをいう。特に賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件についての不利益変更の効力が認められるためには、それが高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであることを要する。

合理性の有無は具体的には、①就業規則変更によって労働者が被る不利益の程度、②使用者側の変更の必要性の内容・程度、③変更後の就業規則の内容自体の相当性、④代償措置その他関連する労働条件の改善状況、⑤労働組合等との交渉の経緯、⑥他の労働組合や従業員の対応、⑦同種事項におけるわが国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。

本件でYが行った就業規則変更には合理性が認められる(判断の詳細は解説を参照)。

3 解説

(1)就業規則変更による労働条件の変更

労働契約の内容は、原則として、労働者と使用者の合意に基づいて変更しなければならない(労契法8条)。また、使用者は、労働者と合意することなく、就業規則の変更によって、労働者の労働条件を不利益に変更することはできない(同法9条)。ただし、使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによることになる(同法10条)。

つまり、就業規則の不利益変更が合理的なものであり、かつ、変更後の就業規則が労働者に周知されている場合には、使用者は、労働者の同意がなくても、就業規則の変更により個々の労働者の労働条件を労働者に不利益に変更することができるということである。

(2)労働契約法9条、10条の背景をなす判例法理

労働契約法制定前は、就業規則による労働条件不利益変更の効力をめぐる問題は判例法理に委ねられていた。そこではまず、秋北バス事件判決(最大判昭43.12.25 民集22-13-3459)において、(A)就業規則変更による労働条件の一方的不利益変更は原則として許されないが、変更に合理性が認められる場合には、例外的に変更に反対する労働者にも変更の効力が及ぶ、という基本原則が示された。次いで、この基本原則の下で就業規則変更の合理性を判断する枠組みが、一連の最高裁判決(大曲市農協事件 最三小判昭63.2.16 民集42-2-60、第一小型ハイヤー事件 最二小判平4.7.13 労判630-6、朝日火災海上保険(高田)事件 最三小判平8.3.26 労判691-16など)を通じて徐々に形成され、最終的にモデル裁判例において、(B)就業規則変更の合理性判断は「判決の内容」の第2段落以下に示された枠組みによって行う、という形に集大成された。

(3)具体的な合理性の判断

モデル裁判例は、就業規則変更による労働者の不利益は小さくないと評価する一方、①60歳への定年延長及び、それに伴う55歳以上の賃金水準の見直しには高度の必要性が認められる、②変更後の55歳以上の労働者の労働条件内容は同業他社とほぼ同様であり、賃金水準は社会一般の水準と比較してかなり高い、③定年延長は決して小さくない労働条件の改善である、④本件就業規則変更は、全行員の約90%(50歳以上の行員の約60%)を組織する労働組合との交渉・合意を経て行われたものであるから変更後の就業規則の内容は労使間の利益調整がなされた結果として合理的なものであると一応推測できる、等の事情から、変更の合理性を肯定した。ここでは、労働条件(賃金)の不利益変更が定年延長という有利な変更とセットで、しかも多数組合との合意を経て行われていること、変更後の賃金水準が同業他社や世間一般との比較において同様ないし高いといえること、等が重視されたといえる。一方で、最高裁は、若年・中堅層の労働者の労働条件を改善しつつ、定年延長を伴わずに55歳以降の賃金を33~46%減額した事案については、多数組合との間の合意を経た就業規則変更であってもその変更の合理性を否定している(みちのく銀行事件 最一小判平12.9.7 民集54-7-2075)。ここでは、不利益の重大性や、特定層(55歳以上)の労働者に集中的に不利益を課すという変更後の労働条件の不相当性が重視される反面、多数組合との合意は重要な考慮要素とされなかった。このように、合理性判断において上述した枠組みのどの要素が重視されるかは、個々の事実関係に応じて異なってくる。

(4)就業規則による労働条件不利益変更に対する労働者の同意

労契法9条は、使用者に対して、「労働者と合意することなく」、就業規則の不利益変更によって労働条件の不利益変更をしてはならないとする。これについては、就業規則による労働条件の不利益変更について、使用者が、「労働者の同意」を得ている場合には、就業規則変更の「合理性」を問うことなしに、就業規則による不利益変更が有効となるのかという問題があった。この点は、協愛事件(大阪高判平22.3.18 労判1015-83)において、就業規則による労働条件の不利益変更について労働者が同意した場合には、労契法9条により、変更後の就業規則の拘束力が同意した労働者の労働条件に及ぶが(この場合、労契法10条で求められる「合理性」は不問となる。)、労働者の同意には慎重な認定が必要であり、単に異議を述べなかっただけでは同意があったとは認定できないとの判断が示された。最高裁も、山梨県信用組合事件(最二小判平28.2.19 労判1136-6)において、就業規則による労働条件の不利益変更における労働者の同意の認定は慎重になされるべきであり、同意の有無を判断するに際しては、不利益の内容・程度、同意に至るまでの経緯・態様、同意を得る前に使用者が十分な情報提供と説明を行っているか等が考慮されなければならないとしている。