(32)【賞与】賞与支給の要件と不利益取扱い

5.労働条件

1 ポイント

(1)賞与支給の要件としての出勤率の算定にあたって、産前産後休業、育児時間などの労基法等で認められた権利ないし法的利益に基づく不就労に対して不利益な取扱いをすることは、権利等の行使を抑制し、労基法等がそのような権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められる場合において、許されないことがある。

(2)ただし、賞与額の具体的算定(計算式の適用)にあたって、産前産後休業、育児時間などの労基法等で認められた権利ないし法的利益に基づく不就労日数を、減額の対象とすることは認められる場合がある。

2 モデル裁判例

東朋学園事件 最一小判平15.12.4 労判862-14

(1)事件のあらまし

X(原告・被控訴人・被上告人)は、昭和62年からY(被告・控訴人・上告人)の事務職として勤務していた。平成6年7月8日に出産し、翌日から8週間の産後休業を取得した。その後、旧育児休業法10条を受けて定められたYの育児休職規程に基づく勤務時間の短縮措置を請求し、同年10月6日から翌年7月8日までの間、1日につき1時間15分の勤務時間短縮措置を受けた。Yの給与規程では、賞与の支給要件の一つとして、出勤率(出勤した日数÷出勤すべき日数)が90%以上の者との定め(90%条項)があり、Yは、賞与の支給にあたり、産前産後休業の日数と勤務時間短縮措置の総時間数を欠勤扱いとすることとした。Xは、平成6年度期末賞与と平成7年度夏季賞与の支給対象期間に、産後休業を取得したり、勤務時間短縮措置を受けたために、いずれも出勤率が90%に達せず、Xは各賞与の支給対象から除外された。なお、支給額の算定にあたって、算定額から(基本給÷20)×欠勤日数分が減額されることとされ、産前産後休業の日数と勤務時間短縮措置の総時間数は欠勤日扱いとされていた。Xは、Yに対して不支給になった賞与の支払い等を求めて提訴した。第二審判決は、90%条項に関する欠勤扱いを無効とし、各賞与の全額の支払いを認めたため、Yは上告した。

(2)判決の内容

労働者側勝訴

本件90%条項の趣旨・目的は、従業員の出勤率を向上させ、貢献度を評価して、従業員の高い出勤率を確保することであり、一応の経済的合理性がある。しかし、産前産後休業や勤務時間短縮措置による育児時間のような権利や利益は労基法等で保障されたものであり、それらの権利・利益を保障した法の趣旨を実質的に失わせるような賞与支給の要件を定めることは許されない。本件90%条項は、産前産後休業等を取得した場合に賞与支給の対象外とされる可能性が高いこと、賞与不支給による不利益が大きいことなどから、権利等の行使に対する事実上の抑止力が相当強く、公序に反して無効であり、Xは支給対象から除外されない。

しかし、賞与の計算式において、産前産後休業の日数分や勤務時間短縮措置の短縮時間分を減額の対象となる欠勤として扱うことは、賞与の額を一定の範囲内でその欠勤日数に応じて減額するにとどまるものであり、加えて、産前産後休業を取得し、又は育児のための勤務時間短縮措置を受けた労働者は、法律上、上記不就労期間に対応する賃金請求権を有していないのであるから、労働者の上記権利等の行使を抑制し、労働基準法等が上記権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものとまでは認められず、これをもって直ちに公序に反し無効なものということはできない。

3 解説

(1)賞与の法的性格

賞与は、その支給額の算定方法において、基礎額に支給率を乗じて計算されるが、具体的な賞与額の決定には、出勤率や成績評価(査定)などが考慮されることが多い。そのため、賞与は、賃金後払い的性格とともに、功労報償的性格、生活補填的性格、勤労奨励的性格、収益分配的性格などの多様な性格を併せ持つ。そこで、賞与請求権の有無や減額の可否などの法的判断において、多様な性格・実態を踏まえて具体的に評価しなければならない。例えば、賞与の功労報償的性格から、業務妨害行為などの背信行為を賞与査定で考慮し、賞与を支給しないことも認められる(毅峰会(吉田病院・賃金請求)事件 大阪地判平11.10.29 労判777-54)。

(2)賞与支給の要件における不利益取扱い

支給要件や支給額の算定方法は、労使間の合意ないし使用者の決定により当事者が自由に定めることができるが、その支給要件等の内容は合理的でなければならない。実際に、支給要件として、最低出勤率や支給対象期間、支給日在籍((31)【賞与】参照)などを定める場合がある。モデル裁判例のように、賞与の功労報償的・勤労奨励的性格から「出勤率90%」という支給要件は不合理とはいえないが、問題は、算定にあって、労働者が法律で認められた権利・利益としての不就労日を欠勤扱いにし、これを理由とした不利益な取扱いが認められるかである。

その判断基準は、権利等の行使を抑制し、労基法等がそのような権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものか否かというものであり、賞与の支給要件だけでなく、精勤手当の支給に際し生理休暇を欠勤日扱いにしたエヌ・ビー・シー工業事件(最三小判昭60.7.16 民集39-5-1023、労働者敗訴)、賃上げ対象者の除外基準の算定にあたり産前産後休業・生理休暇・育児時間を欠勤扱いとした日本シェーリング事件(最一小判平元.12.14 民集43-12-1895、労働者勝訴)、皆勤手当の支給に際し勤務予定表作成後の有給休暇取得者を除外する取扱いをした沼津交通事件(最二小判平5.6.25 民集47-6-4585、労働者敗訴)でも用いられている((18)【女性労働】参照)。不就労原因(年休、産前・産後休業、生理休暇、育児時間など)や不利益取扱いの対象となる賃金(賞与、精勤手当、皆勤手当、昇給基準など)が様々であるため、一概にはいえないが、労働者が勝訴した事案は不利益の程度が大きく、その結果、権利行使の抑止効果が強くなるためと考えられる。

(3)賞与支給額の算定における不利益取扱い

次に、具体的な賞与額の算定にあたって、法律等により認められた権利等としての不就労日を欠勤扱いとして、賞与の算定額から減額する不利益取扱いが認められるかが問題となる。モデル裁判例は、産前産後休業や育児時間による不就労日を減額の対象とする取扱いを有効であると判断している。その理由として、①支給要件の問題と異なり、欠勤日に応じて支給額が減少するものの、部分的には支給されることとなること(ただし、欠勤日が多い場合は結果的にゼロ支給になる)、②本来産前産後休業や育児時間は法律上無給とされていることの2点である。

①については、必ずしも出勤日に比例して支給する必要はなく、欠勤日に応じた一定の範囲で減額することが認められる。モデル裁判例でも、平成7年度夏季賞与の計算式では、対象期間中に産前産後休業14週間を取得すると、同賞与はゼロ支給の可能性が高いが、賞与の功労報償的・勤労奨励的性格からすれば許容される程度のものと考えられる。また、均等法と均等指針(平成18年厚生労働省告示第614号)及び育介法と育介指針(平成21年厚生労働省告示第509号)によれば、不就労期間分を超えて不支給とすることは禁止されており、1年の査定期間のうち3か月半勤務したにもかかわらず、ゼロ査定したことについて、育介法の趣旨に反するとしたものがある((28)【賃金】コナミデジタルエンタテインメント事件 東京高判平23.12.27 労判1042-15)。

②については、有給休暇の期間に賃金の支払いを義務付けている労基法の趣旨に照らして、賞与の計算において、有給休暇取得日を欠勤扱いとすることは許されないとしたエス・ウント・エー事件(最三小判平4.2.18 労判609-12)がある。本来有給である有給休暇取得を理由とする減額は、権利等の保障の趣旨を実質的に失わせるものと解される。他方で、タクシー乗務員の賞与に関して、労働災害による休業日を乗務日数に算入しないために、休業1日につき一定額が減額される取扱いを無効とはいえないとしたもの(錦タクシー事件 大阪地判平8.9.27 労判717-95)、また、賞与が営業収入を基礎に算定される方式において、有給休暇を取得した場合、稼働日が少なくなり、その結果営業収入が少なくなる(仮想営業収入を加算しない)取扱いについて、公序に反するとはいえないとするもの(大国自動車交通事件 東京地判平17.9.26 判タ1192-260)がある。