(40)【労働時間】割増賃金

5.労働条件

1 ポイント

(1)使用者が、労働者を法定労働時間を超える労働(時間外労働)、法定休日における労働(休日労働)、午後10時から午前5時までの深夜労働に従事させた場合には、労基法37条に基づいて割増賃金を支払う義務がある。法定割増率は、①1ヶ月の合計が60時間までの時間外労働および深夜労働については2割5分、②1ヶ月の合計が60時間を超える時間外労働については5割、③休日労働については3割5分とされている。なお、②の割増賃金のうち2割5分を超える部分については、過半数代表との協定に基づき、代替休暇の付与に代えることができる(37条3項)。

(2)割増賃金の額を算定する際に、賃金のうち割増の基礎から除外される部分(除外賃金)は、家族手当や通勤手当など法(労基法37条5項、労基則21条)により限定されており、それ以外の賃金は全て算入しなければならない。除外賃金に該当するか否かは、名称に関わらず、実質的に判断される。

(3)割増賃金を労基法と異なる方法で算定することや、割増賃金に代えて一定額の手当を支払うことも違法ではない。ただし、①労基法が定める計算方法による割増賃金額を下回らないこと、②割増賃金の部分とそれ以外の賃金部分とが明確に区別されていること、の二つの要件を満たす必要がある。

2 モデル裁判例

テックジャパン事件 最一小判平24.3.8 労判1060-5

(1)事件のあらまし

人材派遣業者YはプログラマーであるXを派遣労働者として雇用し、その基本給を月額41万円とし、月間の総労働時間が180時間を超える場合は超える部分について1時間当たり2,560円を支払うが、月間総労働時間が140時間に満たない場合は満たない部分について1時間辺り2,920円を控除する旨の約定をして、それに従って賃金を支払っていた。Xは退職後に、Yに対し、時間外割増賃金の未払い分(月間総労働時間が180時間を超えないが法定労働時間を超える部分を含む)の支払いを求めて訴えを提起した。

(2)判決の内容

労働者側勝訴

本件の約定によれば、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働がされても、基本給自体の金額が増額されることはなく、基本給の一部が他の部分と区別されて労基法37条1項の定める時間外割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれない。また、法定割増賃金の対象となる1か月の時間外労働の時間は、1週間に40時間を超え又は1日に8時間を超えて労働した時間の合計であり、月間総労働時間が180時間以下となる場合を含め、月によって勤務すべき日数が異なること等により相当大きく変動し得るものである。そうすると、月額41万円の基本給のうち、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外割増賃金に当たる部分とを判別することはできない。

これらによれば、Xが時間外労働をした場合に、月額41万円の基本給を支払うことによって、月間180時間以内の労働時間中の法定時間外労働について割増賃金が支払われたとすることはできないというべきであり、Yは、Xに対し、月額41万円の基本給とは別に時間外割増賃金を支払う義務を負う(また、Xが自由意志に基づいて、月間180時間以内の労働時間中の時間外労働について時間外手当の請求権を放棄する旨の意思表示をしたということもできないとした)。

3 解説

(1)法定割増賃金の支払い義務

使用者が、労働者を法定労働時間を超える労働(時間外労働)、法定休日における労働(休日労働)、午後10時から午前5時までの深夜労働に従事させた場合には、労基法37条に基づいて割増賃金を支払う義務がある。2008年の労基法改正(2010年4月1日施行)により、長時間労働を抑制する目的で、月60時間を超える時間外労働について割増率が引き上げられた。現行の法定割増率は、①1ヶ月の合計が60時間までの時間外労働および深夜労働については2割5分、②1ヶ月の合計が60時間を超える時間外労働については5割、③休日労働については3割5分とされている。また、②の割増賃金のうち2割5分を超える部分については、過半数代表との協定に基づき、代替休暇の付与に代えることができる(37条3項)。

なお、使用者が労基法33条または36条によらず、労働者を違法な時間外労働や休日労働に従事させた場合にも、同法37条に基づく割増賃金の支払い義務は発生する(小島撚糸事件 最一小判昭35.7.14 刑集14-9-1139)。

(2)割増賃金の算定基礎

割増賃金の算定に当たり、「家族手当」「通勤手当」等は算定の基礎となる賃金から除外される(労基法37条5項、労基法施行規則21条)。その趣旨は、労働の内容や量と無関係な労働者の個人的事情(扶養家族の有無や数、通勤にかかる費用など)によって額が決まる手当を除外することにあり、これに該当するか否かは、手当の名称に関わらず実質的に判断される。例えば、壷阪観光事件(奈良地判昭56.6.26 労判372-41)では、家族構成、通勤距離等の個人的事情に関係なく従業員全員に対して一律に支給されていた「家族手当」「通勤手当」が、実質的にみて除外賃金ではないとされている。逆に名称が生活手当等でも、扶養家族の有無・数により算定される場合は、除外賃金に当たる(昭22.11.5 基発231号)。その他、通常の労働時間に対する賃金とは言えない「臨時に支払われた賃金」「1ヵ月を超える期間ごとに支払われる賃金」(賞与、精勤手当、勤続手当等)も除外賃金に当たる。

(3)労基法37条と異なる方法による割増賃金の支払い

割増賃金は必ずしも37条所定の方法で算定する必要はなく、異なる計算方法を用いることや、割増賃金に代えて一定額の手当を支払うことも違法ではない。ただし、その場合には、上記の方法で支払われた割増賃金が法の定める割増賃金を下回っていないことが確認できなければならず、そのためには、ポイント(3)に掲げた二つの要件を満たす必要がある(小里機材事件 最一小判昭63.7.14 労判523-6)。モデル裁判例のように割増賃金の一部が基本給に組み入れられている場合や、歩合給や年俸制が採用されている場合にも、上記と同じルールが適用されている(歩合給について、高知県観光事件 最二小判平6.6.13 労判653-12。年俸制について、創栄コンサルタント事件 大阪地判平14.5.17 労判828-14、システムワークス事件 大阪地判平14.10.25 労判844-79)。