(44)【年次有給休暇】年休取得時季の変更と会社の配慮
5.労働条件
1 ポイント
(1)年休を取った日をどのように使うかは原則として労働者の自由であり、会社は、年休取得日の使い途を理由に年休取得時季を変更できない。
(2)労働者の年休の時季指定に対して、会社は、「事業の正常な運営を妨げる場合」に限って年休の取得時季を変更できる。事業の正常な運営を妨げる場合とは、年休を取る日の仕事が、労働者の担当している業務や所属する部・課・係など、一定範囲の業務運営に不可欠であり、代わりの労働者を確保することが困難な状態を指す。
(3)しかし会社は、その前に、労働者が指定した時季に年休が取れるように、勤務予定を変更したり、代わりに勤務する者を確保したりするなどの、「配慮」をすることが求められる。このような努力をしないで年休取得時季を変更することは認められない。
(4)年休取得時季の変更は、事業の正常な運営を妨げる客観的な理由があり、速やかになされたのであれば、年休開始後または終了後でも可能だが、合理的期間内になされる必要がある。
(5)年休取得時季の適法な変更がなされた場合、労働者は当初年休取得を申請した日に働く義務がある。しかし、不適法な変更がなされた場合、会社には損害賠償責任が生じることがある。
2 モデル裁判例
弘前電報電話局事件 最二小判昭62.7.10 民集41-5-1229
(1)事件のあらまし
第一審原告の労働者Xは、所属部課で最低人員配置が2名とされていた(勤務割)日曜日の勤務について年休の時季指定をした。これに対しXの上司である課長Aは、労働者の日頃の言動などから、Xは年休の時季指定をした日に成田空港反対現地集会に参加して違法な行為を行う可能性があると考えた。そこでXの年休取得を阻止しようと、Xに代わって勤務を申し出ていたBを説得して申し出を撤回させた。その上で、年休の時季指定日にXが出勤しなければ最低配置人員を欠くことになるとして年休取得の時季を変更した。しかし、Xは出勤せず、違法行為には及ばなかったものの集会に参加した。そのため、Xの使用者である第一審被告YはXを戒告処分(将来を戒めて注意すること)にし、出勤しなかった日の賃金を差し引いた。これに対しXは、時季変更の違法性を争い、差し引かれた賃金の支払いと戒告処分の無効確認などを求めて訴えを起こした。一審はAの時季変更を違法としたが、二審は違法ではないとした。そこで、Xが上告したのがこの事件である。
(2)判決の内容
労働者側勝訴
勤務割に従った勤務体制が取られている職場では、会社として通常の配慮をすれば勤務割を変更して代わりの者を配置できる客観的な状況があるにもかかわらず会社が労働者に年休を取得させるために配慮をしないことで代わりの者が配置されないときは、必要人員を欠くとして事業の正常な運営を妨げるとは言えない。また、労基法は年休の利用目的について関知していない。だから、勤務割を変更して代わりの者を配置するのが可能であるにもかかわらず、年休の利用目的によって年休を取得させるための配慮をせずに時季変更することは、利用目的を考慮して年休を与えないのと同じであって認められない。したがって、この事件における時季変更は、事業の正常な運営を妨げる場合に当たらないので違法である。
3 解説
労働者の年休の時季指定に対し、会社は事業の正常な運営を妨げる場合に限って年休の取得時季を変更できる。しかし会社はその前に、労働者の指定した時季に年休が取れるように配慮することが求められる。
(1)事業の正常な運営を妨げる場合
事業の正常な運営を妨げる場合とは、労働者が年休を取得しようとする日の仕事が、担当業務や所属部・課・係など一定範囲の業務運営に不可欠で、代替者を確保することが困難な状態を指す(新潟鉄道郵便局事件 最二小判昭60.3.11 労判452-13など)。
結果的に事業の正常な運営が確保されても、業務運営の定員が決められていることなどから、事前の判断で事業の正常な運営が妨げられると考えられる場合、会社は年休取得時季を変更できる(電電公社此花電報電話局事件 最一小判昭57.3.18 民集36-3-366)。この点、業務に具体的支障の生ずるおそれが客観的に伺えることを要する(名古屋近鉄タクシー事件 名古屋地判平5.7.7 労判651-155)。
研修期間中の年休取得について、研修を欠席しても予定された知識や技能の修得に不足を生じさせないと認められない限り、会社は年休取得時季を変更できる(日本電信電話事件 最二小判平12.3.31 労判781-18)。
なお、慢性的な人手不足は、事業の正常な運営を妨げる場合に当たらない(西日本ジェイアールバス事件 名古屋高金沢支判平10.3.16 労判738-32)。
(2)年休取得時季の変更はいつまでなら許されるか
年休申請が年休開始時季に接近していて、会社に年休時季変更を事前に判断する余裕がなかった場合、客観的に年休時季を変更できる理由があり、速やかな変更がされたなら、年休開始後または年休期間終了後に年休時季を変更した場合であっても、適法とされる場合があり得る(前掲電電公社此花電報電話局事件)。もっとも、個別事例ごとに見て、合理的期間を過ぎた時機を逸した変更は認められない(休暇開始13日後の時季変更につき、ユアーズゼネラルサービス事件 大阪地判平9.11.5 労判744-73、組合大会地に赴いた後の時季変更につき、広島県ほか(教員・時季変更権)事件 広島高判平17.2.16 労判913-59)。
(3)会社が行う配慮の内容
勤務予定が勤務割により定められている職場では、代替勤務者を確保するなどして勤務割の変更を検討することが求められる(モデル裁判例。横手統制電話中継所事件 最三小判昭62.9.22 労判503-6)。個別具体的な判断に際しては、①勤務割変更の方法と頻度、②年休時季指定に対する会社の今までの対応、③年休申請者の作業内容や性質、④年休取得者の仕事をサポートする者の作業の繁閑からみて代替勤務が可能であったか、⑤年休の時季指定は会社が代替勤務者を確保できる時間的余裕のある時期になされたか、⑥週休制の運用がどのようになされてきたか、が考慮される(電電公社関東電気通信局事件 最三小判平元.7.4 民集43-7-767)。代替勤務については、その可能性の高そうな者へ打診することで足りる(JR東日本〔高崎車両区・年休〕事件 東京高判平12.8.31 労判795-28)。
(4)年休取得時季を適法または不適法に変更した結果
会社が適法な年休取得時季変更をした場合、労働者が指定した年休取得時季に労働者が働く義務はなくならず、出勤しなければ欠勤となるし、また、懲戒処分の対象とされる(時事通信社〈年休・懲戒解雇〉事件 最二小決平12.2.18 労判776-6)。なお、年休取得時季を変更しても、会社は労働者に別の時季を指定する義務を負わない(前掲JR東日本〔高崎車両区・年休〕事件)。
不適法な年休取得時季変更の場合、会社は損害賠償責任を負うことがある(慰謝料につき、前掲西日本ジェーアールバス事件、前掲広島県ほか(教員・時季変更権)事件、キャンセル料につき、全日本空輸事件 大阪地判平10.9.30 労判748-80)。
(5)長期の連続した年休時季指定への対処方法
最高裁判所は、①労働者の担当業務は専門性が高く、長期に代替者を確保することは相当困難である、②労働者は約1ヵ月の連続した時季指定を会社と十分な調整をせず行った、③上司は、代替者配置の余裕がなく業務に支障を来すとして、2週間ずつ2回に分けて休暇を取って欲しいと告げた上で、後半の2週間についてのみ時季変更している、といった事情から、会社は労働者に対して相当の配慮をしており、年休取得時季の変更は労基法39条の趣旨に反する不合理なものとはいえない、としている(時事通信社事件 最三小判平4.6.23 民集46-4-306)。長期の連続した年休取得には、事前の十分な調整が必要である。