(66)【安全衛生・心身の健康】健康管理

7.安全衛生・労災

1 ポイント

(1)就業規則において、職員に対する健康保持増進義務を定めること、健康管理を要する者(要管理者)に自らの健康の回復に努める義務を定めること、要管理者に対して健康管理従事者の指示に従う義務を規定することは、いずれも合理的と認められる。

(2)(1)の義務を定める就業規則が合理的である以上、その内容は、使用者と労働者との間の労働契約の内容となっており、労働者は、使用者から健康受診命令が発せられた場合は、それに従う義務がある。

(3)使用者の健康診断受診命令が有効である以上、その命令に反する行為は、就業規則所定の業務命令違反の懲戒事由に該当すると解される。

2 モデル裁判例

電電公社帯広局事件 最一小判昭61.3.13 労判470-6

(1)事件のあらまし

Yは、日本電信電話公社法により設立された公共企業体で、Xは、その職員である。Yは、頸肩腕症候群罹患の予防や早期解決のために諸施策を講じ、その発症数は減少傾向にあったが、3年以上を経過しても治癒しない者が多かったことから、対策を講じるために、職場の労働組合と労働協約を結んだうえで、長期療養者に対して総合精密検査を受診させることにした。

Xは、当時、Yの帯広電報電話局に勤務していたが、頸肩腕症候群の診断を受け、健康管理を要する者(以下、「要管理者」)と認定され、本来の電話交換業務ではない軽作業に従事していた。Yは、Xに対し、札幌逓信病院において総合精密検査を受診するように業務命令を発したが、Xが、「札幌逓信病院は信頼できない。」と述べてこれを拒否したため、就業規則所定の懲戒事由(「上長の命令に服さないとき」等)に該当するとしてXを戒告処分とした。

Xは、当該処分の無効の確認等を求めて提訴した。

(2)判決の内容

労働者側敗訴

就業規則が労働者に対し、一定の事項につき使用者の業務命令に服従すべき旨を定めているときは、その内容が合理的なものであるかぎり、それは、労働契約の内容になる。

Yの就業規則と健康管理規程では、職員は常に健康の保持増進に努める義務があるとされ、さらに、要管理者には、自らの健康の回復に努める義務が規定され、健康回復を目的とする健康管理従事者の指示に従う義務も規定されていた。これらの内容は、職員がその労働力の処分をYに委ねている趣旨に照らして、いずれも合理的と認められるから、上記の義務は、YとXとの間において労働契約の内容となっていたと認められる。

Xは、当時、頸肩腕症候群に罹患したことを理由に「要管理者」とされていた。先に述べた通り、Xには、健康回復に向けて健康管理従事者の指示に従う義務があったから、YがXの病の回復のために精密検診を受けるようにとの指示をした場合には、病の治癒回復という目的との関係で合理性ないし相当性が肯定し得るかぎり、その指示に従う義務があったといえる。本件で命じられた総合精密検診は、総合病院の各専門科医による検診結果を総合してXの疾病の原因及びその治療方法を究明し、その疾病の早期回復を企図するものであり、Xの健康回復により資するものであったといえる。それゆえ、Xには、Yの指示に従い、本件総合精密検診を受診して、その健康回復に努める義務があったといえる。

Yの本件業務命令は有効なものであり、これを拒否したXの行為は就業規則所定の懲戒事由にあたる。Yの戒告処分が、社会通念上著しく妥当を欠き裁量権の範囲を超えた違法なものとも認められないから、本件戒告処分は適法である。

3 解説

(1)健康診断の受診命令とその範囲

使用者には、労働者の生命や身体等の安全、健康に配慮する義務、いわゆる「安全配慮義務(労契法5条)がある。この安全配慮義務を適切に履行するためには、使用者は、雇用している労働者の健康状態を正確に把握しておかなければならない。そのため、労安衛法では、使用者に労働者に対する健康診断の実施を義務づけ(対象労働者や頻度は厚労省令に定めがある。労安衛法66条)、健康診断等によって異常所見が認められた労働者に関しては、使用者は、医師等から当該労働者の健康を保持するために必要な措置について意見を聴取しなければならない(同法66条の4)。また、使用者は、医師の意見を勘案した上で、労働者の実情に合った措置(就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少等)を採る必要がある(同法66条の5。メンタルヘルスの不調については、本人が申告しにくい情報であることから、使用者は、労働者からの申告がなくても、その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っている。東芝(うつ病)事件 最二小判平26.3.24 裁時1600-1)((69)【労災補償】参照)。なお、労安衛法上の措置義務は、労働契約上の本来的履行義務ではなく付随義務であるから、労働者が、使用者に安全配慮義務の履行を直接請求できるものではないと解されている(高島屋工作所事件 大阪地判平2.11.28 労経速1413-3)。

健康診断の結果については、使用者は、労働者にこれを通知しなければならず、また、健康診断の結果により、特に健康に留意する必要がある労働者に対しては、医師等の保健指導を実施する必要がある(努力義務、労安衛法66条の7)。

このほか、過労死等の抑止を目的としたものとして、週単位の時間外労働が1か月100時間を超えかつ疲労の蓄積が認められる者に対する医師の面接指導の実施義務と必要な措置の提供義務がある(66条の8)。また、近年、恒常的な長時間労働や職場の人間関係等から生じるストレス等によって、心の健康を損なう労働者が増えたことから、2014年の労安衛法改正において、使用者(常時50人以上の労働者を使用する事業主)に対して、「心理的な負荷等を把握するための検査等」(66条の10)を毎年実施する義務が課せられた(「ストレスチェック制度」2015年12月1日施行)。

なお、労安衛法上の健康診断については、検査項目が厚労省令(労安衛法規則43~45条の2)によって規定されているが、この法定検査項目以外の項目についても調査する必要があると使用者が判断した場合には、就業規則等の合理的な根拠に基づいて、労働者に法定健診以外の検査の受診を命じることができる(モデル判例)。

ただし、その検査命令は、労働者の健康に関するプライバシーを不当に侵害するものであってはならない(本人の意思確認なくHIVの抗体検査を実施したことがプライバシー侵害に当たるとされた例にT工業事件 千葉地判平12.6.12 労判785-10、本人同意のないB型肝炎ウィルス検査のプライバシー侵害が認められた例に、B金融公庫事件 東京地判平15.6.20 労判854-5)。また、業務遂行に関して特段の支障とならない傷病を理由として、労働者を解雇する又は退職勧奨を強く行うことは、不法行為に該当する(HIV感染者解雇事件 東京地判平7.3.30 労判667-14、東京都(警察学校・警察病院)事件 東京地判平15.5.28 労判852-11)。なお、HIVや肝炎ウィルス等の感染事実は、プライバシーに関わる重要な個人情報であることから、その管理や使用については特に配慮が求められる(看護師のHIV陽性と梅毒感染の情報を、本人の同意を得ることなく職場の関係者に知らせたことが不法行為に該当するとされた例に、社会医療法人T事件 福岡高判平27.1.29 労判1112-5)。

(2)労働者の受診義務と受診拒否に対する懲戒処分

労安衛法上の健康診断の実施が使用者から命じられた場合には、労働者はこれを受診する義務がある(労安衛法66条5項。罰則はない。)。ただし、使用者が指定した医師による健康診断については、診断結果に使用者の意向が及ぶおそれがあることから、労安衛法には、使用者が指定した医師等による健康診断の受診を希望しない労働者については、他の医師による健康診断を受けて、その結果を証明する書面を使用者に提出することができるとの定めがある(同条ただし書)。なお、法定健診の受診命令の有効性については、愛知県教委事件(最一小判平13.4.26 労判804-15)において、学校保健法と健康保険法に基づいて、公立学校の校長が教員に対してX線検査の受診を命じることは、学校における結核の集団感染の予防等の目的に照らして適法であり、これを拒否した教員に対する減給処分が有効とされている。

なお、モデル裁判例は、労安衛法所定の検査項目以外の事項を調べる法定外検査に対する労働者の受診義務を肯定したものである。判決によると、使用者が、労働者の健康の回復や保持といった目的において、合理的かつ相当な範囲で健康診断の受診を労働者に命じた場合には、労働者はこれを拒否することはできない。また、使用者が、健康診断の受診拒否を理由として、当該労働者に懲戒処分を課すことも、懲戒権の裁量の範囲内において許されるとされている。