(37)【労働時間】労働時間の定義

5.労働条件

1 ポイント

(1)労基法32条のいう労働時間(「労基法上の労働時間」)は、客観的にみて、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かにより決まる。就業規則や労働協約、労働契約等で、特定の行為(実作業のための準備行為など)を労働時間に含めないと定めても、これらの規定には左右されない。労基法上の労働時間は、就業規則に定められた所定労働時間とは必ずしも一致しない。

(2)本来の業務の準備作業や後かたづけは、事業所内で行うことが使用者によって義務づけられている場合や現実に不可欠である場合には、原則として使用者の指揮命令下に置かれたものと評価され、労基法上の労働時間に当たる。

(3)労働者が具体的な作業に従事していなくても、業務が発生した場合に備えて待機している時間は、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価され、労基法上の労働時間に当たる。ビル管理人の仮眠時間などは、労働から完全に離れることが保障されていない限り、休憩時間ではなく、労基法上の労働時間に当たる。

2 モデル裁判例

三菱重工業長崎造船所(一次訴訟・会社側上告)事件
 最一小判平12.3.9 民集54-3-801

(1)事件のあらまし

被告側会社Yは、就業規則において一日の所定労働時間を8時間と定め、また、①更衣所での作業服及び保護具等の装着・準備体操場までの移動、②資材等の受出し及び月数回の散水、③作業場から更衣所までの移動・作業服及び保護具等の脱離、④その他一連の行為(3.解説(4)参照)を所定労働時間外(始業時刻前、休憩時間中、終業時刻後)に行うよう定めていた。原告側労働者Xらは、これらの行為に要する時間は労基法上の労働時間に当たり、一日8時間の所定労働時間外に行った各行為は時間外労働であると主張し、割増賃金を請求する訴えを提訴した。

(2)判決の内容

労働者側勝訴

労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいう。労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであり、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない。労働者が就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、またはこれを余儀なくされたときは、その行為を所定労働時間外に行うものとされている場合でも、その行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できる。したがって、その行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労基法上の労働時間に該当する。XらはYから作業服及び保護具等の装着を義務付けられ、それを事業所内の更衣所において行うものとされていた。また、Xらの一部はYにより資材等の受出し及び月数回の散水を義務付けられていた。したがって、①、②及び③の各行為は、Yの指揮命令下に置かれたものと評価できる。

3 解説

(1)労基法上の労働時間の定義の必要性

労基法は、労働者に休憩時間を除き一週間について40時間、一日について8時間を超えて労働させてはならないと定め(労基法32条)、これに違反した使用者に対して罰則の適用を予定している(労基法119条1項)。また、この上限を超えて労働させた場合、割増賃金の支払いが必要となる(同法37条1項)。このため、労基法上の労働時間の定義が問題となる。

(2)労働時間の判断枠組

モデル裁判例に掲げた三菱重工業長崎造船所事件最高裁判決は、労基法上の労働時間につき、次のような判断基準を示している。第一に、労基法上の労働時間は、就業規則等でどのように規定されているかにかかわらず、客観的に決定される(「客観説」)。これは、実作業の準備や後始末などの周辺的な活動については、当事者の合意により労働時間性を判断するとの立場(「二分説」)を否定するものである。第二に、ある行為に要した時間が労基法上の労働時間か否かは、その行為が使用者の指揮命令下に置かれたと評価できるか否かにより判断される(「指揮命令下説」)。指揮命令下説に対し、近年は、指揮命令の有無に加えて、業務性(労働者の行為が使用者の業務に従事したものといえるか否か)をも判断基準に加えるべきとの学説(「限定指揮命令下説」、「相補的二要件説」)が有力に主張されている。モデル裁判例も、指揮命令下説をとりつつ、本件の労働者の行為が一定の業務性を有するものであることを前提としたうえで、労働時間性を判断しているといえる。なお、労働者の行為は、使用者の明示の指示や命令によらない場合でも、指揮命令下に置かれたものと評価されうる。京都銀行事件(大阪高判平13.6.28 労判811-5)では、始業時刻前にほぼすべての男性行員が出勤し、終業時刻後も大多数が残業を行うことが常態となっている場合に、これらの作業に要する時間が使用者の黙示の指示による労働時間と認められ、時間外割増賃金の支払いが命じられた。

(3)準備行為・後始末等に要する時間

モデル裁判例は、本来の業務の準備作業や後かたづけは、事業所内で行うことが使用者によって義務づけられている場合や現実に不可欠である場合には、原則として使用者の指揮命令下に置かれたものと評価され、労基法上の労働時間に当たるとし、上記①~③の行為の労働時間性を肯定した。これに対して、入退場門から更衣所までの移動や手洗、洗面、洗身、入浴などに要した時間は、本件事実の下では労働時間には該当しないと判断された。

(4)不活動時間(仮眠時間など)

労働者が具体的な作業に従事していなくても、業務が発生した場合に備えて待機している時間は、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価され、労基法上の労働時間に当たる。仮眠時間なども、労働から完全に離れることが保障されていない限り、休憩時間ではなく、労基法上の労働時間に当たる。大星ビル管理事件(最一小判平14.2.28 民集56-2-361)では、24時間勤務に従事するビル警備員の仮眠時間が、仮眠室で待機することと警報・電話等に直ちに対応することが義務付けられていることを理由に、労働時間に該当すると判断された。また、大林ファシリティーズ事件(最二小判平19.10.17 労判946-31)では、住み込みのマンション管理人が、平日には所定労働時間外にも住民の要求に応じて宅配物の受渡し等を行うよう指示され、断続的業務に備えて待機せざるをえない状態に置かれていたとして、居室における不活動時間を含めて労働時間に該当すると判断された(これに対して、日曜祝日については上記のような義務づけはなかったとして、ごみ置き場の扉の開閉など現実に業務に従事した時間のみが労働時間に当たるとされた)。