(64)【服務規律・懲戒制度等】調査協力義務

6.人事

1 ポイント

(1)使用者は、企業秩序の維持確保のために必要な規則を定めることができ、企業秩序違反行為があった場合には、懲戒処分を行うために、労働者に対して事実関係の調査をすることができる。しかし、労働者は、企業の一般的な支配に服しているわけではないから、そのような調査に常に従わなければならないわけではない。

(2)労働者を指導監督する地位にある者や、企業秩序の維持などを職責とする者は、調査への協力そのものが労務提供義務の履行そのものであるため、使用者が行う調査に協力しなければならない。他方、それ以外の労働者については、そのような調査に協力することが労務提供義務を履行する上で必要かつ合理的であると認められない限り、当該調査協力義務を負うことはない。

2 モデル裁判例

富士重工業事件 最三小判昭52.12.13 民集31-7-1037

(1)事件のあらまし

Yに勤めるAは、就業時間中上司に無断で職場を離脱し、就業中の他の従業員に対し原水爆禁止の署名を求めたり、運動資金の調達のために販売するハンカチの作成を依頼したりしていた。Yは、Aの行為が就業規則に違反する行為に該当すると考え、事実関係の調査をはじめ、Aの同僚であるXに対して事情を聴いた。Xは、Aに頼まれてハンカチを作成したことは認めたが、原水爆禁止運動を行っている者の氏名や活動の内容等に関する質問には答えなかった。

Yは、Xが調査に協力しなかったことが、職場の秩序遵守や作業効率の向上を定める就業規則の規定等に反するとして、譴責処分を行った。Xは、当該処分を不服とし、当該処分の無効確認等を求めて提訴した。

(2)判決の内容

労働者側勝訴

企業は、企業秩序の維持確保のために、必要な規則を定めたり、具体的に労働者に指示や命令を出したりすることができ、企業秩序違反行為があった場合には、当該行為に対して懲戒処分を行うため、事実関係の調査をすることができる。しかし、企業に事実調査の権限があるといって、直ちに、労働者が、そのような調査に当然に協力する義務を負うということはできない。労働者は、労働契約の締結により労務提供義務やこれに付随する企業秩序遵守義務等を負うが、企業の一般的な支配に服しているわけではないからである。

労働者が他の者に対する指導監督ないし企業秩序の維持などを職責とする者であって、懲戒処分等に関する調査に協力することが職務内容となっている場合には、調査への協力そのものが労務提供義務の履行そのものであるから、調査に協力すべき義務があると言わざるを得ない。しかし、それ以外については、調査対象である違反行為の性質、内容、当該労働者の違反行為の見聞の機会と職務執行との関連性、より適切な調査方法の有無等諸般の事情から総合的に判断して、そのような調査に協力することが労務提供義務を履行する上で必要かつ合理的であると認められない限り、そのような調査に協力する義務を負うことはない。

本件では、調査に協力することはXの職務の内容ではない。また、今回のXに対する調査は、Aの就業規則違反の事実を具体的に聞き出そうとしたものではなく、Xから、原水爆禁止運動の組織、活動状況等を聞き出そうとしたものである。

Yは、すでに、Xへのハンカチ作成の依頼の件が休憩時間中にされたものであることを知っていたのであるから、Xが調査に協力することがXの労務提供義務の履行にとつて必要かつ合理的であったともいえない。以上から、Xには本件調査に協力すべき義務はなく、調査協力義務のあることを前提としてされた本件懲戒処分は、違法無効である。

3 解説

(1)労働者の調査協力義務

モデル裁判例では、職場における同僚の就業時間中の職場離脱等の行為の事実関係を調べる過程において、労働者が調査協力を求められた。裁判所は、労働者のこのような調査への協力は、労働契約上の義務として当然に認められるものではないとし、労働者の職務上の地位や職務内容との関係において、調査への協力がその職責に含まれると解される場合には、当該調査への協力は労務提供義務そのものとして義務づけられていると解されるが、それ以外の場合については、労務提供義務を履行する上で必要かつ合理的な場合にのみ、調査への協力義務が認められるとした。

他方、公共企業(市交通局)が雇用する職員に対して入れ墨の有無の申告を求めた戒告処分取消等事件(大阪高判平27.10.15 判時2292-30)では、市民等の目に触れる可能性のある部分に入れ墨があるかどうかを調査することは、当該部分に入れ墨をしている職員が市民等に接する機会の多い職務に従事している場合に、より市民等に接する機会の少ない職務を担当させる等の人事配置をするという目的に照らして正当であると判断した。また、調査手段については、書面で申告させたこと、任意調査ではなかったことも、上記目的の達成に必要な範囲内で、適正かつ公正な手段であるとして、結論として、申告を拒否した職員に対する戒告処分を有効としている。なお、判決は、本件調査は地方公務員法32条に基づく適法な職務命令であって、地方公務員の調査協力義務が問題となったものであるから、モデル裁判例の最高裁判決の判示は直ちに妥当するものではないとしている。

(2)調査の方法

使用者は、企業秩序の維持や企業秘密の漏洩などに関わる問題を調査するために、雇用する労働者に対して、必要かつ合理的な範囲で調査を行うことができる。しかし、使用者による事実関係の調査は、その内容や方法によっては、労働者の内心の自由を侵害するおそれがあるため、その方法や態様には、慎重な配慮が求められる。

この点について、東京電力事件(最二小判昭63.2.5 労判512-12)では、会社の秘匿されるべき情報が、共産党の機関紙によって報道されたことから、その取材源を特定するべく使用者が、取材源である可能性が高い女性労働者に事情を聴取し、その際に、共産党員であるかどうかを尋ねたことが、労働者の精神的自由の侵害にあたるかどうかが問題となった。裁判所は、本件の事情聴取は、企業秘密の漏洩という企業秩序違反行為の調査をするために行われたことが明らかであり、その必要性や合理性は肯定できるとしたうえで、調査目的と共産党員であるかどうかを尋ねる質問との関連性を事前に明らかにしなかったことは、調査の方法として相当性に欠ける面があるが、質問自体は、その必要性と合理性を肯認することができ、質問の態様も、返答を強要するものではなかったとして、本件質問の態様が、社会的に許容し得る限界を超えて、労働者の精神的自由を侵害したとはいえないと判断している。また、労働者が共産党員ではない旨の返答をした後に、それを書面にするように繰り返し要求した点についても、その要求は強要にわたるものではなく、また、本件話合いの中で、労働者に、書面にしなければ不利益を受ける等の示唆があった訳でもないから、書面交付の要求についても、違法行為であるということはできないとして、損害賠償請求を斥けている。

(3)調査等で収集した情報の管理

以上のように、使用者は、労務管理又は企業秩序の保持に関し、必要かつ合理的な範囲で、雇用する労働者に事情聴取を行い、関連する情報を収集することができる。もっとも、そのような調査において収集される情報の中には、みだりに公開を望まない個人情報が含まれていることがあるため、調査を行う際には、そのような個人情報の管理や保護について慎重な対応が必要となる。

個人情報の保護については、2003年に個人情報保護法が制定され、個人情報取扱事業者に対して、各種の義務が課せられているが、厚労省も、同法の制定に基づき、雇用管理における個人情報保護のありかたについて検討し、使用者等(事業者)が雇用管理上講ずべき措置に関する指針(「雇用管理分野における個人情報保護に関するガイドライン」最終改正平27厚労告454号)を公表している。また、労働者の健康情報については、特に慎重な取り扱いが求められるため、厚労省は、上記指針の他に「雇用管理に関する個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項」(最終改正平27.11.30日付基発1130第2号)を策定し、適切な情報の取扱いを通知している。

(なお、HIVや肝炎ウイルス等の有無等のプライバシーに関わる機微な個人情報の収集については、(66)【安全衛生・心身の健康】参照。)