(68)【労災補償】通勤災害
7.安全衛生・労災
1 ポイント
(1)現在、労働者が通勤の途上で災害を被った場合、通勤災害として労災保険法に基づく保険給付がなされうる(通勤災害保護制度)。その給付内容は、業務災害に準じたものとなっているが、通勤災害は業務外の災害であるため、休業給付につき最初の3日間の待機中における使用者の補償義務はなく、また、労基法19条に基づく解雇制限の適用がないなどの相違がある。
(2)労災保険法上、「通勤災害」とは、「労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡」(7条1項2号)のことをいう。労働者の通勤災害が認定されるためには、通勤に該当する行為の存在(通勤遂行性)、及び、その通勤により災害が発生したこと(通勤起因性)が必要となる。
(3)酒食を伴う会合に参加しその途中業務が終了した後も、飲酒したり居眠りしたりして3時間程経過した後に帰宅行為に及んだ場合の事故については、もはや業務関連性は認められず、加えて相当程度酩酊しているようなときには、合理的な方法による通勤ともいえず、通勤災害と認めることはできない。
2 モデル裁判例
国・中央労基署長(通勤災害)事件 東京高判平20.6.25 労判964-16
(1)事件のあらまし
第一審原告Xの夫A(当時44歳)は、訴外B社の東京支店において事務管理部次長の役職にあった。同支店では毎月月初めに午後から主任会議が開催され、各支店長や本店の役員ら総勢80名程が参加していた。同会議終了後、勤務時間外である午後5時以降、同支店内において飲酒を伴う会合が開催され、Aは事務管理部の実質的な統括者として毎回出席していた。平成11年12月1日に行われた会合(以下「本件会合」)では、同日より実施された従業員の配置換えに関する議論等が行われていたところ、Aは、午後9時過ぎから1時間弱程居眠りをし、同10時過ぎに同僚らと共に退社し、同10時27分頃に地下鉄駅入り口階段において転落して後頭部を打撲負傷し(以下「本件事故」)、病院に搬送され治療を受けたものの、同月13日に死亡した。
Xは、本件事故が通勤災害に該当するとして遺族給付等を請求したが、第一審被告Y労基署長は不支給決定をした。その後の審査請求等でも棄却されたため、Xはこの不支給処分の取消しを求め訴訟を提起した。原審(東京地判平19.3.28 労判943-28)は、本件会合への出席をAの職務と捉えたうえで、1時間程の居眠りにつき就業関連性を失わせるほどのものではないと判断し、Aの飲酒量等をも考慮に入れて、「本件事故が通勤に伴う危険により生じたものには当たらないということはできない」として、Xの請求を認め、上述の不支給処分を取り消した。Yが控訴。
(2)判決の内容
遺族側敗訴(原判決取消し、請求棄却)
本件会合は、通常の勤務時間終了後に開催され、参加が自由であること、毎回議事録の作成等もないこと等を踏まえると、慰労会や懇親会の性格も帯び、また、拘束の程度も低いから、「本件会合への参加自体を直ちに業務であるということはできない」。もっとも、Aは事務管理部を実質的に統括していたことや本件会合において社員の意見を聴取するなどしていたこと等を考えると、Aについては本件会合への参加は業務と認めるのが相当である。ただし、Aにとっても本件会合の目的に従った行事の終了時刻を踏まえると、業務性のある参加は午後7時前後までである。
しかし、Aは午後7時前後の業務終了後も約3時間、本件会合の参加者と飲酒したり、居眠りしたりして、帰宅行為を開始したのは午後10時過ぎであるうえ、その際Aは既に相当程度酩酊していたことや入院先で採取された血液中のエタノール濃度が高かったことからすると、「本件事故にはAの飲酒酩酊が大きくかかわっているとみざるを得ない」。そうすると、「Aの帰宅行為は業務終了後相当時間が経過した後であって、帰宅行為が就業に関してされたとはいい難いし、また、飲酒酩酊が大きくかかわった本件事故を通常の通勤に生じる危険の発現とみることはできないから、Aの帰宅行為を合理的な方法による通勤ということはできず、結局、本件事故を労災保険法7条1項2号の通勤災害と認めることはできない」。
3 解説
(1)通勤災害保護制度
高度経済成長期以降のわが国の通勤実態等に鑑みた社会的要請に基づき、昭和48年労災保険法改正により通勤災害保護制度が導入され、業務災害とは別枠で通勤災害も保険給付の対象とされることとなった。ただし、通勤途上であっても業務を行っている場合の災害については、業務上の災害になると解されることから(十和田労基署長事件 最三小判昭59.5.29 労判431-52等)、通勤災害には該当しない。
(2)通勤災害の認定
通勤災害の認定においては、通勤遂行性と通勤起因性の有無が問題とされる。まず、通勤遂行性の有無は、労災保険法7条2項に定められた「通勤」の定義に照らして判断される。特に、①就業関連性、②「住居」・「就業の場所」の意義、③「合理的な経路及び方法」による往復、④合理的な往復経路の逸脱・中断がないこと(ただし、一定の日常生活上必要な行為等をやむを得ない事由により行うための最小限度の逸脱・中断がなされた場合は、当該逸脱・中断後の往復につき通勤とされる)、及び、⑤業務の性質を有していないこと、等の各要件の意味内容が重要となってくる。次に、「通勤起因性」の有無は、通勤と負傷・疾病等との間に相当因果関係があるか否かで判断される。換言すれば、通勤に内在する危険が現実化したといえるかどうかで決定される(行政解釈)。
モデル裁判例では、就業関連性の有無、及び、合理的な方法による通勤該当性が争点とされたが、事務管理部次長の主任会議後の会合参加につき、前半2時間は業務性が認められたものの、その後の3時間余りは業務性が否定され、結果的に業務終了後3時間以上が経過した後の帰宅時における本件事故に関して、就業関連性が否定され、また、飲酒酩酊の程度から合理的な方法による通勤ともいえないと判断され、通勤災害には該当しないと結論付けられた。
(3)通勤災害に関するその他の裁判例
通勤災害に関する裁判例として、まず、就業関連性および「住居・就業の場所」の意義が争点となった能代労基署長(日動建設)事件(秋田地判平12.11.10 労判800-49)がある。この事件は単身赴任者の週末帰宅型通勤の事案であったが、単身赴任者の就業の場所と家族の住む自宅との間の往復行為に反復・継続性が認められれば、自宅を「住居」として取扱うという通達(平7.2.1基発39号)を前提に、各要件を緩やかに解したうえで通勤災害が認定されている。さらに、出勤日前日に帰省先住居から単身赴任先社宅に向かう途上での事故死についても通勤災害に当たると判断した高山労基署長事件(名古屋高判平18.3.15 労判914-5)がある。なお、平成18年4月施行の改正労災保険法により、従来の「住居と就業場所間の往復」に加えて、「就業の場所から他の就業の場所への移動」及び「単身赴任者の帰省先住居と赴任先住居との間の移動」も通勤の定義に含められている(同法7条2項)。
次に、合理的な往復経路の「逸脱・中断」が争点とされた裁判例として、就業終了後徒歩で帰宅途中に交差点に至った際、夕食の材料等を購入するため、自宅とは反対方向約140メートルの地点にある商店へ向かっている最中、同交差点から約40メートルの地点で自動車に追突されて即死した女性労働者に関して、合理的経路を逸脱中の事故であるとして遺族らの労災保険給付の請求が認められなかった札幌中央労基署長(札幌市農業センター)事件(札幌高判平元.5.8 労判541-27)がある。労働者が通勤途上で、例えば、経路上の売店でタバコや雑誌を購入したり、経路の近くにある公衆便所を利用したりするなどの「些細な行為」は、逸脱・中断とはされないが、この事案では、交差点から自宅と反対方向に歩んだ行為が、「住居と就業の場所との間の往復に通常伴いうる些細な行為の域を出ており」通勤とはいえないと判断されている。また、仕事を終え帰宅する際に1級身体障害者の義父を介護する目的でその義父宅に立ち寄り、1時間40分程の滞在後、そこから自宅へ向かう途上で交通事故に遭い被った傷害につき、義父宅へ立ち寄ったことが「日用品の購入その他これに準ずる行為」(労災保険法施行規則8条1号)に当たること等により、通勤災害に該当すると判断された裁判例に羽曳野労基署長事件(大阪高判平19.4.18 労判937-14)がある。この判決を契機に同施行規則が改正され、一定の介護行為も「日常生活上必要な行為」に当たるものとして保護の対象とされるに至った(平成20年4月施行)。さらに、通勤経路上における往復の中断の存否が、帰宅途上における飲酒行為の有無との関連で争点となった立川労基署長(通勤災害)事件(東京地判平14.8.21 労判840-94(要旨))がある。この事件では、通勤経路上において通勤と無関係な飲酒行為が行われたと認定され、そのことにより往復の中断が存したと判断され、通勤遂行性が否定されている。同種の事案に遺族給付不支給処分取消等請求事件(東京地判平26.6.23 労経速2218-17)がある。
最後に、通勤起因性に関する裁判例として、通勤災害が第三者による計画的犯罪によって引き起こされたケースで、通勤がその犯罪にとって単なる機会を提供したにすぎないことから通勤起因性が否定された大阪南労基署長(オウム通勤災害)事件(最二小決平12.12.22 労判798-5[上告受理申立(不受理)];原審=大阪高判平12.6.28 労判798-7)などがある。