(73)【労働条件の変更】
合意による労働条件の変更

8.労働条件の変更

1 ポイント

(1)使用者が労働条件変更を行おうとする場合、労働者が当該変更に同意していれば、労働条件は両者の合意に基づいて適法に変更される。ただし、当該合意は、労基法などの強行法規に違反したり、就業規則・労働協約の定めよりも労働者に不利な労働条件を定めたりするものであってはならない。

(2)労働者が労働条件変更について明示的な同意の意思表示をしていない場合であっても、その言動などからみて黙示的に変更に同意していると認められる可能性がある。しかし、判例は、このような黙示の同意の認定を厳格かつ慎重に行う姿勢を示している。

(3)労働者-使用者間の合意によらない労働条件変更が許容される場合としては、就業規則又は労働協約によって労働条件を変更する場合と、使用者が労働条件を変更する権限を有することが労働契約に定められている場合があり、それぞれ、一定の要件の下で労働条件変更の効力が認められる。

2 モデル裁判例

山梨県民信用組合事件 最二小判平28.2.19 民集70-2-123

(1)事件のあらまし

A信用組合は経営破綻を避けるためにY信用組合に吸収合併されることになり、両組合の理事が構成する合併協議会は、A組合の退職金規程(就業規則)を変更して支給基準を大幅に引き下げることを決定した。XらAの管理職員は、当該変更は合併を実現するために必要である等との説明を受け、変更内容と新規程による支給基準の概要を記載した同意書に署名押印した。なお、これに先立って開催された職員説明会では、Yの従前からの職員と同一水準の退職金額を保障する旨が記載された同意書案が各職員に配布されていた。

上記合併により、A組合は解散してXらの雇用はY組合に承継され、新退職金規程が施行された。その後、XらはY組合を退職したが、変更後の支給基準によると退職金額はゼロ円となった。Xらは、A組合の旧退職金規程に基づく退職金の支払いを求めて提訴した。

(2)判決の内容

労働者側勝訴

労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって変更することができ、このことは、就業規則に定められている労働条件を労働者の不利益に変更する場合であっても、就業規則の変更が必要とされることを除き、異なるものではない(労働契約法8条、9条本文参照)。

もっとも、労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でない。このような場合における労働者の同意の有無は、当該変更がもたらす不利益の内容及び程度、労働者が変更を受け入れた経緯及びその態様、労働者への事前の情報提供や説明の内容等に照らして、労働者が自由な意思に基づいて当該変更を受け入れたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、慎重に判断すべきである。

Xらが本件基準変更への同意をするか否かについて自ら検討し判断するために必要十分な情報を与えられていたというためには、自己都合退職の場合には退職金額が0円となる可能性が高くなることや、Yの従前からの職員に係る支給基準との関係でも同意書案の記載と異なり著しく均衡を欠く結果となることなど、本件基準変更により生ずる具体的な不利益の内容や程度について、情報提供や説明がされる必要があった。

3 解説

(1)労働条件変更の手段としての合意

労働条件変更のための代表的な手段としては、就業規則の変更や労働協約の新規締結・改訂があり、それぞれ裁判例の積み重ねによって労働条件変更の有効性を判断する枠組みが形成されている((74)~(75)【労働条件の変更】参照)。また、新たな労働条件変更の手段として、変更解約告知が注目されつつある((76)【労働条件の変更】参照)。

しかし、労働条件の変更とは、法的にいえば労働契約という契約の内容の変更であるので、契約内容は当事者間の合意によって決定・変更されるという契約法の原則からすれば、労働者と使用者の合意が労働条件変更のもっとも基本的な手段ということになる(労働契約法8条参照。同条が就業規則による労働条件変更に関する9条、10条の前に置かれていることから、法体系上は合意が労働条件変更の原則的手段と位置づけられていることを読み取れる)。

労働条件を変更する合意が成立した場合、変更の適法性は基本的に肯定される。また、労働者が労働条件を引き下げる就業規則の変更に同意したといえる場合には、当該変更が労働契約法10条のいう合理性を有するか否かにかかわらず、当事者間の合意に基づいて労働条件が変更される(労働契約法8条・9条。モデル裁判例を参照)。ただし、このような合意は労働基準法などの強行法規に違反したり、就業規則・労働協約の定めよりも労働者に不利益な労働条件を定めたりするものであってはならない(労基法13条、労働契約法12条、労組法16条など参照)。

一方、労働条件変更の合意が成立しない場合には、後述する場合(→(3))に該当しない限り、前述の契約法の原則により、労働条件変更は不適法・無効となる。たとえ労働条件変更を必要とする合理的な理由が存在するとしても、このことに変わりはない(東豊観光事件 大阪地判平13.10.24 労判817-21(経営状況悪化による賃金減額)、岡部製作所事件 東京地判平18.5.26 労判918-5(労働者の職務上のミスによる賃金減額)など)。

(2)労働者の同意の有無

実際上問題になることが多いのは、どのような場合に、労働条件の不利益変更に対する労働者の同意を認定できるかである。この点に関し、多くの裁判例は、労働者が使用者に対して弱い立場に置かれやすいこと等を考慮し、労働者が変更内容を十分に理解したうえで自由な意思に基づいて同意したといえるかという観点から、合意の認定を慎重かつ厳格に行っている。使用者が賃金などの労働条件を引き下げたことに対して、労働者が特段の異議を述べずに就労を続けていた場合にも、そのことから直ちに黙示の合意の成立は認められない(東部スポーツ〔宮の森カンツリー倶楽部・労働条件変更〕事件 東京高判平20.3.25 労判959-61、鞆鉄道〔第2〕事件 広島高判平20.11.28 労判994-69など)。また、労働者が変更に同意する旨の書面に署名押印している場合であっても、合意の成立が認められるとは限らない。モデル裁判例は、退職金支給額を大幅に引き下げる就業規則変更につき、労働者が同意書に署名押印していたとしても、変更後の制度では退職金がゼロとなる可能性が高いなど具体的な不利益内容の説明がなされていない以上、直ちに合意があったとはいえないと判断している。

(3)合意によらない労働条件の変更

就業規則や労働協約による労働条件変更については、それぞれ一定の要件の下で、労働者の同意を得ることなく労働条件変更を行うことが認められている((74)~(75)【労働条件の変更】参照。変更解約告知の場合には、労働条件変更は結局のところ合意に基づいて行われることになる)。

また、使用者が労働条件を変更する権限を有することが労働契約に定められている場合には、その定めに基づいて使用者が労働者の同意を得ずに行う労働条件の変更は、権利濫用等に該当しない限り許容される。たとえば、成果主義的な人事・賃金体系の下で低査定の労働者に対して資格の引き下げや賃金減額を行うものとする就業規則など労働契約上の定めが存在する場合、この定めに基づく資格や賃金の引き下げは、合理的な根拠・手続に基づくものと認められる限り適法である(成果主義的賃金制度の下で使用者が就業規則の定めに基づいて行った賃金減額を有効とした例としてエーシーニールセン・コーポレーション事件 東京地判平16.3.31 労判873‐33、東京高判平16.11.16 労判906-77)。