(41)【労働時間】弾力的労働時間

5.労働条件

1 ポイント

(1)労基法上の労働時間規制を弾力化する制度として、①業務の繁閑など企業の都合に合わせて労働時間の配分を調整する変形労働時間制と、②日々の始業・終業時刻を個々の労働者に委ねるフレックスタイム制がある。

(2)上記(1)の制度の下では、一日や一週の労働時間が法定基準を超えても労基法違反とならないが、一定の期間における労働時間数が法定労働時間の枠内に収まることが必要であり、その枠を超えて労働させる場合には三六協定の締結と割増賃金の支払いが義務づけられる。

(3)労働時間は実労働時間により算定することが原則であるが、事業場外の労働や裁量性の高い労働に従事する労働者については、一定の要件の下でみなし労働時間制(事業場外労働のみなし制、裁量労働のみなし制)が適用される。

(4)上記(3)の制度の下では、実際に何時間労働したかにかかわらず、一定時間労働したものとみなされる。みなし時間が法定労働時間を超える場合には、三六協定の締結と割増賃金の支払いが必要となる。なお、みなし労働時間制がとられていても、休憩、休日労働、深夜労働に関する労基法の規制は適用される。

2 モデル裁判例

阪急トラベルサポート(第2)事件 最二小判平26.1.24 労判1088-5

(1)事件のあらまし

労働者Xは派遣会社Yに雇用され、A社に派遣されて同社が企画する海外ツアーの添乗員としての業務に従事していた。添乗業務に当たり、A社は添乗員に対して、事前にツアーの日程や目的地、行うべき観光等の内容や手順を具体的に示し、添乗員用マニュアルに従った業務を行うことを命じていた。また、ツアー実施中は、添乗員に対し、携帯電話を所持して常時電源を入れておき、旅行日程の変更等が必要となる場合にはA社に報告して指示を受けることを求め、ツアー終了後には、添乗日報により業務の遂行の状況等の詳細かつ正確な報告を求めていた。

XはY社に対し、時間外・休日割増賃金の未払い分があるとし、その支払いを求めて提訴した。これに対し、Y社は、Xには事業場外労働のみなし時間制(労基法38条の2)が適用されるので、割増賃金の未払い分はないと主張した。

(2)判決の内容

労働者側勝訴

本件添乗業務は、旅行日程が日時や目的地等を明らかにして定められることによって、業務の内容があらかじめ具体的に確定されており、添乗員が自ら決定できる事項の範囲及びその決定に係る選択の幅は限られているものということができる。

また、本件添乗業務について、A社は、添乗員との間で、あらかじめ定められた旅行日程に沿った旅程の管理等の業務を行うべきことを具体的に指示した上で、予定された旅行日程に途中で相応の変更を要する事態が生じた場合にはその時点で個別の指示をするものとされ、旅行日程の終了後は内容の正確性を確認し得る添乗日報によって業務の遂行の状況等につき詳細な報告を受けるものとされている。

以上のような業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、本件会社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等に鑑みると、本件添乗業務については、これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く、労働基準法38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと解するのが相当である。

3 解説

(1)法定労働時間の弾力化

労基法上の法定労働時間を弾力化する制度として、変形労働時間制とフレックスタイム制がある。

変形労働時間制は、使用者が過半数協定や就業規則等で必要な定めをすることにより、一定の単位期間について一日8時間や週40時間の規制を解除し、使用者が業務の繁閑等に合わせて労働時間を効率的に配分することを認める制度である。たとえば、一ヶ月単位の変形労働時間制(労基法32条の2)の下では、単位期間内の労働時間が平均して週40時間を超えない限り、特定された日や週について一日8時間・週40時間を超えて労働させることができる。変形労働時間制には、一ヶ月単位のほかに、一週間単位(同32条の4)と一年単位(同32条の5)の制度がある。

フレックスタイム制は、使用者が過半数協定や就業規則で必要な定めをすることにより、一ヶ月以内の一定期間(清算期間)に勤務する総労働時間数を決め、その範囲内で、各日の始業・終業時刻を個々の労働者の決定に委ねる制度である(労基法32条の3)。

(2)変形労働時間制の運用

変形労働時間制は労働時間の効率的な配分を可能とする一方、労働者に不規則な働き方を強いるものとなりうるため、その運用に当たっては、労働者の利益に配慮することが必要である。変形労働時間制を導入するに当たって、使用者は単位期間中の各週・各日の所定労働時間をあらかじめ特定しておくことが必要であり、就業規則等に具体的事由を定めた変更条項がない限り、いったん特定した労働時間を変更することはできないと解されている(JR西日本〔広島支社〕事件 広島高判平14.6.25 労判835-43)。

また、18歳未満の者や妊産婦が請求した場合には、使用者はこれらの労働者に同制度を適用することは許されない(労基法60条1項、66条2項)。

(3)弾力的な労働時間制度と時間外労働

変形労働時間制やフレックスタイム制がとられている場合、一日や一週の労働時間が法定基準を超えても労基法上の時間外労働は発生せず、労基法違反にも該当しない(ただし、一年単位・一週間単位の変形労働時間制については、一日または一週当たりの労働時間の上限が定められている)。

しかし、これらの制度は法定労働時間の総枠自体を変えるものではないので、単位期間や清算期間における総労働時間数が法定労働時間の枠内に収まることが前提である。使用者が、その枠を超えて労働者を労働させる場合には、労基法上の時間外労働が発生し、三六協定の締結と割増賃金の支払いが必要となる。

(4)労働時間のみなし制

労働時間は実労働時間により算定することが原則であるが、事業場外の労働や裁量性の高い労働に従事する労働者については、一定の要件の下でみなし労働時間制(労基法38条の2〔事業場外労働のみなし制〕、同38条の4〔裁量労働のみなし制。専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制がある〕)が適用される。これらの制度の下では、実際に何時間労働したかにかかわらず、一定時間労働したものとみなされる。ただし、みなし時間が法定労働時間を超える場合には、労基法上の時間外労働が発生し、三六協定の締結と割増賃金の支払いが必要となる。なお、みなし労働時間制がとられていても、休憩、休日労働、深夜労働に関する労基法の規制は適用される。

(5)事業外労働のみなし制の適用要件

労基法は、労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなすと定めている(38条の2)。モデル裁判例では、海外ツアーの添乗員の業務が「労働時間を算定し難い」という要件を満たすか否かが問題となった。判決は、添乗員の業務内容がマニュアル等で具体的に定められ裁量の余地が小さかったこと、A社が業務指示や事後的報告等を通して添乗員の業務遂行につき具体的な指揮監督をしていたことから、「労働時間を算定し難い」場合には当たらないと判断している(行政解釈も、労働者が無線やポケットベル等によって使用者の指示を受けながら労働する場合等は、労働時間を算定し難い場合に当たらないとしている。昭和63年1月1日基発1号)。