(67)【労災補償】法定内補償~労働災害の認定~
7.安全衛生・労災
1 ポイント
(1)労働者が労働災害によって被った損害を補償する制度として、①労災補償制度と②労災民事訴訟制度とがある。前者①の制度に基づく補償を法定内補償、後者②の制度による補償や使用者による上積補償等を法定外補償という。
(2)業務上の負傷・死亡に関して、①事業場内で業務に従事中の災害については、業務遂行性が認められ、原則として業務起因性も推定される。②事業場内にいても業務に従事していない休憩中等の災害については、業務遂行性は認められるものの、作業環境や企業施設の不備等によるものでないかぎり、業務起因性は認められない。③事業場外であっても業務従事中や出張中の災害については、出張の全過程について業務遂行性が認められ、かつ、積極的な私的行為等がないかぎり業務起因性も広く認められる。
(3)労働者が出張中に、予定の宿泊先施設内において互いの慰労や懇親の趣旨で行われた飲酒を伴う夕食をとった後、宿泊施設内階段で転倒し、その後死亡したケースについて、飲酒量や飲酒態様等に照らして業務遂行性が肯定でき、かつ、業務と関連のない私的行為や恣意的行為ないしは業務逸脱行為によって自ら招来した事故であるといい得ない場合には、業務起因性を否定すべき事実関係は存しない。
2 モデル裁判例
大分労基署長(大分放送)事件 福岡高判平5.4.28 労判648-82
(1)事件のあらまし
第一審原告Xの夫である労働者Aは、訴外株式会社Zに雇用されていたが、ある日Zの従業員3名とともに、1泊2日の予定で出張し、初日の業務終了後の午後6時頃から同8時半頃まで、同行者らと飲酒を伴う夕食をとった。その後、午後9時過ぎに宿泊施設内の階段を歩行中に転倒し、頭部を打撲するなどし(以下、「本件転倒事故」という)、このことが原因でAは約4週間後に急性硬膜外血腫で死亡した。
Xは、Aの死亡が業務上の理由によるものであるとして、労災保険法に基づく療養補償給付等の支給を第一審被告Y労基署長に請求したが、Yは業務災害に該当しないとして不支給処分をした。Xは、Yのこの処分を不服として、審査請求、再審査請求をしたがいずれも棄却されたため、当該処分の取消を求めて訴えを提起した。
原審(大分地判平4.3.2 労判613-63)では、出張先の宿泊施設内において互いの慰労や懇親の趣旨で夕食とともに飲酒したこと等により、業務遂行性は肯定されたが、本件転倒事故の具体的な発生状況については不明としながらも、転倒時に自己防衛反射に欠けたこと等も踏まえ、本件転倒事故はAが飲酒によって酩酊していたために発生したと判断され、業務起因性は否定された。Xは、請求が棄却されたため、控訴した。
(2)判決の内容
遺族側勝訴(原判決取消し)
Aらの飲酒行為は、宿泊を伴う出張において通常随伴する行為といえないことはなく、宿泊中の出張者が使用者に対して負う出張業務全般についての責任を放棄ないし逸脱した態様のものに至っていたとは認められないことより、業務遂行性は失われておらず、本件事故当時にも業務遂行性はあったと認められる。そして、本件転倒事故は、飲酒による酔いのために注意力や動作の敏捷性が減退した状態の下で生じたもの等と認められるものの、Aが業務と全く関連のない私的行為や恣意的行為あるいは業務遂行から逸脱した行為によって自ら招いた事故ではなく、業務起因性を否定すべき事実関係はないというべきである。したがって、Aの死亡は労災保険法上の業務上の事由による死亡に当たる。
3 解説
(1)労災補償制度
わが国では労働者が労働災害によって被った損害を補償する制度として、①労災補償制度(労基法上の災害補償制度および労災保険法に基づく労災保険制度)と、②被災労働者等が使用者に対して行う損害賠償制度(労災民事訴訟制度)とがある。現在では労災保険制度が労災補償の中心的な役割を担っている。労働者が労災保険給付等を受給するためには、業務災害(労働者に生じた負傷・疾病等が「業務上の事由」によること)ないし通勤災害にあったことが要件となる(労災法7条1項)。労災保険の給付内容が他の社会保険と比べて充実していることをも考えると、業務災害に当たるか否かを判定する「業務上・外認定」は、被災労働者やその遺族にとって、受給の有無を決定する非常に重要な判断となる。
(2)業務上・外認定
労災保険法でいう「業務上」の概念は、労基法上のものと同様と考えられているが、労基法にもその定義規定は置かれていない。行政解釈や裁判例では、この業務上について、業務遂行性と業務起因性なる概念を用いて説明されており、業務遂行性とは、労働契約に基づき労働者が使用者の支配・管理下にあることを、また、業務起因性とは、業務と負傷・疾病等との間に経験則上、相当因果関係があること(換言すれば、その負傷等が業務に内在または随伴する危険の現実化したものと評価できること)を意味していると考えられている。さらに、行政解釈によれば、業務遂行性は業務起因性の第一次的な判断基準とされている。
業務上の災害による負傷・死亡に関しては、ポイントで述べたように3つの場合に分けて考えることができるが、その他に、宴会や社内の運動会などの行事に参加・出席中の災害、及び、加害行為や天災地変等による災害の場合等が考えられる。
まず、忘年会旅行先での交通事故につき、当該行事を行うことが事業運営上緊要なものと客観的に認められ、かつ、当該行事等への参加が業務命令によるものであるなど使用者により強制されているときは別として、一般に業務遂行性は認められない(福井労基署長(足羽道路企業)事件 名古屋高金沢支判昭58.9.21 労民集34-5・6-809)。最近の事案として、会社内で使用者が主催し(使用者の費用全額負担の下)、また、所定労働日における所定労働時間を含む時間帯に開催され、従業員全員が参加していた納会において、飲酒行為後の急性アルコール中毒死につき、納会への参加について業務遂行性は認められたものの、納会の目的を逸脱した過度の飲酒行為が存したこと等により業務起因性は肯定されなかった品川労働基準監督署長事件(東京地判平27.1.21 労経速2241-3)がある。
次に、警備員が同一職場のマークレディ[この事案の競馬場において勝馬投票券購入のためのマークシートの記入方法等を案内する担当係員の通称]に一方的に好意を抱いたうえ暴行殺害するに及んだケースにつき、その暴行殺害はマークレディとしての職務に内在する危険性に基づくものである等と判断し、業務起因性を肯定した国・尼崎労基署長(園田競馬場)事件(大阪高判平24.12.25 労判1079-98)等がある。なお、震災による津波で死亡した行員らの遺族による損害賠償請求に関して、銀行支店の屋上の高さを超える津波が襲来する危険性を具体的に予見することの困難性等により、使用者の安全配慮義務違反等の法的責任を否定した事案に七十七銀行(女川支店)事件(仙台高判平27.4.22 労判1123-48)がある。
(3)出張中の労働災害
労働災害を被った場合に法定内補償を受けるための重要な要件である「業務上」の概念を考察するため、モデル裁判例では、出張中の災害において業務上・外認定が争点となったケースを採り上げている。出張中については、自宅と出張先との間の往復や宿泊先での時間も含め、出張過程全般について労働者は使用者の支配下にあると考えられることより、まず業務遂行性が認められる。次に、労働者が出張先との往復につき合理的な経路・方法を採っている場合、積極的な私的行為等を原因とした災害でないかぎりは、一般に業務起因性が認められる。
モデル裁判例のように出張先で業務終了後に慰労と懇親の趣旨で行われた飲食行為は、一般に出張に通常伴うものと考えられることから業務遂行性が肯定される(原審判決でも業務遂行性は認められている)。したがって、その飲食行為により業務遂行性が中断されたとはいえないことにより、飲食行為後の転倒事故時においても業務遂行性は認められる。問題は業務起因性が認められるのか否かであるが、原審判決は、この事故が労働者Aの飲酒による酩酊のために発生したものと捉え業務起因性を否定した。しかし、モデル裁判例の控訴審判決は、Aが業務と全く関連のない私的行為や恣意的行為あるいは業務逸脱行為により自ら招いた事故ではなく、業務起因性を否定すべき事実関係は存しないと判断している。
出張中における業務上・外認定が問題となったその他の裁判例としては、鳴門労基署長(松浦商店)事件(徳島地判平14.1.25 労判821-81(要旨)、判タ1111-146)や国・渋谷労基署長(ホットスタッフ)事件(東京地判平26.3.19 労判1107-86)等がある。前者事件では、海外(中国)出張中に宿泊先ホテルにおいて第三者の加害行為により殺害されたケースにつき、業務起因性の有無が争点となったが、その殺害事件は業務に内在する危険性が現実化したものと考えられ、業務上死亡した場合に当たると判断されている。