(35)【福利制度等】企業年金
5.労働条件
1 ポイント
(1)経済不況等により経営が悪化し、そのため財政状況が苦しくなった企業が、退職金や企業年金を減額ないし廃止するケースが増えてきている。
(2)まず、厚生年金基金や確定給付企業年金等では法令や認可基準等により、一定の要件のもとに認められる場合がある。他方、自社年金の場合は、退職一時金の減額等の場合と同様、「就業規則の不利益変更」の枠組みないしは同枠組みと類似の判断基準により結論付けられることが多いと思われる。特に、退職して年金を既に受給している者に対しては、このような不利益変更を行うことができるのか否か等が争点となる。
(3)厚生年金基金における加算年金給付制度の下において、規約変更により加入員であった者(受給者)への給付水準の引下げは原則として許されない。しかし、集団的、永続的処理を求められるという厚生年金基金の性格を考慮すると、給付水準の変更による不利益の内容、程度、代償措置の有無、内容変更の必要性、他の受給者又は受給者となるべき者(加入員)との均衡、これらの事情に対する受給者への説明、不利益を受けることとなる受給者集団の同意の有無、程度を総合して、当該変更が加入員であった者の不利益を考慮してもなお合理的なものであれば、このような変更も許される。
2 モデル裁判例
りそな企業年金基金・りそな銀行(退職年金)事件
東京高判平21.3.25 労判985-58
(1)事件のあらまし
被控訴人Y1銀行は、巨額の損失を計上し、平成15年6月には約2兆円近い公的資金の投入を受け、また、Y1が母体企業となっている被控訴人Y2基金(厚生年金基金)も、運用利回りが給付利率を大きく下回り、不足金が同年3月の基金発足時で約1,500億円以上にも上っていた。Y2は、現役従業員を対象とした年金水準の引下げ(平均3割、最大5割)を行い、次いで代行の返上、第3加算年金の廃止、及び、受給者・受給待機者(以下「受給者等」という。)の支給額減額(平均13.2%、最大21.8%程度引下げ)を柱とする基金制度の改革案を実施することとした。Y2は、受給者等全員に対しアンケートの実施や説明会等を行うなどして、同16年には受給者等のうち約80%の者から今回の減額について同意書の提出があったことにより、厚生労働大臣の認可を得て、同年8月から(Y2の)規約を変更した。
控訴人Xら(10名)は、Y1の元従業員及びその遺族で、同16年8月時点でY2より年金給付を受給していたが、いずれもこの同意書面を提出しなかった。Xらは、規約変更前の老齢年金給付の支給額と実際の支給額との差額の支払い等を求めて提訴した。第1審(東京地判平20.3.26 労判965-51)は年金減額を有効と判断し、Xらの請求をいずれも斥けた。Xらが控訴。(なお、最一小決平22.4.15判例集未登載(労判1008-98[概要紹介])において不受理決定。)
(2)判決の内容
労働者側敗訴
厚生年金基金は、多数の加入員(現役の従業員)及び加入員であった者(受給者)への老齢年金給付を行うのであって、「母体企業の経営状態を含む原資の確実性、厚生年金基金の存続及び適切な資産運用を前提として、全体としての原資の確保、所期の運用利益と適切な年金数理による業務遂行が可能であることを要するものというべきである。したがって、これらの事情の変更があった場合には、適正な団体的意思決定に従った規約変更により、加算年金給付を減額することは、厚生年金基金制度において予定されていると解すべきである。」
「加算年金給付制度の下においては、法の定めに従った規約の変更は、原則として、加入員であった者へも及ぶ。」もっとも、「加入員であった者は、加入員(現役の従業員)と異なり、既に裁定が実際にされることにより具体的な受給権が発生していること、年金が既に生活の基盤の一部となっており、その減額が重大な不利益をもたらすということ、加入員であった者から選出される代議員がなく、規約変更という厚生年金基金の団体的意思決定に参画することができないことからすれば」、規約変更により加入員であった者への給付水準の引下げは原則として許されない。「しかし、集団的、永続的処理を求められるという厚生年金基金の性格からすれば、給付水準の変更による不利益の内容、程度、代償措置の有無、内容変更の必要性、他の受給者又は受給者となるべき者(加入員)との均衡、これらの事情に対する受給者への説明、不利益を受けることとなる受給者集団の同意の有無、程度を総合して、当該変更が加入員であった者(受給者)の上記不利益を考慮してもなお合理的なものであれば、このような変更も許されるというべきである。」
3 解説
(1)企業年金(退職年金)について
企業等により運用されている退職金や企業年金の制度は、労働者の退職後の生活を保障するため非常に重要なものとなっているが、経済不況のもと企業の経営状態が悪化した場合において、その退職年金等の減額・廃止が認められるか否かが問題となってきている。企業年金に関しては平成14年より確定給付企業年金法、同13年より確定拠出年金法という二つの新たな法律が実施されており、現在は確定給付企業年金及び確定拠出年金が加入者数も含め企業年金制度としては主流となってきている。従来中心的存在でもあった適格退職年金及び厚生年金基金の制度は、それらの規模を縮小していくこととなり、前者は同14年4月以降、新規設立ができないこととされ、既に同24年3月末までに廃止された。また、後者の厚生年金基金についても、年金資金の運用成績の悪化などに加えて、同24年2月に発覚したAIJ投資顧問による年金消失事件(元社長等は詐欺及び金融商品取引法違反の罪を問われ、最高裁において有罪判決が確定[最一小決平28.4.12])が契機となり、厚生年金保険法等の一部改正が行われた(同25年法律63号)。同改正法(同26年4月1日施行)により、施行日以後は厚生年金基金の新設は認められないことや、施行日から5年後以降は、一定の存続基準を満たさない基金に対し、厚生労働大臣が第三者委員会の意見を聴いて解散命令を発動できること等が決められた。
モデル裁判例は、厚生年金基金において規約変更による支給額減額等が受給者等との関係で争点とされた事案であったが、判決内容に記した判断枠組みを示したうえで、この事案の事実関係に基づき総合考慮したうえ規約変更を認めている。
(2)自社年金に関する裁判例
企業年金の減額ないし廃止に関しては、企業年金の制度ごとに検討していく必要があるが、まずは自社年金のケースについて、在職中の労働者との関係で、退職年金制度(独自年金制度)の廃止が、就業規則不利益変更の効力の問題として争われ、当該廃止が認められた名古屋学院事件(名古屋高判平7.7.19 労判700-95)がある。また、金融再生法による破綻処理を受けた銀行における事案でもあるが、退職年金受給者に対し、退職年金支給契約の解約と一時金(退職年金の3ヵ月分相当額)を支払う旨を一方的に通知し、退職年金の支給を打ち切ったことに関して、事情変更の原則の適用をも否定し、退職年金の支給打切りを違法・無効であると判断した幸福銀行(年金打切り)事件(大阪地判平12.12.20 労判801-21)がある。
平成15~16年頃より一時期、企業年金減額が争われる裁判例が増加したが、退職者が受け取った退職金の一部を年金原資として使用者である会社に預け入れ、会社がその預入金に一定の利率による利息を付した基本年金、及び、基本年金受給完了後から死亡時まで支給される終身年金とから成る福祉年金制度の下で、改廃規定に基づきなされた年金既受給者に対する年金給付利率一律2%の引下げの効力が争われた松下電器産業グループ(年金減額)事件(大阪高判平18.11.28 労判930-26)及びその関連裁判例として松下電器産業(年金減額)事件(大阪高判平18.11.28 労判930-13)がある(いずれの事件も、年金給付率引下げの相当性が認められ、その後、最高裁(最一小決平19.5.23 労判937-194〔判例リスト〕)により不受理の決定がなされている)。また、年金規則に年金支給額を減額する根拠となりうる条項がない私的年金制度の下、全受給権者の3分の2以上の者の同意を得て、大学が一律に退職年金の大幅な減額を行なったことにつき、受給者らが改定前の年金規則により算出される額の年金受給権を有することの確認を求めた早稲田大学(年金減額)事件(東京高判平21.10.29 労判995-5;給付減額を容認[なお、最高裁(最二小決平23.3.4 判例集未登載)でも上告棄却])、及び、受給権者に対し一方的に年金支給額を切下げ(年金額30万円から25万円に減額)、争いとなった一連の裁判例の一つに港湾労働安定協会(未払年金)事件(神戸地判平23.8.4 労判1037-37;年金額の減額は認められないと判断し、将来分の年金に係る請求についても認容(民事訴訟法135条参照))等がある。
(3)その他の裁判例
次に、確定給付企業年金のケースについて、NTTグループ各社(67社)が厚生労働大臣に対し、確定給付企業年金法に基づき運用していた規約型企業年金制度に関して規約変更の申請をしたところ、その規約変更を承認しない旨の処分を受けたことにより、その処分の取消請求がなされたNTTグループ企業(年金規約変更不承認処分)事件(東京高判平20.7.9 労判946-5;取消請求を棄却した一審判決(東京地判平19.10.19 労判948-5)を維持[なお、最三小決平22.6.8 判例集未登載において上告棄却、上告受理申立(不受理)])等がある。また、確定給付企業年金における年金の受給方式(年金受給方式または一時金受給方式)の選択に関する説明義務違反等が争われた株式会社明治事件(東京高判平26.10.23 労判1111-73;説明義務違反等は否定)がある。
さらに、適格退職年金制度のケースについて、適格退職年金制度を廃止し確定拠出型年金へ移行させる過程で、年金基金を分配した結果、適格年金受給者等の受給額に関して争われた三洋貿易事件(名古屋簡判平18.12.13 労判936-61;退職年金規定の改廃等が認められた)等がある。
なお、「厚生年金基金からの脱退」の自由が問題とされた事案に長野県建設業厚生年金基金事件(長野地判平24.8.24 労判1068-86)があり、設立事業所による脱退の申し出に「やむを得ない事由」がある場合は、代議員会の議決又は承認は不要であって、脱退の意思表示がなされたときに脱退の効力が生じると判断されている(この事案で問題となった厚生年金基金は、23億円を超える使途不明金をだし、事務長が行方をくらまし指名手配されている等の事情により「やむを得ない事由」があったと認められている)。