(38)【労働時間】時間外労働
5.労働条件
1 ポイント
(1)労基法は、労働者に休憩時間を除き一週間について40時間、一日について8時間を超えて労働させてはならないと定めている(労基法32条)。労基法上の原則としては、この上限(法定労働時間)を超えて労働させる旨の労働契約や業務命令は違法無効であり(同法13条)、労基法32条に違反した使用者には罰則が適用される(労基法119条1項)。
(2)ただし、①災害その他の避けることのできない理由により臨時の必要がある場合(労基法33条)と、②使用者が過半数労組または過半数代表者との間に労働時間の延長等に関する協定(三六協定)を締結し、届け出た場合(労基法36条)には、上記(1)の労基法による規制は解除される。
(3)使用者が労働者に法定労働時間を超える時間外労働や休日労働を命じるには、①適法な三六協定の締結・届出と、②時間外・休日労働が労働契約上の義務内容となっていることが必要である。就業規則に、「業務上の必要がある時は三六協定の範囲内で時間外・休日労働を命じうる」といった明文の定めがある場合には、②の要件を満たすと解されている。ただし、業務上の必要性を欠く場合や、労働者に時間外労働に従事できないやむを得ない事情がある場合には、時間外労働命令は権利濫用に当たり、違法無効とされうる。
2 モデル裁判例
日立製作所武蔵工場事件 最一小判平3.11.28 民集45-8-1270
(1)事件のあらまし
原告側労働者Xは、Y社の工場で製品の品質管理業務に従事していた。Xは、上司から、製品の良品率が低下した原因の究明と手抜き作業のやりなおしを行うために、残業をするよう命じられたが、これを拒否した。これに対して、YはXを出勤停止の懲戒処分に処し、始末書の提出を命じたが、Xはなお残業命令に従う義務はないとの考えを改めなかった。そこで、Y社は、過去3回の懲戒処分歴と併せ、悔悟の見込みがないとしてXを懲戒解雇した。なお、Y社は過半数組合と三六協定を締結しており、同社就業規則には「業務上の都合によりやむをえない場合には組合との協定により…実労働時間を延長…することがある」との規定があった。
Xは懲戒解雇が無効であると主張して提訴した。懲戒解雇の効力を判断する前提として、残業命令の適法性が問題となった。
(2)判決の内容
労働者側敗訴
使用者が、三六協定を締結して労働基準監督署に届け出た場合に、就業規則に、三六協定の範囲内で業務上の必要があれば労働時間を延長して労働者を労働させることができると定めているときは、その就業規則の規定内容が、合理的なものである限り、使用者と労働者の間の労働契約の内容となる。そして、就業規則の適用を受ける労働者は、その定めるところに従って時間外労働を行う義務を負う。
Y社における時間外労働の具体的内容は三六協定によって定められている。そして、本件の三六協定は、使用者が時間外労働を命じうる時間数の上限を設定し、かつ、時間外労働を命じるには所定の事由を必要としている。所定の事由のうち「業務の内容によりやむを得ない場合」等はやや包括的であるが、相当性を欠くとまではいえない。それゆえ、業務上の都合によりやむを得ない場合には三六協定により時間外労働を命じることがあるという、本件就業規則の規定は合理的なものというべきである。したがって、本件の残業命令は適法であり、その命令に従わなかったXに対する懲戒解雇は有効である。
3 解説
(1)時間外労働を命じるための要件
労基法は、労働者に休憩時間を除き一週間について40時間、一日について8時間を超えて労働させてはならないと定めている(労基法32条)。労基法上の原則としては、この上限(法定労働時間)を超えて労働させる旨の労働契約や業務命令は違法無効であり(同法13条)、労基法32条に違反した使用者には罰則が適用される(労基法119条1項)。
ただし、①災害その他の避けることのできない理由により臨時の必要がある場合(労基法33条)と、②使用者が過半数労組または過半数代表者との間に労働時間の延長等に関する協定(三六協定)を締結し、届け出た場合(労基法36条1項)には、上記の労基法による規制は解除され、使用者が法定労働時間を超えて労働者を働かせても労基法違反の責任を問われることはない。
三六協定を締結する際には、時間外・休日労働をさせる事由、業務の種類、労働者の数、延長できる時間数及び労働させる休日数の上限を定める必要がある(労基法施行規則16条)。時間外労働の上限時間数については、労基法36条2項に基づいて基準(限度時間)が定められ(平成10.12.28 労告第154号、『労働関係法規集2016年版』(JILPT、2016年)124頁参照)、三六協定の当事者は労働時間の上限を定めるに当たり、三六協定の内容が右基準に適合したものとなるようにしなければならず(同条3項)、行政官庁は、この基準に関して協定当事者に対し、必要な助言指導を行うことができる(同条4項)。ただし、この基準は私法上の強行法規としての効力をもたないと解されているので、基準の定める限度を超える三六協定が直ちに無効とされるわけではない。さらに、限度時間を超えて時間外労働をさせなければならない特別の事情が生じる場合に備えて、限度時間を超える一定時間まで労働時間を延長することができる旨の特別条項を付すことも認められている(平10.12.28労告154号)。
また、三六協定締結の相手方である「労働者の過半数を代表する者」とは、労基法上の管理監督者(41条2号)に当たらない者で、かつ従業員の意思が反映されるような民主的な手続で選出された者であることが必要であり(労基法施行規則6条の2)、例えば親睦団体の代表が自動的に過半数代表となって締結された三六協定は無効とされる(トーコロ事件 最二小判平13.6.22 労判808-11)。
三六協定の締結・届出により使用者は罰則の適用を免れるが、三六協定の効力は労基法の規制を解除することに止まるので、使用者が労働者に時間外・休日労働を命じるには、三六協定のほかに労働契約上の根拠が必要である。モデル裁判例のように、時間外・休日労働に関して就業規則の一般的な規定(「業務上必要があれば三六協定の範囲内で時間外休日労働を命じうる」等)が存在するとき、それが労働契約の内容となっていれば、労働者は使用者の命令により時間外・休日労働を行う義務を負う。就業規則が労働契約の内容となるためには、その内容が労働者に周知され、かつ合理的でなければならないが(労契法7条)、モデル裁判例によれば、労基法及び同施行規則に則った適法な三六協定が存在する限り、ほとんど常に就業規則の合理性が認められることになる。
ただし、就業規則に基づく一般的な時間外労働命令権が認められる場合でも、個々の時間外労働命令について業務上の必要性が存在しない場合や、労働者にやむをえぬ事由(病気など)がある場合には、その命令は権利濫用に当たり違法無効と判断される可能性がある。