(49)【人事制度】降格(職能資格の引下げ)

6.人事

1 ポイント

(1)職能資格制度における職能資格は通常基本給を決定する要素であり、人事権を行使して職能資格を引き下げる場合には、就業規則等の明確な根拠規定が必要である。

(2)職能資格の引下げとしての降格については、契約上の根拠規定が存在する場合も、その契約内容にそった措置であるか、権利濫用や強行法規違反にあたる事情がないかがさらに審査される。

(3)職務内容によって賃金処遇を行う職務等級制度において、人事上の措置として職務等級を引き下げる場合も、上記(1)(2)の要件を満たす必要がある。

2 モデル裁判例

アーク証券(本訴)事件 東京地判平12.1.31 労判785-45

(1)事件のあらまし

株式会社Yでは、就業規則上、給与体系として職能資格制度がとられており、同一の資格の中では学歴と標準年齢を基準として昇級させるとともに、職務遂行能力を評価して上位職級に昇格させるという運用を行ってきた。他方で、Yの就業規則においては、営業成績や勤務評価に基づく降格を予定した規定は存在せず、成績不良を理由とする降格の事例もなかった。しかし、Xらは成績不良等を理由として、数回にわたり、職能資格や号俸を引き下げられた。その後Yは就業規則を改正し、営業社員の職能資格上の降格および職能給・諸手当の引下げを可能とする旨の規定を新設し、Xらはこれに基づいてさらに職能資格を引き下げられた。この一連の職能資格、号俸の引き下げ(本件降格)により、Xらの月例給与額は3分の1程度となった。

Xらは、本件降格はいずれも法的根拠がなく無効であるとし、2回の賃金仮払いの申立てを行い、第一次仮処分決定(東京地決平8.12.11 労判711-57)および第二次仮処分決定(平10.7.17 労判749-49)で申立ての一部が認容された。本件はこの本案訴訟であり、Xらは労働契約上の差額賃金請求を行った。

(2)判決の内容

労働者側勝訴

Yは、就業規則の改正前に「他の企業で採られている一般的な職能資格制度を採っていたものであり、いったん備わっていると判断された職務遂行能力が、営業実績や勤務評価が低い場合にこれを備えないものとして降格されることは、(心身の障害等の特別の事情がある場合は別として)何ら予定されていなかった」。また、実際に行われた人事を見ても、Xらを降格する以前に、「病気で療養していた従業員につきその同意を得て給与を減額した等の例外的な場合を別とすれば、成績不振を理由に降格、職能給の減額、という措置が執られたことはなかった」。「したがって、旧就業規則の下での賃金制度が、毎年給与システムを作成する際、Yが、各社員について、人事考課、査定に基づき、降格又は職能給の号俸の引下げ若しくは手当の減額を許容するものであったということはでき」ない。

Yはその後就業規則を変更し、降格規定を導入したが、これによって長期的なサイクルの中で営業実績を上げれば昇格できるというそれまでの安定した地位を失い、かつ多数の労働者が降格や賃金減少の不利益を受けており、その程度もかなりのものである。Yの営業収益の減少から労働者全体の給与を削減する必要は否定できないが、代償措置その他関連する労働条件の改善措置はとられておらず、労使間の利害調整も不十分であることから、就業規則の不利益変更の合理性を肯定することはできない。

以上から、本件降格は、それを許容する就業規則の規定がなく、社員が自由な意思に基づいてそれによる賃金引下げに同意したともいえないため、無効である。

3 解説

(1)職能資格の引下げとしての降格

人事権の行使としての降格のうち、職位の引下げとしての降格については、就業規則に根拠規定がなくとも、使用者の裁量的判断によって行うことができると解されている(前掲(48)【人事制度】)。これに対し、職能資格の引下げとしての降格は、基本給の引下げを伴うのが通常であるため、より厳格な制約に服する。通常の職能資格制度では、資格・等級が企業組織内での技能・経験の積み重ねによる職務遂行能力の到達レベルを示すため、資格の引下げは本来予定されていない(モデル裁判例参照)。したがって、職能資格の引下げとしての降格は、労働者との合意によって契約内容を変更する場合以外は、就業規則等の明確な根拠規定が必要である(モデル裁判例、チェースマンハッタン銀行事件 東京地判平8.12.11 労判711-57)。モデル裁判例のように、就業規則上の労働条件を一方的に変更して降格がありうる旨の規定を設ける場合には、就業規則不利益変更法理に従い、変更の合理性の有無が審査される(労契法10条)。

なお、降格によって職位が引き下げられることで職能資格も引き下げられる場合も、職能資格の引下げによって基本給が引き下げられ、労働契約上の地位が変更される点で純粋な職能資格の引下げとしての降格と同様の効果を持つため、就業規則等による明確な根拠が必要である(小坂ふくし会事件 秋田地大館支判平12.7.18 労判796-74)。明治ドレスナー・アセットマネジメント事件(東京地判平18.9.29 労判930-56)では、職位の引下げに伴い年俸が半分に減額された事案で、この給与減額は労働者の同意のもとに行われたものでなく、労働契約における合意から基礎付けることはできないとして、役職の引下げについての人事権濫用との判断と併せて本件給与減額が無効とされている。

次に、職能資格の引下げとしての降格に明確な根拠規定がある場合でも、降格の範囲や理由などの点で労働契約上何らかの制約が設定されている場合には、その制約に反してはならない。当該降格が差別にあたるなど強行規定違反の場合も当然に無効となる。

以上のほか、降格には権利濫用の審査が及び、業務上の必要性、労働者の不利益、不当な動機・目的の有無などが総合的に考慮される。特に、職能資格の引下げに伴う基本給の減額は労働者に重大な不利益を及ぼすため、その減額幅は権利濫用の判断において相当のウエイトをもつ。日本ガイダント事件(仙台地決 平14.11.14 労判842-56)では、配転と降格が同時に行われたが、これにより基本給が約半分となった点が重視され、降格は客観的合理性がなく無効であり、これにより配転自体も無効になると判断された。

(2)職務等級制度における等級の引下げ(降級)

近時では、職能資格制度に代わり、職務内容によって賃金処遇を行う職務等級制度も導入されている。職務等級制度においては、職務内容の変更により職務等級が低下し基本給が引き下げられること(降級)が労働契約上予定されていると解されやすい。しかしその場合でも、恣意的な降格や退職誘導等の不当な動機・目的による降格は権利濫用として無効になる。エーシーニールセン・コーポレーション事件(東京地判平16.3.31 労判873-33)では、降給が許容されるのは、就業規則等による労働契約に降給が規定されているだけでなく、降給が決定される過程に合理性があること、その過程が従業員に告知されてその言い分を聞く等の公正な手続きが存することが必要であり、降給の仕組み自体に合理性と公正さが認められ、その仕組みに沿った降給の措置が採られた場合には、個々の従業員の評価の過程に特に不合理ないし不公正な事情が認められない限り、当該降給は許容されると判示されている(結論は降給有効)。

また、マッキャンエリクソン事件(東京高判平19.2.22 労判937-175)では、就業規則に、「本人の顕在能力と業績が、属する資格(=給与等級)に期待されるものと比べて著しく劣っている」という降級基準が定められていたが、降級はあくまで例外的措置であるとの注釈が加えられていたことから、実際に降級を行うにはその根拠となる具体的事実を必要とし、具体的事実による根拠に基づいて、本人の顕在能力と業績が、属する資格に期待されるものと比べて著しく劣っていると判断することができることを要するのが相当、とされた(結論は降級無効)。

このほか、裁判例には、人事評定が合理性を欠き、これに基づく降給も人事権濫用で無効とされた例(国際観光振興機構事件 東京地判平19.5.17 労判949-66)、育児休業からの復帰にともない職務等級を引き下げて役割報酬を50万円減額するとともに、成果報酬をゼロと査定して年俸を120万円減額したことにつき、いずれも人事権の濫用として違法と判断された例(コナミデジタルエンタテインメント事件 東京高判平23.12.27 労判1042-15)がある。